たゆたうあまり秋を喪う

 守るべき日常、決して終わらせない、必ず守り抜いてみせると決めていたその日々が瓦解したのは、本当に一瞬だった。
 リーベルトの父君を助けたい、その一心でネポスに出向いた我々だったが、……現地からの退却の際、だけが、地球へと戻れなかった。あの瞬間、崩壊するコクーンの中、確かにパンサーの空間転移は、我々の全員を捉えたはずだったし、最後に確認した際にも、コクーン内では私の傍に立っていた、それなのに、……命からがら地球へと転げ戻った際に、だけが、その場に居なかったのだ。

「……がいない! まさか、まだコクーンに!?」

 取り乱してそう叫び声を挙げた私に、翔悟も、タイロンも、アントニオも、ギルバートも、リーベルトも。皆が、酷く驚いて、一瞬、全員の反応が遅れた。……いかなる時も、何があろうとも、彼等にとっての冷静な司令官であろうと、私はそう、務めてきたつもりだった。……そう、だったの、だが。……流石に、そのときばかりは。取り繕うような余裕は、なかったんだ。
 ……もしも、崩壊するコクーンに、取り残されていたのなら。脱出の術を失ったは、……まさか。退却の際に、もしも、私が、……彼女の手を握っていたなら? 幼い頃何度もしていたように、……今も、堂々と彼女の手を握れる間柄であったなら、……いつの間にか、私をルーちゃん、と呼ばなくなった彼女と、……些か他人行儀な間柄になってしまっていた自覚は、あった。だが、私は甘えていたのだ、彼女への信頼に。命がけの戦いの日々でも、十二年もの間、私の傍に立ち続けてくれたのは、だけだったから、今は少し距離ができたかもしれない、だが、何もその関係が壊れてしまったわけじゃない、きっと最後には、彼女は私の隣で、……と、そんな風に、慢心していたんだよ、私は。

「……落ち着いてください、ルークさん。きっとさんは、リーベルトさんの部下のお二人と一緒に無事で居ますよ」
「……ああ、その通りだ」
「あ、ああ……」
「……そうだよ! それに、おっさんたちも一緒なんだしさ、大丈夫だって!」
「そうそう! 今はの無事を信じようぜ! ルーク!」
「そうですね、あの人がそう簡単に……と思えませんし」
「ははっ、ギルバート、に懐いてるもんなあ?」
「な!? そんなんじゃありませんよ! 子供扱いしないでもらえますか!?」
「……皆、ありがとう。取り乱して済まなかった……ともかく、我々も落ち着こうか。……ちょうど、迎えも来たようだ」

 ……そうして、彼等に宥められ、ニューヨークの研究所支部に移動してからも、……その後、日本に戻ってからも、結局、の消息は依然として知れずに。……何度も、ネポスへ探しに戻ることだって勿論、考えたさ。だが、状況が見えない、情報が不足している今、下手を打って出れば、我々全員の安否に……地球の存亡に関わる事態を招きかねないのも明白で、ならば私が単身で、と言い出せば、間違いなく、翔悟達が同行を申し出てくるのは分かりきっていた。そもそも、ネポスへの転移には、パンサーの助力が必要不可欠である以上、黙って一人で、という訳にもいかずに、仲間たちと信頼を分かち合えた今だからこそ、司令塔としても、一人の戦士としても、……彼等の隣人としても、私には、そんな真似もまた、出来なかったのだ。

『……ルーちゃん、私はずっと、ルーちゃんの傍にいるからね』

 幼少の砌、きみがそう言葉をかけてくれたことこそが、私の人生においての、何よりの救いだった。私は地球のボーンファイターで、この星を護らなければならない。仲間たちの司令塔として、彼等を率いなければならない。それらはすべて、私にとってかけがえのないもの。父や研究所の皆、翔悟たち、彼等は私の大切なひとたちで、……けれど、私のいちばん大切なひとは、きみなんだよ、。君がいたから、私は歩いてこられた。きみが星の核で、私がきみの守護者、なんて契約がなくなろうが、そんなものは関係がないんだ。幼い頃から、ずっと、ずっと、……私にとって特別な女性は、きみだけなんだよ。だからこそ、護りたかった。生涯を、共に歩んでほしかった、……歩めるものだとばかり思って、驕っていた。そんなの安否が知れずに、私は毎晩眠れずに過ごして、長期滞在先のホテル、隣に取った彼女の部屋から、毎夜物音ひとつ聞こえない日々は、心臓が痛くて、……そんな風に日々を思いつめながら過ごしていた私は、ある日、唐突に、グストスとモースを経由して、リーベルトから、の無事を知らされる。……だが、それすら喜ぶ間もなく、私は、

「……は、現在、ネポスで捕虜として身柄を拘束されているそうだ。グストスとモースが、エクェス達がそう話しているのを、確かに聞いたと……」
「捕虜……!? ネポス内に、そういった施設があるのか? ならば、其処に行けば彼女は……!」
「いや……それも、現状では難しい」
「!? それは、何故……」
「……報告によれば、は……評議会の議員、……レボルトの屋敷に、監禁されているそうだ」
「な、……!」

 ……そんな、馬鹿な。よりにもよって、……レボルトの手の内に、がいる、と? ……リーベルトの父君や、クルードの故意的な失脚の真相を告げたなら、他のエクェス……例えば、リーベルトと面識のあるものや、他の議員になら、まだ、交渉の余地もあったかもしれない。……だが、レボルトの元に身柄があるというのなら、話は別だ。……何が何でも、今すぐに助け出さねば。そうしないと、手遅れになる。彼女が、……私の大切な、彼女は、きっと、今だって、……手酷い仕打ちを受けているに、違いないんだ。

「……すぐに、の救助に向かう。力を貸してくれ、リーベルト」
「な、……! 無茶だ! お前の気持ちはわかるが、無計画に突っ込んでどうにかなる相手じゃない! 私だって、レボルトの屋敷になど足を踏み入れたことはないのだ! 屋敷内の何処に囚われているかも、分かったものではない!」
「それでも! ……それでもだ、……今、私がこうして、呑気に過ごしている間にも……彼女は何をされているとも、分からないんだぞ……?」

 信じたくない現実と、考えたくない恐ろしい仮定とが、津波となって濁流のように私の思考を流し去る。……捕虜として、監禁? それは、人としての尊厳は、保証されているのか? 地球人だからと、酷い仕打ちを受けたり、しているんじゃないのか? もしも、ボーンを召し上げられていたら、そもそも、コクーンがなければ、ボーンがあろうが着装しての抵抗とて難しいはずだ、……だからこそ、抵抗できずにレボルトに捕らえられた、のか? あの騒動の後に、だけが空間転移に失敗して、レボルトと二人、取り残されて? ……それは、誰の責任だ? ……私が手を伸ばさなかったから、じゃないのか?

『ぼくはルーク、はじめまして。きみは、だよね?』
『そう……みたい。あなたは……?』
『ぼく、シャークボーンの適合者なんだ。きみとおなじ、ボーンファイターだよ』
『わたしと、おなじひとがいるの?』
『うん。ぼくがひとりめで、きみがふたりめ。だから、ぼくはきみのみかただよ、
『わたしの……』
『きみをまもることが、ぼくの使命なんだ』
『使命、って……?』
『きみは、地球をまもるようにいわれたよね? だから、地球をまもるきみのことを、ぜったいにぼくがまもる。いっしょにがんばろう、。ぼくたちは、今日からともだち。仲間になるんだ』

 ……昔は、あんなにも簡単に、きみに、手を差し伸べられたのに。いつから、だったのだろうか。彼女がボーンファイターになった経緯を周囲の大人たちは悲劇扱いするようになって、……きっと彼女は、それが嫌、だったのだろうな。過去の何も知らない己の人生を、他人に悲劇扱いされることが、嫌だったのだ。そうして、研究所での日々を、周囲のやっかみを、腫れ物扱いを、苦しい実験や戦いの日々を、……は、なんでもないものとして、感情の起伏が乏しい表情であしらうようになってしまった。……だが、その頃の私は、それをよくないものだと断じてやるほどの勇気も、気力も持ち合わせては居なくて、が決して知りたがらなかった、誰にも聞こうとしなかった彼女のルーツを、私が勝手に暴き立ててしまっては、却って彼女を傷付けるかもしれない、……などと、それらしい言い訳をして、……私には、彼女と、向き合うことが、出来なかった。今でも私は、きみという存在に救われている、と。……もしも、その一言を、はっきりと伝えられていたのなら、共に、過去と、世界に、……向き合うことが、出来ていたなら、……あのときだって、迷わずに、手を伸ばせていたのかも、しれないのに。

「……私も、出来る限り探りを入れてみる。……私とて、を案じているのだ。……彼女は、お前の日常、とやらなのだろう……?」
「……ああ」
「ならば冷静になれ、……必ず、を奪還するんだ」
「……すまない、またしても、取り乱してしまったな……」
「ふ、……それほど、大切な相手なのだろう。お前を見ていれば、分かるわ」

 そう言ってリーベルトからも再度宥められ、ともかく今は、情報を待とう、と。……そう、納得した後も、……一度ネポスに戻ったリーベルトを追ってきたウロボロスや、再び襲撃に来たソードフィッシュ、クラーケンも、レボルトの部下や協力者達は皆口々に、「はもう地球には戻らない」……と、それだけを口にしていた、から。……嫌な想像を一度思い浮かべてしまえば、それはもう、止まらなかったんだ。……まさか、は、やはり、ネポスで。……連中に、何か酷いことを、だとか。地球の情報欲しさに拷問を、だとか。……それとも、まさか。抵抗が出来ないのを良いことに、彼女が女性であることをいいように、まさか、そんな、……と。嫌な想像は止まらずに、……彼女と再会するまで、私は本当に、……生きた心地も、しなかったのに。

「……、」
「……久しぶりね、ルーク」
「……まさか、そんな……どうして、きみが……」

 思いもよらなかった、……ようやく、生きて再会できたというのに。……その瞬間に、今以上の地獄に、……絶望に叩き落されるとは、思わなかったのだ。

「……何故、きみが、……その男と共に、我々に剣を向けるんだ……!」

 ……山々を吹き飛ばし、関東一帯を大停電に陥らせた未曾有の災害、……その爆心地に、雷属性のボーンと、……時間属性のボーンの、気配があった。……前者は、すぐにレボルトだと察しが付いたよ。だからこそ私は、何が何でもレボルトからの情報を吐かせようと思い、その場に向かったんだ。……それなのに、それなのに、だ。
 展開したコクーン内部、ブロックの足場をまるで玉座のように見立てて、高みから我々を見下ろすケルベロス、……その横には、ケルベロスの腕に腰を引かれ、男に寄り添いながらも、……剣を抜き、我々を見据えるホワイトドラゴン、……が、其処に立っていたのだ。 inserted by FC2 system


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