クラウドナインに鐘は鳴る

 ──ネポスへの残留が正式に決定した後に、一時的にソキウスの屋敷に留まっていた私だったけれど、レボルトの屋敷が再建されるのに伴って、私もそちらへと居住を移す運びになった。その際にレボルトは、「再建時に何か設備の希望はあるか」と私に尋ねてくれて、……以前の私だったなら、あなたの傍に居ること以外に何も望まない、と答えていたと思うけれど、最近では少しずつ、レボルトが望んでいるのはそう言った類の謙遜ではなくて、このひとにはこう見えてこのひとなりに、私を甘やかしたいだとか、尊重したい……といった気持ちがあるらしい、ということを理解しはじめて、私も彼に対して些か遠慮がなくなってきてしまったからか、その提案に対してしばらく考えて、やがて口を突いたのはこんな要望だった。

「うーんと……キッチンは欲しいなあ」
「……キッチン? とは? 何のことだ?」
「厨房……なのだけれど、多分そもそもネポスにはそう言った概念がないよね? ええとね、料理を作るための設備、なのだけれど……」
「ほう」
「……前のお屋敷では……あと、ソキウスのおうちでもそうだけれど、設備の問題で、最低限のことしか出来ないから。これからいっしょに暮らすなら、レボルトにはネポスの完全栄養食じゃなくて、毎日美味しいものを食べて欲しいな、と思って……」
「……ハァ、それはつまり、結局は俺の為の要望ということになるのではないか? お前の為ではなかろう」
「そうかなあ……? それであなたが少しでも幸せになるのなら、私の為ではあると思うけれど……?」
「……まあ、よい。一考しておいてやろう……しかし、それはネポスには存在しない設備、ということであろう? ならば、こちらの技師に誂えさせるよりも、地球で調達した方が早いか……議会に話を通す必要があるな」
「……あの、もしかして、結構手間だったりする……?」
「まあ、俺は現状、執行猶予付きの扱いだからな。忌々しいことだが、地球に降りるにも老害どもの許可が要る」
「……あの、やっぱり、それでレボルトが嫌な思いをするのなら、私……」
「構わん。俺ではなくの為であれば、老害どもとて話も通じよう。……だが、お前は交渉の席には同席しなくともよい」
「? 私もシュトルツさんたちに挨拶しなくていいの?」
「要らぬわ。当日、地球に降りる用意だけしておけ」
「……? わかった、そうするね?」
「ああ」

 レボルトの言わんとする言葉の意味はよく分からなかったけれど、地球人の私がその場に同席すると都合が悪いことでもあるのかな? と思って、大人しくレボルトの言葉に従い、私はその席には顔を出さなかったものの、無事に承認を得たと聞かされた後に議会で顔を合わせたシュトルツさんから「きみの存在はレボルトにとって良い影響になっているらしい、私からも感謝する」と、……なんだか、よく分からない言葉を掛けられて。褒められているのなら構わないのかな、と思ってその場では会釈をしておいたけれど、レボルトが非常に不満げな表情でシュトルツさんを私から引き離さんと追い払っていたので、……一体、あれはなんだったのだろう? と、些細ながらも私の頭の中には疑問が残っていた。
 ともかく、議会の承認を得たことで、私とレボルトは新居の家具家財の調達のために地球に降りる運びとなり、当日はソキウス──ウロボロスの空間転移で地球に送ってもらい、私とレボルトは地球に店舗を構える大型の家具屋を訪れたわけ、……なのだけれど。

「──で、何故貴様らが同行している……?」
「俺はお前たちの送迎役なのだから、そのまま同伴した方が効率的だろう?」
「効率的とは言わぬわ、貴様はネポスに残留することも出来よう?」
「はは、まあ興味本位というのが正直なところだな。地球の施設への好奇心というわけだ」
「……百歩譲って貴様の同行は許したとしよう、ソキウス。……だが、貴様は納得がいかぬぞ、シャーク・ボ−ンよ……」
「私は監督役として同行するように指示を受けている。……というのは、まあ建前で、家具選びの一助になればと思い、個人的なお節介で同行したんだが……、余計な世話だったか?」
「え、そんなことないよ! 私、こういうの選んだことないし、レボルトもソキウスも勝手が分からないと思うし、ルーちゃんがいっしょだと助かると思う。ねえ、レボルト?」
「……そういうことにしておいてもいいのではないか、レボルト?」
「……勝手にしろ」
「よし。それでは予定通り四人で周るとしようか」
「ハァ!? 予定外であろうが!」
「ははは……」

 今回訪れたのは、大型の家具量販店で、広い施設の中にはシステムキッチンなどの設備からテーブルやシェルフなどの家具、それに生活雑貨の小物まで揃っていて、見ているだけでも楽しくてついつい目移りしてしまう。それはレボルトも同じなようで、「おい、あまり余所見をし過ぎて逸れるな。この広さでお前を探すのは手間であろうが」なんて言っているけれど、視線をあちこちへと移す彼も割と楽しげで、この日のために見立てた地球の衣服も似合っていてとっても格好良いし、店内のいたる場所がネポスではあまり見慣れない光景だろうから、気苦労の多い彼にとって、少しでも日々の息抜きになるといいなあ、なんて思う。レストランなんかもあるみたいだから、歩き回って疲れてくるタイミングを見計らって、そちらにも連れて行ってあげたいな。確か、ミートボールが看板メニューだと事前にレナードから教えてもらったけれど、レボルトの口に合うと良いなあ……。

「……そうか、咎めはしても、探そうとはするんだな」
「……何が言いたい?」
「いや? 彼女を見失ったら探しに行く、と。あなたはそう言うのだな、と思っただけだが」
「俺が俺の所有物を探すことの何がおかしい? 断っておくが、あれは貴様の持ち物ではない。たかが幼馴染というだけの関係性で我が物顔はそろそろ見苦しいぞ、シャークよ……」
「そうだな、肝に銘じておこうか」
「──ルーちゃん! 向こうにサメのぬいぐるみがあるよ!」
「何?」
「すごくおっきいの! ふわふわで!」
「それは見過ごせないな……何処だ? 確保しに行こう」
「あっち! サメ以外もあるのかな!? 犬あるかな!?」
「そうだな……探してみようか、
「うん!」


 ──ぱたぱたと駆けていく二人分の足音に、一瞬、手を伸ばしかけながらも、レボルトは盛大に溜息を零しその場に留まっていた。

「あいつ、俺が言っている傍から……!」
「はは、シャークとの仲が修復されて、双方ともに楽しくて仕方がないのだろうな。にとっては、たかが幼馴染ではなく、大切な幼馴染なのだろう」
「……貴様の言葉の棘など俺は指摘せんぞ、ソキウス」
「まあ、少しは見守ってやってはどうだ? そう気を揉まずともあれはお前のところに戻ってくるだろう、レボルト。お前らしく後方で、余裕で構えていればいいではないか」
「……フン」

 ソキウスの言葉を受け流しながら、ふい、とそっぽを向くレボルトとて、その程度のことは分かっていて、──しかしながら、地球というにとっての故郷で、彼女の幼馴染であるルークと共立って親しげに笑い合う姿は、どうにもレボルトを苛立たせてならない。ルークからへと、幼馴染以上の憧憬が注がれていることには、レボルトもソキウスも気付いている。だが、は相変わらずそんなことにも気付いておらずに、幼馴染としてしかルークを認識出来ていない。それも何故かと言えば、の心の中には既にレボルトが住んでいるからだった。はあまり多くの物事を知らなくて、その上、今となっては彼女のすべてはレボルトになってしまったから。何があろうと、の一番はレボルトでしかなくて、そんなことはレボルトもソキウスも、それにルークも承知している。……だから、レボルトの零したそれとて、何も心配することではないというのに、それは、それでも気を揉んでしまう程度の情を覚えていることに対する、呆れにも似た溜息でもあったのだろう。或いは、一度どころか何度も、目の前でその命の灯が消えかけるのを見たが故の、庇護欲にも似た何かだったのかもしれないが、レボルトは未だ、その感情の意味と名前を結び付けることへの困惑と躊躇を抱いてもいる。

「──レボルト! 犬の……えっと、ケルベロスに似てる地球の! 動物の! ぬいぐるみがあって!」
「知っている。から何度も聞かされたであろうが、流石に覚えたわ。……で? この人形が欲しいのか?」
「え、あ、うん……邪魔じゃなかったら、買ってもいい?」
「邪魔になるような大きさでもなかろう? 好きにしろ」
「みっつ、並べて部屋に置きたいのだけれど……いい?」
「構わん、カートに入れておけ」
「ありがとう……!」

 そう言っていそいそと、ソキウスが押している大型カートの中に犬のぬいぐるみを三体、愛おしげな目で見つめながらもそうっと大切そうに並べるは、それをレボルトに買ってもらおうなどとは思っていないし、レボルトの方もそれに気付いているので、のその仕草は愛らしさ半分、腹立たしさ半分、と言ったところであった。婚姻関係に落ち着いても尚、はどうにも自覚に薄く、レボルトに甘えたがらない。レボルトの方はと言えば、素っ気ない態度を取ってしまって、の甘やかし方が分からない。なので、即物的な甘やかし方しか思いつかなかったレボルトはがなんと文句を言おうと、「自分の屋敷に置くものだから」という理由を押し通して、欲しがるものは全て買い与えるつもりで、の視線が何処に向いているのかを注意深く目で追っていたし、ソキウスはそれに気付いて微笑ましげに見守っているのだった。

「……しかし、お前、今日の目的を忘れているのではないか? 細々としたものは目当てが決まってからでもよかろう?」
「あ……そ、そうだった、ごめんなさい……」
「構わん。……で? シャークよ、同行したからには役に立ってもらおうか?」
「ああ。キッチンなどの設備は向こうに展示されているようだ。私が案内しよう」
「ルーちゃん、ありがとう……!」
「お安い御用さ」


 ──そうして、一行はようやく目当てのキッチン設備が展示されているブースまで辿り着いたものの、展示を前にして話し込むレボルトとソキウスに、はすっかり置いてけぼりの状態になっていた。

はどういったものが欲しいんだ?」
「えっとね……多分、私しか使わないから、そんなに上等である必要もないかなあ……とは思っていて……」
「ハァ……? 何を言っている、俺の屋敷の設備として備え付けるのだぞ」
「? それは、そうね?」
「俺の屋敷に粗末な品を置くな。……そうさなァ、その奥の設備などであれば見劣りもせぬか?」
「俺としては、もう少し大掛かりな設備でも良いように思うが……量を作るには手狭では困るのではないか?」
「貴様、さては俺の屋敷に居座るつもりであろう……?」
「ばれたか? まあ、の食事は美味いし、俺もありつけるものならご相伴に預かりたいからな。……しかし、これ以上は業務用になるのだろうか?」
「あ、ああ……そうだな、これ以上の設備になると店頭で探すのは難しいかもしれない。手広なものだと……あちらの、アイランドキッチンなどはどうだろう?」
「ほう、これは調理台の高さは調整が効くのか?」
「もちろん。の身長に合わせてオーダー出来る、安心してくれ」
「え、あの……」

 にとって頼みの綱とも言うべきルークまでもがそちらに加勢してしまっては、いよいよはおろおろと狼狽えるばかりだ。ルークが指差したアイランドキッチンは多人数で使うような大掛かりなもので、傍らのカタログを開いたルークの通訳により、話はトントン拍子で進んでしまっている。細かな寸法やデザインは各所オーダーが効くという説明にレボルトは納得したのか、ふむ、と考える素振りでひとつ頷く。

、この大きさで手狭ではないか? 俺には正直よく分からぬが、不便が無いのであればこれに決めるとしよう。この店舗ではこれが一番大きな品らしいからな」
「え、手狭ではない、かな……?」
「そうか。色はどうする? 俺としては、こちらの……」
「…………」
「おい、聞いているのか?」
「えっ、あの、う、うん。聞いてるけれど、あのう……私には、こんな上等な設備、過ぎたものじゃないかな、って……」
「ハァ……? 何を謙遜している? この程度、そう気にするほどのものでもあるまい?」
「ううん、そうなのかなあ……?」

 ──ネポス人は、というよりも評議会の議員であるレボルトやソキウスは、非常に手広な屋敷で暮らしており、地球の一般的なスケールと比べると基準が大分、大きいらしい。だからこそ、レボルトは本心から、この程度の設備で大丈夫なものか? とに問うているのだが、にとっては些か設備過剰なように思えて。……かと言って、研究所育ちのとルークにも、いまいち一般家庭のキッチンというものが分からなかった。何故なら彼らの過ごした施設にあったのは家庭の調理場というよりも、業務用の厨房らしきそれだったからだ。かつて、研究所の食堂に勤める調理師から料理を学んだは、研究所にあった手広な設備とはいえ、ひとりで使うようなものではないことは辛うじて知ってはいるが、かつて料理を覚えようとしたのも、……自分が出来ることを少しでも増やしたくて、役に立つ理由を、研究所に居て良い理由を持ちたかっただけで。そんな苦労も現在、レボルトの為になる、という形で実を結んでいる以上、は昔日に思い悩むこともないが、それは本題とは無関係の別問題である。──現在の問題は、この非常に上等な設備のアイランドキッチン、質に見合った程度には値が張ると言う点だった。レボルトとて金額はルークから説明を受けて納得しているのだが、にとってその額はまじまじと見つめてしまうような金額である。少なくとも、レボルトの屋敷の設備として、レボルトに購入させることは躊躇する程度の額だ。ましてや、共通の設備ではなく、ほぼ自分の為だけに誂えてもらうものだと言うのに。しかしながら、……十歳から研究所の職員として務め、浪費もしない彼女は貯金もしっかり蓄えている。だからこそ、この場において、の答えはひとつだった。

「あの、私が使うものだから私が買うね? それで良いよね?」
「ハァ……? んなもん、却下に決まっておろうが。俺の屋敷の設備なのだぞ」
「でも、使うのは私だけだし……」
「そのような問題ではなかろうが?」

 が緩やかにレボルトの地雷を踏んだことに、ソキウスは気付いており、揶揄うような素振りで肩をすくめ、ルークもそれを見て状況を察した。──元々、共犯関係だった頃から、レボルトはが遠慮を見せることを歓迎していなかったと言えるだろう。周囲のすべてに遠慮しながら自身を押し殺してきた彼女が、唯一呼吸が出来る場所だとレボルトの傍らを称するのであれば、自分に遠慮するのは何かが違うだろうに、と。レボルトはそう考えていて、しかしながらは善意で、──というよりも、レボルトを困らせて呆れられたくない、嫌われたくないからこそ、彼に対してそう振舞っているもので。すっかり彼女に根付いてしまったこの悪い癖をどうにか早急に矯正したい、と考えていることも、最近のレボルトがあれこれとに物を買い与えたがる理由のひとつだった。

「私も研究所でお勤めしてた分、貯金はあるから……!」
「んなもん、地球に降りた際に遊ぶ金にでも残しておけ! と言っておるのだ、俺は!」
、レボルトはそれはお前が戦士として得た正当な報酬だろう、と言っているぞ。このような場所で使わなくとも良いのではないか?」
「ソキウス……で、でも……」
「ソキウス! 話に割り込むな!」
「でも、やっぱり私しか使わないと思うし……あなたに買わせるわけには……」
「ほう……? お前は俺にそうも甲斐性が無いと思っているわけか? なるほど、良い度胸だなァ……?」
「え、そ、そうじゃないよ! あなたはとっても頼もしいし! でも、」
、こう言っているがレボルトはただ単純に、きみに買ってあげたいんじゃないのか?」
「即物的な男だからな、こう言ったことで甘やかしてみたいのだろう。お前より長く生きている分、レボルトも貯蓄は十分にあるのだし、使ってやってはどうだ? こう見えて真面目な男だ、お前以外に浪費の理由も思い浮かばんのだろう」
「やかましいわ! 貴様らはもう帰れ!」

 わあわあと言い争いを始めたレボルトとソキウスに、はぽかんと呆けて再度置いてけぼりになるが、「オーダーにはこのカードを持っていく必要があるらしい」とルークに誘導されるままに、ひとまずはこの場を納める為にも、は展示スペースからカードを抜く。

「──色、どうしたんだ? きみの好みなら白か?」
「ううん、……黒にしようかな」
「へえ、珍しいな」
「うん……レボルトの好きな色だから、最近好きなの。それに、多分、レボルトもこっちが良かったのだと思うから……」
「……そうか、それは何よりだ」

 ──その隣で、ちいさな幸福を噛み締めるようなのその横顔に、ルークは喜びと後悔とがないまぜになったような、甘くて苦い何かが喉を滑る感覚に揺さぶられていたのだった。



 ──キッチン設備を選んで、メインの買い物を終えた後で、施設内のレストランで休憩を取ることになったものの。此処のレストランでは、バイキング形式で好きなように選んだものをレジカウンターで清算する、という形式だと聞いたレボルトが、露骨に面倒くさそうな顔をするものだから、だったら私がレボルトの好きそうなのを買ってくるね、と張り切って席を立とうとしたものの、どうしてかレボルト本人に腕を掴まれて引き留められてしまった。……仕方なく、レボルトと共に先に席について、荷物の見張りを兼ねながら、ルーちゃんとソキウスにオーダーを任せることにしたものの、……レボルト、少し、機嫌が悪い? ような……?

「あの、レボルト?」
「……なんだ」
「やっぱり、こういうところは好きじゃなかった? 色々選べて、楽しいかなと思ったのだけれど……歩き回って、疲れたとも思うし……」
「それは、どうでもよい。俺が腹を立てているのは、お前の振る舞いの方だ。……、お前……まさかとは思うが」
「な、なに?」
「これから共に暮らしていくと言うのに、俺の伴侶となった上で、今後も俺に遠慮して過ごすつもりか」
「え、……それは、そんなつもりでは……」
「いい加減に、俺の後ろに立つのはやめろと言っているであろうが? ……俺が許した、お前は隣で胸を張っていろ」
「レボルト……」
「我儘とて多少は聞いてやろう、であるからして、先ほどのような……」
「あ、の……言い訳、していい?」
「ハァ……? よかろう、言ってみろ」
「わたし、……たぶん、我儘って、あんまり言ったことなくて、よく、分からなくて……」
「…………」
「それこそ、あなたの味方になりたいとか、傍に居たいだとか、それが我儘のつもり、だったのだけれど……」
「んなもん、我儘などに入らぬわ。……他に何か、ないのか」
「え、っと……」
「俺と共に生きるからには、お前はもっと強欲であらねばならん。……さもなくば、たちまち俺に貪られて仕舞いだぞ」
「? 私はそれでもいいけどなあ……」
「……ハァ……度し難い奴だな、よ……」

 レボルトは、基本的に素っ気なくて、“そういう関係”に落ち着いた今でも、彼の態度が目に見えて私に甘くなるなんてことは無くて、けれど私はそれでも別に構わない、と。そう、思っているから。……例えば、あなたに優しくしてもらえたのなら、とっても嬉しいのだろうけれど、不器用なレボルトにとって最大限で、それももう叶えてくれているのだと、こうして私に歩み寄ろうとしてくれているのだと言うことは、ちゃんと知っているし。改めて望むものだとか、欲しいものだとか、我儘を言えだとか言われても、……正直、私は、あなたのそれを叶えることができる相手が私であることを喜んでもいるので、あなたに我儘を言うよりも言われる方がずっと得意で、嬉しかったりもするのだけれど。それでは公平じゃないと、私に対等を許してくれた彼にとっては気に掛かるところであるらしい。

「……あ」
「どうした」
「あの、此処のケーキ、色々種類があるんだって」
「? ああ、それで?」
「うん、だからね、……レボルトと、半分こして食べたいな。ルーちゃん、多分色々買ってきてくれると思うから……交換して半分ずつで……だめ?」
「……まさかとは思うが、それは、我儘とやらのつもりで言っているのではなかろうな?」
「だ、だめだった? ご、ごめん……嫌なら気にしないで……」
「嫌な訳がなかろう。……構わぬ、別に構わんが、我儘と呼ぶには貧相すぎるわ。他には? 何かないのか?」
「え、えっと……せ、生活雑貨を! おそろいで! 買う、とか……あの、やっぱり……欲張りすぎてる……?」
「馬鹿を言うな……謙虚すぎるであろうが……? ハァ……少し休憩したら、生活雑貨を見に行くぞ」
「!」
「買うのであろう? 何が必要か、考えておくと良い」
「あ、ありがとう……!」
「……それと、あの犬の人形は」
「うん?」
「俺とお前の寝室にでも置いておけ。あれも、俺が買ってやろう」
「……ありがとう、レボルト……嬉しいな、あのね、あのこの名前、ケルベロスにしようと思ってて!」
「ハァ? わざわざ人形に名を付けるのか?」
「うん! かわいいでしょ? あ、でも、三体いるのに、三体纏めてケルベロスじゃ変なのかな……ケルベロスと、レボルトと、んー……あと一体、何が良いと思う……?」
「……ふはっ」
「な、なに? 私、変なこと言った?」
「いや? そうさなァ……名を付けるのであれば、例えば……」

 ──それから、ルーちゃんとソキウスが山盛りに運んできた料理やスイーツの乗った皿を見て絶句していたレボルトだったけれど、ミートボールもケーキも、生食文化がないから心配だったサーモンマリネも、なかなかお気に召した様子で、この後の予定を確認しながらどことなく楽しそうに、彼は食事を頬張っていた。……もうじき、このひとがこうして食べてくれるものを作るのは、私の役目になる。それが私は本当に嬉しくて、カトラリーは何色にしようだとか、レボルトと私とで色違いにしたいなだとか、ソキウスの分も用意しておかないといけないなだとか、そんなことを考えながら皆で食卓を囲むこの時間だって、まるで夢のようで。キッチンの設置時には、さすがに地球の業者をネポスには呼べないから、現物をルーちゃんや翔悟たちで、ウロボロスの空間転移を通じて運んでくれる、という未来の予定をルーちゃんから聞いたレボルトは、それはもう心底嫌そうな顔をしていたけれど。それにしたって、私はどうしようもなく、その日が楽しみで仕方なくなってしまった。──その日、ネポスのキッチンで。あなたの傍で、皆に囲まれながら、きらきらと光の色に白んだその食卓の中心に私が立っていることこそが、私にとってはこの上ない我儘、なのになあ。 inserted by FC2 system


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