呼吸のあいだにとけない言葉を

 私には、近頃になって、ふと気付いたことがある。……それをあなたに伝えたのならば、きっと呆れられて、「お前は今更、何を言っているのだ……」なんて、怒られてしまうのかもしれないけれど、……そんな風に、あなたの何気ない仕草を予想できるようになった相互理解も含めて、私にはその事実への気付きがとてもとても、大切なこと、だったのだ。

 ──すうすうと静かに寝息を立てる眼前の金色は、寝ている間に何度か寝返りを打ったのか少し絡まっていて、元々癖っ毛で絡まりやすい髪質なのだから夜の間も束ねておけばいいのに、と思うものの、自分の髪質を好いていないらしいレボルトは、私が何度言ってもそのままで寝てしまう。──それに、髪を下ろした彼の姿に、私が滅法弱いのもレボルトには既にバレてしまっているので、余計にレボルトは面白がって、こんな風に綺麗な黄金を放り出すことで私を弄んでは、その反応を愉しんでいるのだった。

 レボルトとの共寝が習慣付いたのは、私がネポスへと渡ってから少し過ぎた頃のことだ。地球の彼らを裏切ることへの罪悪感に身を焼かれて、それでもレボルトの夢を叶えてあげたくて、その二律背反に苛まれた私が眠れない夜を過ごしていたのを見かねて、「お前が俺の傍で唯一安寧を得られると言うのであれば、俺の隣でなら眠れるだろう」と極めて合理的で、──けれど、到底、彼の口から出てくるとは思いもよらなかったその提案を、レボルトは私へと持ち掛けて、そうして私は、レボルトの隣で眠らせて貰うようになったのだった。
 彼の寝室に備え付けられた寝台は広く、私ひとりを招き入れたところで、幾らでもスペースは有り余っていたけれど、それでも、……人間嫌いなレボルトの、プライベートな領域に踏み込み過ぎることが、私はどうにも申し訳なくて、……それに、何よりも、私にはレボルトを異性として好いている自覚がとっくに伴っていたからこそ、酷く緊張してしまって、──けれど、同時に。……ああ、きっとレボルトは私が隣で寝ていようが、何も感じないしそんな気にもならないのだろうなと、あの頃はそう思っていた。
 ──まあ、既に、そんなものは私の思い過ごしであって、当時はお互いに、この共犯関係にはいずれ終焉がもたらされるものと知っているからこそ、それ以上は互いに線を越えないようにしていただけに過ぎなかったのだと、──そう、今では理解できているけれど。

 それでも、──あの頃は、そんなことも分からなかったし、レボルトにはそういったつもりはないのだろうし、私には彼を誘惑できるほどの魅力もない癖に、ひとりで緊張してしまっていることが、尚更に恥ずかしくて情けなくて、彼の寝台の端の方でちいさく丸まって眠ろうとしていた私のその行動はどうやら、レボルトにとって歓迎されない類のものだったようで、──下手に遠慮をされるのは不愉快だ、とそう言って、レボルトは強引に私を手繰り寄せると腕の中に抱きかかえて、……それで、背中に彼の体温を感じると安心して、首筋に掛かる柔らかな髪のくすぐったさを心地よく思いながら、私はいつしか、緊張の縁から微睡みの中へと転げ落ちていたのだ。

 ──そんな日々が、今では、いつの間にやら。目を覚ましたときに、真っ先に飛び込んでくるものが、──カーテンの隙間から覗く朝日できらきらまぶしく輝く、彫りが深くて睫毛の長い、きれいなきれいな、あなたのかんばせになったものだから、今でも毎朝、驚きはするし、……私は今朝目を覚ましたときに、改めて実感したその変化を、……急に、どうしようもなく愛おしく感じてしまったのだった。
 恥ずかしくて、緊張して、レボルトに背を向けて眠っていた頃は、当然ながらレボルトの寝顔を見ることなど叶わなかった。……けれど、既にネポスに渡ってから数年の時が流れ、あれからずっと彼の傍で眠る日々を送るうちに、どうやらレボルトにとっての私は、存外に価値のある存在で、私が思っていたよりもずっと、彼は私に執着してくれていて、独占欲めいたものを私へと向けてくれているのだと、そう理解できるようになったから。──私はそれで、何時の間にやら随分と図々しくなってしまったようで、今では、自分から進んでレボルトに擦り寄り、彼の隣へと寝転んで目を閉じるようになってしまった。

 それは、レボルトが髪を下ろした姿は、夜の間しか見られないから、それを少しでも目に焼き付けておきたい、というのもあるし、就寝前のレボルトのリラックスした姿を眺めることにも、気付けば緊張よりも充足感を得るようになってしまったものだから、眠りに落ちる前の少しの間だって、私はレボルトを見つめていたいからと、彼の方を向いたままで逞しい腕に抱えられて眠りに就くと、──彼によってもたらされた安眠効果のお陰で、レボルトよりも早く目を覚まして、彼の寝顔を見つめることが出来たりもする。
 彼は筋肉量の関係か基礎体温が高いから、レボルトの腕に抱えられているとぽかぽかして、夜は私の方が先に眠ってしまうことが多かったけれど、その分だけ朝は私の方が早いから、ネポスで日々を過ごすうちに私は、あなたの熱に溶かされる夜も、あなたの安らぎを垣間見る朝も、同じくらいに大好きになったのだ。

 ──ずっとずっと、周囲を警戒して、誰にも気を許さずに生きてきたこのひとは、就寝中にも警戒心が強くて、寝室に気配があれば瞬時に飛び起きるほどに、危機意識が強い。そんな彼が、私の前ではぐっすりと眠ったまま、私が揺り起こすまで意識を覚醒することがない、というのは。……きっと、レボルトにとって私は、絶対に自身を裏切らない存在だと、既に無意識下のうちにレボルトがそのように私を見初めていてくれるからに他ならなくて、同時に、朝は私に起こされることを、彼が幾らか好ましく思ってくれているから、私が起こすまでは大人しく眠っているようになった、ということなのだろう、これは。
 長い前髪を少し払い除けると、呼吸の一定のリズムに合わせて、伏せられた睫毛が静かに揺れていて、無意識のうちにやっているのか、時折、ぎゅう、と私を抱える腕に力が籠るしぐさが、まるで甘えているかのようで可愛くて仕方がないのだと、私がそう言ったのなら、きっとレボルトに怒られてしまうのだろうな。……でも、あなたを甘やかしてあげられるのなんて、きっと銀河系の何処を探したって私だけなのだと、既に私にはそのような自負がしっかりと備わっている。私はもっと、自惚れても良いのだと、……私は、あなたの特別なのだと、もう、ちゃんと分かっているからこそ、私はこの変化が嬉しいんだよ、レボルト。

「──レボルト、朝だよ。そろそろ起きて……?」

 ──さて、議員として忙しい日々を送る、愛しのあなたを。私としてはもう少し、……せめて、朝食が出来るまでは寝かせておいてあげたいのだけれど、がっしりと腕に抱えられていたのでは寝台からも抜け出せないから、一度は起きて貰わないといけない。
 本当は、こうしてあなたに抱かれて眠る習慣を無くした方が、朝の支度がスムーズに行くし、少しでもレボルトを寝かせておいてあげられるようにもなるわけだし、あなたの為にも私はそのように進言するべきなんじゃないかとは、分かっているのだけれど。……でも、あなたの休息を優先するよりも、この時間が愛おしいから手放したくないと、そう考えるようになった私は、やっぱり、酷く我儘になってしまったのでしょう。──まあ、レボルトにとっては、私が彼に似た悪辣に染まることは大歓迎のようだから、……結局あなたは、それも咎めないのだろうけれど。

「……あ"ぁ……? 朝、だと……?」
「うん、おはよう。ご飯作ってくるから、それまではごろごろしてても良いよ? 着替え、出しておくから」
「……いや、起きる……」
「そう? まだ眠そうだし、無理しなくても……」
「やかましい。……お前が俺無しでは寂しかろうと、気遣ってやっているのであろうが? 謙遜よりも先に、することがあるであろう?」
「……ふふ、ありがとう、レボルト」
「……ま、及第点か。明日は、泣いて喜ぶくらいはしてみせろ、

 そんな風に笑って、私を揶揄って楽しそうにしているあなただけれど、本当に私が泣き出したのなら、俄かに狼狽えて不器用ながらに気遣ってくれることも、とっくに理解しているよ。……だから私は、あなたの隣で過ごすこの日々が好き。朝も夜も昼も、あなたのその険しさの中に、ほんの少しだけ垣間見える穏やかさはすべて、私へと注がれているのだと実感するこの日常が、……私は大好きだよ、レボルト。 inserted by FC2 system


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