ふしだらな光にすくわれることもあるよ

 レボルトはいつも、私は大層に危なっかしくて、放っておくとすぐに怪我をしてくるし、頻繁に死にかける、と。だから自分が見張ってやっているのだと、そう言うけれど。──確かに過度の心配をかけているのは私が悪いけれど、相手のことが心配になる、という意味でなら、──レボルトだって全然、私と変わりがないの、あのひとには自覚がないのだろうか。

 私がネポスへと正式に移住するよりも前、──つまるところ、ボーン研究所を離反し、地球の彼らと対立していた頃のこと。──時折、任務地より屋敷へと帰ってきたレボルトから血のにおいがすることがあった。私はいつも、それに酷く焦って、まさか何処かで怪我を、と慌てて彼に駆け寄るものの、レボルトは毎回、何を言っているんだと言わんばかりに私を見下ろして、「……ああ、なるほど」と、そう、私の反応に思い至ったように声を漏らして、──あっけらかんと、こう言い放つのだった。

「返り血に決まっているであろうが? ……まさか、俺が遅れなど取るとでも?」

 そう言って、呆れた顔で、丁度いいと言わんばかりに、年功序列で議会にて面倒な仕事を押し付けられただとか、その流れでどこそこの星をひとつ潰してきたのだとか、……そんな話を、何でもないことのように、まるで只の愚痴か何かのように私へと零すものだから、……私はその度にいつも、どっどっど、と早鐘を討つ心臓を必死に押さえつけて、──大変だったね、と平然を装いながらも彼に相槌を打って、……そうして、血で汚れて生臭くなったマントを洗濯するべく、レボルトの手から預かるのだった。

 そうして、返り血でずっしりと重くなった黒いマントを受け取るたびに、……私が、どれほどレボルトのことを心配していたことか、きっとあなたは知らないのだろう。黒いマントは返り血を浴びたところで色など変わってはいなかったけれど、だいぶ重量を増したそれは、……あなたが一体、どれほどの虐殺を行なって私の元へと帰還したのかという、その事実を言葉よりも遥かに雄弁に語っていたから、……それでも、私は、あの頃には、既に。──その事実を、あなたが誰かを手に掛けたという目の前の現実を突きつけられても、とっくに。あなたのことを怖いと感じることは無くなってしまっていて、只々、……レボルトが、危険な任務に日々就いていると実感するその時間が、私にはどうしようもなく、怖かったのだ。

 初めてそんなことがあった後で、レボルトの身を心配に思ってソキウスに仔細を聞いたところ、恐らくレボルトは血の汚れが目立たないようにと、黒いマントや赤い衣服を身に付けているんじゃないかと、ソキウスはそう話していた。

「──俺も本人から聞いたわけではないが、議会で追及されることも少なくはないからな……」

 ──と、そう語っていたソキウスの言葉から察するに、恐らくレボルトは、議会で度々彼の過激な手段を糾弾されては、お得意の笑顔で取り繕って煙に巻いていたのだろうと、そう思う。私が議会に出席するようになったのは、親善大使の任に就いた後のことだから、当時は議会で何が執り行われているのかも、レボルトやソキウスから聞き及ぶ範疇でしか知らなかったし、……理由も知らずに、レボルトに似合っていて格好良いなあ、と。漠然と私がそう思っていた黒いマントに、彼が込めた明確な意味があると気付いた日には、当然ながら私は本当に驚いて、上手く言葉が出てこなかったのを、今でも覚えている。

 けれど、──きっと、返り血を浴びたまま、酷く濃い血の残り香を漂わせたままで、見るからに怪しいその佇まいを笑顔ひとつで黙らせるために、これは合理性を持って選ばれた衣裳であるらしい、とそう気付いてから、私は、──見慣れぬネポスの装束、レボルトが纏う衣服のことが、以前にも増して、とてもとても、好きになってしまったのだ。
 ──だって、この黒いマントこそが、彼が他者に暴かれることを嫌悪する、レボルトという人間のその本質を、誰の目からも覆い隠してくれているような気がして、彼を護る武装であるような気がしてしまって、──それでいて、このマントの内側に立ち入ることを許されたのは、レボルトの憂鬱に触れることを許可されたのは、……私という只ひとりのみなのだと、あのマントは私に、そう実感させてくれたから。……私は、黒いマントに身を包むレボルトの佇まいが、心の底から大好きだった。

 ──と、そんな風に私が彼の装束を通して抱いた憧憬などは、私がレボルトに悪意を向けられていない相手であるからこそ、そのように感じられるのであって、レボルトの衣服が悪事の隠滅を目的としていることは揺るぎのない事実であり、それ自体は決して、褒められたものではない、──まあ、確かにそれはそうなのだけれど。

「……わ、あ……」
「……寸法は合っているな。身体を動かしづらい箇所はあるか」
「う、ううん。へいき、何処もぴったり……」
「ま、当然であろうな。腕の立つ職人を屋敷に呼び寄せ、採寸させたのだ。寸法が合っていないのでは、大問題だからな……」

 ──私がネポスへと正式に移住して、少し過ぎた頃に。今後、こちらで暮らすのであれば、ネポスの装束を仕立てておいた方が何かと都合がいいと言って、レボルトが呼び寄せた職人による採寸と生地選びが行われてから、二週間ほど過ぎて。──レボルトの屋敷には、私の為に誂えられた装束がいくつか届けられていた。

 それまでは、夜眠る際に着る寝間着くらいしか、私はネポスの装束を持ち合わせていなかったけれど、これを期に纏めて仕立てておくといいと言うレボルトに乗せられて、しかしながら、私はまだネポスの装束について、どれがどの用途で用いられるものなのかが分かっておらず、どういったデザインが好ましいのかについても、……レボルトの好みが、レボルトにより好く思ってもらえるのはどれなのか、という彼の美醜への判断基準も含めて、私はまだよく分かっていなかったし、今回は全面的に彼に任せようと頼んでみたら、思った以上の数が届いて驚いていた、──それは、その最中のことである。
 これが日常着で、これが部屋着で、これが正装で、これが外出着で、──と、そんな風にいくつも説明をされた後で「で、……これが仕事着だ」と、そう言いながらレボルトが私の身体に合わせたのは、──彼が身に纏う装束と同じ生地で誂えられた、赤と黒を基調とした、恐らくは戦士の為の衣服だった。
 デザインは、レボルトの着ているそれを参考にしているのか、ワンピースのような形に深いスリットが入っていて、戦闘時にも動きやすいように仕立てられている。……それは、まるでお揃いの衣装のようで、同時に、……私はレボルトのものだと誇示するかのようなそのデザインに私は思わず固まって、ぎゅっ、とワンピースを握る指先を、くつくつと喉奥で笑いながらレボルトはするりと解いて、……それで、目の前の鏡越しに、私の目を覗き込んだあなたが何を言うのかと思えば、……あなたってば、あんなことを、言うのだもの。

「どうだ? ……返り血が目立たん色で、なかなかによかろう? ……まさしく、俺の共犯者に相応しい衣裳だ。替えも作らせてある、存分に袖を通すがよい」

 ──なんて、したり顔で。そんなことを言っていたあなたの言葉には、もしかすると、照れ隠しも混じっていたのかもしれない。お揃いなんて気恥ずかしいことを、という躊躇もあったのかもしれない。──けれど、それより、なにより、私が嬉しかったのは。あなたは今でも変わらずに、私を共犯者とそう呼んでくれるのだと言うその事実に他ならなくて、──だから私は、あの日から、もっともっと、あなたの黒いマントが、それから赤と黒という色が、大好きになったのだ。
 だって、この色は、きっと。……あなたの本質を他人から覆い隠す色であるのと同時に、私をあなたの懐へと隠してしまう色で、それから、──私とあなたが同じ生き物であることを証明するいろだと、そんな風に、私には思えたのだもの。 inserted by FC2 system


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