宝石の中で気だるいSOSをくり返す

 先日、久々に地球の研究所に出向いた際に、私も子供の頃から世話になっていた職員二人が結婚するのだと聞いた。私が驚いておめでとうと伝えたら、ふたりで選んで作ったのだと言う指輪を見せてくれて、──ああ、私は一度、この研究所を攻め落として、彼らを害する側に立ったと言うのに、それでも。このひとたちは大切なものを、まるで当然かのように私に見せてくれるんだなあ、って。……そう思ったら、その小さな宝石の一粒が収まった銀色はひどく美しいもののように思えて、──それで、なんとなく、こう思ってしまったのだ。

「──ああいうのって、なんか、いいなあ……」

 ──その後ネポスに戻り、レボルトと暮らす屋敷に帰った後で、地球や出先での出来事をちゃんと報告しておかないとレボルトの機嫌を損ねるから、その日も私は地球の研究所で何があったのかの子細をすべて話して、──それで、その流れで指輪を見せてもらった話を口にしたという、只のそれだけだった。──指輪、素敵だったなあ、と彼に語り聞かせた私の口調は確かに、些か熱っぽく、高揚していたかもしれないけれど、レボルトの方は特に関心がなさそうに、「地球には、妙な風習があるものだな」──と、そんな風に、彼はどうでも良さげにその話題を聞き流していたような気がするのに。


「──、手を貸せ」
「? 何か手伝うことがあるの? いいよ、何をすればいい?」
「そうではない、左手を此方に貸してみろと言っているのだ」
「うん……? はい、どうぞ……?」
「……掌ではなく、此方側だ」

 互いに仕事を終えた終業後、夕飯だとかお風呂だとかも一通り済ませて、カフェインレスのお茶を淹れて、私室でレボルトとリラックスしていたそのときに。ふと思い出したようにそう呟いたレボルトは、私の手を掴んで手の甲の側へとひっくり返して、──それで、彼が何をするのかと思えば。──すっ、と。戸棚から取り出した、きらきらと金色にひかるリングを私の指に滑らせて、左手の薬指の付け根へと収めていた。──それに対して私はと言うと、ぽかん、と口を開けたままで、……一体、これが何で、今レボルトに何をされているのかが、まるで分らなくなってしまっていた。

「え。……え? あの、これ……?」
「一体、何だと言うのだ……」
「こ、こっちの台詞ですけど……!?」
「……地球では婚姻の際に、指輪を贈るのだと言ったのはお前であろう? 俺とお前は婚姻関係にあるからなァ……用意してやったのだ、光栄に思え」
「そ、そんな急に……!? 嬉しいけれど、でも、どうして……」
「……なんだ、強請った訳では無かったのか? 俺に話を聞かせたのは、そういった意図であろうが?」
「え!? ち、違うよ! そんなつもりではなくて、いや、確かに嬉しいけれど……でも、まさか、あなたが私に、こんな……」
「……全く、少しは強欲になりでもしたかと思ったものの……では、それは要らぬのだな?」
「い、要ります! ……ううん、欲しい……貰ってもいい……?」
「……まあ、よかろう。せっかくこの俺が用意してやったのだ、大人しく受け取っておけ」
「……うん、ありがとう、レボルト……」

 ──左手の薬指できらきらかがやく、きんいろの台座の上に収まった、明るい紫色をした宝石。それは、光を受けてきらきらと薄い色素に輝いて、どうやら、暗い場所だと深い色味に色を変えるらしいその不思議な石は、なんだかレボルトの瞳の色のようで、──きらきら、きらきら、とてもきれいだった。
 ──これはつまり、この間、私が指輪の話をしたことを、何とレボルトはしっかり覚えてくれていた、ということらしい。きっと聞き流されているものと思っていたし、ネポスには類似した風習がないことも知っていたから、まさか自分がレボルトに指輪を贈ってもらえるなんて思わなかった。地球のそれらと類似したアクセサリー類ならば、ネポスにも存在することもまた、知識の上では知っていたものの、レボルトはあまりそういうものに興味がないようだったし、彼の興味を惹かないそれらを身に付けても仕方がないと思っていたから、私もまた、装飾具の類を欲しいと考えたことは、なかったのだ。
 ──だから、こんなに嬉しいものなのだとは、知らなかった、なあ。指の付け根で瞬くそれを、……まるで、彼に与えられた祝福か何かのように思ってしまうだなんて、私は考えもしなかったのだ。

「……これ、レボルトが選んでくれたの?」
「……ま、そんなところだ。職人に作らせた」
「そうなんだ……嬉しい、ありがとう……大切にするね……」
「……当然であろう? 決して失くさず、常に身に付けておくがよい」
「うん!」

 そうして、その夜は心がふわふわして楽しくて頬もずっと緩みっぱなしで、もう寝るぞとレボルトに言われても、高揚のあまりになかなか睡魔が下りてきてはくれなくて、──結局、夜遅くまで寝台の上、布団の中でこっそりと指輪を眺めて、ふにゃふにゃして過ごしてしまった。
 恐らくは地球には存在しない、ネポス独自の鉱石なのだろう。これが、どういった宝石なのかは分からないけれど、この石は不思議なことに、暗い場所でぼんやり光って見えるのだった。布団の中の暗がりでも輝く、穏やかで静かなその紫電は、やっぱりレボルトの瞳の色のようで、……きれいだなあ、うれしいなあ、と眺めているだけで楽しくて、私がそうして、ずうっとにこにこしていたら、レボルトは少しだけ呆れているみたいだった。けれど特に何も文句は言われなかったから、私は、この素敵な宝石の名前を知りたいと思って、これ、何の石なの? とレボルトに訊ねてみたけれど、「……さあな? 俺も詳しくは知らん」──と、そう言われてしまったから、……結局私は、この指輪に用いられている材質が何なのか、よく分からないままだ。

「……む? よ、その指に着けているものは……」
「! そうなの! これね、レボルトからの、プレゼントで……!」
「……なあ、これあの石じゃねえのか?」
「……まさか、例のアレか……? あの書物に……」
「ああ、俺も本物は見たこともねぇが……」
「拙者も同じくだ、……ふむ、確かに、聞き及ぶ特徴には似ているな……」
「……あ、あれ……? グラディス? ベントーザ……?」

 ──レボルトからの贈り物を受け取ってから数日後、職務の合間にまたしても、にまにまと指輪を眺めていたら、レボルトに用があったらしいグラディスとベントーザが訊ねてきた。
 レボルトは今、議会の方に顔を出していて席を外しているという旨を伝えると、戻るまで待ちたいとふたりが言うものだから、待っていてもらう間にお茶でも出そうかと思っていると、ふと、グラディスが私の指に嵌まっている指輪に気付いたのか、問いかけられたその言葉に、──私は思わず指輪を自慢しようと思ったのに、……なんだか、よく分からない話で、急にふたりが盛り上がり始めてしまったのだった。

「……時に、よ」
「な、なんでしょう……?」
「この鉱石は、暗所でぼんやりと光って見えるのではないか?」
「み、見えるけれど……?」
「じゃあよ、光に翳すとバチバチ光って見えるか?」
「え? え……? ま、待って、……翳すって、こう……?」

 グラディスの質問もよく意味が分からなかったけれど、ベントーザがまるで不思議なことを言うものだから、私は彼らに何を言われているのかさえも理解できなかったものの、ともかく言われるがままに窓際に立ち、指輪を陽の光に翳してみる。──すると、紫色の宝石の内側には、ぱちぱちと雷のような光がちいさく、いくつも弾けて。ちかちかと眩しく、まるでスノードームのようなその仕掛けに私はびっくりして、思わず指先に目が釘付けになってしまった。
 ──そして、それを見ていたベントーザとグラディスは小さく歓声を挙げて、「やはり本物か」「そもそも実在するのか」「初めて見た」──と、恐らくはこの石のことで相変わらず妙に盛り上がっているようで、……私はと言うと、今度こそ完全に、ふたりの話題から置いて行かれている。

「ええ……? あの、ふたりとも……?」
「──どうしたのだ、。何の騒ぎだ?」
「! ソキウス! あのね、ふたりにこの指輪を見せたら、なんだか……」
「……ほう? 一体どうしたのだ、これは」
「レボルト様からの贈り物だそうです、ソキウス様」
「我々も驚きましたが、これは恐らく、あの言い伝えの……」
「……そうか、なるほど。確かにそのようだ……まさか、あいつがな……」

 グラディスとベントーザに置いてけぼりを食らっていると、タイミングよくソキウスがひょっこりと現れたものだから、丁度よかったと言わんばかりに私は、「あの、これって何か珍しいものなの……?」──と、彼にそう、訊ねたと言うのに。……当のソキウス本人は、グラディスたちも含めて、私の言葉にぽかんと呆けて、……顔を見合わせた後に、静かに私に詰め寄るのだった。

「……よ、お前はこれをレボルトから、何と言われて渡されたのだ?」
「何って……私がこの間、知人に指輪を見せてもらった話をしたから、私も欲しいのかと思って、用意しておいてくれたって……」
「……それだけか? 他には?」
「他には、特に何も……?」
「……レボルトは、これを何処から調達してきたと言っていた?」
「レボルトが石を選んだとは言ってたけれど……職人に作らせたって……」
「……なるほど、抱えの職人に作らせたのか。確かに、一般に流通はしていないだろうからな……」
「……ね、ねえ、それって、もしかして……」
「ああ、どうした?」
「……何か、珍しかったり、高価なものだったりするの……?」

 ──だって、あのときレボルトは、本当に何でもないことみたいに。……只、私が欲しいのかと思って用意しておいた、と。本当に、只のそれだけしか話していなかったのに。だから私も、私にとってはこの上なく嬉しいものでも、レボルトにとってはきっと何気ない贈り物なのだと思っていたこれは、もしかして、──そんな風に気軽なものではなかったり、するの? ……と、そう思った途端になんだか左手が重たくなった、ような。……これは果たして、気軽に身に付けていて良いものなのかと、……レボルトは常に身に付けておけとそう言ったけれど、でも、と。……次第に、私は不安になってきてしまって。

「……地球には、同じ石は無いのか?」
「ない! ……ないよ、ぜんぜん、あんなにずっと、ぴかぴか光る宝石なんて、見たことない……」
「まあ確かに、ネポスでも稀少価値のあるものだが……俺も初めて見たくらいだ」
「拙者も初めて見たぞ」
「俺もだ」
「そ、そうなんだ……あの、これって、それじゃあ……」
「どうした?」
「……ものすごく、高価なものだったり……?」
「……いや、まあ……レボルト様は、議員であるし……」
「レボルト様にとっては、其処までの額ではねえのかもしれねえが……?」
「いや、俺も議員だったから分かるが、それは……いや待て、レボルトが話していないのならば、俺達が言っては野暮だな、やめておこう」
「え!? ちょ、ちょっと! ……ちゃんと最後まで教えてよ、そんな半端に聞かされると不安になるでしょ!?」
「いやいや、気にすることはない。……只、生きている間に拝めるか否か、と言う程度だからな……」
「気になるよ! ……というか、待って、宝石がそれなら、この台座も……」
「…………」
「ちょっとソキウス! 黙らないでよ!? ……ええ、貰ってよかったのかな、本当に……」
「……寧ろ、受け取らない方が怖いな……」

 ──結局、ソキウスたちは私には真相を教えてくれなくて、私の方も、鉱石の名前も分からないのでは調べようがないし、……そもそも、そんなことを調べるのは、なんだか品がないような、レボルトの厚意を無碍にしてしまっているような気もして嫌だったし、私もこれ以上に深追いをするのは諦めてしまった。
 でも、もしも。──これが、どういうものなのかが分かったのなら、レボルトが私に傾けているものの実態が如何ほどなのかということが。……そうだ、余り言葉で語ってはくれない彼の愛情の色形が、私にも知れるのではないかと、確かにそんな風に期待してしまってはいたけれど、……でも、きっと。レボルトは、私にこの紫電の意味を教えてくれることはないのだろうと、そう思う。彼が話してくれない以上は、私の方で詮索するつもりはないし、私は只、レボルトに言われた通りに、この指輪を大切に身に付けていようと思う。

 ──だから、結局。私が知っているのは、私に理解できたのは。あなたが、自分の色にひかる美しい雷を私の指に嵌めて、私はあなたのものだと言う証拠を四六時中でも私の身に着けさせたがっているという、只のそれだけ。……きっと、それだけの事実でも私はどうしようもなく嬉しかったはずなのに、なんと、それ以上の何かがこの瞬きの奥には詰まっているらしくて、……本当に即物的なひとなんだなって、少しだけ笑ってしまって、……私、やっぱりあなたのそういう不器用ながらも、しっかりと形にしようとしてくれるところを、愛しているのだと、そう思った。 inserted by FC2 system


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