空っぽのこころにも勝手に花は咲く

※旧ジョジョサイト時代のリメイク品。



 駅前の花屋で働く女の子、名前は。彼女の名前くらいは、ネームプレートを付けていたからすぐに分かった。行きつけのカフェのオープンテラスから見えるその店に、それまで入ったことはなかったが、彼女を見つめて、見つめ続けているうちに、遠くから見てるなんてもどかしくなってしまった。穏やかな顔で花の世話をするその佇まいに、多分、おそらく、ぼくは生まれて初めて恋をしたのだ。一目惚れだった、と思う。誰かを好きになる、なんて経験が無くて、どうしたらいいかわからなくて、けれどこの経験はきっと作品のリアリティに繋がる、と。そう、自分に言い聞かせて。恥を忍んでアプローチを重ねてきた。彼女の働く花屋で週に二回ほど花束を彼女に見繕わせて、ぼくの印象を植え付けて。あげる相手なんて、ブーケを作った本人くらいしか思い付かないぼくの手に渡ってしまったその花束は、いつも仕事部屋のデスクに置いた花瓶へと活けられていた。特別花が好き、だとかそういう趣味はなかった気がする。だが、花瓶に活けられた彼女の選んだ色とりどりが視界に入ると不思議と仕事が捗って、こういうのも悪くないな、と思ったのだ。そして、彼女の色彩に囲まれて生活するようになって数ヶ月が過ぎた頃のことだった。

「やあ、今日も暇そうだなこの店は」
「あら、露伴先生。そうなんです、露伴先生が来てくれてよかった」

 ぼくの嫌味をさらりと交わすあたり、この女はこう見えて頭が切れる。最初は見つめているだけだった彼女と、こうして常連客として顔と名前を認識された上で会話をしている現状は、最初に比べてかなり進歩したと思う。嬉しそうにはにかむその姿に、胸のおくがずきずきと疼くものの、そう、所詮ここまでだ。恋愛なんてしてこなかったしバカバカしいとさえ思っていたぼくには、会いに来て花を買う、それだけのアプローチしか思いつかない。二人で行きたいな、と思って買った美術館のペアチケットも、の華奢な腕に似合いそうだ、と思わず取材先で手に取ったブレスレットも、どちらも渡せないまま。相変わらず鞄の中に入っている。それを無視して、ぼくは今日も花を見繕わせようと財布だけを取り出す。

「今日はどうします? お任せですか?」
「ああ、任せるよ。ぼくはそこまで詳しくないからな。」
「ふふ、よかったですね露伴先生、先生のワガママな注文聞いてくれる花屋なんて他にありませんよ?」
「まあそれは…おい、ちょっと待て、ぼくがワガママだって?どこが?」
「ああ、でも露伴先生、この店ね、今月で畳むことになったんです」
「…は?」

 意味が、わからない。軽い雑談の流れで、さらり、と告げられたその言葉の意味が理解できない。畳む?店を?きみと会って話ができる、この唯一の場所を?

「ちょ、ちょっと待て、きみはこの仕事が、花が好きなんだろ?」
「はい、と言っても私は所詮雇われですから、店長が決めたなら仕方ないです」
「しかし、それでは、」
「次の仕事、早く見つけないと」
「いや、だから! それではぼくがこま」

 る、と言えるほどこの岸辺露伴は馬鹿正直ではないし、そんなことが言えたならとっくに美術館のチケットだって渡せている。ああ、そうだな、外で会う仲まで進んでいれば別にこの店が潰れようが知ったこっちゃなかったのに。クソ、計算が狂った。

「露伴先生がいつも来てくれて嬉しかったです」

 待て、だから待てったら、きみがこの店にいなくなったら、ぼくは何を口実にきみに会いに行けばいいんだ。第一、家だって知らない。いや、彼女を読み解いてしまえばそんなの一発で分かったんだけど、康一くんがそういうのは良くないというから。嫌われますよ、と釘を刺されたからバカ真面目にこんな店に通いつめていたんだぞぼくは!きみ目当てに!

「露伴先生とお会いする機会も、きっと私にはなくなってしまうけれど」

 だというのにきみは、何を勝手なことばかり、こんなところで逃してたまるか。ああ、もう知らないぞ。きみが悪いんだからな。

「今までありがとうございました」
「……」
「先生?」
「……きみ、いつから無職なんだ」
「む、無職……刺さる言い方しますね……来週にはシフトも空くので、それから就活を」
「分かった、それなら来週までに部屋を開けておく」
「へや?」
「引っ越しは来週で構わないだろ? きみは暇なんだし」
「引っ越しって、どこに、どうして」
「おいおい、まさか家賃を払う稼ぎもなくなる奴が現状維持しようなんて考えてないよな? 現実見なよ」
「いや、現実よりまず、ちょっと話が見えないです、先生」
「……だからなあ! この岸辺露伴が! きみを! ぼくの家に住まわせてやる! と言っているんだッ!」

 結婚しよう、だとか、同棲しよう、とでも言えたら格好が付いたのかもしれない。いや、しかし僕達は客と店員なんだぞ、流石にそれじゃあぼくが気持ち悪い奴みたいじゃあないか……。慎重に距離を詰めて、という当初の計画は狂ったけど。なりふり構ってやらないぞ、とも思ったけど。それでも、ぼくの精一杯はこの台詞だった。あとはが察しろ、ぼくは言うだけのことは言ってやったぞ、さすがのきみでもここまで言われたら分かるだろう!? このぼくが、どんな気持ちできみに会いに来ていたかってそのくらい!

「……ああ! なるほど! 分かりました!」

 少しばかり、物分かりがよすぎるその回答に肩透かしを食らった。な、なんだ……分かったのか……というかもしかして、気付いていたのか……? 気付きながら、気付かないふりをしていたというなら、とんでもない女だな、きみ。

「わ、わかったならいいんだよ……で? どうする?」
「是非! そのお話お受けさせてください!」

 正直、いい返事が返ってくるとはあまり思っていなかった。困った顔ではぐらかされるような気がしていたから、今まで踏み込んだ行動が何も出来なかったんだ。それなのに。少し目を細めて、花が咲いたように笑うきみに思わず、ぶわ、と顔が赤くなるのを必死に隠す。まずい、ちょっと可愛すぎるぞ、きみ。なんだよ、もしかして両想いだったのか?本当に?ああ、こんなことなら早くブレスレットも渡しておけばよかった。素直に渡せば、も素直に喜んでくれていたかもしれないのに。店先であのブレスレットを見つけてから、があれを付けているところが、見てみたくて。きっと彼女によく似合う、出来たら、付けている姿をスケッチさせてほしいくらいだ。

「そ、それでいいんだよ。来週、迎えに行くから…そうだな、連絡先教えてくれる?」
「ええ、いいですよ! 露伴先生ならもちろん!」

 嗚呼、あの笑顔を前にして、内心ガッツポーズをしていたあの日の自分が恨めしい。


「初めまして康一くん、露伴先生のお宅で家政婦をしていると申します。」
「え?家政婦? でもさんって、確か露伴先生の……」
「康一くんッ!! 待て、訳を話す! こっちに来いッ!!!」

 後日、ぼくの家に遊びにやってきた康一くんに律儀に頭を下げるの姿を見て、なんだかもう、いっそ台無しにしてやりたくなった。ここまでのプロセスを滅茶苦茶にしてやりたいと言ったら、きっと康一くんは怒るだろうけど。

「露伴先生、どうしてこうなっちゃったんですか……?」
「……ぼくが聞きたいよ……」

 ぼくからへの、初めてのプレゼントになったペールグリーンのエプロンは、彼女によく似合ってる。だけどそれを制服の支給だと思い込んでいるあのアホ女には、結局、未だにブレスレットは渡せていない。 inserted by FC2 system


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