星読みの失敗ではじまる

 とは、まあ、それなりに深い間柄だったように思う。元々、彼女と知り合ったのは、編集部の人間からの紹介で、ぼくが作品を描くために彼女の業種を取材する必要があり、その際に取材の申し込みを二つ返事で引き受けてくれたのが、だったのだ。そうして知り合った彼女は、その経緯からも分かるようにお人好しで、基本的には人が良く、スタンド使いでもない一般人だ。ぼくのスタンドを用いて一度だけ読んだ、彼女の本の記述の中にも、別段、特別な記録やぼくの興味を掻き立てるようなものはなくて、まあ、本当に極々普通の、一般人。問題は、そんなにもどうってことのない彼女を、……この岸辺露伴が、どうにも得難く感じてしまっているらしい、ということだった。

『露伴さん!』

 先生、じゃあないんだよな、彼女。ぼくを呼ぶとき、先生って呼ばないんだぜ。まあ、経緯が特殊で、彼女にとってぼくは“岸辺露伴という男”以外の何物でもなかったから、極自然とそう呼んでいるんだろうがね。だが、やはり職業柄、親しくなるにつれてぼくを“先生”と呼ぶようになるヤツが多い中で、彼女のその対応を、なんか良いねェ……なんて、思っていた自分が居たのも確かだ。だから、多分そんな些細な新鮮味だとか、笑ってぼくの名前を呼ぶ目元の穏やかさだとか、そういう本当にちっぽけなものに、このぼくが惹かれてしまっている……ということに、他ならないし、そもそもの話をすると、多分これは、一目惚れなのだ。容姿に対する、というよりも。という人間そのものに、初対面のあの日からずっと、ぼくはどうしてか、酷く惹かれてしまっている、という……わけ、なのだが。まあ、屈辱だよ。そりゃあ、屈辱だとも。どうしてあんなにも、普通の女に、このぼくが普通じゃない気持ちにさせられなきゃいけないんだ、ってね。そう、思っているんだ。
 そして、この気持ちを伝えよう、と思ったのは。ぼくだけがこんなにもへの気持ちに振り乱されているのは、不公平だろうッ! と、そう思ったのもあるし、……正直、彼女も同じ気持ちで居てくれるような気が、していたから、というのが一番大きい。仕事の関係で知り合って以降、まあ元々、接点が少なかったわけでもないのだが、それを差し引いても、ぼくとは、仕事以外のプライベートでも度々顔を合わせたり、連絡を取り合うような仲になって、割と頻繁に、ふたりで出かけたり、彼女がぼくの家を訪ねてきたりしている。間柄としては、友人、と呼べるものだろう。そう、友人だ。そう、なんだが。……これ、どう見たって脈、あるよな? と、ぼくは思っていたんだよ。……クソッ、そうだよ! ぼくは断られる可能性なんて全く考えていなかったんだ! だってぼくを憎からず思って、好意的に感じているんだろう? と、そう思っていたからこそ、今更だがぼくたち恋人同士になってもいいんじゃあないか? なんて、自信満々に言い切れたんだよ、ぼくはさあッ!

「え? 恋人……? 私と露伴さんが? ええ、ちょっと、そういうのは違くないですか……?」
「…………ハァ〜〜!?」

 だからこそ、ぼくの決死の告白に対して、彼女が何を言ったのか、一瞬理解できなかった……というよりも、あれは脳が理解を拒んでいたのだろう。彼女の言い分が全く理解できないし、理解したくない、……が、……ぼくがたった今、に振られたらしいということだけは、辛うじて、理解できてしまった。本当に、受け入れがたい事実だったがな。

「……納得できないッ! 理由を説明しろッ!」
「な、納得って言われても」
「いいや説明してもらうぞ! きみはこの露伴を振ろうってんだろ? なあ? 何か明確な理由があるんだよな? ぼくが納得できるように説明してもらわないと食い下がってやる気にはなれないね!」
「……うーん、ええと……怒らないで聞いてくださいね?」
「……フン、それはきみ次第だね」
「うーんと……あの、だって露伴さんって、すごくワガママでエゴイストじゃないですか……?」
「……は、」
「友人としてなら、まだ許容できます。人としては尊敬してるし、好き、ですけど……友人以上の関係になって、そういう部分を嫌いにならない自信がないんです」
「……は……?」
「なので、付き合うとかそういうのは無理です。ごめんなさい」

 ……何言ってんだ? この女? だってさあ、きみだってぼくのこと、好きなんだろ? そりゃあ、もしかすると、全く意味はわからないがきみの好意はぼくのそれとは違って、友人として、でしかないのかもしれないさ。だが、そんなもの、次第に変化するものだろう? 少なくともぼくは、きみをその気にさせる自信があるさ、だって岸辺露伴だからな、ぼくは。……だが、申し訳無さそうに視線を逸して、頭を下げながらが紡いだそれは、明確な拒否だった。だからぼくは、のそんな態度にカッ、となって。……同時に、頭の何処かで、何時だったかに杉本鈴美に言われた言葉を、思い出していたのだ。ポッキー占い、なんて馬鹿げていると思ったし、今でもそう思っているさ。……だが、そういえばあの時、彼女に、ぼくは。ぼくの性格が原因で女の子に振られる、失恋する、と言われて、馬鹿げてるよ、と一蹴したんだっけな、なんて、思い出していた。

「ぼ………ぼくは岸辺露伴だぞッ!? この岸辺露伴の告白を、きみはそんなにも曖昧な理由で断るって言うのか!?」
「この露伴って言いますけど……私、露伴さんが露伴さんだから仲良くしてると思われてるんです? 有名で地位や名誉のある人だから、私は露伴さんと仲良くしてると思うんですか?」
「そんなわけがあってたまるかッ! ぼくがそんな女にこうも入れ込んだりするものか! 露伴を舐めるなよッ!」
「そうでしょ?」
「……だがなあッ! それとこれとは別だッ!」

 分からない。ぼくのことは嫌いじゃないし、友人として好きだ、人間として尊敬しているのだとは言う。そりゃあ、そうだろうよ! そんなのぼくだって分かってる! からぼくに一定の好意が向いているなんてこと、ぼくだって知っているさ! 分かってるからあれだけ自信満々に、付き合ってやっても良いよ、なんて顔ができたんだよ、ぼくはッ!

「……じゃあ何か!? もしも、もしもだぞ、ぼくの性格がッ! きみの言う通りエゴイストでワガママだと仮定して、だ! きみは、ぼくの性格が治れば、ぼくの彼女になるって言うのかい!?」

 ……そのとき、そんな言葉を言ってしまったのは、頭に血が上っていたからだ。まるでこの話は此処で終わり、なんて素振りで、ぼくを納得させようと言葉を紡ぐの態度に腹が立って、どうにかして自分のペースに引き戻そう、ぼくの本気を見せてやろう、彼女を言いくるめてやろうなんて言う風に、躍起になってしまったから。だからこそ、ぼくは、あのとき彼女に、あんなことを言ってしまったのだ。

「あ、はい。それなら……良いですよ。露伴さんのことは、好きなので。何も問題ないです」
「い、……言ったなッ!? フ、フフ、馬鹿だなあ、きみ……。このぼくに、その程度がこなせないと思ってんのかい? ハハ、そういったこと、後悔させてやる……ッ!」

 まあ、そうだね。……このときの言葉を、後悔するのがぼくになることを、このときのぼくはまだ、知らなかったわけだ。なぜなら、自分がワガママでエゴイストだなんて、ぼくは一切思っちゃあいないからな。 inserted by FC2 system


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