まどろんで溶けて消えたってしらない

「ご飯美味しかったですね〜! 特に茶碗蒸しが美味しかったです!」
「ン……、きみ、茶碗蒸し好きなのかい?」
「はい! 時々自分でも作るんですよ。というか、すっかりご馳走になっちゃって……」
「気にしなくていいよ、誘ったのはぼくだし、ぼくの方がきみより稼ぎも多いからな」
「相変わらず一言多いですよね、露伴さん……」

 料亭を出て、と夜の杜王町を歩きながら、何気ない会話をしているつもりでも、ふと、彼女に指摘されることで、……ああ、こういうところなのか、と思い至る事が度々ある。ワガママでエゴイストな性格を改めろ、と言われても、ぼく自身にその自覚がない以上は、なかなか改善も難しく、打開策として、以前より意識的に彼女に優しく接しようと試みてはいるんだが、言動の節々を指摘される度に、ぼくは言葉に詰まってしまうのだ。何気ない言葉のつもりでも、もしかすれば、を度々傷付けてきたのかもしれないし、だからこそ、ぼくの告白に首を縦に振っては貰えなかった、なんて可能性も、あるんじゃあないのか。今のも、そうなのか……? 困ったな、そんなにワガママを言ったつもりも、傷付けるつもりも、断じてなかったんだがな……。

「……ああ、もうこんな時間か。きみ、どうする? 帰るなら送って行くが」
「うーん……そうですねえ……」
「……それとも、何処かで飲み直すかい?」
「それも、良いんですけれど……」

 こりゃあ、なんとも歯切れの悪い言葉だ。……きみさあ、ぼくをワガママだのなんだのと言うけれど、きみのそういうはっきりしない性格も、悪いんじゃあないのか? きみがそうやって曖昧な態度だから、ぼくだってきみに好かれている、なんて勘違いしてしまったんじゃあないか……と、そう、言い掛けて。……ああ、これもワガママだとか、エゴイストな言動に該当するのか? と、そう思って、ぼくがそんな風に、言葉に詰まっていると、

「……露伴さん、ホテル、行きますか?」

 ……この女、とんでもないことを言い出しやがった。ご丁寧に、するり、とぼくの腕に両手で抱き着いて、小首を傾げながら、だ。……何考えてんだ、この女。……クソッ! 絶対に、自分が可愛いの分かってやってんだろ!? きみさあ!?

「……何言ってんだい? ……」
「別に、そのままの意味ですよ」
「なんだって、急にそんなことを……」
「だって、露伴さんは私のこと、好きなんでしょう?」
「……ハァ?」
「だったら、良いんじゃありません?」

 あまりにもあっさりと放たれたその言い分に、一瞬、呆気に取られて言葉を無くしていたが、……ああ、そういう意味か、と。彼女の意図にはすぐに気付いた。ああ、そうかい。随分と、安い男に見られて、侮られたものだな、これは。……この女、何処までこの岸辺露伴を虚仮にすりゃあ、気が済むんだッ!?

「……あのなあ! きみの考えなんて、ぼくにはすべて分かっているんだぜ? どれだけの付き合いでどれだけぼくがきみを見つめてきたかってことが、イマイチ分かってないみたいだなァ〜きみって奴は……ブラフのつもりなら無駄だからやめときなよ、そういうの」
「え?」
「ぼくを疑ってんならハッキリとそう言えよ。別にぼくは、身体目当てできみに言い寄ってんじゃあないんだ、それならもっと手っ取り早くそう書き込んでるよ……」
「? 書き込む……?」
「そりゃあぼくだってな、きみがその気ならそうしてやったっていいんだぜ? きみを組み敷いてメチャクチャに啼かせて許しを乞うまで抱き潰してやりたいってそう思うよ……」
「そ、……そう、なん、ですか……」
「ああ。……だが、ぼくは別にその為だけにきみに言い寄ってんじゃあないんだ、だからそんな誘いは願い下げだね。この露伴を安い男だと見くびってると、痛い目見るのはきみだぜ?」
「あの……なんか、ごめんなさい、試すようなこと、言って……」
「分かったんなら良いよ。……ああ、そういや、、茶碗蒸し得意なんだっけ?」
「はい? え、ええ、まあ……さっきの料亭みたいなのは、作れませんけど……」
「そりゃあそうだろ? 相手はプロなんだから……まあいいや、今度ぼくにも食わせてくれ。きみの茶碗蒸し、ぼくも食ってみたい」
「……はい……わ、かりました……今度、作りますね……」
「ああ、頼むよ。で、だ。どうする? 今日はもう帰るかい?」
「……あの、露伴さん? ちょっと、聞いてもらえますか?」
「ン? なんだい」

 あまりにも阿呆みたいなことを言い出すものだから、思わず頭に血が上ってムカっ腹立っちまったが……まあ、ぼくの言い分はにも理解できたらしい。頼むよ、ホント。捲し立てるように言い聞かせたぼくの言葉を受けて、は少し驚いたような顔をして、何かを言いたげに見つめてくるから、なんだよ早く言えよ、と。そう、急かしたら。……何故か、の頬に、少しだけ赤みが差していた。

「……私、露伴さんの性格、許容できる自信がないって言ったじゃあないですか? あれ、違うのかもしれません」
「ハァ? どういう意味だ、それは」
「うーん……なんでしょう、うまく言えないんですけど、その……ワガママだなあ、エゴイストだなあ、とは確かに思ってるんですけど……」
「……なあ、喧嘩売ってんのか? きみ……」
「違くって、……私、自分で思ってるよりずっと、露伴さんのそういう性格、嫌いじゃあないのかもしれません」
「ハァ……?」
「露伴さんって、私に対してもやっぱり辛辣だし、酷いこと言うけれど……」
「……やっぱり喧嘩売ってるよね? きみさあ……」
「……でも、露伴さん、案外私に優しいから、許容できてるんだと思います」
「……?」
「露伴さんがヘタクソなりに優しくするの、私だけだったら、いいなあ……って思っちゃうんですけど……どうです?」
「……どうって、なんだよ?」
「私に優しい露伴さんなら、私、彼女になってもいいです、よ……」

 正直、そのときぼくには、彼女の言っていることがよく分からなくて。態とらしく腕に抱きついていた先ほどとは打って変わって、そっ、と控えめな仕草で、の指先がぼくの片手を握っていた。そうして、ぼくの返事をそわそわと待つ彼女は、何処か緊張しているようで、ぼくは先程に彼女が発した言葉を反芻し、噛み締めてみても、やはり彼女の言い分は腑に落ちない。……ぼくが優しい? 何処が? ぼくはワガママでもエゴイストでもないが、かといって優しい人間、なんて良いもんでもないだろ、どう考えたって。

「きみなあ〜〜……ぼくが優しいってそれ本気で言ってんなら、きみ、ちょっと頭イカレてるぜ……」
「別に、それでもいいですよ」
「……やっぱり、きみがぼくを増長させてんじゃあないのか? なあ? ぼくは、ワガママなんかじゃあない。だとしたら、きみがぼくを付け上がらせてんだよ、絶対」
「あはは、もしかしたら、そうなのかもしれませんね」
「……さあ……」
「はい、なんですか?」
「……後悔したってもう遅いぞ、絶対に逃がさんからな」
「ふふ、よろしくお願いします」

 やっぱりおかしいだろうこの女! まあ、惚れ込んでんのはぼくの方だがなッ! クソったれ! inserted by FC2 system


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