紅茶を淹れよう まだ心細い夜だから

「ヘェ〜〜ッ! じゃあ、さんとは上手く行ったんですねェ〜〜よかったァ」
「ああ。まあ、ぼくはいずれこうなるとは思っていたがね……」
「そうですかァ? ぼくは、露伴先生から話聞いたときから、本当に大丈夫かなあ……と思ってましたけど……」
「……なんだい康一くん? きみ、この露伴が振られると思っていたのか?」
「でもォ、一回振られたんですよね?」
「ぐ……ッ、い、痛いところ突くじゃあないか……康一くん……」
「ぼくはあれですよ、初対面のときに、露伴先生がさんにスタンドを使ったって言うから……」

 ーーとの初対面のとき。ぼくはまだ、彼女への好意に自覚がなくて、一目惚れにも似たその感情を、好奇心だと誤認していた。彼女という人間自体に興味、関心の類を抱いているのだと思っていたから。……ぼくは当然、躊躇なく、彼女を本にして、その全てを読んだのだ。スタンドを用いて彼女の中にあった記述を読んで、なんてことない平凡な人生だと思った。一通りのプライベートから何から何まで、彼女のことなら初対面のそのときに全て把握している。"取材"自体は、彼女の仕事に関するインタビューみたいなものだったが、実際にはそのとき、彼女自身への"取材"も完了していたというわけだね。一通り読ませてもらった上で、彼女の中身は別段、興味を惹かれる人生でも、ネタになるわけでもなかったが、だったらぼくはこの女の仕事への熱意に好感を感じているのだろうか? と思って。……チョイと、書き込ませてもらったのだ。いや、本当にチョコッとだけだよ。只、「岸辺露伴と意気投合し食事に行く」と。その日限りの制約を課させてもらっただけさ。お陰でその日だけは、彼女にはぼくが人当たりのいい人間に見えていたようで、気を許して色々と話してくれた。結果、ますます彼女は普通の人だと浮き彫りになり、じゃあなんだって、このぼくがこうも彼女を気にしているっていうんだ? という謎は深まったわけだが、……まあ、効力自体は当日限りだったのだし、そこで終わりにしたって良かったんだ。だが、その後も友人関係を続けてこられたのは、ぼくのスタンドの力なんかじゃあない。正真正銘、ぼくが自力で友人としての彼女を繋ぎ止めただけのことだった。そうして、との付き合いを続けているうちに、流石にぼくにだって彼女への好意の意味くらい分かったし、戸惑いながらも、手に入れようとしたわけなんだから。……だからさあ、まあ、ぼくも反省しているしさあ? 何もそこまで悪いことはしていないと思うんだが、……以前にこの話を、康一くんに何気なく利かせてみたところ、そりゃあしこたま怒られて、二度とにスタンドを使うなと言われたわけだ。ぼくだってそのつもりだったが、まあ、どうやら康一くんはその件を非常に気にしていたらしい。

「やっぱり、一般の人にスタンドを使っちゃあだめですよ。……まさか、鈴美さんのときみたいに、あれこれ読んだりしてないですよねェ……?」
「…………」
「……ちょっと、露伴先生? ねェ? その反応なんなんですか露伴先生?」
「う、うるさいな……大丈夫だよ、悪用はしていないさ……」
「……悪用してないけど読んだんですか?」
「……少しね」
「……オイッ!? 何見たんだ岸辺露伴ッ!?」

 全くうるさいなあ、別に悪用していないんだから良いじゃあないか……、まあ、彼女への気持ちを好意だと理解しはじめてから、流石に申し訳なさが芽生え始めたからこそ、"不可抗力で得てしまった彼女の個人情報"は、本当に悪用していないんだよ。……まあ、強いて言えば好みを把握しているから、デートコースや店選び、プレゼントのチョイスなんかが毎回完璧だとかその程度さ。だってそれで喜んでんだから、ちょっとばかし良い格好するくらいは別にいいだろ?

「……でもまあ、上手く行って良かったです。露伴先生が他の人にあんなに入れ込んでるの、初めてみたから……」
「フン、そうかい」

 康一くんにまでそう言われてしまうと、ますますもって、このぼくが彼女にゾッコンみたいじゃあないか……と、なんだか、腑に落ちない気分でもあったが。こうして彼に良い報告が出来たこと自体は、ぼくも喜ばしく思うよ。康一くんには、何かと相談に乗ってもらっていたからね。


「あ、露伴さん。おかえりなさい」
「……ただいま。なあ、ここはぼくの家なんだが、きみがおかえりって言うのもなんか変じゃあないのか?」
「いいんですよ、こういうのは雰囲気で。まあ、確かに私の家じゃありませんけど。お茶淹れますね」
「ああ、頼むよ」

 他人に合鍵を預けるだなんてことは、自分の立場や職業柄を考えればゾッとする行為だ。だってそうだろう? ぼくが不在の間に家に入れば、原稿だって簡単に持ち出せるし、そんなことになれば連載に穴が開くし、編集部との関係だって拗れる、面倒な警察沙汰にだってなるし、そうなりゃこんな地方じゃ簡単にぼくの住所が割れるし、悪いこと尽くめだ。そのリスクを理解しながら、アッサリと合鍵を渡してしまったぼくに、は特に何も言うでもなくそれを受け取って、まあ当然、悪用なんてことはせずに、彼女はこうしてぼくの家に自由に出入りするようになった。も自宅作業の仕事が多いらしく、時々ぼくの家で、ぼくの仕事を眺めながら彼女も仕事をしていくこともある。お陰でと過ごす時間が近頃格段に増えたが、当初彼女が心配していたようなことには、現状陥っていないらしい。ほら見なよ、だからぼくはワガママでもエゴイストでもないんだから問題ないって言ったじゃあないか。

「露伴さん、紅茶が入りました」
「ああ、助かるよ」
「それと、これよかったら」
「……なんだいこれ、プリン?」
「はい。作ってきたのでよければどうぞ」
「きみ、プリンだの茶碗蒸しだの……似たようなものばっかり作るんだな」
「む、プリンと茶碗蒸しは全然違いますよ。いらないなら私が食べます」
「いらないとは言っていないだろッ! 食べるよ!」

 紅茶と一緒に出された、ガラスの器に盛られたカスタードプリン。ご丁寧にチェリーと生クリームが添えられたそれは、ドゥ・マゴで出してるそれと比べりゃあ少し見劣りするが、それでも、悪くない味がした。

「……ウン、悪くないよ。美味いじゃあないか」
「! ほんとですか、よかった……」
「で、だ。きみはいつまでそうやって突っ立っているつもりだい?」
「え?」
「ぼくは給仕役としてきみを雇ってるわけじゃあないんだが? ……きみも座んなよ、プリン、自分の分もあるんだろ?」
「……えっと、私の分というか……露伴さんが後から食べたらいいかと思って、何個かまだ残ってますけど……」
「だったらそれを持ってきなよ、お茶もポットにまだあるだろ。隣に座って話そうぜ、恋人同士なんだからさ……」
「……そう、ですね」
「ああ、それと、次からはうちのキッチンで作ったら良いよ。材料も使ってくれていいし、色々持ってくんのも手間だろう?」
「え? いいんですか? 勝手に使っても?」
「勝手にってきみ……今更だなァ〜〜、それを言うなら今しがた勝手にうちのキッチンで紅茶を淹れたばかりじゃあないか? ま、別に勝手とは思わないさ……、好きに使ってくれ。合鍵を渡したのはぼくなんだからな、今更ガタガタ文句なんて言いやしないよ」
「……そうですか、ありがとう、ございます」
「それで茶碗蒸しも、今度作ってくれよ。楽しみにしてんだからさ」
「……ふふ」
「? なんだい、ニコニコしちゃって……」
「やっぱり露伴さん、優しいね。私、露伴さんのそういうところ好きです。まあ、元々人としては尊敬してたし、好きでしたけど……今はもっと好き」
「……ハァ?」
「でも露伴さんからはまだ私、好きって言われてないなァ……あ、プリン取ってきますね」

 言いたいことだけ言って、ぱたぱたとキッチンに駆けて行った横顔は、髪に隠れて見えなかったけれど、な。……きみ、耳が真っ赤なのは丸見えだったぜ……クソッ、どれだけぼくを振り回せば気が済むんだ、きみは!? そう、頭にきたぼくは、をキッチンまでドカドカと大股で追いかけて、細い手首を掴んで無理矢理こちらを振り返らせてみたら、案の定真っ赤な顔しちゃってさあ……照れるなら言うなよ、こっちまで気恥ずかしくなるじゃあないか……。本当になんなんだこの女、付き合う前はクール気取ってた癖に、どんどんぼくの前でだけ可愛くなりやがって……。

「……あのなあ! そんなに言って欲しけりゃいくらでも言ってやるよ! いいか!?」

 きみのそんなところも全部纏めて愛してんだよ! この岸辺露伴がなッ! 光栄に思いなよ、 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system