嘘まみれの約束を信じてしまわないように

※夢主はグエルの異母姉弟。恋愛夢ではない。色々捏造。


 ・ジェタークはドミニコス隊のパイロットであり、ヴィム・ジェタークの息女──ジェターク社の後継者候補の第一席であった。──本来ならば。──少なくとも生まれた当初は、そうだった。
 グエル・ジェタークの誕生と同時に、はジェターク家後継、第一席の座から蹴り落されたのである。「女に我が社を継がせる訳にはいかない」という父・ヴィムの意向により後継者候補から外された彼女は、その日から政略結婚用の道具として育てられることとなる。……彼女の周囲の誰も、が会社の筆頭に立つことなど望んでいなかったし、モビルスーツを駆るなど、到底、以ての外であったから、彼女も当時は、父の意向に従っていた。──そんな運命が揺らいだのは、少し成長したグエルが自社のモビルスーツに興味を示したのがきっかけだった。彼女は、弟を大切に思っていたからこそ、グエルの話し相手になるために、にはモビルスーツについて知見を広げる必要があったのだ。父や腹違いの弟──ラウダとの関係構築が上手く行っていないグエルを、以前よりは少しでも気に掛けるように努めていた。それは姉の責務でもあったし、純粋に、はグエルと言う弟のことを大切に思っていたから、弟が喜ぶことをなんでもしてやりたかったのである。モビルスーツの話をすると嬉しそうに笑ってくれる弟を、楽しませるためにその成り立ちや動かし方までを勉強したという、──にとって最初は、それだけの話だった。

「──姉さん! ディランザの新型、見たか!?」
「ええ、見たわグエル。旧型からブラッシュアップされていて、背面のミサイルランチャーが特に……」
「……だよなあ!? 姉さんなら絶対に分かると思ってた! 良い機体だよな、俺も早く、自分の専用機に乗りたいな……」
「……きっと乗れるわ、グエルなら」
「ああ! ……だけど、勿体ないな」
「? グエル?」
「……姉さんも、パイロット向いてそうなのにな……こんな会社の中で、知らない男の為に生きるんじゃなくて、もっと、……だって、そうすれば、さ……俺も、姉さんとずっといっしょにいられるかもしれないのに……」
「……グエル……」

 ──グエルがまだ少年であった頃、彼は今よりも幼く、アスティカシア高等専門学園に進学する以前の彼は、実家の閉鎖的な環境で過ごしており、──それは、姉・にも同様のことが言えた。しかし、十六になる頃にはこの家を出て、学園と言う宙を知るグエルとは違い、はこの先もずっと、狭くて広い家の中で父に飼い殺されながら、いつかは誰とも知れない男の元へと嫁いでいくのだと、父の意向により、既に宿命がそのように定められている。──それは、父の為であり、家の為であり、──グエルの為ではなく、の為でもない。少年は、姉を尊敬していた。腹違いの自身でも母のように柔らかな愛で包んでくれた姉を、大切に思っていた。──彼は、姉を奪われることを望まなかった。

「──姉さんが、パイロットになってくれたら、良いのにな……」

 ──そうすれば、この先もずっと姉は自分の傍に居られるものだと、──幼い日、少年は本気でそう思っていたのだ。

「──グエル、学園での生活はどう?」
「! 姉さん! 帰ってきていたのか!」
「グエルが戻ってくるって聞いたから、休みを貰ってきたの」
「……姉さんだって忙しいんだろう? 会えて嬉しいが、あまり無理は……」
「それより、……グエル、学園ではホルダーになったって聞いたわ。それに、決闘委員会の筆頭なのでしょう? ふふ、おめでとう」
「ね、姉さん! ……やめてくれ、もう子供じゃないんだから……」
「あら、グエルは私にとってはずっと可愛い弟よ? でも、そうねえ、ミオリネ嬢に乱暴したり、横柄に接したりしてはだめだからね? これは、姉さんとの約束よ、グエル」
「……ああ、分かってるよ」

 そう言って、自分よりも遥かに高い場所にあるグエルの髪をふわふわと撫ぜながら目を細めて笑う、姉との小さな約束を彼が護れなかったのは、彼女が、グエルとの約束を守ってしまうひとだったから、なのかもしれない。それは、姉に対する些細な反抗のつもりで、それでいて、結局、グエルは姉に逆らえていない。は穏やかな人物ではあるが、自身が約束を破ることで、それに倣ってくれるような生易しい姉では、決してなかった。
 ──パイロットになればいいのに、と。昔、軽い気持ちで少年が放った我儘を、姉はあっさりと叶えてしまって。カテドラルの直轄部隊であるドミニコス隊でも指折りのパイロットとして戦功を挙げるが、父・ヴィムの意向に逆らったことに関して当初の父は怒り狂っていたものの、現在、パイロットとして家名を盛り立てることに成功している娘を、父は一旦、不問とすることにしたらしい。……だが、がパイロットとして寿命を迎えたのなら、そのときには女として再利用してやろうと、きっと父はそう考えているのだと、グエルは思っている。
 彼が成長して理解したことと言えば、結局のところ、父の支配から逃れられない限り、グエルとはいずれ離別の運命にあることと、──自身の我儘は単純に、姉の寿命を縮めただけなのだということ、だった。それは、あんなにも憧れていた、専用機のディランザを得た今、パイロットとしてモビルスーツに搭乗するようになった今だからこそ、ようやく分かるようになったことでもある。姉は、自身の呪いが原因で戦争に参加しているのだと、今のグエルはそう感じていて、──だからこそ。

「……待ってろよ、姉さん」
「? どうしたの、グエル?」
「学園を卒業したなら……俺も、ドミニコス隊に入る。それで、俺が、ドミニコス隊のエースパイロットになる。……そうすれば、姉さんも……」
「……グエル、あなたは本当にやさしいこ。……あのね、姉さん、本当はね」
「……なんだよ、姉さん」
「……グエルには、パイロットになってほしく、なかったなあ……」

 ──・ジェタークは幼い頃より聡明で、弟を護る術を知っていた。グエル・ジェタークはそんな姉だからこそ、縛るべきではないと思ってしまった。姉は、広い宙に出るべきひとなのだと、そうすれば、それだけで自由になれるのだと、彼女の境遇を見誤った。それが錯覚だと気付いたのは、彼が成長してからのことだ。──彼女が、引き金を引いてしまった後のこと、だった。
 は、グエルを、宙に上げてはいけないと思っていた。それが、弟の命を削ることに繋がると、彼女は知っていたからこそ、グエルだけは重力で縛り付けておきたかったのに。自身が身代わりになることで、それが叶えられると思っていたのに。──グエルは、未だ知らない。ドミニコス隊が民間人虐殺の責を請け負っていることも、グエルが思い描くような清廉な精鋭揃いの部隊などではなく、──彼らは、人殺しの集まりだということを、戦争を知らないグエルには未だ、知る由もないのだ。姉が人を殺している姿を、彼はまだ見たことが無くて、彼女はどうにか、グエルにはそんな世界を見ずに過ごして欲しいと願ってしまうのだ、──もう手遅れだと気付いていても、どうしようもなく、期待して、思い描いてしまう。──彼ら姉弟にとっての誤算であったのは、ただ単純に。自身が想うよりも遥かに、互いが互いを想い、護ろうとしてしまったこと、だったのだろう。 inserted by FC2 system


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