愛に似た呪い

※12話時点までの情報で執筆しています。



 ヴィム・ジェタークは凄腕のMSパイロットだった。故にとグエルの操縦技術の手腕は、父由来の血統あってこそのものであったとも言えるだろう。ヴィムにはパイロットとしてプライドがあった。何しろ、彼はその昔アスティカシア学園に在学していた当時には、学園のホルダーで、決闘委員会の筆頭で、ジェターク家の御曹司と言う立場だったのだから、それも当然である。故に娘や息子にも自分と同等の成果こそを彼は求め、それどころか父と同じ程度の力量では、彼の子供たちがヴィムにパイロットとして認められることはなかった。

 ──その状況が少し変わったのは、長女・がアスティカシア学園の卒業を控えた三年生の頃に、カテドラル直属部隊であるドミニコス隊からのスカウトを受けたのがきっかけだった。ヴィムは当初、が卒業したなら自分の傍で仕事を学ばせつつ、いずれは政略結婚の道具として嫁に出す算段でおり、本来デリング総裁の子が男児であったならば娘を宛がって、グループ乗っ取りの材料とする予定でも居たものの、当のデリングの児子は少女であった。よって、将来的にはペイル社かグラスレー社にでも嫁に出すのが順当だと、──ドミニコス隊への配属を娘が願い出るまでは、彼はそのように考えていたのである。

「卒業後は、ドミニコス隊に入りたいと考えています。どうか許可をください、父さん」
「……お前の腕で通用すると思うのか? 戦争も知らん癖に……、お前は只の小娘だと自覚しろ、
「……戦場を知らないのは、父さんも同じでしょう」
「なに……?」
「だから、チャンスをください。まずは一年で構いません、一年間軍属で務めて、それでもやはり私に才能がないと分かったなら、……そのときは、父さんの言うことを聞きます……ですから、どうか! 許可をください! 父さん!」

 ──がヴィムに対してそうも食い下がったのは、それが初めてのことで、その事実にヴィムは些か面食らっていた。今までにも娘が反論の意を唱えたこと自体は何度かあったが、それはどれもグエルやラウダを庇ってのことばかりだったのだ。ヴィムがグエルに手を挙げただとか、ラウダの扱いが悪いだとか、もっと弟たちに目を向けてあげて欲しいだとか、がヴィムに苦言を呈することなどいつも決まってその手の話題ばかりだった。──実際のところ、ヴィムがその旨を把握していなかっただけで、がドミニコス隊を目指していたのは幼い日のグエルに強請られたから、と言う弟との約束も割合としては大きかったものの、それを知らないヴィムには尚のこと、が初めて自分の意志で自分のために父親に反論を述べたように見えたし、彼はそのように解釈した。──故に、ヴィムは最終的にはの要望を飲み、娘をドミニコス隊へと配属させたのであった。

 断じて言うが、ヴィムは決しての反抗を好ましく感じていた訳では無い。
 彼の中にも娘への情はあるものの、大前提としては、自身にとっての政治の道具というのが彼の認識であった。
 ──であれば、何故ヴィム・ジェタークが娘のドミニコス隊入りを許可したのかと言うと、──ひとえに、彼もまた娘と同様にMS乗りだったからである。

 ドミニコス隊への配属後、一年で芽が出なければ実家に連れ戻すという条件で約束を交わしていたため、ヴィムは何度か戦艦“ユリシーズ”──ドミニコス隊の拠点であるその場所へも足を運び、娘の監査に当たった。のアスティカシア学園への在学中、ヴィムは一度も娘の決闘を見ていない。三年間ホルダーを守り抜いたと聞いてはいるが、その程度は出来て当然のことだと考えていたため、改めて録画を見てみようとも今まで思わなかった。だが、ドミニコスに配属されてから初めての操縦を彼は目撃し、──それは、大層に驚いたのだった。娘の操縦技術は、ヴィム自身の目から見ても既に、父のそれを遥かに凌いでいたためである。

 男所帯のドミニコス隊での生活は、箱入り娘であるには些か過酷で、早々に音を上げるだろうとヴィムはそう踏んでいた。現に、実戦配置を経て初めて人を撃墜した日にはは激しく動揺し、コクピットから降りるなり倒れこんだと、ヴィムはケナンジからそのように聞き及んでいる。
 ジェターク社の令嬢を預かっている以上、ドミニコス隊としては、ヴィムに逐一の様子を報告する義務があり、──更にケナンジ本人としても、ドミニコス隊としても、その事実を好ましく感じられない程度には、次第にの存在はドミニコスの中で受け入れられるようにもなっていった。──尤も、本人は未だその自覚が薄いようではあり、周囲もジェターク家長女の肩書を持つ彼女に対して、どのように接するのが正解なのかを測りかねている部分はあったのだが。

 そんな調子で、ヴィムの想定を容易に裏切ったは、ドミニコス隊での地位を確立させていき、パイロットとしても、軍人としても、駆け抜けるように目覚ましい成長を見せたのである。元々忍耐強くて諦めの悪い彼女は、戦場に立って人を撃つことへの抵抗は大きくとも、元を辿ればこれは自分が決めたことだからと決して弱音を吐くこともなく、軍人としての務めを果たし続けた。
 デリングを“軍人上がり風情”と蔑むヴィムには、当然ながら軍属の経験がない。故に彼にはがどれほどの努力を経て今の場所に立ち続けているのかなど、実感を以て知ることは叶わない。だからこそヴィムは、娘の戦功を無責任に褒めることはしなかった。──実際のところ、その振る舞いが裏目となり、は尚のことヴィムに不信を向けていた訳でもあるのだが。事実、ヴィムはパイロットとしての娘を評価しており、故にドミニコス隊へと配属された後も自社MSのテストパイロット役を彼女に一任していた。こそが、最も信用に足るパイロットだと、彼がそう考えていたからこそである。──それに関しても、真意を明かされていないには無論、伝わっていないわけだが。

 そうして、タイムリミットであった一年間を過ぎても、ヴィムはを自社へと連れ戻すことも、花嫁に仕立て上げることもしなかった。自身もまた腕利きであるからこそ、娘の居場所が宙にあることを彼は理解していたのかもしれない。ヴィム・ジェタークは口では厳しい叱責を吐きながらも、その実では娘の行く先を案じていた。在学中には見てみようとすら思わなかった決闘の録画だって、ドミニコス隊で頭角を現した頃から日々の合間に少しずつ順を追って視聴していた。には自社の最新型MSを与えていなかったのも、魔女狩り部隊であるドミニコスではアンチドート搭載のMSしか使用が許可されていないからであって、何もグエルを贔屓しを蔑ろにしたわけではない。用にとアンチドート搭載型の機体の開発も進められてはいたが、そちらがロールアウトする前にダリルバルデが宙に浮いたため、結果的には下げ渡しのような形で、へとダリルバルデが譲渡されてしまったのだというそれだけの話で、ダリルバルデに関しても、意志拡張AIの性能をの腕は遥かに上回ると、ヴィムが知っていたからこそ、娘に譲渡する際には完全にAIは取り払われていたし、その後にAIの再開発が進んでも、彼女の機体となったダリルバルデにそれが取り付けられることは、二度となかった。

 何を隠そう、意志拡張AIのモデルデータとなったのは、ヴィム・ジェタークそのひとなのだ。
 当初は、サンプルデータとしてのログを用いることで検討されていたが、現状のジェターク社の技術ではの操縦技術をAIで模倣するのは不可能に等しく、故に次点として、ヴィムのデータログを参照して意志拡張AIは造られたのだが、──その際にも、彼の中で娘に対する誇らしさやパイロットとしての悔しさやらがこみ上げるあまりに、結局にはその旨が明かされることが無かった。

 自らをモデルに社を挙げて創り上げた意志拡張AIをダリルバルデに搭載したのも、元はと言えば、ヴィムがグエルの操縦技術は未だ自身に追い付いていないと、そう考えていたためである。娘は父を超えたが、息子が父を超えるのはまだまだ先のことになるだろうと思ったからこそ、父は息子を守るべくゆりかごに安全装置を用意したのだ。
 ──そう、彼の算段では、グエルが父を超えるのは、もっともっと、ずっと先の出来事になる筈だった。ドミニコス隊を志願しているグエルが、もしも望み通りの進路を辿ったのであれば、すぐにジェターク社を継ぐことは叶わなくはなるが、ヴィムとてまだまだ現役を退くつもりなどなかったし、十年、二十年後にでも、軍人を退いたグエルが自社を継ぎ、もいつかは軍で出会った男の元にでも嫁に行くかもしれないが、それでも弟たちを支え、ラウダにはその際にもどうか仲睦まじく、兄と姉のフォローに回って欲しいと、──自分は父としてそれを見届けたい、と。

 ──だが、そう願っていたヴィム・ジェタークの些細な夢は、彼の壮大な野望の前に、銀河に砕け散った。
 もう二度と、父は娘に、父は息子に真意を語ることはない。ヴィム・ジェタークの子供たちは、広い宇宙の片隅で身を寄せ合い、呪われたままで生きていく。 inserted by FC2 system


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