愛に似た災い

※特番で開示されたジェターク家の設定資料を基に執筆しています。



 ──今から遡ること十年ほど前のこと、当時、ヴィム・ジェタークは本妻並びに愛人から同時に逃げられて、彼の元には女たちが捨てていった子供たちだけが残された。本妻との間に設けた長男、グエル・ジェタークとその姉、・ジェターク。──そして、愛人との間に設けたラウダ・ニールの合計三人の子供たちを突如、男手一人で育て上げることになった際に、ヴィムは決して我が子たちには、母がおらず片親の元で育てられたから、などという苦労を背負わせまいとしたし、それまでのヴィムには親から受け継いだジェターク社の繁栄こそが最優先で、子育てなどはすべて女任せだったこともあり、会社経営の片手間での慣れない育児は彼にとってこの上なく困難を極めたが、──それでも、ヴィムが我が子たちに後継ぎや次席といった立場による差別を与えることもなく接してきたことは、成長したラウダがまっすぐに姉と兄を慕える青年に育ったことからも明らかである。
 ──このように、その当時、我が子たちに平等な愛情を籠めてヴィムが子育てに専念できていた理由として、──長女、の存在と行動が大きかったことは、最早誰も知る由もない。

『──おとうさん! おかあさんたちは居なくなっちゃったけれど、わたしがグエルとラウダのおかあさんになるから! おとうさんがひとりでがんばらなくても、わたしがはんぶんこしてあげるからね!』

 ──幼いがヴィムにそう告げたことを、成長したは決して覚えていなかったし、ヴィムとてそれが子供の口約束で在ることなどは理解していた。
 それでも、在りし日に我が子たちが寂しくないようにと、自身が女たちに捨てられた悲しみなどは誤魔化して、懸命に育児に励んでいたヴィムにとっては、が彼に掛けたそれらの言葉はきっと、この上ない励ましであったのであろう。「おとうさん、ひとりで無理しないで」「わたしのこと、たよっていいからね」「グエルもラウダも、学校でいじめられないように、わたしがまもるから!」「──おとうさん! わたし、グエルとラウダをまもれるおかあさんに、おねえちゃんになるために、おとうさんみたいなパイロットになる!」「──わたし、おおきくなったらドミニコス隊のエースパイロットになります!」──幼少期のが、ヴィムに連れられて弟たちと共に参加したインキュベーションにて、当時のドミニコス隊エースパイロットであったケナンジ・アベリー──彼女にとっての後の上官である彼と邂逅を果たした際にも、は胸を張り、はっきりとそう断言して、──やがて、成長した彼女がかつての宣言を果たしてドミニコス隊入りを果たしたのちに、真にエースパイロットの座を手に入れた頃には、──ヴィムは、自身の娘、・ジェタークの言葉のすべてを疑いもなく信じるようになっていたし、その事実に関して、彼を責めることは誰にも出来ないことだろう。

 父親が娘に過度の期待を掛けている、と言った意味合いでは、ヴィムの行動は間違いであったのかもしれない。しかしながら、彼の息女たる・ジェタークは、自身が口にした言葉を全て叶えてしまうだけの行動力と実力を合わせ持つ人間であった。
 ヴィムは、かつて愛する女たちに捨てられた都合で、些か女性軽視の考え方を持つ男だったが、──それでも、だけは彼にとってもその限りではなかった。ドミニコス隊のエースパイロットで、それ以前にジェターク家の令嬢で、決闘委員会の筆頭で、卒業までホルダーの座を守り抜いたは、ヴィムにとって間違いなく自慢の娘であったし、──いつしか、彼にとっては、娘である以上に経営者として、父親として、パイロットとしての自分を支えるパートナーであり、片腕のような存在であると、──無意識であれヴィムは、娘の存在をそのように認識していたのだろう。

 故にヴィム・ジェタークは、──彼自身以外の他人の目には、・ジェタークに一等厳しく接しているように映っていたし、と比較してグエルを貶し、姉よりも出来が悪いと体罰じみた教育を施していたようにも見えていた。更には、ラウダは愛人の子であるという理由だけで、とグエルとは同じ扱いを受けられずに、後継者争いにも参戦することすら許されていないように見えていて、……誰の目にも、彼ら家族はそのようにしか見えていなかったことだろう。
 無論、子供たちもそのように思い、三者三様に、“自身が最も父から愛されず、必要とされていない”ものであると、そう考えていた。──父親と三人の子供たちだけの家族であったというのに、グエルがラウダを自身よりも父親の味方であると考え苦悩していたのも、元を正せば恐らくはそれこそが理由なのだ。

 本当のヴィム・ジェタークは、──長女・こそが、ヴィムのパイロットとしての天賦の才を最も色濃く受け継ぎながらも、弟たちや父を気に掛け世話を焼こうとする、誰よりも強く優しく美しい娘に育ったと考えていた。長男・グエルはパイロットとしての腕もさることながら、経営者に適した才覚を持ち、視野が広く万人に慕われる好青年に育ったからこそ、子供たちの中で自社CEOとしてのヴィムの後継者にもっとも適しているのはグエルであると考えていた。そして、次男ラウダは非常に聡明で、冷静に物事を判断し俯瞰することに長け、姉や兄をサポートする補佐官としての役目が最も適していると、そのようにヴィムは考え、──故に、三人を同様にアスティカシア学園のパイロット科へと進学させながらも、がドミニコス隊へ進むことを許し、グエルには卒業後には自身の元で経営を学ばせるつもりで、ラウダにはその補佐役としての仕事を学ばせる算段であったのだ。──それが、我が子たちにとって、最も各々に適した道だと考えていたから、──父として指し示してやることの出来る、最も幸福な未来への道筋だと、彼はそのように信じていたから。

 彼の真意を知るものは、最早この宇宙の何処にも存在しない。ヴィム・ジェタークが我が子たちのためにと用意したパスポートは、彼らにとって地獄への片道切符だったとしても、──既に誰にも止められず、ヴィムを咎めることも出来ずに。──君よ、母であれ、姉であれ、気高くあれと、かつてのに呪いをかけたのが自分自身であったことを、──・ジェタークは、知らないのだ。 inserted by FC2 system


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