傷つきながらもシャンデリア

※14話時点での執筆。


「オープンキャンパス、見に来てほしいんだ。僕にとって、学園生活、最後の日だから……」
「……もちろん。必ず見に行くわ、ラウダ。ランブルリング、出るのよね?」
「ああ。……姉さんの前で、無様な操縦は出来ないからね。姉さんが来てくれたなら、心強いよ」

 昔からラウダと言う少年は、基本的に自分の為に何かを強請ることが無かった。故にそんなラウダの口から、「学生生活最後の日だから、オープンキャンパスを見に来てほしい」と申し出があったとき、には、それを断ろうなどと言う選択肢はまるで存在していなかったのである。
 ドミニコス隊に属する彼女は、プラント・クエタでのテロ以降、以前にも増して多忙を極めていたが、それより何よりもはラウダの姉である。今となってはふたりきりの家族になってしまった弟の頼みを聞き入れないほどには、は非情な姉ではなかった。

 ──それに、彼女はラウダに幾つかの負い目がある。
 ジェターク社CEO、ヴィム・ジェタークがテロで死亡したことにより、近頃は代理としてラウダとが二人でCEOの仕事を捌いてはいたものの、流石にいよいよ代理ではない正式な代表を立てる必要が生じてきてしまった。テロで用いられたMSがジェターク社製の旧型だった事実も手伝い、現在、ジェターク社への世間やモビルスーツ開発評議会からの風当たりは強く、──では、次のCEOにはとラウダのどちらが就任するべきか、と言う議題が社で挙がった際に、ラウダは自らが泥を被る選択を取ったのだった。

『──ドミニコス隊は、兄さんの夢でもあったんだから。姉さんは自分の夢を叶えたんだ、それを大切にして欲しい』

 ──僕には、兄さんと姉さんの夢よりも、大切にするほどのものはないから。──そう言って、ラウダは自身がジェターク社の新CEOに就任することを選んだ。その決断を受けてにも思うところは幾らでもあり、自身がCEOとしてラウダを庇うべきではないかとも彼女は考えたが、現在、モビルスーツ製造企業としてのジェターク社における広告塔は、のみになってしまっているのだ。それにより、今後の業績で会社としての挽回を測るにしても、テストパイロットと広告塔とを兼ねるがCEOの座に着いてしまったのでは、プロモーション方面において今後の自社の舵取りが難しくなる、と言う問題もある。
 更には、ドミニコス隊はカテドラル──モビルスーツ開発の秩序と倫理を守ることを目的とした、デリングが代表を務める監査組織の直轄であることも伴い、──今後、ジェターク社の旧型MSが何故テロに関わったのかと、カテドラルから追及を受けることになったその際には、ドミニコス隊による武力介入を避ける意味でも、ジェターク社としては現段階でドミニコス隊との軋轢を残したくない、──要するに、此度のラウダのCEO就任に関しては、ラウダの姉想いによるやさしさだけではなく、会社全体としての、──を、現状におけるカテドラルへの人身御供へ、といった黒い思惑も含んではいたのだが、──ともかく、はCEOにはならずに、その座にはラウダが就くこととなり、──故には、弟にばかりこれ以上の負担を掛けることを気に病んでいるのだった。

「見ていてね、姉さん。……兄さんの仇を……僕たちを此処まで貶めた水星女を……僕は、何としてでも叩き潰すよ」

 グエルが学園を去り、ヴィムが死亡し、CEO代理を務める傍らで、最後の学園生活を送るラウダは現在、オッズ4位まで駆け上る大躍進を見せていた。──それが、ホルダーの座を狙うからこそであったのなら、まだどれほどに良かったことだろう。
 ラウダは既に、ホルダーなどと言う肩書きは見ていないし、ミオリネと言うトロフィーにも今更興味はない。それは彼にとって、兄が持っていて然るべきものでしかなかった。──であれば、今の彼が、目の下に隈を作り多忙に追われながらも、決闘に挑むのは、──すべて、復讐心あってのもの、でしかないのだろう。


 ──メインカメラが破壊されて、機体を襲う衝撃に揺れるコクピットの中。尚も襲い来る目の前の機体──ガンダム・ルブリス・ウルによる追撃で、頭部を強かに打ち付けて朦朧とする意識の中、……ラウダは、真っ暗になったモニターを見上げていた。
 ──一体、何が起きた? 虚ろな意識では、動かなくなったモニターの向こうで何が起きているのか、ラウダには全く分からない。──だらり、と視界に流れ込んだ生暖かい何かで、やがて視界は真っ赤に染まり、外で何が起きているのかどころか、コクピットの中で何処に何があるのかすらも、最早ラウダには判別できなくなっていた。

 ──早く身を起こして、それで、もう一度、操縦席に座り直して、エアリアル──スレッタを、叩き潰さなくては。

 しかしながら、そうは思ったところで身体は言うことを聞かずに、次第に目を開けることすらも困難になってきた彼は、コクピットのハッチが外から開けられたことにも、気付かない。

「──誰かぁ! 先輩が死んじゃう! ラウダ先輩が死んじゃうよお!!」

 ──この声は、フェルシーだろうか? 僕のコクピットの中でどうしてフェルシーの声が、──ああ、まさか。……僕を、助けようとしているのかと、そう思って、ラウダは、……どうしてだか、それを少しだけ、不思議に思っていた。同じくジェターク寮に所属する彼女は、グエルへの憧れで自分と行動しているものと思っていたが、……ああ、そうか。……彼女たちは、僕のことも心配するのか、と。

 ──漠然と、まるで走馬灯のようにそんなことを思い、ジェターク寮での日々や皆のことを思い出していたそのときに。

 突然、──ラウダの視界には、瞼越しにでも眩しく目が眩むほどの星の光が、──血液ではない赤い色が、彗星の如き速さで一条の線を描いて、色鮮やかに映っていた。

 ──あれは、あの機体は。
 ジェターク社の最新型MS──ダリルバルデに、他ならなかった。

 赤い機体、ダリルバルデは、ラウダの搭乗するディランザの前へと躍り出ると、モビルスーツ型ガンビット──ガンヴォルヴァが向けるビームサーベルの凶刃から、ラウダとフェルシーを庇うように其処に立っていた。そうして、ダリルバルデは、四本腕のイーシュヴァラを展開させると、ビームジャベリンとビームサーベルのドローン操縦により、ガンヴォルヴァをその場に縫い留めるようにビット攻撃を続けて叩き込む。──その間に、両肩の装甲板・アンビカーをもシールド・ビットとして展開し、背に庇ったラウダ機を護るようにと、それらを四方に配置するダリルバルデは、まるで意志拡張AIを用いたかのような精密な操縦であり、──同時に、AIには見られない微かな操縦の癖がある。

「……、ねえ、さん……?」

 その場に居た誰もが、グエル・ジェタークの乱入と錯覚したそのMSの本当の操縦者に気付いたのは、──そう一言を呟きながら、そのまま意識を手放したラウダのみだった。

「──其処のデミトレーナー、援護感謝する!」
「あぁ!? 誰だよお前! その機体、ジェターク寮のボンボンじゃねーのかよ!?」
「……説明している時間はないけれど、私はグエルの姉。・ジェターク。デミトレーナーの子、後で正式に礼をさせて頂戴。……弟を助けてくれてありがとう」

 やがて、ガンヴォルヴァを沈黙させた後に、通信回線でデミトレーナーのパイロット──チュチュに援護の礼を伝えると、ダリルバルデのパイロット──・ジェタークそのひとは、残りのガンヴォルヴァ殲滅に向かおうと戦場を見渡したものの、──既に上空遥か遠くの宙域まで飛び上がったガンヴォルヴァは、ガンダム・エアリアルを狙っているのか、先のテロに関わったガンダム・ルブリス・ソーン、ガンダム・ルブリス・ウルと共に戦闘を繰り広げていた。

 ──アスティカシア学園のオープンキャンパスを訪れるに当たって、当然ながら、本日のはドミニコス隊の任務日ではない非番であり、搭乗しているのは任務用のベギルペンデではなく、私用の自社MS・ダリルバルデである。──パーメットスコア4に到達したとの報告も上がっている上に、アンチドートすら無効化するガンダム・ルブリス二機との交戦を、アンチドートの搭載されていないダリルバルデで強行すると言うのは、賢明な判断ではない。──最悪の場合、学園の生徒を護る為にならば、が交戦する必要も生じる可能性はあるが、現状では、下手に介入すればエアリアルのパイロット──スレッタの邪魔をするだけかもしれない。──そう考えたはドローンにより展開していたビットを一度機体へと戻すと、ラウダの乗るディランザの傍まで滑空し、ハッチを開けるとディランザのコクピットへと向かって飛び降りたのだった。

「──! さん! ラウダ先輩がぁ!」
「フェルシー、ラウダの様態は?」
「意識がないっす! たぶん、頭を強く打ってて、血が……!」
「……ともかく、止血する。フェルシー、コクピットに止血用テープがあるでしょ? 取ってくれる?」
「はい! ……さん、ラウダ先輩、助かるよね……!?」
「──大丈夫、助けるわ。──デミトレーナーの子!」
「チュアチュリー・パンランチだ! 何だよ!?」
「悪いけれど、ラウダを処置して医務室に運ぶまで、周りを警戒してもらってもいい? 敵影がないことは確認してから、コクピットを降りたつもりだけれど……」
「言われなくてもやってるっつーの! 礼は弾めよ、スペーシアン!」
「……ありがとう。この恩はきっと忘れないわ」
「当たり前だろーが!」

 コクピットの中でラウダを寝かせるだけのスペースを取ると、ラウダの気道を確保するためにと、自身が身に纏っていた上着を脱ぎ、枕代わりに頭の下に挟むと、自身のブラウスを破ってラウダの顔の血の汚れを軽く拭き取った後に、てきぱきと慣れた手つきで止血テープを巻いていく。そうして、ラウダの処置を軽く済ませ、フェルシーの手を借りながらは、ぐったりと力の入らないラウダの身体を、ダリルバルデのコクピットまで運んだ。「──慎重に動かすけれど、ラウダのこと見ててね」フェルシーにそう断ってから、こくり、と頷く彼女に向かって薄く微笑んで、──やがては再びダリルバルデを駆り、校舎へと戻るや否や、ペトラ及びジェターク寮の生徒たちが用意してくれていた担架にラウダを乗せて、──そうして、ラウダは医療室まで運び込まれたのだった。


「──さん、どうして……」
「……ランブルリングを見届けるって、ラウダと約束していたの。……そうしたら、私が今日ここに来ることを知った学園側から、警護を頼まれていてね。テロのことも、あったから……」
「そうだったんすね……」
「ええ。有事の際には出られるように、学園の格納庫にダリルバルデを運び込む許可を貰っていたの。だから、すぐに動けた。……まさか、こんなことになるとは、私も学園側も思っていなかったけれどね……」

 ──意識不明の重体により集中治療室へと運び込まれたラウダを窓越しに眺めながら、両隣でガラスに手を当てて不安げに瞳を揺らしているペトラとフェルシーを不安にさせまいと、は努めて穏やかに微笑む。学園から警護を頼まれたとはいえ、──流石に学園側も此処までの事態は想定していなかったのだろう。ダリルバルデで駆け付けたは、パイロットスーツどころかノーマルスーツさえ身に着けておらずに、血まみれのラウダを抱えて赤く染まった衣服は救助の時に破いてしまったこともあり、今の彼女は酷い出で立ちだった。──流石に見かねたカミルが格納庫からベンチコートを持ってきてに羽織らせたため、少しはマシになったものの、はまるでこの場を離れようとする素振りがなく、そんな彼女にはペトラとフェルシーも、一度寮まで着替えに戻ろうとは言い出せずに、──そもそも、彼女たちとて、今の状況で、この場を離れたいとは思えなかったのだ。

「……ふたりとも、ありがとうね」
さん……?」
「ラウダのこと、心配してくれて、大切に思ってくれて……本当に、ありがとう……」

 ラウダ本人は、気付いていなくとも、アスティカシア学園には彼女たちのように、ラウダを得難く思い慕う生徒が、幾らでもいる。──此処には、ラウダの大切なものがいくつもあるのに。……自分は、今日限りでラウダからこの場所を、彼女らからラウダを取り上げてしまおうとしているのだと思うと、はどうしようもなく自責の念に駆られるのだった。
 ──ラウダとて表面上では、物分かりが良い素振りで、CEOへの就任も受け入れたように振る舞っているものの、……本当は、ラウダは。CEO等にはなりたくないのだろうと、これ以上彼を圧し潰すべきではないのだと、そう分かり切っているのに、──それでも自分は、間一髪で助けに入ることすらままならないのだと、そう思うと、……はどうしようもなく苦しくて、姉として、自分が情けなくて。

「……つらい思いをさせて、ごめんね……」

 両隣に立つ少女二人の頭を抱き寄せて、小さく謝罪を唱えるその声は、……まるで泣いているようだと、そう思ったけれど。結局、ペトラもフェルシーも、に指摘を唱えることは叶わなかった。──言ってしまえば最後、その言葉が、彼女たちを手折ることになるような気が、してしまったからだ。 inserted by FC2 system


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