いびつの結晶化

※12話時点までの情報で執筆しています。



「──艦長、お願いします! 私の、私の弟なんです! どうか、保護と手当ての許可を……!」

 ──戦艦・“ユリシーズ”格納庫、予定よりも余程早くに舞い戻った一機のベギルペンデ、──あれはの搭乗機だと気付いた俺が妙に嫌な予感に襲われて機体を見上げていると、やがてハッチが開き、コクピットから転がり落ちるようにが飛び出してきた。低重力の艦内を泳いで降りてくるの両腕には、彼女よりも随分と体格の良い青年が抱えられていて、──弟と言うことはあれは、行方不明中のジェターク家の御曹司の、と合点の行った俺は部下に指示を出して、速やかにグエル・ジェタークの保護と医療班の手配を許可したのだった。

 数刻が過ぎて、弟の様態が落ち着いてから、本人から報告があったのだが。彼女の弟、グエル・ジェタークは、──戦場の混乱で偶発的に、ヴィム・ジェタークCEOを撃墜してしまったのだそうだ。「──その場には、自社のMSはグエルと共に引き上げたデスルターのみでした。父の搭乗していたディランザは大破したとグエルが証言しているため、恐らくはスクラップの破片がそうだったのかと……遺体は、確認できませんでした。すみません、グエルの保護に焦ってしまい、見落としたのかもしれません」真っ直ぐに背を伸ばして、淡々と報告を述べる部下の声は震えていて、……そりゃあ、俺は上官だが。こんなときにでも、周囲が望む・ジェタークとして振舞おうとするこいつの有様を見ていると、……流石に、気の毒にもなる。ジェターク家に生まれ育ったにとっては、ずっとそのように振舞う必要があったのだろう、こいつのそれは、自然と出てしまう癖のようなものなのだろう。──そうだな、そんなことは分かっているが。

「あのなあ、……それでお前を責めるような上官じゃないぞ、俺は。……それで、現場はどの辺りだったか、覚えているか?」
「はい。……グエルを保護したのは、このポイントです」

 端末を指差す手は、やはり動揺を押し殺し切れずに震えていて、──それは、当然だ。きっと俺だって、同じような状況に置かれれば、流石に動揺もするだろう。

「戦闘後、弟はその場から離脱することも出来ずに呆然としていたようなので……」
「……ああ」
「恐らくは、……この場で、父は撃墜されたと思われます」
「……分かった。ジェタークCEO捜索に人員を回しておく、我らドミニコスとしても看過できんからな」
「はい……ありがとうございます、ケナンジ艦長」
「それで、お前はともかく休め。弟の傍に居たいならそれでも構わん、……思いつめるな、
「艦長……」
「お前の到着が遅かったせいじゃない、お前はドミニコスとして俺の判断に従ったに過ぎない。お前に落ち度はない、良いな?」
「……はい、艦長……」

 ──にはそう言って聞かせたものの、……あれは間違いなく、自分のせいで父親が死んで、自分のせいで弟が手を汚したと、そう思っているのだろう。……保護された御曹司は、実戦用のMSの出力を見誤ったと、そう証言していたらしい。激しく動揺していた様子から見ても、相手が誰であれ、撃墜するつもりなどは無かったのだろう。それは、考えてもみれば当然だ。アスティカシア学園の箱庭の中では弟は指折りのパイロットなのだと、が良く自慢げに話していたが。それだけならば、かつての彼女だって同じことが言えて、──同時に、彼女にも戦争を知らなかった頃があった。
 決闘しか知らなかった高潔な・ジェタークは、ドミニコス隊に配属されてから“戦争”を覚えたのだ。初めて敵機を撃ち落とした日には、真っ当な人間ならば相手が誰であれ焦燥する。そんな部下のメンタルケアをしてやるのも俺の仕事のうちで、だって初陣の際にはそれはもう酷い有様だった。……だからこそ、だ。は自身が初めて人を撃ち落とした日のことを覚えていて、それでも自分はドミニコスで励むと決めたからこそ、──何の心の準備もなく戦場に放り出されて、挙句に不慮の事故で父親を殺してしまった弟の心の傷が、心配で仕方が無いのだろう。──だが、それとは別に、も当然、傷付いているはずなのだ。まだ学生の身分である弟が人を殺めてしまったことと、──父が殺害されてしまったことに。


「──ケナンジ艦長、ご相談があります」
「おう、。弟の様子はどうだ?」
「……相変わらず、です。なので、近いうちに……本社に戻る必要がありそうで、申し訳ありませんが、一時休暇を頂きたくて」
「それは構わん、というか、仕方のないことだからな……だが、
「はい」
「お前、無理してるだろう。……ジェターク社に戻るということは、CEO代理にでも就くのか? 今のお前に、そんな余裕があるとは……」
「……それでも、弟たちにはもう私しかいないんです」
……」
「弟たちはまだ子供なので、……私が、どうにかしてあげないと」

 きゅっと口元を結んで、気丈に振舞うに、泣きそうな顔をしているなどと指摘するのはあまりにも意地が悪いだろうか。……彼女はずっと、弟たちの母親代わりをしてきたのだと聞いている。……だって言うのに、なんだ? 今度は、父親代わりまで、するつもりなのか。姉で、パイロットで、母親で、父親で、……その上、CEOの役目もお前がひとりで背負い込むって? ──本当に、どうしようもない。世の中ってのはいつも理不尽で、戦争なんてものを繰り返しては、こうして若い奴らをすり減らしているのだから酷いものだ、……本当に、笑えねえよ。だって、、お前は。

「……お前だって、まだ子供だろうよ……」 inserted by FC2 system


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