神様は淋しさを分け与えたりしない

※「Re:plicant」同軸設定。あちらとは別夢主。閲覧注意。



 ──暗い暗い、果たしてこの“空間”は屋敷の一部なのかさえも定かではないその場所を、手探りに這い回って必死で逃げて、──けれど、結局は今日も私は此処から逃げ切れないのだろう。

「……全く、何処に逃げようと言うのだ? 外に出られたところで、地球に帰ることなど叶わんだろうに……」

 カツカツと冷え切った空間に響く足音と、突然背後に感じた気配にぞっ、と背筋が震えて、──本能が、後ろを振り返ることを拒絶している。“それ”を見るな、と叫んでいた、けれど。「……何を固まっている? せっかく帰ってきたんだ、顔を見せてくれないか、」──男は、私の背後に立っているのであろうそのひとは、そう言って、“全く聞き取れない言語とも分からぬ何か”を口から発しながらしゃがみこむと、鎖で繋がれた私の足首にそっと触れて、「ただいま、」──と、やはり、何を言っているのかまるで分からない音を唱えながら、じゃらり、と鎖を引いて強引に私を振り向かせると、まるで親しい相手にするかのようにするり、と私の頬を撫でるのだった。

 銀色の長い髪に、金色の瞳をした目の前の男に出会ってから、──もう、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。
 この男に出会った日、私は仕事の帰り道を歩いていて、──確か、突然、目の前の彼に呼び止められたのだ。私を呼んでいるらしいその声が上手く聴き取れなくて、外人さんなのだろうかと首を傾げつつも、何か困っているのだろうかと、それならば力になりたいと考えていたところ、──この男に突然首を打たれて、「……ふむ、なかなか似ているな、面影がある。悪くないな……」──何か、知らない言語でぶつぶつと呟く声を最後に聞きながら、意識を失った私が次に目を覚ますと、──私はいつの間にやら知らない部屋で、鎖に繋がれていたのだった。

 高い天井に、音が反響しやすい広くて扉も窓もない部屋、──此処は、地下室なのだろうか、一体どうやってこの部屋に出入りするのだろうという疑問は、その部屋で目を覚ましてから少し経った頃に、呆気なく解消された。
 只、この部屋には扉も窓もないのではなくて、扉も窓も必要がないという、それだけの話だったのだ。
 男は、奇妙な力を有していた。彼が手に持っている紫色のカードらしきものを用いることで、どうやら彼には空間を越えた移動が叶うらしい。……実際にその様子を目の当たりにしても、当初はとてもではないけれど、目の前で何が起きているのか信じられたものではなかったものの。──そうは言っても、最早、信じる他に無いのだろうと、流石に私も諦めがついてしまっていた。

「……戻ったが、今日はこの後レボルトの屋敷に出向かねばならん。、お前を連れて行くことは出来ないが……あいつの嫁にお前の話をしておこう。いずれは、彼女に話し相手を頼んでみるか」

 目の前の男は、今日も知らない言語で、理解の及ばない話を、きっと私に言い聞かせている。……長らく此処で過ごすうちに、どうやら彼の名前が“ソキウス”というらしいことだけは、どうにか聞き取れるようになってきたが、結局はそれだけだ。依然、彼が操る言語の法則はまるで理解できないし、彼が何処の国の人間なのかも分からないし、──あの奇妙な力を見せられた今となっては、ソキウスが人間なのかさえも怪しいとさえ私は思っていて、……もしかすると、彼は。……宇宙人、なんじゃないかと。最近の私は、そう思い始めていた。

「──では、行ってくる。待っていてくれ、

 ──まるで、愛おしいものに触れるかのように、私の髪を一房掬い上げて口付けを落とす彼のその所作に、私は恐怖のあまり動悸が治まらなくなって、ソキウスが居なくなった後で、誰の目も届かないのをいいことに、私はわんわんと泣いていた。
 此処には彼以外の誰も来ないから、私が何をしていても見つかることはないし、彼が私に何をしても誰も止めなくて、私はきっと、ソキウスが飽きるまで、此処から逃げることなどは叶わないのだろう。──いったい、どうして。こんなことになってしまったのかさえも、分からないと言うのに。彼とは言語を用いた会話すらも叶わないから、私は今日も、得体の知れないあの男に怯えながら、息を潜めて暮らしている。



「──貴様、まさか地球人を飼っているのか?」

 その日、レボルトの屋敷を訪ねた際に、あいつの嫁と話をしていて、ついの話を話題に上げすぎてしまった。以前から、現在俺には屋敷で共に暮らす恋人がいる旨を伝えてはいたが、レボルトがまるで気に留めずに興味も示さなかったその話題には、嫁の方もあまり言及してくることはなくて、……彼らに事情を深く打ち明けすぎていなかったのも、只、本人たちに興味がないだろうからという、只それだけの理由だったつもりだが、……まあ、確かに。レボルトに仔細が知れたなら、都合の悪いことはあったのかもしれないと、レボルトの反応を見て、俺はようやく思い至ったのだった。

「飼っているとは人聞きの悪い。一目見て気に入って、それで連れて帰ってきただけだ」
「……それは一体、いつの話だ」
「お前の嫁を地球に送り届けた際に、だな。待機時間の間に、連れて帰ってきた」
「……貴様、それをよくも恋人などと紹介出来たものだなァ……?」

 そう言って、レボルトは一瞬だけ嫌悪の滲む表情を見せたものの、は地球人で、外見的な特徴がレボルトの嫁に似ているところを見初めて、最初はそれが気に入ったのだと俺が話すと、……瞬時に表情が消え失せて、「……代用品で済ませたことは褒めてやるが、あいつを会わせるのは却下だ」と、レボルトはそう言うのだった。……なんだ、つまらんな。地球人同士で、議員の妻という立場も同じで、きっとふたりは仲良くなれるものだと思っていたのだが、……話し相手が言語の通じぬ俺だけというのも、そろそろ、多少は可哀想に思っていたのだが、……しかし、レボルトがそう言うのなら、仕方がないか。

「……ソキウス、貴様……あいつをそのような目で見ていたのか」
「いや? お前の嫁のことなら、友であり妹のような存在と認識している」
「ならば、何故……」
「近しいものを手に入れられたのならば、お前のことが理解できるかもしれないだろう、レボルト。そうすれば、きっと彼女も喜ぶ」
「……悍ましい男だな、貴様も……」
「そうか? お前も嫁を攫って囲い、俺と似たようなことをしていただろう?」
「俺のは合意の上だ、貴様のそれは拉致というのだ、拉致と……」

 ──結局のところ、レボルトはそう言ったきり、何も言及はして来なくて、只「あいつを巻き込むのも、おかしな目で見ることも許さん」とそれだけを言い捨てられた俺は、あまり巻き込むなとだけ、レボルトから釘を刺された訳だったが。……まあ、俺とてその程度は理解しているとも。
 ネポスと地球との外交関係も安定してきた今、元評議会の議員である俺が、地球の一般人を拉致監禁して無理矢理に男女仲を持ったことなどが露見したのなら、すべてが台無しになることだろう。もちろん、俺とてそんなことは望んでいないし、俺には何よりも、レボルトとお前が幸福であることが重要なのだ。
 故に、そのために、お前達を理解するための足掛かりになるかもしれないからと手に入れたものに、俺は確かに愛情らしき想いを抱いてはいるが、そうは言ってもお前達への情には、まだまだ到底及ばない。事が露見するようなことがあれば、──そう、その前にすべての証拠を隠すことも、消してしまうことも、俺にとっては容易いのだ。どうか安心してくれ、友よ。俺はお前たちを、裏切らんさ。 inserted by FC2 system


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