どこにもいないかたちを探している

→大和が前提。当て馬ではない。



 幼馴染の鷹ちゃんと私は、小さな頃からずっといっしょだった。実家が隣同士で、生まれた病院もいっしょで、家族ぐるみでの付き合いがあって。幼い頃から身体が弱く、ベッドに伏していることが多かった私が、少しでも外に出ようと起き上がれたのも、鷹ちゃんが聞かせてくれる野球の話に興味があったから、だった。──その一歩は、他人と比べれば僅かばかりで、それでも私にとっては大きな前進で。鷹ちゃんは私にとって、私を外の世界に連れ出してくれたひとなのだ。

『──それでね、この間の試合で……』

 ふたりきりの静かな私の部屋で、野球の話を鷹ちゃんに聞かせて貰っているだけだった頃は、彼が見ている景色の断片すらも私は知らなかった。けれど、初めてリトルリーグの試合を私が見に行ったときに、……ふわり、と空を飛ぶようにボールに手を伸ばす鷹ちゃんがまるで鳥みたいで、──私には、そんな彼がこの上なく自由に見えた。……だから私、野球を頑張る鷹ちゃんの力になりたいと思ったのは、きっと、彼の私には出来ないことを努力で掴み取っている姿が、この上なく格好良く見えたから、だったのだと思う。みんなは鷹ちゃんのことを天才だとそう呼んだけれど、私の部屋を訪ねてきた鷹ちゃんが毎日、今日はこれが上手く出来なかったとか、こんなことを言われて悔しかっただとか、そんな風に儘ならない気持ちを抱えていた頃だって彼にもあったことを、私はちゃんと知っていたから。──だから、私が鷹ちゃんの味方になろうと思ったのだ。私は体が弱いけれど、その代わりに、心は強く持とう、鷹ちゃんに嫌なことを言うひとから、私が鷹ちゃんを護るのだと、そう心に決めた。だって鷹ちゃんは、いつも私に手を貸してくれて、力の入らない身体を受け止めて、私のことを守ってくれていたの。……私、そんな鷹ちゃんのことが好き、だいすき。だから、私だって鷹ちゃんのことを守ってあげたい。あなたに守られているだけの私じゃなくて、あなたの力にだってなれる、そんな私になりたい、って。──その一心で私は少しずつでも体調が安定するように頑張って、やがて以前よりも外で活動できるようになって、その頃から私は、鷹ちゃんのサポート役を務めることになって。──これから先もずっと、こうして鷹ちゃんの隣に居られたなら、いいなって、そう思っていた。鷹ちゃんがフィールドを変えても、私はずっと、鷹ちゃんのマネージャーで居るよ。帝黒まで追いかけて来たのと同じように、鷹ちゃんみたいに飛べなくても、隣に居られるだけの努力をするよ。

 ──だから私、知らなかった。
 鷹ちゃんの隣には私が、私の隣には鷹ちゃんが、当然のように、ずっと座っているものだと思っていたけれど、……決して未来はそうでは無いのかもしれないって、私は気付いていなかったのだ。

 少年野球では最早、敵のいなくなった鷹ちゃんは、いつからか試合中にも退屈気な顔をするようになって、あまり笑わなくなってしまったから、鷹ちゃんがアメフトへと分野を代えたときも、私は余り抵抗感だとかは覚えなくて、寧ろその新しい場所で、鷹ちゃんが少しでも楽しく過ごせたならそれでいいと思っていた。だから、自分もアメフトを勉強してマネージャーとして追い付くための努力を重ねることも、苦にはならなくて、……帝黒で少し久々に顔を合わせて、再びクラスメイトになった鷹ちゃんは、彼には自覚が無いようだったけれど、以前よりは少し楽しげなように見えた。……だから、いつも鷹ちゃんを見ていたからこそ、鷹ちゃんに影響を与えているのが大和くんだということにも、私はすぐに気付いたし、私が大和くんを好意的に感じるようになったのも、一瞬のことだった。だってそれはそう、当たり前のことだ。大和くんは鷹ちゃんの友達で、唯一対等なチームメイトで、私が大和くんを尊敬して大切に思う理由など、当然のように満ち溢れていたから。私のこれはきっと、鷹ちゃんを通して大和くんを見つめているだけなのだと、……そう、思っていたのに。……気付いてしまったのだ、あるときに。私は鷹ちゃんと同じくらいに大和くんを好きなのだと、……それが、自分にとってはこの上なく深い意味合いを持つのだということに、気付いてしまったから、怖くなった。

「……大和なら、良いと思うよ。信頼できるし、も大和の人柄は知ってるだろ」
「知ってる、けど……」
「けど、どうしたの?」
「……なんで、鷹ちゃんじゃないの?」
「……?」
「ずっと鷹ちゃんと一緒に居られると思ってたのに、……もしかして、そうじゃないの……?」

 ──そう言って、不安げに瞳を揺らすは、平時の凛とした涼やかな佇まいとは程遠く、少し突けば崩れてしまいそうに脆くて、……いつからか、俺の為にしっかりと気丈に振舞うようになった彼女の本質は、こんな風に優しくて儚い女の子だと知っているからこそ、俺はずっと、のことを過保護すぎるくらいに庇護して守ってきたわけで。は俺のことが好きだし、俺はのことが好きだ。世界で一番、お互いのことが大切だけれど、これはきっと恋じゃない。少なくとも俺は、今更への感情を、恋なんて無くなってしまいかねないものに置き換えることは、怖いよ。無条件に与えられている互いへの恩情に劣情という名前が付いてしまったら、俺はを傷付けるんじゃないかと思うと、それだって怖い。
 だから、が大和を好きになったというのなら、俺はそれでも構わないと思っていた。寧ろ、大和くらいしかを安心して任せられる相手はいないと思う。他の奴に任せるくらいなら、関係性の決壊と言うリスクを冒してでも、俺が恋人のポジションに座り直した方がずっといい。……だけど、他の誰でもない大和なら。俺がを大切に思う気持ちごと、この子のことを大切にしてくれるのだろうなと、そう思うのだ。でも、そんな風に“いつか来るかもしれない、そのとき”を想定していた俺と違ってのほうは、俺以外の誰かを、──大和を特別視している自分に、動揺しているらしい。……永らく彼女から俺以外の選択肢を抹消していたのは、俺の方なのだから、が何か気に病む必要なんて何処にもないのに、この可愛い幼馴染は、本当にどうしようもないほどに心根が優しくて、そんな彼女の柔らかな部分に他の人間が触れることなど許せないと、……確かに今でも、少なからず思うところは、俺にもあるよ。

「……大丈夫、俺はとずっといっしょだよ」
「でも、鷹ちゃんにもいつかは、私よりも、大切なひとが出来るのかも……」
「出来ないよ。だって、俺より大切な相手なんて居ないだろ。大和は、俺と同じくらい大切なだけで……」
「……うん……」
「それは、大和が特別だからだ。……大和みたいな人間と、この先俺たちが二度も出会うと思う?」
「……ううん、思わない……」
「そうだろ。……だから、大丈夫だよ、は大和を好きになっても、大丈夫だ。俺は怒らないし、から離れても行かないよ」
「……鷹ちゃん、ごめんね……」
「謝るようなことじゃない。……ねえ、好きだよ、
「……うん、わたしも、鷹ちゃんがだいすき」
「うん。俺にとって一番大切な女の子は、だよ」

 が不安なときは、こうして抱きしめてあげると落ち着くのだと俺は知っていて、その権利を手放すつもりはこの先も全くない。──けれど、どうして俺じゃないのか、なんて。そんなの分かり切っているよ、……俺があと一歩を詰めないことを良しとしてきたから。それから、いつかが大和と出会うことが決まっていたからという、それだけでしかないんだよ、そんなもの。こんなに近くにいるのに、どうして他人なんだろう、だなんて。そんなことで不安でいっぱいになってしまうきみを、これからは俺と大和とで、きっと守ってあげなきゃいけない。……それでいつか、十年、二十年が過ぎた遠い未来で、ほら、だからずっと、三人いっしょに居られるから大丈夫だって言っただろ、と。に教えてあげよう。この関係性が正解だったのだとそう信じて、きみが笑える日が来ればいいのだ。 inserted by FC2 system


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