ダイヤモンドの被膜

 ──その日、俺は生まれて初めて、目の前の決闘者とのデュエルに勝利することが出来なかった。
 何も、決して試合に負けたわけではなかったが、それでも、──只の一度も敗北を知らなかった俺はその日、確かに、──目の前の対戦相手を下すことが叶わなかったのだ。

「──デュエルアカデミア創立記念、エキシビションデュエルの結果は、な、な、ナーント! 両者引き分けナノーネ!」

 ──そして、それは眼前の対戦相手にとっても予想外の結末だったようで、彼女は呆然と俺を見つめてから、火のついた眼をして俺を射るのだ。
 龍の色を讃えたその眼の中には火花が散り、煌々と輝く星の目に、──ああ、やっと見つけた、と。……そう、高揚が抑えきれなかったのを、俺はきっと、生涯忘れることが出来ないのだろう。
 ──やっと見つけた、対戦してみたかった少女、──そして、きっと俺にとって生涯の好敵手、海馬
 次は絶対に自分が勝つと、──まるで、言外にそう語るかのようなその眼があのときの俺には、只々新鮮で、──同時に、生まれて初めて知る感覚に、きっと俺はあの日からずっと、当てられてしまっている。
 

 ──特待生として中等部の三年からの、デュエルアカデミアへの編入。
 翌年には高校受験を控えていた中で、デュエルアカデミアの創立により突如として一年前倒しになった進路の決定は、──特待生枠を狙う人間など大抵が卒業後にはプロになることを見据えていると言う都合もあり、決して楽な選択ではなかったが、──それでも、思い切ってアカデミアへの編入を目指したのは決して間違いではなかったと、実際に学園生活が始まってからすぐに、俺はそのような実感をしっかりと得られていた。
 入学式の日、離島行きの船に乗っている際に俺へと話しかけてきた同学年の生徒──吹雪は、当日は島に着くなり、……なんでも、何処かの国の王子に間違われた……? とかで、入学式の会場へと向かう前に女子生徒たちから追い回されて、何処かへと姿を消してしまった。
 その際、呆然とその場に取り残されたのは俺だけではなく、──ぽかんと口を開けて走り去る吹雪を見つめていたと藤原とは、妙な話だがそれ以来というもの、不思議な連帯感があって、自然と友人になれたような気がする。
 ──だが、かと言って、そのまま吹雪は俺達の輪の中から早々に外れたのかと言えばそんなことはなく、入学式が始まる頃に吹雪は、まるで当然のような顔をして俺達の元へと戻ってきて、──恐らくはそれ以来、なんとなく四人でいるのが当然のようになっていったようにも思うので、……結局のところ、俺達を繋いでいるのもまた、この吹雪と言う風変わりな同級生なのかもしれない。
 
「──しかし、何故、藤原が新入生代表じゃなかったんだ?」
「それは私も疑問ね、優介って筆記試験は一位通過だったでしょう? 私も満点だったはずなんだけど、二位だったから……」
「俺もだ。藤原は筆記試験で 加点が入っているらしいな」
「筆記試験で加点……!? そんなことがあるのかい?」
「なんでも、応用問題に細かな注釈があったとか聞いたわ。先生が褒めていたわよ」
「へえ〜! すごいなあ藤原! 流石だな!」
「いや……別にそこまで大したことじゃないよ、少しカードに詳しいだけで……」
「十分に大したことだろう?」
「でも……俺、人前に出るのが得意じゃないから、実技は焦っちゃって……だから、三人よりも評価が低かったんだよ」
「……ああ、そういうことだったのか……」

 ──入学式にて、新入生代表の挨拶は当日、主席合格だった俺ととの二人で務めたが、──実は、俺達の中で最も座学に強かったのは、俺でもでも、ましてや吹雪でもなく、藤原で。
 編入時の筆記試験を加点で一位通過と言う荒業をやってのけた藤原は、本当にデュエルモンスターズが大好きな奴で、同級生ながらも俺たちは皆、藤原から学ぶことも多く、そう言った都合もあり、デュエルアカデミアへ編入してからの日々は、今まで以上に俺を決闘の世界へと没入させてくれたのだろう。

「それなら本当は、入学生代表挨拶も優介だったのかもね?」
「勘弁してくれ……俺はたちみたいに人前で喋ったりできないよ……」
「だが、本当にそうなっていたら、エキシビションは誰が務めていたんだろうね?」
「……藤原が、教師の誰かと決闘をしていたとか、か?」
「うちの父も当日は出席していたし、父と決闘出来ていたかもしれないわよ?」
「だから、勘弁してくれってば……! 俺は、と丸藤の決闘が見られて楽しかったよ、二人とも、強かったし……堂々としていて、すごかったな」
「そうか?」
「うん。……本当に、良いデュエルだった……」
 
 噛み締めるようにしみじみとそう零す藤原はきっと、本当にデュエルが好きなのだろう。
 あの日のデュエルを反芻し、「あのターンのの戦術は大胆で、大一番で躊躇なくあの判断が出来たはすごいよ!」「でも丸藤も、それに対して冷静に対処していたし……!」──と、高揚したように語る藤原の言う通り、──確かに俺も、あの日のとのデュエルは、本当に楽しかった。
 デュエルアカデミア創立の式典には、外部からのゲストやマスコミが押しかけており、そんな中で学園側のプロモーションとして、創立を記念したエキシビションマッチを執り行う運びとなり、──当日は、主席入学だった俺との対戦カードが大舞台にて用意されたのだった。
 次代のトッププロ養成学校であるデュエルアカデミア、その創立後初めての決闘。
 ──そんな華やかな舞台を用意された上で、遂に対峙したとの決闘は、──今でも、瞼の裏に光を湛えて焼き付いている。
 
 今まで俺はずっと、目の前の決闘に勝っても負けても大きく心を揺さぶられた試しがなかったが、──それでも、との決闘は一味違っていた。
 彼女と戦うこのひとときが、一瞬一瞬の輝きが、このまま永遠に続けばいいと、思わずそんなことを願ってしまいたくなるほどに眩かったあの決闘の余韻から、俺はなかなか戻ってこられずに、──そして、きっともそれは同じだったのだろう。
 あの日以来、俺とは暇さえあれば二人でデュエルをしていたし、引き分けだけはあれ以来一度も無かったが、彼女に勝った数も負けた数も、次第に積み重なってゆき、──いつか、と決闘を交わした数など数え切れなくなるほどに、この因縁が続いてくれたならどれほどいいことだろうかと、……そう思っているのもまた、俺だけではなければいいと、……そんなことを、中学三年の秋の終わりにて、近頃の俺は思っているのだった。


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