大人しく薔薇になりなさい

 丸藤亮と言う同級生に対して、正直なところ私は、出会った当初あまり良い印象を抱いていなかった。
 それは何も、亮のことが嫌いだったとかそういうわけではないし、私と亮は入学初日からちゃんと“級友”をやれていたとは思うけれど、──それでもほんの少しだけ、……この男、どうにもムカつくなあ、なんて。──私が初めて他者に抱いたその気持ちは、紛れもない敵対心と呼べるもの、だったのだ。
 ──それは確かに、デュエルアカデミアに入学したら亮とデュエルをしてみたいと思っていたのは事実で、彼との決闘が、私に未知の高鳴りを教えてくれたのだって本心だったけれど。
 ──でも、主席の座も入学生代表挨拶の権利も、──もしも、それを掴み取っていたのが私ひとりだけだったなら、父も少しは喜んでくれたかもしれなくて、──二人の主席、エキシビションマッチでの引き分けという結果に終わった時点で、……父は、私に落胆してしまったのではないだろうかと、そんな焦燥を抱いていたのもまた、現実だった。
 その不安を振り切りたかったこともあり、何度も亮とは再戦したけれど、どれだけデュエルを繰り返しても結果は五分五分だったものだから、どうしても決定的な差を着けられない同級生、丸藤亮を相手取り私が躍起になっているうちに、──なんだか、いつの間にか勝手に盛り上がっていた外野が、私と亮をそれぞれデュエルアカデミアの“レジーナ”、“カイザー”等という馬鹿げた称号で呼び始めて、──気付けば私は、周囲からは完全に丸藤亮とセット扱いされるようになってしまっていた。

「──馬鹿みたい、こんなに小さな学園で女王様扱いされたって、何も嬉しくないわよ……」
「彼らにも困ったものだな。まあ、厚意ではあるのだろうが……」
「厚意って……亮は腹立たしいと思わないの? 私たち、勝手な偶像扱いされてるのよ? ……私にもあなたにも、ちゃんと、個人としての名前があるのに……」
「まあ……俺もあまり、そういった扱いを受けるのは得意ではないが……だが、が分かってくれているからな」
「……は?」
「特待生で主席という立場だからこそ、俺もお前も周囲に期待され担ぎ上げられる立場にあるが……俺も本当は、率先して先頭に立つのは得意じゃない。……が、がそう知ってくれているなら、俺はそれで良い」
「……それで良い、って……」
「お前の前だと、不思議と自然体で居られる。……俺はそれで十分だ」

 ──さらりとそう言い放つ亮は恐らく、その言葉に一切の偽りや他意などは含んでいなかったのだろう。……実際、ぽかんと口を開けて呆けてしまった私の反応に対しても、亮は不思議そうに首を傾げていたし。
 でも、そう言われた私の方はと言えば、──ああ、そういえばこの男は入学初日にも、……私を“海馬”ではなく“”として認識していたな、と。……そんなことを急に思い出して、それでようやく気付いたのだ。──ああ、何も亮は、私が無闇に腹を立てるような相手ではなかったんだな、と。
 
 丸藤亮と私は、何度もデュエルを重ねては競い合っていたから、私にとって彼はなかなか突き放しきれずに越えられない、腹立たしい壁でしかなくて、──けれどそれは、私が海馬という姓にプレッシャーを感じているからこそでもあったのだろう。
 ──こいつさえいなければ、私はもっと、……なんて。
 そんな風にさえ思っていたかもしれないこの相手は、なんと、私のことを戦友か何かだと思っているらしいと、──そう気付いたのはそのときのことで、──それと同時に私は、……ああ、亮とはソリが合わないとばかり思い込んでいたけれど、……案外、この男の本質は私に似ているのかもしれない、と。……そんなことを、ふと思ったのだった。
 
 ──あの頃の私は、“レジーナ”という称号が、本当に嫌いだった。
 父の手で授けられた“海馬”という福音でさえも自分の手に負えていないというのに、この後に及んで他人が無責任に与えたその王冠を、到底、快く歓迎などは出来なかったのだ。
 ……第一、亮が皇帝で私が女王というのも腹立たしい。一体、言い出した人間はアカデミアを帝国に見立てようとしたのか、王国に見立てたかったのかどっちなのだと因縁を付けてやりたくなるし、せめて言語くらいは統一しろと、そう思う。
 ──それに、デュエルキングの座を欲した父の背を追ってきた以上、私だって憧れているのは王の玉座であって、女王の座とは似て非なるものだ。
 キングにニュアンスが近いのは、どちらかと言えばレジーナよりもカイザーの方なんじゃないか、だとか。──私はそんな風に、亮に対する子供じみたやっかみを抱えていたというのに。
 そんなことを知ってか知らずか、亮はあっけらかんと私に言うのだ。──自分たちは、同じだろう、と。

「……ねえ、亮」
「なんだ?」
「……あなた、私のライバルにしてあげても良いわよ」
「……うん?」
「……何よ? 私が相手じゃ不満なの? 私に勝ち越せもしないくせに?」
「いや……だからこそだな……俺たちは既にライバルだと、俺は、そう思っていたんだが……」
「……は?」
「……違ったか……?」

 同年代の子供たちとは些か違った身の上を持つ私は、それまでの日々で、友人らしい友人を持つことはなかったし、作ろうとさえも思わなかったから、──当然ながら、対等な戦友なんてものが、私には存在していなかった。
 等し並みに扱われて、拮抗する実力を持つ二人のことを、──きっと世間では、ライバルと、そう呼ぶのだと思う。
 父にとっては、名もなきファラオや遊戯さんがそんな相手だったとそう聞き及んでいるけれど、──まるで、物語の中の存在のように思っていた“それ”が、私にも現れるのだとして、──もしも、隣に立つこの男が“それ”なのだとしたら、──丸藤亮こそが私のライバル足り得るのだとしたらと、……一度そう考えてしまった瞬間、今までに抱いたことのなかった感情が溢れ出して、──私はそのとき、どうしても、“それ”が欲しくなってしまったのだ。
 ──終生の好敵手というその席に座る誰かが、もしも私にも居るのだとしたら、──私の“それ”は、亮が良い。──と、そう思って、らしくもなく緊張で震えそうになる声を抑えながらも、平然を装って私が口にした言葉を聞いて、──亮はと言えば、今度は彼の方が呆然としてから、……少し居心地が悪そうに、そんなことを言うものだから。
 
「俺とはこれだけデュエルを重ねて鎬を削り合っているんだ、……ライバルとはそんな相手を指すものとばかり思っていたが、違うのか? ……それとも、両者の合意や承認が必要なものなのか……? ならば、俺からも改めて頼みたいところだが……」
「……っふ、ふふ……」
「? ?」
「あなたって実は結構天然よね、亮……っふふ、……そうね、確かにあなたの言う通りだわ……私とあなたみたいな関係を、きっとライバルと呼ぶのよね……」
「……ああ。エキシビションマッチのあの日から、俺たちはライバルと呼べる間柄だと、そう思う」
「……よし! じゃあ、ライバルらしくさっそく競争しましょ!」
「デュエルの申し込みか? 望むところだ」
「それも良いけれど……今日の小テストの結果で勝負するのよ!」
「テストの結果……?」
「だって、ライバルなんでしょう? ──テストの結果も体育の授業も、これからは全部、私と勝負しなさいよね、亮!」
「ふ、……お前は思っていたよりも、随分と面白い奴なんだな……」
「? 何よ?」
「いや……なんでもない。良いだろう、受けて立とう。──俺は、お前のライバルだからな」


close
inserted by FC2 system