瞬間ばかり光るわけじゃない

 ──俺を、彼女のライバルにしてやってもいい、と。
 些かの上から目線で言い放たれたその言葉には思わず動揺したが、──そう俺に告げるは何故だか此方から少し目を逸らしていて、──今にして思えばあの時は、彼女も多少はその申し出に照れていたのかもしれないと、……そう思ってしまったのも、或いは俺の願望でしかないのだろうか。
 俺の同級生──改め、正式なライバルとなった海馬は、周囲の生徒と比べると普段から落ち着いており、特待生寮には他に女子がいないという環境でも特に周囲を気にする素振りさえもなく、決闘者らしく堂々としていて、平時から凛々しく佇んでいる奴だった。
 入学以来というもの、俺と、そして吹雪と藤原の四人で行動を共にするのが常となって暫く経つが、未だに俺の中で、彼女の印象は入学当初からあまり変わっていない。
 ──とは言えども、俺とライバル関係になってからは、以前と比べると日常における些細な出来事でさえも、その都度俺に勝負を吹っ掛けてくるようになったりと、──どうやらは、俺が思っていた以上に負けず嫌いで勝負気質な性格をしているらしい、という発見こそはあったものの、──それはそれで、同学年の他の女生徒とはやはり一線を画している気がする。……まあ、俺には以上によく見知った異性など居ないのだが。
 ともかく、は年相応な振る舞いをしている印象が薄い奴で、常に大人びて時には達観さえ身に付けており、基本的にクールで、綺麗な目をしていて、──だが、彼女のそんなところを、俺が結構好ましく思っていたのもまた、事実だった。
 
 ──冷静な彼女とのやり取りは、常に落ち着いている。
 勝負事で競い合う行為にさえも不思議と安心感があり、……いつの間にか俺の中ではライバルであるのと同時に、誰よりも気を許した親友に昇華されつつあったのだろう。
 俺自身が平時から其処まで口数の多いタイプではなく、あまり自分から騒いだりするような性格でもないので、なんとなくとは波長が合っているのか、彼女と居ると無駄に気を張らずに済むから、楽なのだ。
 ……と、その時までの俺はそのように考えて、自分がに傾けている情はそれらの友情に起因しただけのものだと、本気でそう思っていた。

「──新弾のパック、買えてよかったね!」
「今回のパックは、ドラゴン族と光属性のカードが多いから、全員欲しいカードがあるんじゃないか?」
「そうだね、……でも、一番はやっぱりかな?」
は特に今回は欲しいカード、色々ありそうだけど……どれが本命なんだ?」
「そうね……やっぱり今回は、青き眼の賢士かしら……」
「青き眼の賢士……ああ、シークレット枠なんだな、このカード……」
「そうなのよね……だから本当は、もう少しパックを買いたかったのだけれど……」
「購入制限付きだったからねえ……当たると良いんだけど……」

 ──その認識が覆ったのは、本当に急なことだった。
 その日、購買部で新弾のパックをそれぞれ五つずつ購入し、特待生寮の藤原の部屋に集まってそれぞれ開封している間、先にパックを開け終わっていた藤原が、ノートパソコンで検索したカードリストを開いて皆にディスプレイを見せてくれているのを、俺もパックを開封しながら横目で確認すると、──確かに、が欲しいと言うそのカードは、リスト上でもシークレット枠と表記されている。
 シークレットの封入率は非常に低く、五パックの中から引き当てると言うのは、正直なところあまり現実的な確率ではない。
 だからこそ、ボックスで購入するため、今朝の早い時間帯に購買部へと皆で足を向けたわけだったのだが、──どうにも、今回の新弾は収録カードが豪華だからか朝から生徒が殺到したようで、ボックスどころか一人あたり五パックしか購入できなかったため、四人合わせても二十パックと、全体的に見ても期待値は開ける前からあまり高くはなかった。
 ……案の定、パックを開け終わったは、欲しかったカードを引き当てられなかった様子で落胆しており、吹雪と藤原に慰められている。

「──あ」

 藤原の見せてくれたカードリストを参照するに、確かに青き眼の賢士はのデッキとシナジーがあると言うよりも、必須級の性能を持っているように思えたが、それを引き当てられなかったとなると、──などと、そんなことを考えながら俺も手元のパックを開封していると、──五枚組のカードの一番下にキラキラと格子状の特殊加工が施されたイラストと、──銀色の箔押しでこれまた輝く筆跡にて印字された、──“青き眼の賢士”の文字が見えて、……思わず、小さく声が漏れた。

「……、お前の欲しがっていたカードが出たぞ」
「え!? ……あー! 本当だ……しかもシークレットの方じゃない……! 亮、やっぱり引きが強いわね……!」
「そうか?」
「そうよ! だってあなたって、初手にサイバー・ドラゴンを引けないことなんて、殆どないくらいでしょ?」
「まあ、確かに多少はあるかもしれないな……ほら」
「? ほらって、何?」
「このカードが欲しかったんだろう? にやる」
「え……で、でも、これってシークレット枠よ? それに、私、交換できるようなカード、引けてないし……」
「別にいい。俺が持っていても仕方がないからな……の元に行った方が、このカードも本望だろう」
「……でも……そういうのって、あんまりよくないんじゃ……」
「何言ってるんだい、。こういうのは持ちつ持たれつだろう?」
「そうだよ、貰っておいたら良いだろ? ……まあ、俺だって、引けたらにあげようと思ってたし……」
「そうそう! 僕もだよ! だから、気にしなくて良いんだってば!」

 どうにも戸惑っているのか、俺が差し出したカードをなかなか受け取ろうとしないの手に、些か強引にシークレット加工が輝くカードを握らせると、──はそれでも、少し困惑した様子で、──だが、吹雪と藤原からも「此処は大人しく受け取っておけ」と背を押されたことで、──対面に座る彼女は、俺に向かっておずおずと、伺いを立てるのだった。

「……あの……本当に良いの……?」
「ああ。デッキに入れて貰えると、俺も嬉しい」
「……ありがとう、亮……!」

 ──それでどうやら、もようやく観念したようで、受け取ることを決めたらしいカードを今一度じっと見つめてから顔を上げ、俺に向かって視線を投げ寄越すと、──見たことも無いような満面の笑みで、……がそう言って微笑む、もの、だから。
 ……俺は、パックから当てた残りのカードを広げて、それぞれの効果を確認していたところだったと言うのに、思わず手元からばらばらとカードを取り零してしまい、──どうしてか、自分でも信じられない程に己が取り乱していることに気付き、には気付かれない程度に顔を逸らしてから、慌てて口元を片手で覆う。
 ──なんだ? 今の動揺は……?
 は普段から冷静で、落ち着いた奴で、何処か大人びていて、──それでも、付き合いが長くなるにつれて、当初は常にクールだった彼女も俺達の前では、度々笑ってくれるようにはなったものの、……それでも、があんな風に、にこにこと年相応の少女のように、子供みたいに、満面の笑みで笑ったりするところを、俺は今まで見たことがなくて、……どういう訳だか俺は今、真正面から喰らったの笑顔に対して、信じられない程に動揺している、らしい。
 ──確かに、のことを、綺麗な奴だとは思っていた。
 ……俺の、好みのタイプでも、あったのかもしれない。
 ──だが、それでも、俺にとって海馬は何よりもライバルで親友なのだと考えていたから、彼女に向けるこの好意にも、それ以上の心の機微が伴っているとは到底、考えもしておらずに、──ああ、だが、──よくよく思い返してみれば俺は、初めて彼女を見かけた十一歳のあの日にも、──の横顔に、目を奪われていたような、気もする、な……。

「ふふ、きれい……うれしい……」
「良かったね、
「ええ! ほら、優介も見て! キラキラなの!」
「うん、良かったな」

 長方形のテーブルを隔てて、俺の向かい側に座っていたが隣の藤原にカードを見せて、二人で仲良さげに薄茶色のフレームを覗き込むそれだけの仕草に、──思わずムッとしている自分が居ることを、……どうしたら、この状況で誤魔化せると、見なかった振りが出来ると言うのだろうか。
 ……我ながら、呆れ果てたな。──ライバルで親友でもある彼女に対して、俺は誠意を持って接している気になっていて、其処にはが異性だからと言う下心などは断じてないと、それだけは言い切れるが、……だが、の前で良い恰好がしたい、彼女に好かれたいと言う感情が俺には全くなかったとは、……これでは、到底言えはしないだろうに。
 全く、……ライバルとしてだけ見れなくなっていたのは、一体いつからだったのだろうか。
 出会った日か、再会した日か、初めてデュエルをしたときか、ライバルになった後か、──だが、少なくとも今この瞬間は自覚を得たと言うそれだけで、……どうやら俺は、以前から海馬というこのライバルに対して、恋愛感情らしきものを抱いていたと、……これは、そういうことらしい。
 ……何故ならば、そうでなければこの激しい動悸も、藤原に対して抱いてしまった嫉妬めいた感情も、自分達の前で、があんなにも気を許した風で笑うようになってくれたことへの湧き上がる喜びも、瞼の裏に焼き付いてしまったあの笑顔も、──綺麗なのはお前の方だと、到底言えるはずもない言葉が脳を過ぎったことも、……隣に座る自称・恋の伝道師が目敏く何かに気付いた様子で、にやにやと俺を見つめている理由にも、……まるで、説明が付かないからな……。

「──亮! 君ってやっぱり、のことが……!」
「吹雪、後で聞いてやるから……今、それ以上言うと怒るぞ……」
「なに? また吹雪が何かしたの?」
「またか、吹雪……? あまり丸藤を困らせるなよ……」
「僕は何もしてないよ!?」
「……ハァ……」
「亮、ため息出てるわよ? やっぱり吹雪が何かしたんじゃない……大丈夫?」
「いや……そうだな、大丈夫だと良いんだが……」
「? 変な亮と吹雪……」
「だから僕は違うってばぁ!」


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