001

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 ──当然ながら、私にとってその少年は初対面の相手だった。……だと言うのに私は、彼にあの決闘者の面影を、強く感じたのだ。──だからこそ、私は彼の決闘に目を奪われてしまったのだろう。
 ……ああ、彼はきっと、遊戯さんの、と。……そのときに何故、私がそんなことを思ったのかについては、当時まだ真相は分かっていなかったけれど。

「──さん、どうしたの? 急に黙り込んで、大丈夫?」
、気分でも悪いのか?」
「……いえ、平気よ。ただ、彼のことが少し気になっただけだから」
「……ほう? 聞き捨てならないな」
「あら? ……どうしたの亮、私、何か悪いこと言ったかしら?」
「……分かっているくせに、お前は意地が悪い。……あいつの何が気にかかる? それとも、俺には言えない理由でもあるのか」
「そうねえ……、確かに、もしかすると言えないことかもしれないわよね? で、亮はどう思うわけ?」
「……、それは流石に悪い冗談が……」
「──もう! ちょっとふたりとも! そういうのはあとでやって頂戴!」

 ──決闘者として、あの少年のことが気になる。私の零した言葉の示すところが、そういった意味でしかないということくらい、私にも亮にも明日香にも、この場の三人が三人、しっかりと理解出来ている。
 ──それでも、私を問い詰めなければ気が済まない、とでも言いたげな亮の姿を見て、……果たして誰がこの男を学園のカイザーと呼ばれる男だと思うだろうか、なんて。そう思い笑ってしまった私は、きっと彼の言う通りに意地が悪いのだろう。
 デュエルアカデミアで巡り会った亮との付き合いも長くなり、二人で過ごした期間も大分長いし、既にお互いの考えなどは、口に出さずとも通じ合えるまでになった。
 ──だから、こうして、亮が私を問い詰めようとしているのは、只の嫉妬なのだということくらい、私にはもちろん分かっている。それがどうにも心地良くて思わずからかってしまったけれど、見かねた明日香に諌められてしまったし、冗談よ、とそこで話を切り替えて、私は二人に向き直るのだった。

「……彼、なんだか遊戯さんに似ているのよ」
「……まさか、武藤遊戯さんのことか?」
「それはもちろん、私の知ってる遊戯さんはその人だけよ」
「冗談でしょ? さん、遊戯さんは伝説の決闘者なのよ? それが、まさか……」
「あら、私は冗談は言わない主義よ。……でもね、思ったの。父様も、遊戯さんの決闘を見ているとき、こんな気持ちだったのかもしれない。って、……どうしてか、彼の決闘を見て、そう思ったのよ、ね……」

 なんだかその事実が妙に嬉しくて、小さくかみしめながら二人にそう説明する私に、どうやら真剣な話だと理解してくれたらしい明日香は少し楽しそうに、けれど何処か不思議そうな顔をしていて、……対する亮は、少し複雑そうな表情でデュエル場を見つめている。

 ──海馬。それが私の名前だ。

 この姓を名乗ったのなら、まず決闘者であれば、海馬瀬人という決闘者の存在を思い出すことだろう。その海馬瀬人の娘、それこそが私である。
 とはいえ、血の繋がった実の娘という訳ではなく、──父と出会うまで、私は孤児院で生活していて、家族も無かった私は、当時私が八歳の頃に施設へと訪れた父様と、チェスで勝負をすることになった。
 ──何故、父様が、私にチェスで勝負することを命じたのかは、今でもわからないけれど。そのチェスで私は父様とひとつ賭けをすることになり、私が勝ったなら決闘を教えてほしい、という願いを父様に申し出たのだった。
 ──そして、あれから十年、私は海馬瀬人の娘として、父の背を追い続けている。あの日、私が願った以上のものを私に与えてくれた、尊敬する父のためにも決闘者として必ずや名を上げてみせると固く誓って、──この学園に編入する前、ようやく父様を初めて決闘で下した私に受け継がせてくれた、青い眼の剣を携えて、私は決闘者として、今日もこの学園で戦っている。

 そんなアカデミアでの生活で、私の競争相手──終生のライバルとなったのが、今も隣に居る、丸藤亮と言う男だった。
 父がアカデミアを創立し、父の推薦でこの学園の門を潜った私が最初に出会い、戦った相手が、丸藤亮という同級生で。彼は私と同じ学年の編入生で、当時私にとって、亮との出会いは、彼との決闘はあまりにも鮮烈だったのだ。
 ──そして、それは彼とて同じだったようで、私と亮とは、価値観も趣味も意見もまるで合わないけれど、──決闘に関してだけは、決闘者としては。私と亮は、この上なく相性が良かった。
 その事実を単純に、相性が良かった、という言葉で称してもいいのかどうかは分らない。けれど、とにかく亮と決闘をすることが、私は楽しくて仕方がなかったのだ。
 ──決闘で相手を圧殺する行為こそが力の象徴、強きものである為には勝ち続けなければならない、と。
 幼い頃からそのように教えられ、決闘に励んできた私にとって、十分に決闘を楽しむ余裕などはそれまでの人生の何処にもなかったと言うのに。──それなのに、ただカードを交わすだけの行為がどうしようもなく楽しい、と思える相手と、私は出会ってしまった。──それが、私にとっての丸藤亮と言う男だったのだ。
 亮となら決闘をしている時間だけじゃなく、ゲーム戦略について話すだけでも、コンボの相談をするだけでも、それだけでも楽しくて仕方がなくて、……まあ、それが気付けば、亮自身の話を聞くことも楽しくて、私を知ってもらうことが嬉しくて、なんて。
 ──いつしか彼との関係がそんな風に変化していったのも、恐らくは自然なことだったのだろうと、今はそう思う。そうして、アカデミア四年目の秋を前にして私と亮は、今でも一緒に歩いていたし、彼と私とは今でもライバルだけれど、それと同時に、今では亮は、私のライバル兼恋人になっていたのだった。

「……少し、面白くないな」
「は……? 何言ってるの? せっかく、あんなに面白い新入生が入ってくるのに。ねえ、明日香もそう思……」
「いや、面白くない。……お前の一番のライバルは、俺でありたいからな」
「ちょっと、後輩相手になにを張り合って……」
「……確かに俺も、良い決闘者との出会いは嬉しいが、……こればかりは譲れないな」

 俺は先に宿に戻ってデッキの調整をしている、と。観覧席からあっさりと立ち去っていくその後ろ姿に、呆気に取られる余りに声を掛ける暇もなかった、けれど。……少し予想できなかった亮の行動に、私が幾らか動揺していると、……隣の明日香が、思い切り溜息を吐いたことで、私も流石に、……先程の私の言葉が亮にとっては私が思うよりも遥かに失言だったことに、はっとして。
 ──だって、海馬瀬人の娘が武藤遊戯の名前を持ち出してしまっては、……その言葉にはきっと、必要以上の重みが詰まってしまうことだろうから。

「……さん、遊戯さんは、海馬さんの生涯一番のライバルよね?」
「ええ、それはもちろん。父様ったらね、いつも遊戯さんとの決闘となると──」
「そうじゃなくて! ……ねえさん、亮きっと悔しかったのよ。珍しく燃えてたもの」
「……そうみたいね、決闘者としての興味だって言ったのに、まったく……」
「だからこそ、尚更なんじゃない。だって、さんは海馬さんの娘で、そのさんが他の決闘者を遊戯さんに似てる、なんて言ったんだもの。……さんにとっての一番のライバルとしてのポジションが揺らぐのも、きっと亮は嫌な筈よ」

 ──本当に仲がいいのね、恋人としてもライバルとしても、他人に取られたくないと思われてるのよ。
 ……そう、まるでからかうように悪戯っぽく言った明日香が久々に笑ってくれたことは、確かに嬉しかったけれど、……それより何よりも、流石に気恥ずかしくて、思わず大きな声で彼女の名前を呼ぶと、リングの上のあの少年まで私の声が聞こえたのだろうか、ちょうどそのときに、彼が私達の方を見ていることに気付いて、……正直、少しだけ惜しく思う気持ちはあったけれど、……でも今は流石に、私の可愛いライバルを優先しないとね。

「……もう、せっかくあの子と話が出来るチャンスになったかもしれないのに……」
「あら、話しかけないの?」
「……仕方ないでしょ? だって、優先順位は分かり切ってるもの……」

 普段妹のように可愛がっている女の子に、色恋でからかわれるなんて、いくらなんでも恥ずかしいったらありゃしない。──もう、絶対に許さないから。本当に妙なところで抜けてて、鈍感で、意固地なのよね、亮って。
 ──観客席から去って行った亮を探しに行くために、私は名残惜しくも明日香と別れてデュエル場を後にする。そうして、廊下を少し走ればすぐに見つけたその後ろ姿に向かって、──少しばかりの批難も込めて、私は名前を呼びかけるのだった。

「──ちょっと、亮!」
「……? どうした? てっきりお前は、まだ……」
「あのねえ……あなたって、本当は馬鹿なんじゃないの?」
「……何?」

 私は海馬であって、海馬瀬人じゃないんだから! 私のライバルが武藤遊戯である必要なんて、何処にもないでしょ!


「……いい? 分かったならもうくだらないことで拗ねないでよね……」
「拗ねたつもりはなかったが……そうだな、お前に飽きられないよう、強くならねばとは思ったが」
「……まあ、それは良い心がけなんじゃない」
「だが、に好かれていると実感できて気分は良かったな」
「そんなこと言ってないわよ!」
「違うのか? ……そうか……俺は、お前が好きだが……」
「うるさい! もー! ばか!」 inserted by FC2 system

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