008

「──君とデュエル? ……良いだろう、上がってきたまえ、遊城十代」

 ──元より、幾らか興味を惹かれる対象ではあった。面白い奴だと思っていた。
 何しろ、我が最強のライバル──海馬が試験会場の時点から注目し、「武藤遊戯さんに似ている」とまで彼女に言わせた男なのだ、──新入生・遊城十代という奴は。
 試験会場の海馬ランドでがそう言い出したそのときには、彼女のライバルとして、のその言葉が癪に障るところでもあったし、……それに、今にして思えば俺は、恋人であると共に、アカデミアのある孤島より本土・童実野町を訪れていたあの日は、軽い旅行気分でもあったのかもしれない。
 それは、何も二人きりの旅路というわけではなく、明日香や他の生徒だって居たというのに、……試験の後で海馬さんに挨拶をする約束もしていたから、俺は自分が彼女の特別であるという自負で、少し浮かれていたのかもしれないな。
 
 入学試験の会場では、翔のデュエルを久々に見られたのも兄としては嬉しく、──俺は、アカデミアに編入して以来というもの、翔のために実家にはあまり顔を出さずにいたこともあり、翔の実技を見ることも楽しみだったから。……どうやら俺はあの日、自分で思っていた以上に上機嫌だったようだ。
 そんな俺の機嫌に水を差した遊城十代という受験生に対して、あの日の俺は確かに嫉妬していたのかもしれないが、──実際に入学してきた十代のデュエルを見ていれば、次第に俺も、あいつに興味を惹かれるようになっていた。
 ──なるほど、確かにこれは、が遊戯さんに似ていると太鼓判を押すだけのことはある。
 決闘王・武藤遊戯さんはにとってある種の兄貴分のような存在だそうだが、当然ながら、俺にとってはまるでそんなこともなく、俺にとっての遊戯さんは伝説上で語られる偉人のような相手だった。
 幼少期からジュニア大会に出場していたこともあり、遊戯さんとお会いしたこと自体は俺も何度かあるものの、それでも決して身近な存在ではないから、何も俺は遊戯さんのことをよく知っているわけではなかったが、──しかし、十代という新入生が何か特別に煌めくものを持っているのは、俺にもよく分かる。
 それは未だ荒削りの原石ではあるものの、──きっとあいつは、何処までも化けることだろう、と。──たった一戦交えただけのデュエルでも十分に、俺はそう感じた。
 ──それは、十代が飛翔していく様を間近で見ていられる翔のことが少し羨ましく思えるほどで、──あいつが同級生だったなら、きっと学園での三年間は実り多く楽しい日々になることだろうと、そう思う。
 だからこそ、……翔にはこんなところで挫折して欲しくはない。掛け替えのない戦友と共に過ごす日々は、翔にとって生涯の財産となる筈だ。
 無論、俺にはそう言った相手として既にが居たので、これ以上を望む訳でもないが。……翔にとって身近な場所に、十代がいてくれることはきっと、翔が決闘者として成長するための良い影響になることだろう。
 故に、──きっと、退学を賭けたタッグデュエルも、翔と十代ならば乗り越えられるはずだと、俺は期待している。

「……先に目を付けていたのは私の方なのに、どうして亮が先に十代と決闘しているのよ……!」
「……まあ、アニキの座を巡って、と言ったところか?」
「……ほんっと、そういうの、絶対に本人の前で言ってあげるべきだと思うわよ、亮……あんな冷たい言葉を投げるよりも、その方が……」
「まさか。却ってプレッシャーを与えるだけだろう、……翔の為にはならない」
「ふうん、……そういうものなの」

 ──はいつもこうして、相手が如何に近しい友人であっても、俺や吹雪の弟妹との事情に必要以上には干渉せず、いつもの饒舌は嘘のように鳴りを潜めて、多少言いたいことはあるのだろうが、結局最後には、大した口も出してこなくなる。
 幼少期の彼女は、天涯孤独で孤児院にて暮らしていたところを海馬さんに引き取られるまでは、家族というものを持たなかったのだそうで、──当然ながらにはきょうだい、というものがいないから、俺に対しても無責任な発言はしないようにと、彼女は努めているのだろう。
 ……友人としては、そんなところで遠慮をされると、些か気になる部分ではあるのだが、……彼女に対して遠慮はするなという配慮を向ける方が、きっと、余程デリカシーに欠けるのだろうな、という想いも俺にはあるのだった。
 ……まあ、俺とは友人と言うだけではなく恋人同士でもあるので、……俺の望み通りに行けば、はいずれ翔の姉になるのだから、俺と翔に対して不要な遠慮はしないでほしいと、やはりそう思ってしまうものの、……実の弟から「お兄さん」と、何処か他人行儀に呼ばれている俺は到底、翔にとっていい兄貴ではない自覚があるからこそ、そうして自分を棚に上げることも出来ずに、が俺たちとの間に引いたその一線を見て見ぬふりして、俺は過ごしてきたのだった。

 ──翔にとって、俺と言う兄の存在がコンプレックスであることは、俺とて知っていた。
 ましてや、学年は違えどもデュエルアカデミアという同じ学園で凌ぎを競い合うライバルのひとりになれば、──それは、今までの比ではない重さを持って、翔の両肩に圧し掛かっていることだろう。
 
 俺は昔から決闘が好きで、幼少期にはサイバー・エンドというカードへの憧れからサイバー流に師事し、9歳で免許皆伝の資格を得た。
 道場での修行を終えた俺は実家に戻り、久々に会った二歳年下の弟にもサイバー・エンドを披露して、──その頃は未だ、翔も無邪気に俺の決闘を見て笑ってくれていたのだ。──いつかは、俺のような決闘者になりたいとそう言って、翔は俺を羨望のまなざしで見つめ、俺とて弟に慕われていた頃は、確かにあった。
 ──それが変わってしまったのは、道場から戻った俺が、ジュニア選手権で記録を打ち立てるようになった頃からだろうか。
 連戦連勝で負け無しだった俺は毎回金色のトロフィーや盾と賞状を持ち帰り、実家の居間には今でも、それらが輝かしく飾られている。
 ──きっと、弟には、それが息苦しかったのだろう。
 それでも、俺はなかなか翔の気持ちに気付いてやれなくて、それどころか翔に喜んで欲しくて積極的に大会に参加し、好敵手にも恵まれていなかった当時の俺は、常にストレート勝ちを続けていた。
 しかし、俺が勝利を重ねるほどに翔は焦燥に苛まれ、打開策としてあいつに渡したパワー・ボンドのカードも決して良い方向には作用せずに、勝利を重ねる兄を見ているうちに、翔は力と強さのみが決闘者の素質だと思い込み、傲慢な戦術に飲まれて、自分を見失っていった。
 そんな翔の目を覚ましてやりたくて、俺が強い言葉であいつを諫めたあの日から、──ずっと、翔は俺のことを避けている。
 そうしているうちに俺はアカデミアへと進学することとなり、……結局、俺と弟の時間はあの頃から幾久しく、止まったままだ。
 
 ──もしも、あの頃から。が俺の正面に立ちはだかってくれていたのなら、……翔も、俺の泥臭い姿を、決闘を楽しむ姿を見ることになっていたのかもしれない。……そうすれば、現状も少しは変わっていたかもな。
 デュエルアカデミアに編入したのは、決闘の腕を磨くためで、その道のプロを志してのことだったが、──俺が再び実家から離れてしまった方が、翔は気持ちが楽になるかもしれないと、今よりも伸び伸びと決闘へ打ち込めるようになるかもしれないと、そう考えていたのもまた、事実だった。
 ……翔は、弟は。ときに誰にも思い付かないような柔軟な想像力で、面白い決闘をする。
 ……あいつは、きっと良い決闘者になると、今でも俺は、そう思っているのだ。

 アカデミアに編入してから四年目になる今年までの間、俺は実家にはほとんど顔を出していない。
 ……俺が帰れば、翔は必ず肩身の狭い思いをするということが、分かり切っているからだ。──只でさえ、もう片付けて処分してくれて良いと両親に伝えたトロフィーや賞状は、今でも実家の居間に飾られているようだったから。
 ──こんな風に、家族がいるからこそ抱えている俺の葛藤は、……にとっては未知の感情なのだと、彼女はそう考えているらしい。
 ──俺としては、俺が語る翔の話を真剣に聞いて、入学してきたあいつに注目してくれたり、吹雪の代わりに明日香を庇護しようと構っているは、……俺より余程、優れた兄や姉であるかのように思えるのだがな。
 現に、後輩に対して面倒見のいいは女子生徒たちから広く慕われており、……それどころか、万丈目などもには注目しているように思える。……確か、ふたりは幼馴染だと聞いているから、にその自覚は無いのかもしれないが、万丈目にとってのは、ある種の姉貴分のようなものなのかもしれないな、……それは、翔にとっての十代のような、肉親にも勝る情なのだろうか。

「……でも、翔くん、亮と十代との決闘で、なんだか吹っ切れたように見えたわ。……あれならきっと、退学は回避出来る筈よ」
「……翔は……」
「……ええ」
「翔は、……パワー・ボンドのカードを使えると、お前はそう思うか? 
「……使えるわ、絶対に。……デュエルを通して、決闘者は相手の気持ちを知ることが出来る。これは精神論なんかじゃなくて、戦術やデッキの構築、瞬時の判断……そのひとつひとつに、魂の色が出ると私はそう思ってる」
「……ああ、俺もそう思う」
「さっきの亮のデュエルは、全力でこの試合を楽しもう、翔くんに決闘の楽しさを今一度知ってもらおう、っていうあなたの気持ちがよく伝わるデュエルだった。……あんなの見せられたら、誰だって素直に退学してやろうなんて思えないわよ」
「……そうか。それならば、良かった」
「……でも、本当に楽しそうな決闘だった! ……どう? 亮、このあと私と決闘したいと思わない?」
「……さては、俺と十代の決闘に当てられたか?」
「それはそうでしょう、とてもじゃないけれど、このまま寮に戻って寝ようとは思えないわよ」
「しかし、もう日も落ちている。今から、デュエルフィールドの許可を取ると言うのは、流石に無理があるだろう……」
「……私は別に、野外でも良いけれど」
「俺とお前がこんな場所で戦えば、まず間違いなくギャラリーが集まるぞ。……そうなれば、教師の注意を受けるのは、上級生である俺達の方だ」

 十代との決闘を終えた後で、港から女子寮の前まで明日香を送り届け、──俺は、てっきりもそのまま女子寮に戻るものとばかり思っていたが、先程の決闘の感想と翔の話とで、結局俺とは寮の門限近くまで、女子寮の前から場所を変え、人気のなくなったテラス席で話し込んでしまった。
 ──吹雪が居た頃は、このテラス席でよく昼食を摂ったものだが、あいつが居なくなった今では、日中は些か賑やかすぎるこの場所も、こうして人気のなくなった時間帯にしか足を向けないところになっている。
 特待生寮で過ごしていたあの頃は、放課後も寮に戻ってから幾らでもと会話や決闘が出来たものだが、──現在ではブルー寮と女子寮にそれぞれ別れて暮らしている都合で、寮の外で適当な場所を見つけなければ、とは落ち着いて話も出来ない。
 ──何とも不便になったものだと、そう思っているのは俺だけではないようで、以前は夜通しで卓上デュエルに勤しむことも少なかったからか、すっかりその気になってしまったは、……完全に、このまま大人しく女子寮に戻るのが嫌になってしまったらしかった。……全く、困った奴だ。

「……此処からだと、女子寮の方が近いけれど」
「……俺を停学処分にするつもりか? ……」
「流石にそうはならないでしょう、あなたって品行方正、清廉潔白だと教師には思われているし」
「嫌に棘のある表現だな……だとしても流石に、俺が女子寮に入るのは問題だろう」
「なら、私がブルー寮に行くのは良いわよね? 元々、特待生寮に居たんだもの。問題はないわね?」
「……しかし、ブルー寮には男子生徒がだな……それこそ、お前に憧れている連中も、少なくはないというのに……」
「でも、私には亮がいるでしょ」
「……それは、そうだが」
「……昨夜、少しデッキ調整したのよね。新しいコンボがあるんだけど……見たくない?」
「……仕方がない。……俺の部屋に来るか?」
「そうこなくちゃ! 購買に寄って、夕飯を買っていきましょう。さすがに、ブルー寮の食堂には顔を出せないもの」
「……あまり、騒ぎにならないようにするんだぞ」
「言われなくとも、そのくらいは分かってるわよ!」

 ──分かっていないからこそ、気軽に男の部屋に上がり込もうとするんだろうと、そう言ってやりたい気持ちも正直あったが。
 ──実際、が其処まで幼くも無知でもないことくらいは、俺にもよく分かっている。彼女は俺にとって、誰よりも対等な存在だからだ。
 只、彼女は俺のことを信頼している、──というよりも、目の前の決闘への闘争心こそが、にとっては何よりも勝っており、それは俺も似たようなものだということを彼女は良く知っていて、……そして恐らくは、教師たちにとっても“俺達に限って、問題行動を起こすようなことはしない”と、そう信用されいるのだ。
 ──現に俺達は、特待生寮が無くなったあとでもこうして度々、寮での時間を共に過ごしており、何もこれが初めてという訳でもない。
 流石に、俺が女子寮に出向く際には、寮の中まで入ることはなかったが、は全く気にせずブルー寮へと毎度上がり込んでおり、教師たちもとっくにそんなことは承知していて、──まあ、当初は寮長であるクロノス教諭に注意されたり男子生徒に注目されたりもしたが、それらは既にが、「今までも特待生寮で共に過ごしていたんですから、問題が起きるとすれば、それは外野が詮索して冷やかすのが問題なのでは?」という反論で殴り倒してしまった。
 ──教師を言論で下すのは、流石に俺もどうかと思う。……まあ、俺達に関しては、吹雪が行方不明となっていることもあり、日がな一日ふたりで過ごしていることを周囲から咎められずに済んでいる、というところでもあるのかもしれないが。
 そんな訳で、は特にお咎めもなくブルー寮に出入りが出来ているどころか、──特待生の特権か、無駄に広い俺の自室の一部屋はほぼ彼女の私室のような有様で、すっかりの私物が持ち込まれており、にとっては女子寮に戻るのも俺の部屋に来るのも、利便性の意味では既に大差がなくなっているらしい。
 ──それは、特待生寮で過ごしていたあの頃と、何も変わらない。そうだ、確かに何も変わらずに俺達は望んで共に過ごしているわけだが、……それでも、今は恋人同士でもあるのだから、俺としては、少しくらいは気にして欲しいところでもある。
 ……まあ、俺も学生の内は本業を全うするつもりで、無責任な行動を起こすような気もないし、何より俺は、から不誠実な奴だとは思われたくない。……彼女は俺にとって、生涯連れ添って生きていきたい相手なのだ。

「──あーあ、私も早く、十代と決闘してみたいわ」
「……うん?」
「楽しそうだったものね、亮ったらあんなにはしゃいじゃって……近いうちに、決闘の機会があると良いのだけれど……私から積極的に吹っ掛けたのでは、先輩としての威厳とか、やっぱり、ちょっとあれよね? 余裕で構えて、待っていた方が……」
「……俺との決闘を前にして、他の奴の話とは、随分と余裕だな?」
「……あら、怒った?」
「いや? ……良い度胸だと、そう思っただけだ」

 ──まあ、今は何よりも、──この宿敵の減らず口を決闘で捻じ伏せてやるのが先だと、……そう考えている俺は、実は自分で思うよりも傲慢な人間なのかもしれないと、……俺はその日、些か不安になってしまった。


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