011

 ボクが小学校六年生の頃、次代を担う決闘者の養成学校──デュエルアカデミアが創立されて、ボクのお兄さんはその一期生の編入試験を受けた。
 子供の頃から負け無しにデュエルが強かったお兄さんは、デュエルアカデミアの特待生枠という、限られたエリートだけが選ばれるその枠にも難なく収まり、そうして、主席合格で中学三年からアカデミアへと編入したのだった。
 
 そんなお兄さんには、アカデミアへと編入して早々に、仲の良い友達が二人も出来たらしい。
 アカデミアに進学してからのお兄さんは、余程ボクに会いたくなかったからか──ボクはそこまで、お兄さんから愛想を尽かされてしまったのか──あまり実家には帰って来なかったし、いざお兄さんが帰ってきても何を話したらいいのか分からなくて、ボクはといえばお兄さんが帰ってきている日には態と友達の家へ泊まりに行ったりして、なるべくはお兄さんと顔を合わせないようにしていたけれど、──それでも、学園でのお兄さんの話を両親から聞くたびに、……やっぱりお兄さんはすごいなあ、と決闘者としての兄に羨望を抱いていた。
 
 なんでも、当時のお兄さんは、実家に帰ってきたり両親が電話を掛けたりする度にアカデミアでの近況を尋ねると、決まって二人の友達の話をしていたらしい。
 そのふたりは、お兄さんと同じ特待生で、ひとりは真紅眼の黒竜の使い手で、もうひとりはなんと、あの伝説のカード、青眼の白龍の使い手なのだとお兄さんが話していたそうで、──その話をしていたとき、お兄さんは両親でもそんな姿は今まで一度も見たことがないくらいに、嬉しそうな顔で、友達の話をふたりに語り聞かせていたらしい。
 けれど、両親からその話を聞いて、ボクは、──やっぱりお兄さんはボクとは違う、特別で選ばれた存在なんだと、……そう、思った。
 ──だって、青眼と真紅眼の使い手と友達になって、仲良く競い合っているだなんて、……お兄さんってば、まるで、決闘王の武藤遊戯さんのようだと、そう思ったから。

 ──思えば、ボクにとってお兄さんの親友二人は、兄へのコンプレックスを増長する存在でもあったのかもしれない。
 その二人は、お兄さんに引けを取らないほど決闘も強いのだそうで、特に青眼の使い手のことは最高のライバルだと思っているとそう聞いたから、──ボクの中では、きっと“青眼の人”は、海馬瀬人みたいに冷たくて鋭利な、凄腕の決闘者なのだろうなという勝手なイメージが膨れ上がってしまっていたし、お兄さんに肩を並べるだけではなく、それ程までにお兄さんから意識されているそのひとは、ボクにとっては、すっかり畏怖の対象にもなっていたのだろう。
 だって、お兄さんは完璧なんだ。昔からボクのお兄さんはいつだってそのすべてがパーフェクトで、お兄さんに追い付ける人間なんているわけがないんだとそう思うことで、──ボクはきっと、ずっと自分の弱さから逃げていたのだろう。
 だからこそボクは、──お兄さんに並ぶ存在がいるデュエルアカデミアという戦場に憧れる反面で、その学園を恐ろしく思うようになってもいたのだ。

 ──お兄さんから、“真紅眼の人”の話をあまり聞かなくなったのは、お兄さんが高校二年に上がった頃から、だっただろうか。
 なんでも“真紅眼の人”は現在、海外校に留学しているのだとかで、彼の話があまり話題に上がらなくなった頃から、──その代わりに、以前にも増してお兄さんは両親に“青眼の人”の話を良くするようになったのだそうで、──それから暫く経った頃に、両親はお兄さんから会わせたいひとがいると相談を受けて、……そして、その日、“青眼の人”──海馬さんを連れて、お兄さんが実家を訪ねてきたらしい。

 お兄さんのライバル、“青眼の人”──海馬さんは、なんと女の子だった。
 それまでのボクは特に何の疑問もなく、お兄さんの友達は二人とも男だと思っていた。……だって、お兄さんって元々真面目な優等生だし決闘一筋でストイックだったから、昔から女の子への興味が薄くて、──でも、そんなお兄さんが親しくしているというからには、きっと男女を越えた友情が彼女との間にはあるのだろうと思いきや、──なんと両親はその日、お兄さんから交際相手として海馬さんを紹介されていたらしい。

『──さん、翔にも会いたかったみたいだぞ』
『翔も会ってみたら良かったのに。アカデミアの話も聞けたかもしれないわよ? 翔もアカデミア、受験してみたいんでしょう?』
『……うん、そうだね……』

 海馬さんが家に来た日、ボクはいつものようにお兄さんを避けて外出していて、けれどその日は、夕方にはお兄さんはアカデミアへと帰って行ったから、その頃合いを見計らってボクが家に帰ると、──確かに、お兄さんが帰ってきた日にはいつも両親は嬉しげだったけれど、なんだかその日のふたりは、いつもとは少し違う予想外な盛り上がり方をしていて、……よっぽど、お兄さんの友達のことが気に入ったのかな? と、少し不思議に思っていたら両親から聞かされた事のあらましに、……あのとき、ボクは本当に驚いたし、……最初はまるで信じられなかった、なあ。
 両親が言うには、海馬さんはあの海馬コーポレーション社長、伝説の決闘者・海馬瀬人の令嬢で、……元々“青眼の人”は、青眼の白龍の使い手だと聞いていたから、何かしら海馬瀬人と関係があるのだろうとは以前から思っていたけれど、──関係があるどころの話ではなく海馬さんは海馬瀬人と親子なのだと言うものだから、本当に驚いた。──まあ、親子というには年が近いような気もするのは、少し不思議だったけれど。
 実際に彼女と対面して話をした両親が言うには、海馬さんは、お淑やかで如何にもお嬢様と言った雰囲気のあるひとで、けれど気取っていなくて、お兄さんと息も合っていた、──と、今まで一度もそんな素振りのなかった息子が恋人を連れてきたことで盛り上がる両親は、海馬さんの人柄を絶賛していたけれど、──ボクはその話を聞いて、彼女のことを怖くて堪らないと、……そう、思ってしまったのだ。
 
 ──だって、ボクにとっては、デュエルアカデミアという猛者の集うその学園には、お兄さんに匹敵するほどの決闘者がいると言うその事実だけでも衝撃だったのに、──お兄さんと同じ特待生で、意気投合して親友になって、ライバルとして凌ぎを削り、──果てには、真面目なお兄さんが恋人として両親に紹介したいと考えるほどの人が、──そんな、怪物のようなひとが、その学園に居ると言うのだ。
 ──だから、“青眼の人”──海馬さんのことが、ボクは怖かった。
 彼女の情報から想像する人物像からは、きっと“青眼の人”は苛烈で情け容赦のない、恐ろしい決闘者なのだろうとばかり思っていたのに、ボクのそんな想像とは反して、両親が彼女の人柄を絶賛していたのも、余計に苦手意識を煽っていたのかもしれない。……だって、相反するその印象はひとりの人物が併せ持つ側面とは到底思えなくて、まるで理解が及ばなかったから。
 来歴も、デッキも、実力も、人柄も、家柄も、血筋も、──驚くほどにそのすべてを兼ね備えた“パーフェクトな存在”が、──お兄さんの他にも居ることが、ボクはどうしようもなく、怖くて堪らなかったし、──実際にアカデミアで彼女と対面したときには、──本当に、居たんだ、と。……まるで、精霊か何かを見たかのような、そんな気分だったような、気がする。

 
「──正義の味方 カイバーマンの効果発動! このカードをリリースし、私はモンスターを特殊召喚する! ──出でよ! 我が魂、青眼の白龍!」
「──来たな! 青眼の白龍!」
「さあ……行くわよ、十代!」
「──おう! レジーナ! あんた、最高の決闘者だぜ! ──次は、負けない!」
「いつでもリベンジに来なさい、十代。──バトル! 青眼の白龍でフレイムウィングマンを攻撃! ──滅びの爆裂疾風弾!」

 ──そうして、カードの精霊みたいだというそんな印象を受ける程に、“青眼の人”は、ボクの中ではすっかり、空想ばかりで人物像を補完されてしまっていたのだと気付いたからこそ、──アカデミアで“海馬さん”と出会って、彼女を遠巻きに見ているうちに、……ほんの少しずつでも、ボクの中で彼女への苦手意識は薄れつつあった。
 両親はさんのことを、「お淑やかで、如何にもお嬢様みたいな女の子」と称していたけれど、学園で見かける彼女は意外と気さくで、親切で、……それと、結構気が強くて、……でも、面倒見の良いひとなんだなあとは、ボクも思っている。
 現に今日だって、退学を賭けたタッグデュエルを制してレポート提出も成し遂げた“ご褒美”として、さんとのデュエルの権利を強請ったアニキに付き合って、さんは態々放課後に時間を作り、デュエルフィールドの予約だって、オシリスレッドの新入生よりも上級生の自分の方がスムーズだからとそう言って彼女の方で手配してくれて、──そして本当に、アニキの決闘の相手をしてくれているのだった。
 
 ──きっと、“青眼の人”は海馬瀬人みたいな決闘者なんだろうな、という事前に抱いていたボクの想像は、決闘中の彼女に関しての話ならば、結構的を得ていたようにも思う。
 何処か儚げな風貌とは正反対に、さんのデュエルは苛烈で攻撃的、高い打点のドラゴン族モンスターを速攻展開し、何度フィールドから退場させようが展開を続ける彼女の猛攻を前にしてアニキは一歩及ばず、──今日の決闘の軍配は、さんに上がった。
 カイザーの異名を取るお兄さんと双璧を成すかのように、学園のレジーナと呼ばれ生徒の羨望を受ける彼女が相当の実力者であることは、最初から分かっていたことだけれど、──いざ目の当たりにしたさんの決闘は、本当に、お兄さんと並ぶと称されるのに相応しい腕前だったし、──青眼を操るさんは、お兄さんの決闘を彷彿とさせるほどに、──高潔で、凛々しかった。

「──強かっただろう、は」
「! お兄さん……」
「あいつが、俺のライバルだ。……翔、お前がこの学園で決闘者としてやっていけるのであれば……」
「……うん」
「お前も、自分を押し上げてくれる存在と出会うかもしれない。……或いは、もう出会っているのかもな」

 さんとアニキの決闘を観客席に座って見学していたボクだったけれど、試合が終わる頃、少し離れた場所にお兄さんの姿を見つけて話しかけるべきかを少し迷っていたら、お兄さんの方からボクに声をかけてくれて、──そうして、ボクにそれだけを言うとお兄さんは踵を返し、デュエルフィールドでアニキと握手を交わすさんの元へと階段を降りて行った。
 ──ボクも、もう出会っているかもしれない、──そう言ってさんのことを語りながらも、お兄さんの視線は彼女だけじゃなくアニキのことも一瞥していたから、ボクにもよく分かった。
 入学してからまだ日は間もないけれど、ボクは既にアニキ──遊城十代という決闘者に大きく感化されて、彼に運命を変えられるまでの影響を受けている。
 ──きっと、アニキがいなければ、ボクは既に泣きながらこの島から逃げ出していたのだろうとそう思うからこそ、……分かったよ、お兄さん。──きっと、さんは本当に大切な相手で、──お兄さんにとって、それは、人生を揺るがすほどの出会いだったんだね。

「──亮!」

 観客席から歩み寄るお兄さんの存在に気付いたさんはステージの上から大きく手を振って、軽やかに階段を下りると、──それから、満面の笑みでお兄さんとハイタッチを交わし、──そうして、まるで子供のように楽しそうに、彼女が笑っていたから、──ああ、両親が受けたさんの印象も、決して嘘や間違いではなかったのだと、そう思った。
 決闘の最中、苛烈なゲームマスターとして振舞うさんも、──決闘を終えて、無邪気に笑っているさんも、きっとそのどちらもが本当の彼女で、……ボクがお兄さんから目を背けていた三年間で、──きっと彼女と過ごす日々の中、お兄さんは昔よりも少し、変わったのだろう。──少なくともボクは、同級生とあんなに意気投合しているお兄さんの姿を、見たことがなかったから。
 ──だったら、ボクも、この学園で、アニキたちとの日々で、変われるかな。
 ボクはお兄さんみたいに強くないし、戦術や読みも浅くて、カードへの知識や見識も足りなくて、決闘者としてもまだまだで、──でも、ボクだって、決闘が好きだ。お兄さんが教えてくれた決闘が、──お兄さんが大切にしているデュエルモンスターズが、ボクも大好きなんだ。

 ──ボクはやっぱり、“パーフェクトな決闘者”、海馬さんのことが、まだ少しだけ、怖い。
 だって、彼女はボクの思い違いじゃないのなら、──アニキや明日香さんだけじゃなくて、ボクのことまで気に掛けようとしてくれているような、そんな気がするから。
 ボクは未だ、彼女のそんな情けはボクがお兄さんの弟だからっていうそれだけなんじゃないかって、そう思いたくなる程度に、彼女に対する畏怖があるけれど。──でも、この学園でお兄さんと過ごす一年間で、今まで目を逸らし続けた兄の姿をしっかりと見つめることが出来たのならば、──さんのことも、少し分かるようになったら、良いな。きっとボクも彼女とは、……長い付き合いになるんだろうなと、そんな気がするから。


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