019

「──ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」
「こんなに、強いデッキを使っても勝てないのか……やっぱり俺には、才能がまるでないんだ……!」
「──いいや、そうでもないぞ」
「──そうね。それは少し早計だわ」
「……っ、カイザー……レジーナ……?」
「明日香……どうして此処に?」
「だって、遊戯さんのデッキがアカデミアに来るのよ?」
「俺達も、一足先にデッキを見たくてな」
「でも、会場に行ってみたらケースが壊れてて、デッキは消えていた。それで辺りを探してみたら、あなたたちを見つけたわけ」
「止めようと思ったが、止めるにはあまりにも惜しいデュエルだったからな」
「ええ……観戦させてもらったわよ、良いデュエルだった」
「そりゃそうだ!」
「──おいおい、必死に戦った俺の身にもなってくれよ!」
「それにどうやら、見ていたのは俺達だけじゃないようだ」
「──え?」
「見てみなさい、神楽坂くん。──みんな、あなたのデュエルを見ていたのよ」

 デュエルアカデミアに遊戯さんのデッキが展示される運びとなり、──まあ、私はそれを見るのも決して初めてではなかったけれど、やっぱり遊戯さんは私にとっても、亮にとっても、明日香にとっても、──アカデミアに集うすべての決闘者にとって、彼は別格に憧れの決闘者だ。
 だから、デッキの展示は明日からだけれど、今夜のうちにこっそりと見に行ってみないか、という──いつもの亮ならば検討の余地もなく却下してきそうな私の誘いに、珍しく亮も素直に頷いたので、──それなら、……まあ、特待生の監督付きなら問題ないんじゃない? と判断して、明日香の気分転換を兼ねて彼女も誘い、三人でこっそりと夜の校舎に戻り展示スペースを見に行ってみたところ、──なんと、ショーケースは割られて、中にある筈の遊戯さんのデッキが盗み出されていた。
 
 それで、当然ながら私たちはすぐに犯人探しを始めた訳だったのだけれど、──その後の顛末は、ご覧の通りだ。
 ラーイエローの神楽坂くん、彼こそが遊戯さんのデッキを持ち出した犯人だったものの、──なんと彼はそのデッキを使いこなし、本物にも迫る迫力で、対戦相手の十代との名試合を繰り広げたのである。
 けれど、十代に負けて消沈する彼は、──近頃ではどうにも、デュエルの戦績が伸び悩みスランプに陥っていたらしい。
 ──聞いたところでは、彼は元々クロノス教諭が使用するアンティークギアのコピーデッキを使用しており、強力な決闘者の戦術を模倣することに長けた、一風変わった決闘者であったそうだ。
 ──故に、レアカードの詰まった強力な遊戯さんのデッキを用いることでスランプを脱却しようと、──恐らく彼は、そのように考えたのだろう。
 結果、彼は敗北したけれど、──それでも、今のデュエルならば、此処にいる皆が見ていた。
 やがて、神楽坂くんの繰り広げた名試合に、何処からともなく歓声が巻き起こるものの、──肝心の彼は、未だ意気消沈している。
 そんな彼を見かねたのか、亮が再び口を開き、彼に向かって檄を飛ばす。──全く、普段はあまり口数も多くないし、何かと無関心を装いたがる癖に、──亮はすべての決闘者に対してリスペクトの精神を掲げているからか、なんだかんだで、こんな風に面倒見のいいところだってちゃんとあるのだ。

「──確かに、他人のデッキを勝手に持ち出したことは、許されない行為だ。しかし、その武藤遊戯のデッキが戦い、力を発揮する姿を皆が見たがっていたのも事実だ。……皆も、此処は大目に見るだろう」
「キングオブデュエリスト、武藤遊戯のデッキをあんなに使いこなすなんて!」
「すごいぜ、神楽坂!」
「……でも、俺は負けた……どうして……!」
「それは簡単さ! お前には無くて、俺にあるものの違いだぜ!」
「俺に、無いもの……?」
「ああ。……それは、デッキを信じる気持ちさ」
「デッキを、信じる……?」
「確かにそのデッキは強い! けど所詮、お前のアイディアが詰まったデッキじゃない。それじゃあデュエルには勝てないんだ。うーんと……なんつったらいいかなあ?」

 十代の言わんとしていることは、凡そ理解出来る。──けれど、彼は直感型の決闘者だからか、どうにもその感覚を上手い表現には纏められずにいるらしい彼の言葉を、上級生として代弁してやるべきかと、私がそのように考えていると、──ふと、傍らの亮と目が合って、──ああ、やっぱり。──あなたも同じことを考えているのだとそう思ったら、少しおかしくて、……亮に負けじと、私も口を開く。
 ──そして私は、十代の言葉に繋げて神楽坂くんへと語り聞かせるのだった。
 
「──デッキは只の道具じゃない、決闘者と共に歩んできた、謂わば魂の結晶のようなもの……そのデッキは神楽坂くん、あなたの魂じゃない。それは、遊戯さんの魂なの。あなたが最も本領を発揮するのは、自分の魂のデッキを握った決闘の最中でのことなのよ」
「俺の、魂……」
「自分が時間と労力をかけたからこそ、デッキを心の底から信じることが出来る。そして、その信念は決闘者に気迫を与え、ギリギリの戦いでは勝敗を左右する。今の決闘、本物の武藤遊戯であれば、十代はそのプレッシャーに負けていたかもしれない」
「そうそう! やっぱり、そのデッキの本当の力を引き出すのは、遊戯さんにしか出来ないことなのさ!」
「…………」
「約束通り、デッキは返してくれるな!」
「……もちろんだとも」
「……でもね、本当に見事な決闘だったわ」
「レジーナ……」
「私は遊戯さんの決闘を間近で見たこともあるけれど……あなたの戦術、その真に迫っていたわ。……今回の一件は、それに免じて私から鮫島校長に口を利いてあげる。……神楽坂くんが、不当な処罰を受けないで済むようにね」
「え! で、でも、俺は確かに、デッキを盗み出して……それなのに……」
「でも、あなたは遊戯さんのデッキを悪用したかったわけではないでしょう? ……もちろん、反省はして欲しいけれど……今後もラーイエローでデュエルに励んでいけるように、私が事の次第を話しておくわ。……だから心配せずに、今後も頑張ってね、神楽坂くん」
「レジーナ……! ありがとうございます、俺、もう一度、頑張ってみます……!」
「ええ、期待しているわ」
 
 ──万丈目が行方不明になって以来というもの、すっかり気を落とした様子で、されど、人前では気丈に振る舞っているだが、十代と神楽坂の決闘を観戦した後の彼女は、久方ぶりに心からの晴れやかな笑みを浮かべており、──これは、神楽坂本人にとっては思いもよらないところなのだろうが、……彼の決闘は、をこの上なく元気付けてくれたようだ。
 ──とは言えども、俺が露骨に態度に示しては、がまた思い悩むだろうとそう思い平静を装うものの、内心ではの様子にホッと胸を撫で下ろす俺の隣で、は神楽坂を讃えてそのような言葉もかけており、──それは、間違いなく、万丈目の一件を踏まえたからこそ彼女から出てきた言葉だったのだろうと、そう思った。
 ──万丈目も神楽坂も、彼らがやってしまったこと自体は、確かに褒められた行為ではなく、許されざる行いだ。
 ──だが、それでも、決して神楽坂は悪意を以てそれらを行ったのではないと分かっているからこそ、やり直す機会を自分が作ってやるから、余計な心配はしなくていい、と。
 ──本当ならば、きっとは、その言葉を万丈目に言ってやりたかったのだろうな。──涙ぐむ神楽坂を連れて戻るラーイエローの生徒たちを見送りながらも、未だ満足げに微笑むを見つめて、──俺は、彼女の隣で、そんなことを考えていた。
 
「──やはり、は遊戯さんの決闘を見る機会も多かったのか?」
「え?」
「以前に、遊戯さんも兄貴分のような存在だったと、そう話していただろう」
「ええ、まあ……そうね。遊戯さんと城之内さんには特に、よく遊んでもらったわ」
「ほう。……それは、なかなかに興味深いな」
「自慢話みたいになっちゃうけれど……それでよければ、聞いてくれる?」
「ああ。……是非聞かせてくれ、お前はどんな子供だったんだ?」
「そうね、まず、遊戯さんはうちの父様といっしょにゲーム開発の企画もしていたから、家にも会社にもよく出入りしていたのよね。その関係で、子供の頃は構ってもらうことも多くて……」

 あの後、──とふたりで鮫島校長の元へと事の顛末を伝えに行ったところ、処分を思い留まるようにとから打診があったこともあり、鮫島校長は神楽坂には寛大な処置を与えることを約束してくれた。──明日にはきっと、神楽坂本人にも、その旨が伝わることだろう。
 ──それから、オベリスクブルーの俺の自室にふたりで戻ってからも、今夜のは最近では珍しく上機嫌で、──これは余程、遊戯さんのデッキによる決闘を観戦できたのがは嬉しかったらしいとそう思い、……ふと気になって、俺は彼女に遊戯さんとの思い出話について訊ねてみた。

 海馬さんの娘として育てられたは、デュエルアカデミアの生徒であればまず、誰もが羨むような経歴を持っている。
 ──尤も、彼女は海馬さんの実子という訳ではなく、その出自には苦痛と困難が伴っていることも知っているからこそ、俺はの来歴を羨んだりしたこともなかったが、──それでも、「自慢話になっちゃうかも」とが自ら前置きしてきた程度には、彼女の語る想い出話は、まるで俺には想像もつかないような代物だった。
 は、海馬さんから決闘者としての英才教育を受けて育ったが、──海馬さんによる指導を受ける幼いの姿を見る度に、遊戯さんと城之内さんは、親子の間に割って入り、「海馬くん、デュエルはもっと楽しんでするものだよ……彼女の気持ちも考えてみてよ」「海馬! テメー、この子が可哀想だろ! 虐めんな!」──と、そう言って、彼らがを庇おうとしてくれることも、少なくはなかったらしい。

「ほう……遊戯さんと城之内さんから、は何と呼ばれていたんだ? そのまま、と?」
「……ん」
「……何?」
「……ちゃん、よ。……何? 文句でもある?」
「……なるほど、頭の上がらない相手という訳か……」
「似合わなくて、悪かったわね……」
「似合わない、ということも無いんじゃないか? 吹雪も、入学当初はお前をちゃん、と……」
「もー! いいから! 話の腰を折らないで!」

 ──海馬さんは社長業が忙しく、決闘の相手はしてくれても、を遊びに連れて行ってくれたりということが彼には難しく、──その代わりに、遊戯さんや城之内さんが、いつものことを構ってくれていたらしい。「あとは、舞さんもよく遊んでくれたなあ……格好良くて、私、舞さんみたいになりたかったのよね」──と、付け加えるようにして孔雀舞の名を挙げた彼女には、──なるほど、現在のの決闘者としての立ち振る舞いは、海馬さんだけではなく孔雀舞の影響を受けたものでもあったのか、と、……なんだか、妙に腑に落ちた気がした。
 海馬さんは海馬コーポレーションの社長として、遊戯さんはデュエルキング、そしてゲームデザイナーとして、城之内さんはプロデュエリストとして──それぞれが多忙を極めながらも、十年前に童実野高校の同級生だったという伝説の決闘者たちは、仕事の兼ね合いだったりプライベートだったりと、大人になってからも度々顔を合わせては、決闘に勤しんでいたのだそうで、──は、それを傍らで眺めている時間が、何よりも好きだったのだと言う。
 だからこそ、遊戯さんのデッキを用いた神楽坂のデュエルは、──彼女にとって、あの頃の気持ちを思い出させるものがあったのだ、とも。

「──きっとあの頃の私は、父様たちのことが羨ましかったんだと思う。だから、遊戯さんのデッキで戦う神楽坂くんと、それを相手に楽しそうに決闘する十代を見て、私……」
「……懐かしくなったか?」
「ええ……それと同時に、今の私はあの頃に憧れていたものを、手に入れたんだな、って……」
「憧れていたもの……?」
「あなたのことよ、亮。……私はきっと、父様にとっての遊戯さんや城之内さんのような……大切な友達やライバルが欲しかったの。……父様は、ふたりのことを友達だとは認めていないみたいだけれどね?」
「……ああ」
「……実は、孤児院に居た頃、私はデュエルモンスターズで遊ぶことを許して貰えていなかったの」
「それは……なんで?」
「ちょっと、事情があって。……だからその頃は、手に入れられるとは思いもよらなかったし、そもそも望みさえもしていなかった。……でも……」
「……うん」
「父様の娘として引き取られて、遊戯さんや城之内さんと楽しげに過ごす父様を見ていて……私もいつか、あんな風になりたいなって。誰よりも強い決闘者になりたくて、デュエルアカデミアに進学したのは本当よ。でも……きっと、それと同時に、私には欲しかったものがあって。……それはきっと、亮や吹雪の存在そのものだったのよ」
「……そうか」
「ええ。……それに気付いた、思い出したから……神楽坂くんの決闘を見ていたら、少しだけ、気持ちが晴れたみたい」
「ならばよかった。……俺も、少し安心した」
「ええ。……余計な心配かけて、悪かったわね」
「気にするな。……俺とお前の仲だろう」
「……そうね。ありがとう、亮」

 気持ちが晴れた、とそう言って笑いながらも、その胸中に蟠りが残っているのは俺とて分かっている。──何しろ、の欲しかった大切なものとは俺だけではなく、そのひとりであった吹雪は未だ、行方知れずのままなのだ。
 それに、──万丈目もまた、と似た幼少期を過ごした筈だと彼女が語っていたからこそ、──はきっと、自分が手に入れたそれらと近しい財産を万丈目にも手に入れて欲しかったと、そう思っているのだろう。
 ──は、きっと、──十代に、万丈目の友人──ライバルに、なって欲しかったのだ。


「──それにしても、良いデュエルを見たから、私も戦いたくなってきたわ。……どう? 亮? 私と一戦しない?」
「望むところだ、……と言いたいが、……、お前顔色が悪いぞ。近頃は碌に眠れていないんだろう? 本調子ではない奴と決闘する気にはなれないな」
「な……まさか、私との決闘に背を向けるつもり!?」
「今夜卓上で戦うよりも、しっかりと休んで明日、実技の時間にでも決闘しないか? ……と、俺はそう言っているつもりだが、伝わらなかったか?」
「……亮、あなたって壊滅的に言葉が足りていないの、もう少し自覚した方が良いわよ……」
「そうか……? も、そう言ったきらいはあるだろう?」
「あなたのそれは、私よりも顕著なの。……それに、亮って無自覚の内にかなり言葉が強いわよ?」
「……それこそ、も言葉は強いだろう」
「私は、意図してそのように振舞っているの。それに比べて亮、あなたは無自覚に敵を作りすぎ」
「……そこまでか……?」
「ええ、そこまでよ。毎度、フォローを入れる身にもなってよね……」
「そうか……まあ、気を付けてみるか……」
「まあ、私はもう慣れたし、逐一傷付かないから、別にいいけれどね」
「だったら、このままでも構わないだろう?」
「だから、……私はともかく、他のひとに誤解されるでしょう? って言ってるのよ?」
「俺は、お前にさえ正しく理解されているならば、それで構わないからな……別に構わないだろう」
「……そういうところ、なんじゃないかしら? あなたって……」
「……どういうところだ……?」


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