020

 ノース校との学園対抗試合が、今年も迫っていた。

「──学園代表決定のデュエル、楽しみですね!」
「カイザーとレジーナが対戦するんですよね?」
「どっちが勝っても、今年もデュエルアカデミア本校の勝利には間違いないだろ!」

 授業を終えた放課後に、オベリスクブルー男子寮までの道中、“自称”カイザーの取り巻きたちがその話題ですっかり盛り上がっているのは聞こえているのだろうに、肝心の亮は彼らの会話に混ざる気がまるで無いようで、彼らから数歩離れた前方で私の隣を歩いている。
 亮の取り巻き、──と言っても別段に彼らは亮と仲が良いわけでも無くて、まあ、他の男子生徒と比べれば亮と話しているところも度々見るものの、それでも、やっぱり亮は私や吹雪といっしょに居ることの方が多かったし、……亮の方も、彼らの扱いには少し困っていたりするのかもしれない。
 今だって、彼らは当然のように亮の自室まで付いてくるつもりでいるように見えるけれど、──一応、私がいっしょに居るのに、亮への配慮とか、彼らには無いのかしら……? まあ、別に交際を周囲に公言しているわけでもないし、亮の部屋に行って何をするかと言えば卓上デュエルだし、私たちの決闘見たさに着いてきているのであって、彼らに悪気はないのでしょうけれど……。
 
 ──デュエルアカデミアの年間行事であるノース校との対抗試合において、私は高等部一年の頃にアカデミア本校の代表選手を務めた。
 学園代表の役目に当時の私は大層張り切って、無論その決闘を制し、──そして、昨年度の代表は、一昨年の勝者である私──ではなく、亮だった。
 亮も当然ながら学園代表としてノース校代表とのデュエルを制して、──更に一年が過ぎた、今年度。──現在、今年度の学園代表候補として私と亮の名前が挙げられており、私たちは代表の切符を賭けて、数日後には学内のスタジアムで公式試合を行うことになっている。
 まだどちらが本校代表と決まった訳でもないけれど、──実技の授業や個人的な対戦以外で、公式の場にて亮と戦うのは、結構久々のことだから、私と亮は今から結構張り切っているのだ。
 元々、今年の代表がどちらになるか次第で、現在一対一の結果に留まっている学園代表の栄誉という天秤が、どちらかに傾くことになるから、私は今年の対抗試合を待ち遠しく思っていた。
 三本勝負のマッチ戦ルールは、公式戦などにおいてもメジャーで、決闘者にとっては馴染み深いものだ。──だから今年の代表の座を賭けて、私と亮は前々からちょっとした勝負をしていたのである。

 ──そんな訳で、対抗試合を前にして盛り上がっているのは取り巻きの彼らだけではなく、私と亮も同じで。
 だからこそ、試合当日までに互いのデッキを調整する目的で亮の部屋を訪ねたこの日、彼らまでもが同席しているのは、……まあ、悪いことではないのかもしれない。偶には他者の意見を取り入れるのも、決闘者にとっては必要な経験値だものね。

「──おい、お前!」
「あ!? お前、オシリスレッドの!」
「何やってんだ! カイザーの部屋へ潜り込んで!」
「……十代?」
「……ん?」
「ああ! デッキが!」
「貴様! スパイだな!」
「違う!」
「最低な奴だぜ!」
「いや……ほ、ほら、窓が開いてたから締めてやろうと思ってさ!」
「誰が信じるか!」

 ──と、そんな訳で彼らを連れて、私と亮はオベリスクブルーの男子寮に戻ってきた訳だったのだけれど、──どういう訳か、亮の部屋に入ると、──其処には十代が居て、亮のデッキが床に散乱していたのだった。
 その状況証拠から推測して、彼らは十代がノース校のスパイとして亮の部屋に忍び込みデッキを漁っていたと、そう考えたようで、十代を取り押さえて争いはじめたものの、──私には到底、十代がそのような真似をするようには思えないし、それは、どうやら亮も同じらしい。
 亮は十代を責める彼らの輪には加わらずに、床に散らばったデッキを確認していたかと思うと、──ふと、その場で足を止めて一点を凝視するのだった。

「──お前ら! ちょっとは人のことを信用しろ!」
「誰もいない部屋に、勝手に入ってくるやつを信用できるか!」
「──離してやれ」
「ええ!?」
「十代、出るときは玄関から出ろ。ドアはあっちだ」
「あ、ああ! おっさわがせしましたー!」

「──良いんですか!? カイザー!」
「あいつ、きっとノース校のスパイですよ!」
「良いのよ、そもそもデッキを持ち歩かず部屋に置いておく方が悪いの」
「で、でも、レジーナ……」
「悪いけれど、あなたたちも今日のところは部屋に戻ってくれる? 立て込んでしまったから、亮とふたりで話したいの」
「は、はい……じゃあ、失礼します……」
「行こうぜ……」
「おう……」 

 取り巻きたちが十代へと向けた批難を諫めて、特に十代の事情を追求することもなく彼を解放した亮の様子から察するに、──どうやら亮には、既に事の次第の見当が付いているらしい。
 亮から真相を聞く為には、十代を犯人だと思い込んでいる取り巻きの彼らがこのままこの場に留まったのでは、申し訳ないけれど、少し都合が悪い。私に退室を促されたことで、彼らも渋々引き下がり、亮の部屋を後にする。──そして、私はドアが閉まったのを確認してから、その場に屈んで何かに手を伸ばす亮の隣に座り込み、──この部屋にはあまり似合わないそれを見て、首を傾げるのだった。
 
「……バレッタ?」
「……ああ」
「随分と、小さな女の子が付けるものに見えるけれど……まさか、十代が落としていったの?」
「いや……これの持ち主は、十代ではない」
「……亮、あなたって妹とか居たっけ……? 居ないわよね……?」
「俺に妹は居ないし、俺の私物でもない。それに、俺がお前に用意したプレゼントにしては、少し幼すぎるだろう」
「……その口ぶり、何か心当たりがあるのね?」
「……その、何と言えば良いか……」
「? ……何か、言い出しづらいことでもあるの?」
「その、だな……」

 亮の部屋に落ちていた、女の子の髪留め。──多分、真っ先に私が疑うべきは、亮が私以外の女の子を部屋に上げただとか、彼が浮気をしているだとか、そういったことなのでしょうけれど。亮がそんな奴ではないことは私が一番分かっているし、──そもそも、浮気相手の忘れ物と断ずるには随分と子供っぽいデザインで、どちらかというと妹の私物だと言われた方が、余程腑に落ちる。
 けれど、亮にきょうだいは翔くんしか居ないし、当然ながら翔くんが髪留めなんて付ける筈も無くて、──それなら一体、これはどういうこと? と私が問いかけると、──何故だか亮は少しバツが悪そうに、……しかし、酷く困った様子で、静かに口を開くのだった。

「──デュエルアカデミアに進学する前、近所に小さな子供が住んでいてな……」
「? ええ、そうなのね」
「何故だか妙に、その子に懐かれてな……名前をレイと言うんだが」
「へえ……あなたってお兄ちゃんだし、子供に好かれやすかったりするのかしら?」
「どうだかな。……それで、そのレイがこれと同じ髪留めをいつも着けていたんだ」
「つまり、レイちゃんは女の子なのね?」
「ああ。……確か、今は小学校の五年だったか……」
「……それで、どうしてそのレイちゃんの髪留めが此処にあるわけ?」
「それは、俺が知りたいが……先程の十代の妙な様子で、ひとつ予想が付いた」
「予想?」
「ああ。……先日、編入試験を通過した生徒が居ると噂になっていたな」
「……もしかして、それがレイちゃん……? つまり、彼女が亮に会おうと部屋に忍び込んで、十代はそれを止めようとしていた、ということ?」
「その可能性はある」
「……名簿を確認してみましょうか」
「そうだな。……まったく、レイの奴、無茶な真似を……」

 亮の語った推測の確証を得るために、亮の部屋のパソコンを立ち上げて、学園の生徒名簿のページにアクセスしてみると、──確かに、“早乙女レイ”という名前を直近で見つけることが出来た。
 ──しかし、問題は彼女がアカデミアに編入してきたという事実よりも、──彼女の所属が、高等部一年のオシリスレッド寮になっていることの方だった。

「レイちゃんって、小学五年生の女の子なのよね……?」
「ああ……まさか、性別と年齢を偽り、強引に編入してきたのか……?」
「アカデミアの編入試験って、結構難しい筈よ。入試よりも厳しく設定されていたと思うし……それを11歳の女の子が?」
「……レイは、決闘の腕がそれなりに立つからな」
「へえ、すごいのね……ぜひ一度、その子に会ってみたいわ」
「感心している場合じゃないだろう……しかし、どうしたものか……」
「彼女については分かったけれど……その子、どうしてデュエルアカデミアに編入してきたの? 決闘が好きなだけなら、小学校を卒業してから、中等部の試験を受ければいいだけのことでしょう? 一体、何を急いで……」
「……それは、……恐らくだが、俺が学園に居るからだろう」
「? 亮が?」
「ああ……俺はあまり、実家にも戻っていないからな……アカデミアに進学してからは、レイとも殆ど会っていない」
「ふうん、そんなに懐かれていたの?」
「……なんというか、レイは……」
「? ええ」
「……惚れっぽいところが、あってな……」
「……亮、それは要するに……」
「…………」
「レイちゃんは、あなたを追ってアカデミアまで来たってこと?」
「……本人に理由を聞かねば、確証は得られないが……」

 ──流石に、どうにも居心地が悪い。レイはまだ小学生で、俺には何ら疾しいところがないとは言えども、……それでも、恋人の部屋から異性の私物が出てくると言うのは、どうなのだろうか?
 これが俺だったなら、──もしも、の部屋に知らない男の私物が落ちていたのなら、……正直なところ俺は、どんな理由があったとしても、気分を害するだろうなという確信がある。……間違いなく俺は、その相手に対して嫉妬することだろう。
 とは言え、レイのことを下手に隠し立てたのでは余計に、からのあらぬ誤解を招くかもしれない。故にには正直に事情を打ち明けた上で、この事態をどうするべきかを彼女に相談すべきだろうと俺はそう考えた訳だったが、……さすがに、これにはも怒っているんじゃないのかと、そう思った。
 ──そんな彼女に、助言を仰ごうなどと流石に虫が良すぎるな。……なるべく、を傷付けないように気を払い、レイの問題は俺だけでどうにかするしか……。

「──すっごーい! レイちゃんって、本当にガッツがある女の子なのね!」
「……は?」
「だって、つまり亮のことを……初恋の相手を追いかけて、デュエルアカデミアまでやってきたんでしょう!? それって、なかなか出来ることじゃないわよ! やるじゃない!」
「……ああ……それは、その通りだな……?」
「良いわね! 私、そういう子は好きよ! ……でも確かに、レッド寮に幼い女の子が暮らすのは問題ね、私が特待生寮に居たのとはまた事情が違うし……」

 ──そんな風に俺は考えて、正直なところ、内心では些か焦っていた。
 もしも、──考えたくはないが、もしもこれが原因でとの仲が拗れてしまったり、彼女に俺との交際を撤回されたりしては困るとそう思って、俺はこの事態に慌てていたのに、──だと言うのに、俺から事の次第を聞いたは、目をきらきらと無邪気なまでに輝かせて、意気揚々とレイを讃えるのだった。「分かるわ、私も父様に憧れて、その背を必死で追いかけてきたから……」と零しながら頷くが、──本当にレイと同じ意味合いで海馬さんに憧れていたのだとしたら、俺は困るのだが。……そのような俺の動揺など知ってか知らずか、──いや、十中八九、知りもしないのだろう。……はこの上なく真っ直ぐな目で、レイを讃えている。
 ──確かに、日頃のを見ている限り、彼女から見たレイは好ましい人物像なのだろうなと、そう思う。
 はとにかく、根性のある後輩が好きだ。デュエルアカデミアの門を潜って奮戦する下級生であれば、相手が誰であろうと世話を焼いてやりたい性分なのだということを、──俺も、よく知ってはいる。
 ──しかし、レイに関しては、……流石に他とは少し、事情が変わってくるものじゃないのか……?

「……それで、亮はどうしてあげたいの? レイちゃん、ブルー寮に編入できるように、私から鮎川教諭に打診してみようか?」
「いや……そもそも、レイは不正行為を働いた上で編入している。性別や年齢を偽って編入してきたレイを、学園に残すわけには行かない」
「……ふうん、厳しいのね、あなたって」
「……レイが学園に残れば、四六時中でも俺に付き纏うぞ。……は、それでもいいのか」
「それとこれとは別でしょう。……でも、そうね。正規の手順を踏んでいない以上、レイちゃんだけを特別扱いするわけにも行かないか……正式に、飛び級での編入を認められているわけじゃないし……」
 
 何も俺とて、レイを故郷に帰したいのは、付き纏われては迷惑だと言うそれだけの話ではなく、小学生の彼女が全寮制のアカデミアでこのまま生活するのは無理だろうと思ったからでもあったのだが、──それでも、あまり気にした素振りも見せないに対して、胸に蟠りを覚えたのは確かだった。
 ──本来ならば、俺の方がに責められて然るべきなのだろうに、彼女に疑われることもなく、あっさりと許されたことを安心するべきところを、……少しはに妬いて欲しかったなどと、……流石に、我ながら狭量が過ぎるんじゃないのか……?

「明日香にも、相談してみない?」
「……明日香に?」
「ええ。最終的には女子寮での問題にもなるし、意見を仰ぐなら男子よりも女子の方が良いでしょう。明日香なら、他言もしないだろうし」
「……そうだな、連絡してみるか……」

 ──そうして、その夜に灯台へと呼び出した明日香に事の経緯を打ち明け、相談している最中にも、……仮にも、俺に好意を寄せている異性についての話題だと言うのに平然としているには、明日香とて些か動揺している様子だったから、……俺の反応も、何も可笑しくはないのだろうとそう思う。
 そんなことをしているうちに、港の方面でデュエルが始まったのが見えて、──誰かと思えば、戦っているのは十代とレイで。
 やはり、俺の予想は粗方当たっていたのか、彼女の正体を知った十代を口止めしたいレイと、そんな彼女の事情を知りたい十代との決闘の最中、──は一体どうしたのか、些か様子が妙だった。──しかし、それは決して、レイの姿を見たことで動揺しているだとか、そう言った俺に都合のいい類の話ではない。

「──ああ! スパークマンまで……! 恋する乙女、やるわね……!」
「…………?」
「あ、……いえ、何でもないわよ? ちょっと、ひとりごとで……」
「……さん……?」

 ──何でもないと、はそう言うが、十代とレイの決闘を何故か一喜一憂しながら見守るは、明らかに様子が可笑しく、──まるで、そのデュエルでは、俺達には見えないものが彼女にだけは見えているかのようで、──俺は、ずっと以前から思っていた疑問を、ふと思い出した。
 まるで、デュエルモンスターズと心を通わせているかのような言動を度々見せる、十代。──あいつほどに露骨でも顕著でもないが、……にも以前から、似たような所があった。
 孤児院に居た頃はデュエルモンスターズのカードに触れることを許されていなかったと、先日そう語っていた彼女には、間違いなく俺の知らない事情があるのだろう。──それは、もしかすると、……やはり彼女には、今も何かが見えているだとか、……そういった類の話、なのかもしれない。
 ──そうして、皆で見届けた決闘の結果は、十代の勝利に終わった。
 その後、レイ本人からもやはり俺を追ってアカデミアまでやってきたのだと、そのように真相を告げられたが、──俺には、どうしてもレイの想いに応えてやることはできない。
 これは、彼女が子供だからというだけの話ではなく、俺にとって今は決闘がすべてで、──それでも、何よりも大切な決闘を介して、真に心を通わせることの出来た相手が、……既に、俺には居るのだ。

「──レイ、お前の気持ちは嬉しいが……」
「亮さま!」
「今の俺には、決闘がすべてなんだ」
「……亮さま……」
「……だが、そんな俺でも良いと、決闘ごと俺を受け入れてくれた相手が居る」
「……え……」
「俺は、彼女と交際しているんだ。……紹介する、恋人のだ」
「え、……ちょっと、亮……!」
「ええ〜!? カイザーとレジーナって、そうだったのかあ!?」
「十代……、あなた、気付いていなかったの……?」
「お、俺も知らなかったんだな……」
「ボクは知ってたっスよ、お兄さんが話してたし……」
「じゃあ、知らなかったのは俺と隼人だけかよ!?」
「──つまり、あなたの方が本物の恋のライバル!? 何よ、ボクの方が、亮さまを……!」

 ──今回の騒動について、如何にが気にしていないのだとしても、──俺の方は、このまま曖昧に終わらせてしまっては、少し収まりが悪い。
 それに、や明日香の言う通り、レイは曲がりなりにも俺に想いを伝えるために、デュエルアカデミアまでの険しい道を乗り越えて此処に来たのだ、……ちゃんと、彼女に向き合ってやる義務が、俺にはあるのだろう。
 ならば、只頭ごなしに断るだけではなく、──俺には既に心に決めた相手が居るのだと、はっきり伝えるべきだ。
 恋人の存在を隠したのでは双方に対して不誠実で、そもそも隠す理由もないと考えたからこそ、──俺は皆の前でとの関係を明かした訳だったのだが、……思えば、俺とは今までも特に交際を隠し立ててはいなかったものの、皆に仲をひけらかしていた訳でもなかったから、十代などはその事実を知らなかったらしい。明日香は以前から知っているし、……翔も、恐らくは両親から聞き及んでいたのだろうな。
 そうして、明かされた真相を前に、レイは少し傷付いた顔をして、──それから、すぐにに対して食って掛かる。──それもある程度は予想も付いていたことだが、流石にが一方的に責められるのを見過ごすわけにもいかずに、──俺はふたりの間に割り込もうとした、──のだが。
 
「──そうね、あなたは素晴らしい決闘者だわ、レイちゃん」
「え?」
「は?」
「……うん?」
「まさか、亮を追って此処まで来るなんて……なかなか出来ることじゃないわ。私はあなたみたいな子、好きよ」
「な、なによ! 亮さまの恋人だからって、見下さないで!」
「まさか。……良い決闘だった、あなたのデッキはデュエルの最中で活き活きとしていたし、あなたには才能と根性もある。……いつか、正式にアカデミアを受験すると良いわ。必要なら、私が推薦してもいい」
「な、なんであなたなんかに! それに、ボクはこのままアカデミアに残るの! 亮さまの傍に居るのよ!」

 ──対するはというと、まるでレイの暴言などは意に介さぬ様子で「レイちゃんの決闘は本当に見事だった」「それに、アカデミアの編入試験は難関なのに」「きっと、とっても努力したのね、偉いわ」──などと、臆面もなくレイを褒めちぎるものだから、……流石のレイも次第に言葉尻が弱まって、……助けを求めるかのように、俺へと視線を投げ寄越し始めてしまった。
 ──俺はレイを此処に残らせる気はないから、助け舟を出してやると言うのも、妙な話だが。……このまま言葉を挟まずに居れば、が本題から脱線させて行きそうだとそう思い、俺はレイが落としていったバレッタを小さな手に握らせて、──酷ではあるが、年長者として誰かが言わねばならない言葉をレイに渡してやる。
 
「いや……駄目だ。レイ、故郷に帰るんだ」
「其処まですることないだろ! 女の子だって、オベリスクブルーの女子寮に、入れて貰えば……」
「ええ……私も、最初はそう思ったのだけれど……」
「……レイは、此処には居られない」
「え? レイにはまだ秘密があるのか? 男に化けた女と見せて……実は男だったりして!」
「レイはまだ小学五年だ」
「……は?」
「ええーっ!?」
「なんなんだよー! 俺ってば、小学生に苦戦したのかよー!? はああ……」
「へへ、ごめんね? ──ガッチャ! 楽しいデュエルだったよ!」
「──っはははは! 最高だ! これだからデュエルは楽しいんだよ!」

 ──そうして、レイは翌日に両親が迎えに来るまでの間、ブルー女子寮で保護を受ける運びとなり、──なんと、その晩はがレイを預かると申し出て、レッド寮から荷物を運んだ後に、レイはの部屋で一晩を過ごしたのだった。
 ──正直に言って、一体どうなるものかと、そう思った。
 はともかくとしても、レイの方はに敵意を抱いている様子だったのに、果たして、とレイをふたりきりにして大丈夫なものかと、──俺はその夜、男子寮に戻ってからもまるで落ち着かなかったのだが、──翌日、迎えに来た両親へと連れられて船上から大きく手を振るレイは、──昨日の今日で一体何があったのかと、そう思いたくなるほどに晴れやかな笑みで、十代とへと向かって声を張り上げるのだった。

「──来年、小学校を卒業したらデュエルアカデミアを受験するから! 待っててねー! 十代さまー! さまも、絶対に私を推薦してねー! 約束よー!」

 ──惚れっぽいレイは、昨日の決闘を経て十代に心移りしたのだろうと思うと、肩の荷が下りた気分にもなる。
 ……しかし、それはともかく、昨夜には、ああも敵意を剥き出しにしていたのことを「さま」と呼んで、笑顔で手を振っているのは、──本当に、一体何があったんだ? と、……涼しい顔ではにかんで、レイへと向かって手を振り返す傍らのライバルを見つめて、──俺は改めて、彼女を末恐ろしい奴だと、……そう、感じたのだった。


「──どうして、ボクのことを預かってくれたの……?」
「だって、オシリスレッドに泊める訳には行かないでしょ? あなたは女の子なんだし……」
「そうじゃなくて! ──だって、あなた、亮さまの恋人なんでしょう……?」
「……ええ、彼とは恋人同士よ」
「……亮さま、ずっとボクがどんなにアタックしても、応えてくれなかったのに……今は決闘がすべてだって言ってたけど、だったら、どうして、あなたと……」
「……そうね。私にとっても、今は決闘がすべてだわ」
「だったら、ボクの方が亮さまのことを好きだよ! あなたなんかに負けない!」
「でもね、……私と亮は決闘で繋がってるの、何よりも大切なものを、同じくらい大切にしているから、私は亮と打ち解けて、彼のことを決闘と同じくらい好きになったのよ」
「……亮さまも、同じだってこと?」
「きっとね。……レイちゃん、あなたにはっきりと私との交際を伝えたの、亮は酷い奴だって思う?」
「……それは……」
「私は、それが亮の誠意なんだと思ったわ。……小学五年の女の子に対しては、やりすぎだとも思うけれど……あなたの本気に、亮も本気で向き合ってくれたんじゃないかしら」
「……亮さま……」
「それに、決闘を通じて他人と繋がる感覚なら、きっとレイちゃんも十代との決闘で味わったでしょう?」
「それは……うん。十代との決闘は、すっごく楽しかった……」
「そうでしょ? ……亮が私を選んだのは、そういう理由よ。亮にとって私と過ごして決闘するのが、一番楽しいから。それに、私もそうなの。亮との決闘が、一番楽しいのよ」
「……そう、なんだ」
「ええ。……レイちゃん、クッキー食べる? ココアでもいれましょうか」
「う、うん。……でも、いいの? もう夜なのに……」
「ご両親には内緒よ? デュエルアカデミアには悪い先輩が居ると思われたら、受験を反対されてしまうかもしれないからね」
「……うん、内緒にする! ……ねえ、聞いても良い?」
「なあに?」
「あなたって……亮さまのこと、好きなの?」
「好きよ。誰よりも一番、亮のことを好き。……だから、私に恋のライバルとして挑みたくなったなら、正式な手順を踏んでいらっしゃい。あいつを賭けた決闘なら、いつでも相手になってあげる」
「……あなたって、ちょっと変だね」
「へ、変……? そう、かしら……?」
「子供だからって、ボクのことを馬鹿にしないし、怒らないし、邪魔だとも言わないし、アカデミアに推薦してくれるなんて言ってたし……変だよ! 亮さまだって、ちょっとくらいは嫉妬して欲しかったんじゃない?」
「……そういうものかしら……?」
「そうだよ!」
「そうなのね……? そう、気を付けるわ……」
「そうだよ! 亮さまのためにも、ちゃんと気を付けてよね!」
「え、ええ……勉強になるわ、レイちゃん……」


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