021

 デュエルアカデミア・ノース校との学園対抗試合にて、代表を務める決闘者の選定──そのために組まれた対戦カード、私と亮との久方ぶりの公式戦が、目前まで迫ってきていた。

「──何故デスーノ!? デュエルアカデミア・ノース校との友好デュエルでは、昨年代表のシニョール亮と一昨年代表のシニョーラが事前に対戦を行い、そのデュエルに勝った方が今年の代表になることが決まっていたはずナノーネ!」
「それが、向こうの代表は一年生だというんだなあ」
「一年生!?」
「そう言う訳なので、此方も代表は一年生が良いだろうということになってね。……どうだろう? 丸藤くん、海馬くん」

 今回の対戦の趣旨は、ノース校との友好試合における本校代表を選出すること。──けれど、その為に戦うのが私と亮という現在のデュエルアカデミア本校における、事実上の頂上決戦ということもあり、本来ならば友好試合の前座に当たるこの対戦には、学園中の注目が集まっていた。
 ──もちろん、私と亮もその対決を前にして、既に入念な下準備に励んでいたし、──こう言っては何だけれど、正直なところ私にとっては、ノース校との試合よりも亮との対戦の方が余程に重要で、学園代表の栄誉など、ライバル対決の副賞程度に思っていたのは事実である。
 故に、──既に代表へと決まっていた私たちに断りを入れるため、職員会議へと呼ばれて聞かされたその事情を前にしても、私たちには然程の動揺も無かったし、……まあ、お互いにノース校との友好試合は既に経験もあるし、双方ともにノース校代表には勝利してもいたから、過去にノース校を下した本校の頂点が一年生と対決するよりも、一年生同士の対決という方が、対戦カードだって盛り上がりもするだろう。──何よりもこの対決は海外校との友好試合が目的なのだし、私もそれに関しては異論もない。
 ──そうして、鮫島校長からの打診を受けて、ちらり、とアイコンタクトを交わした亮も、恐らくは同じようなことを考えていたらしく、私が小さく頷いて見せると亮は静かに口を開き、鮫島校長へと肯定の返事を伝える。そして、私も同様に、鮫島校長の申し出を素直に受け入れたのだった。
 
「俺は構いません」
「私も、異論はありません」
「うむ。──では問題は、誰を新しい代表にするかだ」
「……遊城十代」
「遊城十代!?」
「うん?」
「……これは、大変なことになりそうだにゃ〜」

 ──では、一年生から代表を選ぶなら誰が適任かという問題に議題が移り、──今年の一年生は実に粒ぞろいであるからこそ、教師たちにとっては悩ましいところなのだろうけれど、──私には、今年の一年生の実力者というと、二人ほどの心当たりがあって。けれど、私が口を開く前に亮がその一人の名前を挙げたために、──私は、先程思い浮かべていたもう一人の名前を、紡いだわけだったのだけれど。
 
「彼なら、面白いデュエルを見せてくれると思います」
「そういうことなら、私は万丈目……」
、……その、万丈目は……」
「……あ、そう……ね、すみません。私も十代を推薦します、今の一年生では彼が適任でしょう」
「……うん。彼なら実力も申し分ない」

 ──そうだった。私が誰よりも目に掛けて期待していた一年生、──万丈目準は、現在デュエルアカデミア本校には居ないのだった。
 準が行方知れずとなってから、既に三ヶ月ほどが経過している。──この三ヶ月間、私はずっと準の行方を追っていたけれど、……それでもまだ見つからないままの彼が居なくなってしまった事実は、未だに現実味が薄くて、極自然と準を指名してしまった自分に驚きつつも、……幾らかの呆れを覚えたくもなってしまった。
 三ヶ月の間、彼とは一度も連絡が付いておらず、──恐らく準は、実家にも連絡を入れていないのだろう。
 準からの連絡が無いことに気を揉んだ長作さんから少し前に私へと連絡が入って、──流石に、私もこれ以上は準のことを隠すべきではないとそう考えて、お二人にも準がアカデミアを退学し、行方を眩ませていることを伝えたのだった。
 その為、現在は万丈目グループの方でも準の行方を追ってくれている筈で、もしも、準のことで進展があれば私にも一報すると長作さんは言ってくれたものの、──正直なところ、彼からの連絡については、あまり期待していない。
 
 準は、幼い頃から会社やグループの利益を抜きにして私に懐いてくれていたけれど、──長作さんと正司さんは、そうではない。
 彼らはパーティー会場で初めて対面したその日から、準に向かって私のことを「海馬社長のご令嬢で後継者」「将来はお前も世話になるお方」だと、そのように紹介しており、──きっと、長作さんと正司さんは、準への兄心から弟に同じ年頃、共に苦楽を味わえる友人を与えよう──などと、そのように考えていた訳ではないのだろう。
 彼らにとって私は、海馬コーポレーション社長令嬢の海馬でしかなく、──彼らは、準が私に取り入ってグループへの利益をもたらすことを期待して、そのように差し向けたに過ぎないのだ。 
 そんなことには私も気付いていたけれど、──それでも、準は真っ直ぐに私を慕ってくれているように、私には思えたから、……結果、彼らの思惑とは少し外れて、私と準は個人的な友好関係を多少は築けていた訳だけれど、──きっと、長作さんと正司さんの中では、今でもその目論見が渦巻いているのだろう。
 だからこそ、万丈目グループにとって不利益となる情報──海馬コーポレーション令嬢に対して、自分達の不利となる内情──末弟の失踪の顛末を伝えるという選択肢を、……きっと、彼らは選ばない筈だ。私から情報を引き出すだけ引き出して、きっと進展について伝えるつもりなどは、端から彼らには無いのだろう。──故に私も、個人的に準の捜索を続けているのだった。
 
 そうして、学園代表はそのまま十代に決まる──かと思われたものの、クロノス先生がラーイエローの三沢くんを代表に推薦したことにより、学園対抗試合の前に、十代と三沢くんとの対決で本校代表を決定することになった。
 ──と、其処までの展開は良かったのだけれど、……話の雲行きが急激に怪しくなったのは、その後からだ。

「……うむ、そういうことになると……丸藤くん、海馬くん、二人の対戦カードは十代くんと三沢くんの対決に交代してもらうということになってしまうんだが……構わないだろうか?」
「……え?」
「……鮫島校長、しかし……」
「いや、すまない。君たちが対決を心待ちにしていたことは知っている。しかし、日程的にも、他に候補日は……」
「……それなら、仕方ありません」
「! ちょっと、亮……!」
「……
「…………」
「本当にすまない。二人の公式戦を見たがっていた生徒は多い、丸藤くんと海馬くんの試合はまた別の機会を設けよう。対抗戦が終わった後にでも、学園の模範として、改めて生徒たちにデュエルを見せてやってくれ」
「はい」
「……ええ、分かりました」

 準の行方を追うためには、万丈目グループの力は頼れないし、私の方でもっと捜索の手を強めなくてはならない。──捜索の為に海馬コーポレーションを動かしたのでは、万丈目グループの面子に傷を付けることになるから、巡り巡ってその行為は帰ってきた準の立場を危うくすることだろう。……だからこそ、私の方では父の会社を頼る選択肢もなく、個人的な捜索しか叶わない。
 ──それに、もう一年以上見つからないままになっている吹雪のこともあるし、どうしたって心労が絶えないこの頃、──亮との久々の公式戦を、私は本当に、心の底から楽しみにしていた。
 私は決闘が好き。──そして、亮との決闘が何よりも、格別に大好きだ。
 だからこそ、久々の大舞台をこの上ない気分転換の場だと感じていたと言うのに、──クロノス教諭が余計なことを言い出したために、私と亮が使用する予定だったスタジアムの予約が、──なんと、そのまま十代と三沢くんの公式戦へとスライドしてしまったのである。
 私は咄嗟に校長への抗議を唱えようとしたけれど、……どうやら亮の方は、渋々ながらも校長の決定に従うつもりでいるらしく、反論に転じようとした私を静かに諫めてきて、……そのまま食い下がるのは、正直に言うと本当に嫌だったけれど。かと言って、この場で私だけが異議を申し立てたところで事態が良い方向に転ぶとは思えなかったし、……上級生としての面子も、あるし。……何も、下級生の彼らが成長する可能性の芽を摘み取りたい訳でもなかったし、──結局、私も渋々その決定を飲んだのだった。 

「──もー! ありえない! せっかく準備してたのに、そんなことってある!?」
「……事情が事情だ、仕方がないだろう」
「どうしてあなたはそんなに物分かりが良いのよ!? 信じられない、一体、私がどれだけ……!」
「俺も、公式戦でお前とやれるのを楽しみにしていた。……誤算だったな、代表を譲るのは別に構わないが……まさか、スタジアムの使用権まで持っていかれるとは」
「これも、クロノス先生が妙に張り合って三沢くんを推薦したりするからよ! ……まあ、先に二人目の候補を挙げたのは、私の方だったけれど……」
「クロノス教諭は、とは違いオシリスレッドを冷遇したいだけだろうからな。……全く、あの人はいつからあんな教師になったのか……」

 会議室を後にした帰り道、校舎内の廊下を歩きながら不満を漏らす私の隣で、亮も冷静に努めてはいるものの眉間には深く皴が寄っているし、苦い顔をしていたし、……確かに、この決定は彼にとっても誤算で、受け入れがたい展開ではあったのだろう。
 ──私たちの入学当初、クロノス先生にはそれはもう世話になって、……まあ、それも私たちが特待生枠だったり成績優秀者だったりしたから、今にして思えば、それも私たちがクロノス先生からある種の優遇を受けていただけなのかもしれないけれど、──それでも、クロノス先生が優れた教育者であることは確かな筈なのだ。
 十代が入学してきてから、──というか、入試デュエルで十代に負けたことが余程応えたのか、近頃のクロノス先生はあまり尊敬できる人物ではなくなってしまった。……でも、クロノス先生って、そんなに小さなことを引き摺るような器には到底思えなかったのだけれど、……教職ゆえのプライドだとかそう言ったものが、あの人にもあったりするのかしら。
 そんな風に亮はさりげなく、話題をクロノス先生に傾けてくれたけれど、……きっとそれは、クロノス先生への不満や愚痴が言いたかったからと言う訳ではなく、……先程の私が咄嗟に準を学園代表に指名しようとしたから、だったのだろう。
 ──万丈目準、今は学園から姿を消している彼は私にとって、誰よりも目に掛けて期待している後輩で、代表を指名する、という場面において私の中では、今でも十代や明日香よりも先に準の名前が出てきてしまう、……らしい。

「鮫島校長は、また後日に俺達の公式戦を組むと約束してくれた。──今は、それを信じて待とう」
「……ええ……」
「──案外、その頃には万丈目も帰ってきていたりしてな」
「……そうね、そうだと良いわよね……」
「その方が、お前も気合いが入るだろう?」
「あら、それって亮には都合が悪いんじゃないの?」
「まさか。……どうせやるなら、より本気のの方が良いからな」
「……そういうことなら、その頃には吹雪も帰ってきてくれていると良いのにね」
「ああ、……確かに、互いに肩の荷が下りた状態で戦うのが、一番面白そうだ」
「ね、そうよね」
「……ああ」
 
 ……準は、それに吹雪も、今頃どうしているのだろう。
 準がデュエルアカデミア本校を飛び出して以来というもの、未だに準から折り返しの連絡はなかったし、彼の番号には繋がらない。
 頼りがないのは元気な証拠とも言うけれど、事の経緯を考えれば、そう楽観的に構えていることも出来なくて、──その後、私と亮が戦うはずだった公式戦で繰り広げられた十代と三沢くんの決闘は見事で、本年度のアカデミア本校代表に決まった十代とノース校代表との決闘を見るのだって、もちろん楽しみだったけれど、──それでもやっぱり、私は準がその日の晴れ舞台に立つのを見てみたかったと、……そう思ってしまったのだ。


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