025

「──お前たち! この俺を覚えているか!?」

 デュエルアカデミア・ノース校との交流試合、その当日。数日前に予定されていた亮との公式戦が延期になり、本来ならば、私が代表選手として推薦したかった準も当然ながら登壇しないその試合は、──確かに十代の決闘は楽しみだったし、ノース校代表の腕前も気になるところではあったけれど、──私の中では正直なところ、些か関心が薄れてしまっており、けれど、本校の主席として姿を見せない訳にも行かずに、亮に急かされて渋々ながら私は、その日スタジアムまで足を向けたのだった。

「この学園で、俺が消えて清々したと思っている奴! 俺の退学を自業自得だとほざいた奴! 知らぬなら言って聞かせるぜ、その耳かっぽじってよく聞くがいい! 地獄の底から不死鳥の如く復活してきた、俺の名は! 一! 十!」
「百! 千!」
「万丈目サンダー!」
「うおおおお! 万丈目、サンダー! サンダー!!」
「万丈目!」
「サンダー! サンダー!!」

 ──だと言うのに、これは一体何事だろう。──あまりにも彼の安否を心配しすぎていたせいで、私は夢でも見ているのだろうか?
 もしも今日、準が其処に立っていたならどれほど良かったことかと望んだ晴れ舞台で、──何とノース校の代表として現れた一年生は、見間違えるはずもない、──万丈目準、あの子だったのだ。

「──準! 準だわ! ねえ亮! 見て! ノース校の代表! あれって、準よね!?」
「あ、ああ……間違いない、万丈目だな……」
「すごい人気だ……!」
「ほんとに! すごい! こんなに歓声が上がって! ……良かった、準……元気そうだわ……!」
「……よかったな、
「ええ! 本当に!」

 大歓声を受けてスタジアムへと現れたその姿に、私は思わず高揚して、隣で観戦している亮の腕を掴んでしがみ付き、わあわあと騒ぎ立ててしまった。
 私の様子に少し気圧されながらも亮は、──私がどれほど準の身を案じていたかを知っているからこそ、されるがままで、私へと穏やかな言葉を掛けてくれる。
 そんな私たちの様子を、前の席に座る翔くんや明日香たちは少し驚いた様子で振り返り、けれど私がそんな彼らの目を気にする余裕も無いのと同じように、決闘の行方が気になる彼らもすぐにフィールドへと視線を戻して、──そうして、戦いの火蓋が切って落とされた、準と十代とのデュエルだったけれど、──どういう訳か、今回の交流試合には撮影クルーが入り、なんとこの試合は現在、全国ネットで中継されているらしい。

「どういうこと……? 前回もその前も、撮影なんて入らなかったわよね?」
「ああ……それほど注目を集める対戦カードとは思えないが……」
「そうよね、私とあなたじゃあるまいし」
「そうだな」
「……すごい自信だな、カイザーも、レジーナも……」
「でも、確かに不自然だわ」
「ええ……ん? あれは……」
? どうした?」
「……あそこ、最前列に居る黒服の二人組……あれ、準のお兄さんたちだわ」
「……万丈目の?」

 私が指し示した方に座る二人組の姿を見初めて、亮は訝しげな表情を浮かべている。──それは、以前に私が「準の実家は事情が複雑だ」と話していたから。この場で亮が直接口にすることもなかったけれど、きっと彼には、「万丈目の兄は、弟の試合見たさに学園を訪問するような人間ではない」という──私の言わんとしていることが伝わったのだろうと、そう思う。
 ──試合の中継に入っている撮影クルー、何故か学園を訪れている長作さんと正司さん、──更には、よく見渡してみるとスタジアムのモニターには、万丈目グループのロゴまでもが表示されている。

「──まさか……」

 其処からひとつ、悪い想像が私の頭に浮かんで、──けれど、例えこれが正解だとしても、それは、決して大声で話すような内容ではなかった。
 だから、私の反応を見て不思議そうな顔をしている亮に向けて、周囲には気付かれない程度に手招きをすると、亮は何かを察したのか此方に顔を寄せてきたので、──私はそっと、亮にしか聞こえない程度の声量で、彼に向かって小さく耳打ちをする。
 ──準の兄、万丈目グループの長作さんと正司さんは非常に野心深く、海馬コーポレーション社長令嬢の私に準を差し向ける程度には計算高く、──弟のことを、自分達の野望を叶えるための道具であると、恐らくはそのように考えている。
 ──これは、邪推ではあるけれど、──彼らはきっと、準がノース校の代表として参加するこの試合を──準が勝利する瞬間を大々的に中継することで、万丈目グループの御曹司が決闘の腕に優れていることを、各界にアピールする目的で取材クルーを連れて、わざわざ学園までやってきたのではないか。

「……それは、その推測が外れていることを願うばかりだな……」
「ええ……」

 確かにこれは、私の勘に過ぎないけれど、──この推理の決定的な裏付けとして、私には十年ほどの間、彼ら兄弟のことを見てきたという根拠がある。
 そうは言っても所詮は他人で、彼ら兄弟の実情のすべてを知るわけでもないけれど、──私は決して、準の苦悩の何ひとつも知らないと言う訳でも無かった。

「……準……」

 ──準と十代の決闘は、一進一退。──しかし、準がレベルアップモンスターであるアームド・ドラゴンのカードを召喚してからは、彼の方に些か優勢が傾いていた。

「──うわ〜! かっちょいいなあ〜! 俺も欲しいなあ!」
「馬鹿が! お前の身が危ないんだぞ! 感心してる場合かぁ!」
「だけどさあ! こんなにワクワクすることってあるかよ!? 俺今、ピンチになるくらい強いモンスターと戦ってるってことだぜ!? すっげ〜! デュエルしててよかったあ〜!」
「……っ、何処までも鼻に付く! 俺は貴様のように何も考えず、毎日を只チャラチャラと生きていくわけにはいかないんだ、見ろ! この張り詰めた視線を! 万丈目家の夢と野望を全部俺の肩に乗せた、この重い視線を! 俺は兄さんたちの期待に応えるため、そして俺の価値を証明するため! どんなことがあっても、此処で! ──遊城十代! お前を倒さなければならない!」
 
 ──けれど、状況が好転しても、準はどうにも苦しげな表情を浮かべたままで、──そんな彼の様子を些か心配に思っていると、案の定、……どうやら、私の推測は外れてはいなかったらしいということが、彼の口から証明されてしまった。
 ──ああ、そうか。
 準は、デュエルアカデミア本校を退学して、実家を頼ることもなく一人で彷徨った果てに、実力でノース校のトップを取って、──たった一人の力で、這い上がって此処まで戻ってきたと言うのに。
 それなのに、──彼の兄二人は、長作さんと正司さんは、──準の努力を正しく評価することもなく、──只、グループの利益だけを考えて、弟を戦場へと駆り立てて、この大一番を全国に向かって見世物にしている。
 ……それはもちろん、私にだって、準の置かれた立場が、──御曹司という肩書が決して楽ではないことくらい、分かっている。
 そもそも、私だって海馬コーポレーション社長令嬢として育てられて、伝説の決闘者、海馬瀬人の魂のカード・青眼の白龍を受け継いだからこそ、──今、此処にいるのだ。
 ──けれど、私の父は、厳しくも私を褒めて伸ばしながら育ててくれた。冷徹な中にも、──あのひとには、確かな暖かさがあった。
 ──他人の家庭の事情に土足で踏み込むべきじゃない、私には所詮、兄や姉という生き物の気持ちを、理解することなんて叶わない。──私は、それらのごっこ遊びしか知らないのだと、分かっている。他人の真似をしたところで、本物には迫れないと分かっている、──けれど、それでも。

「──良いわよ、準! この決闘、あなたなら勝てるわ!」

 ──ノース校の代表という責任、それ以上に重く肩へと伸し掛かる万丈目家の──兄さんたちの野望という重責。俺を落ちこぼれだと嘲笑った兄さんたちに認めてもらうために、俺を自業自得だと嘲りやがった本校の連中へと目に物を見せてやるために、──十代の野郎とは違って、俺にはいくつもの責任と葛藤があると言うのに、その上で雑魚のおジャマイエローまでもが俺を邪魔しやがって、十代にもそれを見られておちょくられ、──そうして、集中を乱される度に十代は反撃に転じ、──なかなか俺一人が主導権を握ることが叶わない。
 ──もしも、こんな風に、外野の声がやかましくなかったのならば、──俺も、あの野郎と同じように只デュエルを楽しむことだけを許されたのならば、──俺だって、きっと、もっと、──と、そんな焦燥感にさえ苛まれる戦いの最中、──観客席から、酷く聞き覚えのある声が──涼やかによく通る、あの声が、聞こえた。

「……、さん……」

 ──見れば、観客席にはあなたが居て、──あなたは、本校の生徒で、俺は対戦相手のノース校の代表だって言うのに、「──おいおい、レジーナ!? どっちの味方なんだよ〜!?」「海馬くん!? きみは本校の生徒だろう!? 十代くんを応援してくれ!」──突如として俺に向かって声援を投げ掛けたさんに、十代や校長が訂正を促しても、彼女はまるで聞こえていないかのような素振りで、──さんはそれからの試合中ずっと、俺に向かって檄を飛ばし続けてくれていた。

「──準! 今のはなかなか良い読みだったわ! そのまま、やってしまいなさい!」
「──おう、さん! やってやらあ!」

 ──俺は、もうとっくの昔にあなたから見限られてしまったのだと、そう思っていた。
 ──だが、確かにさんは俺に向かって声援を飛ばし続けて、兄さんたちが驚いて彼女を見上げても、本校の生徒たちが幾らどよめいても、十代が苦笑いを漏らしたところで、彼女はまるで意に介さず、──ずっとずっと、まっすぐに俺の決闘を、その一挙一動を見守ってくれていたのだ。

「──準! 貴様、何をやっているんだ! 自分のやったことが分かっているのか!?」
「万丈目一族に、泥を塗りおって!」
「すまない、兄さんたち……」
「貴様! 俺達の与えたカードはどうした!?」
「何故使わない!? そうすればもっと強いデッキが出来たはずだ!」
「……俺は、自分のデッキで勝ちたかったんだ……!」
「この……馬鹿弟がァ!」
「だから貴様は、落ちこぼれだと言うのだ!」
「──やめろ! あんたたち!」

 ──その決闘の果てに、俺は、──俺は、あなたの声援を受けても尚、──十代に勝利することが、叶わなかった。
 すべてを失い地に落ちて、谷底から這い上がった末に、失ったものを取り返そうと誓って、──そう思い願い、戦ったと言うのに。……結局、俺は十代を叩き潰してやることも、兄さんたちの信頼を取り戻すことも、出来なかったのだ。
 兄さんたちが俺を責め立てるのも、無理はない。──だが、それでも、俺は、──俺は、確かに。

「いい加減にしろよ、万丈目は一生懸命戦ったんだ!」
「他人が我ら兄弟のことに口出しするのか?」
「兄弟なら尚更、そんな態度はないだろ!? 俺も万丈目……サンダーも、出来ることのすべてを出し切ってデュエルしたんだ!」
「我々は、途中経過などに興味はない! 結果を問題にしているのだ!」
「我々兄弟にとって、重要なのは結果だ……結果こそすべて! 勝利こそすべてなのだ! 大体、このデュエルの為にどれだけの金をつぎ込んだと思っているのだ!」
「こいつは! 俺達の顔に泥を塗ったのだ!」
「……だけど、あんたたちには勝った! サンダーは、デュエルだけでなくあんたたちが与えたくだらないプレッシャーと必死に戦ったんだ! 苦しみながらも、サンダーは、あんたたちを乗り越えたんだ!」

 ──そうだ、俺は、──兄者たちからの重責を乗り越えるために、万丈目家のために、──確かに、必死で頑張ったのだ。
 
「……ええ、そうね。それに……万丈目グループの顔に泥を塗ったのは、果たして準だけかしら?」
「! 嬢……?」
「そうだ! 準、貴様は嬢の声援までも無駄にして! 彼女の面子までをも潰したのだ!」
「いいえ、違うわ。──今この場で万丈目グループの評価を落としているのはあなたたちよ、長作さん、正司さん」
「!? なに……!?」
「確かに中継は終わったけれど……まだ、取材クルーもアカデミア両校の関係者たちも、この場であなた方の醜態を見ているわ」
嬢、何を……!?」
「ねえ、長作さん、正司さん。──お二人は、準にデュエル界を制覇させたいのよね? 準がプロになるのは、順当に考えれば二年半後……それまでにこの中の何人が、プロリーグの関係者になっているのかしら?」
「……嬢、仰っている、意味が……」
「分かりませんか? ──二年半後、もしも準がリーグで冷遇を受けるとしたら、お二人の立ち振る舞いが問題じゃなくて? 野蛮な兄を持つ彼のことを、果たしてテレビ局も、スポンサーも、プロリーグも、学園も……こぞって支援したいと考えるものかしら……?」
「……、嬢……」
「お分かりになったのであれば、お引き取りください、お二方。……それとも、此度の醜態を父に報告しましょうか? 海馬コーポレーションとしても、浅慮な方々との協力関係を続ける理由はないでしょうね」

 ──さんは、俺とは違って、……決して己の肩書きや立場を、振りかざすようなひとではない。……そんな彼女が、なりふり構わず前に出てそれを行っているということは、……それだけ彼女が怒っていて、どんな手を使ってでも、今すぐに兄さんたちを追い返したいとそう考えているからでしかなかった。──さんは、俺の為に、──俺を庇い助ける為にと、……本気で、兄さんたちに向かって、怒ってくれているのだ。

「──デュエルの意味は、勝ち負けだけじゃない。もっと大事なことを教わることなんだ!」
「──黙れ、十代!」
「万丈目……」
「これ以上、俺を、惨めにさせないでくれ……」
「……準」
「……兄さんたち、帰ってくれ」

 ──そうして、兄さんたちは俺に「見損なった」とそれだけの言葉を投げ捨てて、本島──万丈目家の屋敷へと帰って行った。
 十代どころか、さんの言葉でさえも結局は兄さんたちには届かずに、──彼女の投げ掛けた言葉の本質を兄さんたちも理解する日が来るのか、──或いは、只の脅迫と受け取ったかは、俺には分からないし、真相を知る由もない。
 それから、俺はノース校には帰らずに、このままアカデミア本校に残る選択をして、──もう一度、何もかもを失った状態で、俺はこの学園でやり直すことを決めたのだった。

「──準! 良い決闘だったわ、……本当に、強くなったのね」
「……さん……」
「無事に帰ってきてくれて、本当に良かった。……それに、準もドラゴン族を使い始めたのね?」
「ああ、……あれは、ノース校に伝わる……」
「? ノース校と何か所縁のあるカードなの?」
「……いや、あなたへの憧れで、俺もドラゴン族を使い始めたんだ」
「……そう、それはよかったわ。……お帰りなさい、準」
「……ああ、ただいま、さん」
「よく頑張ったのね、……偉いわ、準」

 ──そう言って柔らかく微笑むとあなたは、──ぽん、とまるで姉のような仕草で、俺の頭を優しく撫でる。
 ──今までのあなたは、俺にそんな触れ方をしたことなんてなかったから、俺は酷く驚いて、──しかし、よく思い起こしてみれば、俺は実の兄にだって、頭を撫でられたことなんて一度だってなかったから、……ああ、俺は確かにすべてを失って此処に戻り、そして残ったが、──ずっと俺のことを見捨てずにいてくれた人ならば確かに此処に居て、──俺はやっぱり、あなたに追い付きたいのだと、あなたが俺の目標なのだと、──そう、思うと、何故だかその事実が、嬉しくて堪らなかったんだ。

 
「──万丈目とは話せたか?」
「ええ! 表彰式には、みんなあんまり興味もなさそうだったし……声をかける余裕があって良かったわ」
「そうか。……それで、どんな話をしたんだ?」
「たくさん、褒めてあげたつもりよ。……準のお兄さんたちがしてくれなかったこと、少しは、私がしてあげられたならいいんだけど……」
「きっと、出来ていたんじゃないか?」
「そうだと良いけれど……あと、頭を撫でてあげたの」
「ああ……それは、姉らしくて良いかもな」
「そうよね? 本当は、抱きしめてあげたかったけれど……」
「……ほう?」
「……してないわよ? 流石に準も、人前でそんなの恥ずかしいと思うし……それに……」
「どうした?」
「……この間、レイちゃんに駄目出しされちゃったから……」
「……レイに?」
「ええ……もう少し、恋人の……あなたの気持ちを考えろ、って……」
「……そう言われたのか? 小学五年生に?」
「……ええ……」
「……それで、思い留まったのか……」
「そう……ちょっと、何笑ってるのよ」
「いや? 笑ってなどいないが……」
「笑ってるでしょ! 肩揺れてるの見えてるのよ!」
「っ、……くく」
「ほら! やっぱり笑ってる! 何笑ってるのよ!? ちょっと! 亮!」


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