030

  ──天上院吹雪が、私たちの元へと帰ってきた。

 十代とのデュエルの後、そのまま気を失って医務室へと運び込まれた吹雪の寝顔をじっと見つめていると、眠る吹雪が時々魘されているものだから、……一体、彼はどんな悪夢を見ているのかと、──吹雪が行方知らずだった間に何もしてあげられなかったからこそ、私はそんな吹雪を見ていられなくて、思わず何度か揺さぶり起こしてしまったけれど、その度に吹雪は虚ろな目を微かに開いたかと思いきや、すぐにまた意識を手放してしまうのだった。
 ──天上院吹雪。──私の親友、大切な友人の、吹雪。……今までどこに行っていたの、明日香を置いて、私にも亮にも何も言わずに、……どうしてか、ずっと居なくなってしまっていた、……私たちの吹雪。

「……もう、一年以上経っていたのか……」
「そう、ね……帰ってくるのが遅すぎるのよ、本当にマイペースなんだから、吹雪ったら……」

 ──私達、出会ってからずっと、吹雪には振り回されてばかりね、と。私がそう言うと、亮は何処か困ったように笑う。
 そんな私たちの傍らにはもうひとり、静かに寝息を立てる明日香が居るのだった。……もう夜も遅く本来ならば明日香も女子寮に戻る時間だけれど、──ずっと探し続けてきた兄を見つけた今、早く寮に帰りなさいとは、とても誰にも言えなくて。
 何よりも私と亮も吹雪が気になって仕方が無かったこともあり、特待生二人の付添いの元、という名目を得て、明日香は今晩、医務室で吹雪の傍に泊まることを許可された。その明日香も、吹雪に向かって泣いたり怒ったり、呼びかけ続けたりをしていたから、大分疲れていたのだろう。今は私の膝で、明日香はぐっすりと眠っている。

 吹雪を探し続けていた期間も、丸一年以上になる。
 ──本当に、長かった。身を寄せ合いながら共に掛け替えのない人を探し続けたこの一年で、私は明日香を本当の妹のように想うようになっていたし、亮も多分それは同じなのではないかと思う。亮はいつも、不器用なりに明日香のことを気にかけていたから。
 ──つい一年前までは、吹雪も交えて、私と亮と三人で、当たり前のように過ごしていたと言うのにね。だと言うのに、そんな日常は、ある日突然に何の前触れもなく、あっさりと瓦解してしまったのだ。
 それっきり、明日香は暗い表情を浮かべることが多くなり、憂いを払うように決闘に身を打ち込むようになった彼女は、少しばかり、同学年から浮いた存在になってしまった。
 そんな明日香のことを、私も亮も見過ごせなかったのだけれど、……これは、同情になってしまうのだろうか。彼女の助けになりたかった、というのは自己満足の偽善に過ぎないのだろうか。
 そうして、吹雪と入れ替わるようにして、私と亮の間に明日香が立つようになり、それから一年。三人がかりでどれだけ探しても見付けられなかった吹雪は、本当に唐突に、今日、帰ってきた。
 しかし、……一体、明日香を置いて今までどこに行っていたの、と。……そう、本人に聞くことも叶わないまま、当の吹雪は今も、眠っているのだった。

「……吹雪と明日香の、寝顔……」
「……どうした?」
「……似てるのね、やっぱり兄妹なんだな、と思って……」
「……ああ、そうだな」


 ──中学二年の夏。私が最初に亮と吹雪と出会ったのは、太陽の降り注ぐ暑い季節だった。
 父様がアカデミア本校を創立することになり、その第一期の生徒として、中でもエリート育成を目的として建てられた特待生寮の生徒として、私はアカデミアの門を潜ったけれど、何もオーナーの娘だからと言って、受験を免除されたなんてことはなくて、当時は私も皆と同じように、入試を受けている。
 そうして、父様の推薦の元で、アカデミアの中等部の編入試験を受けた私は、書類、筆記と問題なく通り、最後の実技試験の日に、──思わず目を奪われるほど鮮烈なデュエルを、私は目撃することになったのだった。

「パワー・ボンドの効果により、融合召喚したサイバー・エンド・ドラゴンで、守備モンスターを攻撃! この瞬間、サイバー・エンドの特殊効果発動! 相手の守備モンスターとサイバー・エンドの攻撃力、守備力の差分だけ、貫通ダメージを与える!」
「う、うわああああ!!」

 ──それは、余りにも鮮やかな、ワンショットキル、だった。
 ……私の住む童実野町では見かけたこともない、知らない中学の学生服を着た少年。サイバードラゴン使いの、受験番号一番。
 ──それ以前にも、超次元の決闘、なら何度でも見たことがあったと思う。海馬家に引き取られてからは、それこそ父様と遊戯さんの決闘だって、何度も生で観戦してきから。……けれど、それとこれとは違う、そうではないのだ。……私は何も、その決闘に圧倒されてしまった訳では無くて、……只、あの一番の決闘者と、決闘がしてみたいと、そう思っていたのだ。
 ……そして、私は彼に勝ちたい、と。──多分、あの時の私は、彼の決闘に興奮しながらも、初めて他の決闘者に対して、決闘者としての対抗意識と敬意、のようなものを、同時に抱いたのだろう、と。……今でも、そう思っている。

「ねえきみ、今の見たかい!? 彼凄いね、とんでもない引きの良さと完璧すぎるコンボ!」
「ええ。……絶対に負けたくないわね、一番の彼にだけは」
「おや、きみもなかなか強気じゃないか。えーと、きみは何番だい?」
「二番よ、……でも、編入時の成績は私が一番! 覚えておいて!」

 ──入試会場のギャラリーの中で、亮の決闘を観戦していた私に向かって興奮した様子で話しかけてきたのが吹雪で、吹雪とはそのときに初めて会話を交わしたのだった。
 初対面時、吹雪はその風体からどうにも軽い雰囲気には見えたけれど、その実技を見れば、彼ともきっと入学式で再会することだろう、と確信できた。真紅眼使い、というのも青眼使いの私にとっては、個人的に目を惹かれるところでもあったし。
 ──当時はまだ父から受け継いだばかりだった青眼を携え、決闘フィールドまでの階段を降りる私の横を通り抜けて行った、受験番号一番、──亮と初めて会話をしたのは、吹雪とは違い入試会場ではなくて。アカデミアの入学式に参加するために、学園所有の船に乗っていた際に、船上で初めて話したんだっけ。……入試会場ではライバル視するばかりで、会話を試みようとさえ思い付かなかったから。……きっと、亮とも学園で再会することになるだろうとは、思っていたし。

 そうして、無事試験を合格して、私は吹雪へと宣言した通りに、主席としてアカデミアの特待生の座を勝ち取って、中学三年からアカデミアへの編入を決めた。──編入、とはいえこれは実質的な入学式。私達の代がアカデミア本校の一回生、という形になるのだ。
 当日は、──と言うよりも、卒業まではもう父様に甘えるつもりはなかったので、入学式に出席する父様から自家用ジェットで本校まで送迎するとも言われたけれど、それは断って、他の生徒と同様に、私も船でアカデミアまで向かっていた。──そうして、船上で私は吹雪と亮に再会したのだ。

「あ! ねえきみ! 二番だけど一番の彼女だよね? また会えて嬉しいよ!」
「……あら、あなた入学試験の時の。やっぱり合格してたのね、それに……」
「ふふ、彼のことも勿論覚えてるよね? 紹介するよ、丸藤亮、一番の彼だ」
「吹雪、その紹介の仕方はどうなんだ……?」
「いいじゃないか! あ、僕は天上院吹雪だよ、僕も亮も君と同じ特待生さ!」
「? どうして私が特待生、って……?」
「あ、ごめんごめん。特待生の名簿、女の子は一人だけだったんだよ。その子の名前が海馬ちゃん。僕も亮も、試験会場で印象に残ってる女の子なんて一人しか居なかったからね、絶対にきみだと思ったし、友達になりたくて、二人できみを探していたのさ!」
「ああ。……試験での決闘、見事だった。青眼の三体融合を、あんな間近で見られるとは」
「……そう、海馬姓で確信した、ってことかしら?」
「え? いやいや、違う違う! ……いやまあ、それは違わないんだけど、そうじゃなくてさぁ、……ねえ亮!」
「……お前は、ああも見事に、青眼を使いこなしていたんだ。印象に残るのは当然だろう」
「え……」
「お前と同期になれて光栄だ。何か気に障ったなら謝るが……俺と吹雪は、その、だな……」
「──あーもう! 分かった分かった! 二人ともじれったいなあ! ……ねえ、僕と亮は、只、ちゃんと友達になりたいだけなのさ! 海馬さんじゃなくて、ちゃんとね! ……さあ、それならオッケーだろう? それとも、まだ何か問題があるかな?」

 ──今よりも子供だった頃は、現在の比ではないくらいに“海馬瀬人の娘”というその肩書きを、私にとって重大なプレッシャーだと感じていたし、海馬の名を背負うことへの自信もまた、当時はまるで足りていなかった。
 ──でも、あのときに。吹雪がそう言ってそう笑いながらも、私と、亮の手を取ってくれたから。──そうだ、吹雪が居てくれたからこそ、私はアカデミアで、大切な時を過ごすことが出来たのだと、今でも私はそう思っている。

 いざ学園へと入学してみると、二人から事前に聞いていた通りに私は特待生の中では紅一点で、一般のブルー女子からも一線引いた立ち位置でもあった私は、あの日、吹雪に出会えなければ、きっと孤独に学園での日々を過ごしていたのだろうとさえも思うから。
 ……そんな私が、孤立することもなく学生として毎日を謳歌出来たのは、あのときに吹雪が話しかけてくれたからだ、と。今でもそう思っているし、私は吹雪に恩を感じているのだった。
 吹雪は私にとって親友であり、恩人でもある。──きっと、私は孤独な学園生活でも耐えることは出来たのだろうと、そう思うけれど。──けれど、もしもそうなっていれば、亮との仲だってきっと、何となく互いを見知ったライバル、程度の関係値しか築けなかったのだろうから。
 ──今となっては、もうそんなことって、まるで考えられないからこそ。……本当に吹雪には、大切なものを沢山、貰ってきたのだと、そう思っている。
 ──その中には何か、忘れてはいけないものを忘れているような感覚もあって、それが何なのかは未だにわからないままでもあったけれど──ともかく、私は両手ではとても数えきれないくらいに、吹雪から色々なものを、与えられてきたのだろう。
 だからこそ、──吹雪が姿を消してしまっていた間、吹雪にとって大切な妹である明日香を、私と亮で護る、と私たちが決めたのは当然の帰結だったと思うし、私自身、女子の友人が少ないこの学園で、同性の明日香と仲良くなれたことは、とても嬉しかったのだ。

「……名前、でいいわ、ちゃん付けは少しくすぐったくて……」
「そうかい? 可愛いと思うんだけどなぁ……ま、いいや、じゃあ! これからよろしく!」
「ええ。……よろしくね、吹雪、亮」
「ああ、よろしく頼む、
「ところで、残念だったね、実技の成績も亮が一番だったらしいよ、新入生代表の挨拶は亮が頼まれてるってさ」
「え? ……それなら私が任されてるわよ? だって、成績は私が一番! って言ったでしょ?」
「え〜? どういうことだい?」
「……つまり、二人いた、ということではないのか?」
「……学年首席が?」
「二人居た、って?」
「ああ」
「……なーんだ、そういうことか! きみたちもう仲良しじゃないか、羨ましいなぁ……」

 二人揃ってのトップ編入で、代表の式辞も二人で並んで読み上げて。──それからもずっと、亮とは学年首席の座を常に奪い合ってきた。
 ──そんな日々の中では、亮も、そして吹雪も、私にとって一番の親友で、特待生寮で殆どルームメイトのように二人と過ごしながら、授業も、休憩時間も、放課後も、休日も、……特に何も打ち合わせや待ち合わせなんかはしていなくとも、私たちはいつも三人で一緒だったのだ。
 ──けれど。そうして、そのままずうっと続いていくのだと思っていた日々は、高校二年の秋にいきなり、崩れ去ってしまった。
 吹雪が突然居なくなって、私たちは三人組から二人ぼっちになって。吹雪の行方を探しながらも、明日香のメンタル面でのケアもして、もちろんその間にも授業には出て、父様のためにも成績は落とせなくて、亮は私のライバルで、と。
 ──そんな風に、心身ともに、深刻に参ってしまっていた頃に、……ふと、もしもこのまま、亮にまで置いて行かれたならば、私は一体どうするのだろう、と。……そんなことを、考えてしまって。
 ──今思うと、それが亮との関係性が変化したきっかけだった、……なんていうのはとんだ皮肉のようにも感じてしまうけれど。……ともかく、私が亮のことを親友、ライバルとして以上に、……私は彼を恋愛対象として好きなのだ、と自覚したのは、吹雪が学園から居なくなってからのことだったのだ。

「……ねえ、亮。吹雪、驚くかしら……」
「……何をだ?」
「何って……、吹雪がいた頃は……その、私達って、友達だったじゃない? だから……」
「ああ……そういえば、そうだったな。……だが、吹雪は然程驚かないと思うぞ」
「……? なぜ?」
「俺がを好きだということは、吹雪も知っていたからな」
「……はぁ!?」
「声が大きいぞ、明日香が起きたらどうする?」
「だ、だって……はぁ……? もう、何それ……? そんなの、初耳なんだけど……ふたりで、こそこそしてたってわけ……?」
「それは、お前本人に相談しても意味が無いだろう……」
「そ、れはそうかも、しれないけれど……!」

 吹雪の代わりに明日香を挟んで、再び三人で並ぶようになった、とはいえども。──当初は明日香にとっての私達は、兄の友人、でしかなかっただろうし、彼女と親しくなるまでには、それなりに時間が必要だった。
 今では彼女は私たちの妹分、とはいえ、それは明日香が吹雪になり替わった、というわけではない。私たちでは、本当の意味で明日香の保護者役にはなれないのと同じように。
 ──ずっと、三人一緒だったのが、二人ぼっちになってしまった。それだけは、どうしたって揺るがない事実で、だからこそ私達は吹雪を見付けださなきゃいけなかったし、決してお互いから目を離すわけにはいかなくなったのだ。
 当時は最早、身の回りで何が起きているのかさえも、はっきりとは分からない状況だったから。もしも、明日亮が突然、隣から居なくなってしまったなら、と。──そう、考えてしまうのを、私はやめられなかった。
 だから、とにかく僅かな時間でも私は亮と一緒に過ごすようにしたし、──周囲とて、突然に親友を失った私と亮には同情していたのだろう、特待生寮が廃寮になって、ブルー寮とブルー女子寮に分かれて過ごすようになってからも、教師からは特に、お互いの部屋を行き来することについては、咎められなかった。……まあ、亮の方は、優等生の特権だとか、教師からの信頼というやつだったのかもしれないけれど。

 ──やがて、そんな風に、二人で過ごしているうちに、私は自分が亮を異性として見ていることに、ぼんやりと気付いて。……こんなの、きっと只の吊り橋効果だ、なんて風にも一度は思ったし、こんな非常時に無神経な、とも思ってしまったけれど。
 それでも、あの日、私が入試会場で亮の決闘に魅せられた瞬間からの日々の積み重ねを振り返ったときに、何だかその気持ちに至ったのは、当然の結果のようにも思えたのだ。
 只、今まではずっと、三人で過ごすのが楽しくて、無意識的に遠ざけていた気持ちだったのかもしれないな、と。そのようにこの好意を自覚したあたりで、……当然ながら私は、亮にとっての友人だとか、ライバル以上の肩書きが欲しくなった。
 ──当時の私は、それさえ手に入れば、亮の隣に居る理由が増えるとでも、考えたのかもしれない。もしもそうなれたなら、……亮に置いて行かれる可能性も、減ると思ったの、かな。
 けれど、やはりこんな非常時にこんなことを考えてしまうのは、吹雪に対しても明日香に対してもあまりに不誠実なのではないだろうか、とも感じていたから、私からは伝えるつもりも無かったけれど。……意外なことに、当時、行動に起こしたのは、亮の方だったのだ。

「──こんな時に、軽蔑されるかもしれない」
「……亮?」
「だが、言わせてくれ。、俺はお前が好きだ。何かあってから、後悔したくない」
「……亮、あの……それって、どういう……」
「俺をお前の恋人にしてほしい、と言う意味だ。……もっとお前の近くに居たいんだ、……どうか、頼む。この通りだ」

 ──ずっと昔から私のことを好きだった、と。
 真剣にそう語った亮が、一体いつ頃から私を目で追っていたのかは、私には分からない。──けれど、亮の言い分に結局は私も異論などなかったし、そもそも、私には亮を拒む理由がなかった。
 私だって亮が好きで、只、私は亮とは違い彼に自分の気持ちを伝えなくても構わないと考えていただけで、……とはいえ、それが手に入ると言われてしまったのなら、断るほどの理由を私は持ち合わせてなどいなかったから。──結局、そのまま私と亮は、ライバルで親友という関係以外に、男女としての交際も始めることにしたのだった。

 ──と、色々と複雑なスタートラインではあったけれど、今となっては別にこの経緯にも気負いなどはしていない。
 当時、明日香も私たちの報告を聞いて、良かった、安心した、と喜んでくれたし。……きみたちは難しく考え過ぎだよ、と。昔散々私と亮に言っていたのは吹雪だし、多分あの頃も吹雪から見た私たちはそうだったのだろうな、と今だからこそ、そんな風に思う。
 だって、その場の不幸を目先の幸福から逃げる口実にする、なんて。──きっと吹雪は、良い顔をしないだろうな、と。そう、思うのだ。
 だから吹雪が目を覚ましても、亮との関係変化については特に悪びれるつもりはないし、それよりもまずは明日香を置いていなくなったことを責めてやろうと思っているし、……ああ、でも、きっと。思い切り叱ってやろうとか殴ってやろうとか、そう考えたところで。……吹雪が目を覚ましたら、きっと私は泣きながら抱き付いてしまうのだろうな、ということは目に見えている。
 ……だって、彼は私にとって、もう会えなかったらどうしよう、とさえ、少なからずは思っていた相手なのだ。

「……吹雪からは、さっさと伝えてしまえと散々急かされていてな……情けない話だろうと、今まで言わなかったが……」
「急かす、って?」
「早くに告白してしまえ、と。……全く、他人事だと思って……」
「え……ぜ、全然気づかなかった……なんだか、やたらと私と亮を冷やかしたがるな、とは思ってたけれど……吹雪ってほら、自称、恋の魔術師じゃない。私たちのことも、身近な存在だからって面白がってるだけだと思ってたわよ、私は」
「……そうか……、なんというか、流石だな……」
「……ちょっと、何それ? 嫌味のつもり?」
「いや……ああ、そういえば、明日香も知っていたと思うぞ」
「え!? だ、だって私、当時はそこまで明日香と話したことなかったわよ!?」
「俺の方はある程度面識があったからな……学園のレジーナで、特待生の紅一点、同性だからこそ話しかけにくかったのかもしれんな、明日香も」
「ええ……?」

 ──未だ私の膝に頭を預けたままで、すやすやとちいさな寝息を立てて眠る明日香へと、ブランケットを掛け直して、さらさらと髪を梳くように頭を撫でてやると、……彼女はしなやかでうつくしくあどけないところもあるからか、なんだか明日香って猫みたいだなあ、なんて思ってしまった。
 噛み付かれたことこそなかったけれど、少なくとも昔の明日香は、私にここまで信頼を寄せてくれては居なかったのだろうと、そう思うから。
 ……だからこそ、昔の明日香にとっては、私は些か近寄りがたい存在だったと言うのなら、……私としては、幾らかショックなのだけれど。……まあ、お互いの立場を考えたのなら、それも当然ではあるのかしら……。

「……だが、その分お前は、男にはやたらと絡まれていたな……」
「……? そう、だったかしら……?」
「ああ、そうだ。……だから、俺がの隣に居座れたこと、本当に嬉しく思っている」
「……? な、なに、急に? どうかしたの?」
「いや……吹雪が、やっと帰って来てくれたからな。目を覚ましたなら、やっと良い報告が出来ると思うと、……どうにも、な」
「……そう、ね。早く起きないかしら、吹雪。……こっちは、もう待ちくたびれてるっていうのに」

 ──吹雪、私たちの大切な、親友の吹雪。早く目を覚まして欲しいと願っていたあなたの、その笑顔と再会するためには。……これから、もう一波乱あるのだと私が知ったのは、それからすぐの出来事だった。


「──ねえ、カイバーマン」
「どうした、我が主よ」
「私、何か忘れてないかしら。この学園のことを、何か……」
「フン……主よ、貴様は本当にそれを知りたいのか?」
「えっ、カイバーマン覚えてるの!?」
「……さぁな」
「ねえ、カイバーマン、ちょっと……」
「もう一度だ、主よ。……本当に、それを知りたいのか?」
「……カイバー、マン……?」
「……主よ、それよりも少しは寝ているのか? あれから付きっ切りだろう」
「ええ、それなら私は大丈……あれ、カイバーマン」
「何だ、我が主。」
「私達、今何の話をしていたのだったかしら……?」
「……さぁな。決闘の話ではなかったのか?」
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