033

「──お願いしますよー! 先生は闇の決闘の専門家なんでしょ!?」
「あっ、ちょっ、わ、あ!?」
「そうなんだな、クロノス先生みたいにかっこいいとこ、見せて欲しいんだな」
「む、無茶言わないでくださいだニャー! 教えるのと実戦では別ですのニャー!」
「……皆、万丈目サンダー様のお見送りご苦労だな」
「論理的に言っても、次は俺だ」
「──みんな待って! 次の相手は、もう決まっているの」

 ──亮がカミューラに囚われてから、一晩が明けて翌日の夜。海岸付近へと明日香が停めた小型のボートの上、次の対戦相手として名乗りを上げたのは、──海馬、その人だった。

「──私よ」
「本当は、俺がやりたかったんだけどな」
「っ、無茶だよさん!」
「そうだ! あの野郎の相手をするのは俺だ!」
「いや、此処は俺が!」
「……みんな、聞いて」

 前回のカミューラとの対決では、亮が敗北し、その魂を奪われ人形にされるに至った。その経緯を知るからこそ、名乗りを上げたの姿は尚のこと仇討ちのように思えてならなくて、皆はこぞって反論を唱えるが、それらの声を制して明日香と十代は事の経緯を説明するのだった。

 ── 十代曰く、本日、一時的に意識を取り戻した吹雪が、カミューラについて知り得る情報を話してくれたのだと言う。
 カミューラは、セブンスターズの闇の決闘者の中でもかなりの実力者で、無策で突入したところで二の舞になるだけだと、吹雪は言っていた。
 カミューラの持つ闇のアイテム──首元を飾る黄金のチョーカーを用いるカミューラの闇の決闘には、此方も闇のアイテムで対抗するしかない。
 現状、闇の決闘の理屈は不明でも、目の前で起きている現実は変えられない。故に、こちらもカミューラに対抗する術として闇のアイテムが必要であると、── 十代が首から提げていたペンダントのもう半分を、吹雪は十代へと託したのだった。

 故に、十代は当初、自分がカミューラの相手をするつもりでいたのだが、闇のアイテムがその場にありさえすれば、決闘者が誰であるかは問わないはずだと言うの主張に、吹雪が渋々ながらも頷いたことで、最終的に此度の決闘の相手はに決まった。
 ……吹雪としては、亮が居なくなった今、を引き留めたい思いがあったのだろうに、それでもの推論を否定しなかったということは、十代ではなくが代表だとしても、此方にカミューラへの切り札がある分には変わりがないと言う事実の裏付けであった。

「……心配しなくても、これは敵討ちじゃないし、私は弱気にも自棄にもなってない。負ける気はないわ」
さん……」
「……でも、私が亮に護られっぱなしなんて癪なのよ。勝つわ、絶対に。……奪い返して、助けてみせる」

 強い口調でそう言い切ったには、──結局、誰も言い返すことなどは叶わずに、と十代を先頭に、一行はカミューラの居城へと向かうのだった。

「──来たわよ! カミューラ!」
「……お嬢さん、よく来たわねえ。その勇気を湛えて、可愛いお人形にしてあげる、愛しの彼と並べて飾ってあげるわ!」
「出来るものならやってみなさい! この海馬が引導を渡してやるわ! 吸血鬼!」

「「──決闘!」」

 静寂に包まれた屋敷の中、崩れかけたシャンデリアを隔てて相対するとカミューラの決闘を見守る一同は息を呑み、やがて蝙蝠の羽音が空間を引き裂いた瞬間、──空気を破るかのように力強く下された二人の宣言によって、決闘は開始された。

「私のターン、ドロー! ……カミューラ、あなたをこれ以上、野放しにしておけない! 私が此処で倒す!」
「ふうん? やれるものならやってごらんなさいな! 可愛らしいお嬢さん!」
「私は手札から伝説の白石を召喚! 更に手札から青き眼の賢士の効果を発動! このカードを手札から捨て、自分フィールドの伝説の白石を対象として発動! 伝説の白石を墓地へ送り、デッキから“ブルーアイズ”モンスター1体を特殊召喚する! ──出でよ! 青眼の白龍!」
「あら……、綺麗なドラゴンじゃない?」
「そうでしょう? あなたなんかに見せるのは惜しいくらいにね! 更に墓地へ送られた伝説の白石の効果! デッキから青眼の白龍を手札に加える! 私はカードを一枚セットして、ターンエンド!」
「ふうん……良いわ、威勢の良いお嬢さんね。私のターン! カード、ドロー!」

 初手からお得意の青眼速攻召喚を狙い、盤面を固めるのまるで決着を急ぐかのような決闘に、明日香たちは不安な面持ちでを見つめる。
 ──当のは、表面上こそはいつも通りの様子ではあるものの、昨夜に亮のことがあったばかりで、相対するカミューラへと向ける彼女の激情は察するに余りある。
 攻撃力3000の青眼が聳え立つのフィールドは一見すれば万全のように思えるが、……何しろカミューラには、“あのカード”があるのだ。

「マジックカード、幻魔の扉を発動!」
「……初手から出してきたわね」
「説明するまでもないわよねえ! このカードの発動後、決闘に負けた場合、自分の魂は幻魔のものになる! ……でも、私、慎み深いから……」
「慎み深い? どの口で言うのかしら……? もしかして、吸血鬼と人間とでは慎みの意味が違うの?」
「減らない口ねえ……! さあ、生贄の役はどうしましょうか……お前が大切に守った、あの坊やが良いかしら?」
「……っ!」
「それとも、お仲間全員を生贄にしてあげましょうか? お前が勝ちに走れば、全員が犠牲になるのよ! さあ、どうしてあげましょうか!?」
「──レジーナ! カミューラの言うことなんか気にすんな!」
「! 十代……」

 カミューラの挑発に眉を潜めるだったが、──その瞬間、カミューラの身に付けている黄金色のチョーカーが怪しい緋色に光ったかと思うと、十代が首から提げていた闇のアイテムの破片同士がかちりと噛み合い、突如、煌々と激しい光を放ち出したのだった。
 十代のペンダントから放たれた眩しいばかりの光の洪水は、カミューラの闇のアイテムからあふれ出る漆黒を打ち消して、それに呼応するかのように、光に灼かれたカミューラは激しい痛みと衝撃に苦しげな悲鳴を上げる。
 ──その現象を前にして、は目を見開きながらも瞬時に理解したのだった、──これこそが、吹雪の言っていた打倒カミューラの対抗策なのだと。

「── 十代! ありがとう!」
「おう! 明日香の兄ちゃんのお陰だぜ! カミューラ! これでお前の闇の力は破られた! もう仲間たちが犠牲になることはない!」
「くっ……!」
「──でも、一度発動してしまった幻魔の扉を止める術はないわ! ……さあ、正々堂々、私とあなたの魂を賭けて決闘よ! カミューラ!」
「──小娘が! 正々堂々ですって……虫唾が走るのよ!」
「あら、そう? でも……悪いわね、私にとっては大好きな言葉なの!」
「フン、決闘に勝てばなんのこともない……このターンで終わらせる! ──私は、誇り高きヴァンパイア一族の魂を幻魔に預け発動! 相手フィールド上のモンスターをすべて破壊する!」
「っく……青眼!」
「更に、その能力により、あなたの青眼の白龍を特殊召喚する! そして、手札から不死のワーウルフを召喚!」

 ──攻撃力3000と1200がフィールドに並んだことで、カミューラはこのターン、モンスターの居ないのライフを一撃で抉り飛ばせる状態になってしまった。
 一気にカミューラの優勢へと動いた決闘の行方に皆はどよめきの声を上げるが、──対するはと言うと、未だ冷静な面持ちで眼前の白き龍を見上げるのだった。

「青眼の白龍! ダイレクトアタックよ!」
「──速攻魔法! 青き眼の威光、発動!」
「何!?」
「デッキから“ブルーアイズ”モンスター1体を墓地へ送り、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動する! そのモンスターはフィールドに表側表示で存在する限り、攻撃できない! ──私はデッキからモンスターを墓地に送り、効果発動! 対象は、青眼の白龍!」
「く……!」
「これで攻撃は無効よ!」
「──だが、まだ不死のワーウルフの攻撃は残っている! ダイレクトアタック!」
「っく……!」
「これでターンエンドよ!」

 リバースカードとして伏せていた速攻魔法──青き眼の威光の効果で、青眼の攻撃を封じたことにより、ライフを失うことは逃れただが、カミューラのフィールドには、未だ青眼の白龍と不死のワーウルフが残っている。
 攻撃力3000の青眼を突破しなければ、カミューラに傷ひとつ負わせることも叶わない状況で、──されど、は静かに目を伏せると落ち着いた様子でターンを宣言し、闇のゲームを進行していくのだった。

「私のターン! ドロー! 私はマジックカード、竜の霊廟を発動! この効果により、デッキから青眼の白龍、ブルーアイズ・ジェット・ドラゴンを墓地に送る! そして手札から青眼の亜白龍の効果! 自分の手札に青眼の白龍が存在するとき、これを相手に見せることで青眼の亜白龍を特殊召喚!」
「何度も何度もよく出てくるわね……!」
「まだこんなものじゃないわ! バトル! 青眼の亜白龍で青眼の白龍に攻撃! 滅びのバーンストリーム!」
「馬鹿ね! 攻撃力は3000同士……相打ちよ!」
「ええ、そうね! でも、青眼の亜白龍がバトルで破壊されたことにより、墓地のブルーアイズ・ジェット・ドラゴンの効果発動! このカードが手札・墓地に存在し、フィールドのカードが戦闘・効果で破壊された場合に発動できる! このカードを特殊召喚するわ! 出でよ、ブルーアイズ・ジェット・ドラゴン!」
「何ですって!?」
「まだバトルフェイズは終了していないわ! ブルーアイズ・ジェット・ドラゴンで不死のワーウルフに攻撃!」
「っく……! 忘れていないでしょうね、不死のワーウルフが破壊されたとき、攻撃力を500アップしてデッキから同名モンスターを特殊召喚する!」
「雑魚が幾ら増えようが、私と青眼の敵じゃないわね! 私はこれでターンエンド!」
「本当に、生意気だこと……!」

 ブルーアイズ・ジェット・ドラゴンの攻撃が通ったことで、カミューラのライフは2200、のライフは2800と一進一退の戦況だが、攻撃力1700となって場に舞い戻った不死のワーウルフを前にしても、は不敵に笑っている。
 しかしながら、対するカミューラも、幻魔の扉で呼びだした青眼が倒されたとはいえ、まだ秘策があるようで、意味ありげに微笑んでカードを捲るのだった。

「ドロー! 強欲な壺を発動! デッキよりカードを二枚ドロー! ふ、ふふ……お前はヴァンパイア一族の本当の怖さをまだ知らない……ヴァンパイアは、死することはないのよ! 不死のワーウルフを生贄に、ヴァンパイア・ロードを召喚! 更に、ヴァンパイア・ロードをゲームから除外して! ヴァンパイア・ジェネシスを特殊召喚!」
「攻撃力、3000……」
「永続魔法、ジェネシス・クライシスを発動! このカードにより、1ターンに1度、自分のデッキからアンデット族モンスター1体を手札に加える。更に、ヴァンパイア・ジェネシスは1ターンに1度、手札のアンデット族モンスター1体を墓地に捨てる事で、同族のレベルの低いモンスターを墓地から特殊召喚できる! 手札の龍骨鬼を捨てて、墓地のワーウルフを特殊召喚する!」
「でも、私の場にはブルーアイズ・ジェット・ドラゴンが居る!」
「ええ、そうね……けれど、あなたの手札はもう二枚のみ……そのカードだけでは、いくらあなたでも状況を変える手立てはない、そうじゃなくて?」
「!」

 カミューラは只の闇の決闘者だと皆が思っていた、──しかし、そうではない。彼女の戦術はすべてが用意周到に計算されているのだ、……それこそ、知り得る筈もないの手札についてまでも、カミューラはその全貌を把握していた。
 だが、その事実に今更気付いたところでもう遅い、──そう、勝利を確信したカミューラは勝ち誇ってへと微笑むのだった。

「私はヴァンパイア・ジェネシスを失っても、不死のワーウルフが居る! 更にワーウルフは何度でも復活する!」
「……クロノス先生のときも、亮との決闘も……おかしいとは思っていたのよ、あなた、まさか……」
「この赤い目を通して、私の可愛い蝙蝠たちがすべてを報告してくれたわ!」
「……っ!」
「あっはははは! 卑怯なんて言わないでね? 戦いは決闘以前から始まっているのよ! ──バトルよ! ヴァンパイア・ジェネシスでブルーアイズ・ジェット・ドラゴンを攻撃! ヘルビシャス・ブラッド!」
「……っく!」
「続けて、不死のワーウルフでダイレクトアタック!」
「……っ」
「次のターンであなたも人形にしてあげる! 私はこれで、ターンエンド!」
「……っふ、ふふ……」
「……何を笑っているの?」
「いえ? 次のターンが来るなんて思ってるの……随分と暢気なのね、と思って……」
「な……その手札で、よくもまあ減らない口ね……すぐに喋れないようにしてあげるわ!」

 再びモンスターが居なくなったのフィールド、そして、が手札に切り札となり得るカードを握っていないと知っているカミューラは勝利の叫びを上げるものの、──はその挑発に乗ることもなく、落ち着いた面持ちでカードを引き抜くのだった。

「私のターン、ドロー! ──私は手札から、ビンゴマシーンGO!GO!を発動! この効果により、究極融合を手札に加えて効果発動! 自分の手札・フィールド・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材をデッキに戻し、“青眼の白龍”または“青眼の究極竜”を融合素材とするその融合モンスター1体を融合召喚する! 私は、青眼の究極竜を融合召喚!」
「──攻撃力、4500ですって!?」
「幾ら蝙蝠に私のデッキを探らせたところで、攻撃力で上回れば、そんな抵抗は無意味なのよ! ──さあ、カミューラ! これで終わりよ! アルティメット・バースト!!」
「ふざけるな! 小娘! っく……ああああああ!!」

 のフィールドの究極竜が放った攻撃で、不死のワーウルフはカミューラのライフと共に砕け散り、ライフの尽きたカミューラはその場に崩れ落ちる。
 対峙するは静かにそれを見つめて、──それからすぐに、カミューラの背後には幻魔の扉が現れたのだった。
 ぐわ、とカミューラに向かって牙を剥き出しにした扉の向こうから、鋭い爪の生えた白い手で首元を握り締められたカミューラは、悲鳴と共に魂を抜かれ、──その場に残った肉体は、──やがて灰になって、カミューラの肉体は文字通り消滅した。
 その惨状を目の当たりにした後輩たちが息を呑むのを見つめながらもは、カミューラが消えた場所に七星門の鍵と亮の魂が入った人形とが落とされたのを見て、──遂になりふりなどは構っていられなくなったのか、場の究極竜を呼び寄せて、精霊の力を利用しその背へ飛び乗ると、空間によって隔たれた対岸まで跳躍するように駆け下りて、──やがて、人形から元の姿に戻った亮を抱き留め、胸を撫で下ろしながらも、……は、小さく呟いたのだった。

「……やっぱり、私が引き受けて正解だったわね……」

 ──この決闘は間違いなく、命を懸けた決闘で、勝者であるは間接的にカミューラの命を奪い、彼女を幻魔の扉の向こうへと葬った。
 ──決してそんな責任を、十代には背負わせたくはなかったからこそ、彼女にとっては亮を救うためだけではなく、自分が戦うだけの意義があったのだ。


「──そういう訳で、それから間もなく城が崩れて、どうにか脱出はしたけれど……本当に大変だったわ」
「そうか。……まあ、俺が聞きたいのは、そういった話ではないが……」
「あのね、それはこっちの台詞よ。どうして、私が……いえ、これを聞くのは、流石に意地が悪いわね……」
「……、助けてくれたことには感謝する。人形にされている間も、意識はあったからな」
「え、あの状態で意識はあるの!?」
「人形にされた瞬間は気を失ったが、途中で意識は戻った。……まあ、身動きは出来なかったが」
「それはそれで、惨い話ね……なかなか出来ない体験だったんじゃない?」
「……、悪い冗談が過ぎるぞ」
「冗談よ。……でも、良かった。カミューラの命を十代に背負わせるのは、些か酷よ……酷い奴だったけれど、彼女は一族の命運を背負っていた……本当なら、殺すほどではなかったはずだもの……」
「……それならば、お前も同じで……」
「私は良いのよ」
「……、お前、そう言ったところだぞ……お前の悪い癖だ」
「? はあ……? 何の話よ?」
「……まあ、お陰でお前とカミューラの決闘は俺も見ていた。……見事だった、翔を護ってくれたことも礼を言う。だが……」
「……ごめん、亮。言いたいことは分かってる。でも、それ以上は言わないで」
「……しかし」
「今は、その件を互いに深追いするのはやめましょう。……でも、いつかは……」
「……?」
「……いいえ、なんでもないわ」

 ──いつかは、私とあなたの根本的な価値観と信念が、……噛み合えばいいのにと、こんな想いはきっと叶うはずもないと知りながら、そう願ってしまうのだ、私は。
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