034

 青眼の白龍は、私のデッキに眠る私のエースモンスターである。
 それと同時に、──一体いつからそうだったのか、については、もうはっきりと覚えていないけれど、私には物心付いた頃から、デュエルモンスターズの精霊と言うものの存在を視認することができた。

 当然、青眼の姿も私には見ることが出来たし、青眼とは言語を用いた対話は叶わないからこそ、ぎこちなくはあるものの、ある程度は意思の疎通を図ることも可能だ。
 ──とはいえ、普段はそれらもデュエル中に限った話である。……青眼はとにかく、身体が大きい。堂々たる王者の風格は、私にとって誇らしいものだけれど、──もしも私が、青眼を常時連れ歩いたとして、それを、私の他にも学内に居るかもしれない、精霊が見える決闘者に見られたのなら、一体どうなることか。
 ……肝が据わった相手なら何ともないかもしれないが、青眼の存在感、威圧感には、並大抵の決闘者では間違いなく、圧倒されてしまうことだろう。
 そんなことで学内にて騒ぎを起こすのは、特待生としてこの学園に編入した身──謂わば、生徒たちにとって模範的な優等生であらねばならない私にとって、あまり都合のいい話ではない。
 ……今もまあ、優等生らしい振る舞いだとか役割は亮に任せているところでもあるけれど、それを差し引いても仮にも私は、海馬瀬人の娘で、こう見えても海馬コーポレーションの令嬢なのである。

 ──よって、私は、青眼を人前で外に出す頻度を意図的に控えることにしている。
 青眼もそれで渋々ながらも納得はしてくれていたし、私と彼女は基本的には、デュエルフィールドにて、目と目での会話をすることが常となっていた。
 ──けれど、頻繁に外に出てきているカイバーマンや青き眼の乙女など、私のデッキの他のモンスターから聞いたところでは、青眼はそれを少し寂しく──というよりも、正直に言うと不満に思っているらしい。
 カイバーマンが言うには、精霊世界で他のモンスターたちが八つ当たりされることも時々あって、骨が折れるのだと彼は話していた。
 ……それは確かに、攻撃力3000の彼女に八つ当たりされたら、並大抵のモンスターたちでは、たまったものではないでしょうね……。青眼の喧嘩相手が務まるのなんて、きっと真紅眼かサイバーエンドくらいのものだわ。

「──へえ、そうなの、精霊世界っていうところがあるのね。と言うことは……私が呼ばないときは、カイバーマンたちは其処にいるの?」
「ああ、その通りだ。──いや、待て……オレからひとつ、進言させてもらうぞ、我が主よ」
「どうしたの?」
「主よ、……貴様が此方側に来ればいいのだ。精霊世界であれば、青眼の白龍と会うことなど容易いだろう」
「……えっ?」

 カイバーマンは、私の10歳の誕生日に、ペガサス会長が特別にプレゼントしてくれた、世界でたった一枚のカードだ。
 ……何処からどう見ても、父様がモデルなのだろうな、という風貌をしている彼は性格まで父様にそっくりで、最初はそんなカイバーマンのことを些か扱いにくいと思っていたけれど、何年も傍で一緒に過ごしているうちに、私は彼をパートナーだと思うようになったし、何時だって私を助けて、時には叱咤してくれる、そんなカイバーマンは私にとって、ナイトのような存在でもあった。
 ──しかしながら彼は、突拍子もない言動が目立つところが少しばかり玉に傷で、──あの日も私に向かって、突然そんなことを言い出して、私はと言うと、彼の言葉に酷く困惑したのを覚えている。

 カイバーマンの説明によると、精霊世界と人間世界を繋いで其方側へと移動する、という現象自体は、人間世界側からの干渉でも可能であるらしい。
 ──ただし問題は、誰にも見つからずに、自然と彼方側へと行って帰ってくることなど、果たして出来るのか、ということだ。
 現在、学園の首席争いの中心にいる三年生で、青眼使いの海馬二世。自分で言うのもどうかとは思うが、私はこの学園では大層な有名人である。……果たして、精霊界との行き来を誰にも見つからないように行うことなど、私に可能なのだろうか。

 ──それに、最近まで、吹雪が失踪していた件もある。
 万が一にでも、私が失踪したなんて騒ぎになってしまったら、吹雪にも明日香にも、そして何よりも亮に、流石に申し訳が立たない。
 事前に亮へと、ちゃんと事情を説明できれば良いのかもしれないけれど、「ちょっと青眼に会いに、精霊世界に行ってくる」──なんて、何もかもを端折った説明をしても彼らを困惑させるだけだろうし、一連の事件のことを考えれば、亮は確実に私を引き留めることだろう。
 ……きっと私が逆の立場だったら、そうするだろうと思うもの。
 とはいえ、懇切丁寧にすべてを説明したところで、精霊の存在を周りに認知させるというのは、中々に難しいものだと私は経験則で知っている。
 ──何処か、遠い記憶の中では、こんな悩みを共有できる相手がいたような気がするのだが、頭に靄がかかったようにその誰かのことをはっきりと思い出せずにいる私は、結局は、自力でこの問題を解決できる道を探すしかなかった。

 ──そうして、その状況で行き詰っていた頃に、デュエルアカデミアには温泉施設が建てられたのだった。
 女子寮の自室にはシャワー室もあるし、本来の用途として私がその施設を利用することは少なかったが、大きな泉に周囲を覆う湯煙というその場所は、とある目的を果たすためには、格好の条件だと、私はそう考えた。
 ──周囲には温泉に行ったと見せかけて、精霊世界と人間世界とをカイバーマンの力で繋いでもらい、そのまま彼方側へと出かけて、用事が済み次第に温泉から帰ってきただけだと素知らぬ顔をして戻ってくる。
 ──湯煙に隠れて他人がよく見えない、という条件も、「何かの見間違いかもしれない」と錯覚させる効果が狙えるため、それも伴って非常に都合が良く、私にとってこの施設は、青眼との逢瀬の入り口のようなものになっていた。──だから今日も、私は青眼に会いに来ていたのだ。……セブンスターズとの戦いで傷ついた心を、彼女との触れ合いで癒そう、と。そう、考えて。


「──なんで、レジーナがここにいるんだよ!?」
「十代、貴様! この方はさん、だ! 気安く話しかけるな!」

 ──だから、まさか温泉を経由して精霊世界へと、──私以外の来訪者が現れるなんて、私は思ってもみなかったのである。

 清流に足を浸けて乙女と二人で水遊びをして、カイバーマンや青眼が居る場所まで戻ってくると、なんと其処では、カイバーマンと対峙した十代がデュエルをしている最中だったのだ。
 ──まさか此処に、私以外の生徒が迷い込むとは思わなかった。……それも、よく見知った後輩が四人だなんて。
 困惑を隠しながらも、ちらり、と横目でカイバーマンを見やると、どうやらこのデュエルには何か意図があるようで、まるで察しろ、とでも言うかのような表情を彼に向けられて、──仕方がなく私は乙女を連れて、準たちの傍でデュエルを観戦することにしたのだった。

「……さん、やっぱり、あなたにも精霊が見えてたんだな……」
「……そうよ、青眼もカイバーマンも、この乙女も私のパートナーなの。ね?」
「はい、マスターの仰る通りです」
「……準、あなた、いつから気付いていたの?」
「まあ、最近になって薄らと……だが。──それよりも、此処へはいつも一人で?」
「ええ、……私は精霊のことを、あまり公言していないから。……ほら、青眼を連れ歩いていたら、周囲を驚かせてしまうじゃない? だから普段は、意図して黙っているわ」
「じゃ、じゃあ! さんが精霊の存在を共有した相手は、俺が最初……っ!」
「そうね、準たちがはじめて、になるのかしら」
「はじめて……! 俺が、さんの……!」
「……いやいや、さんは万丈目くんだけとは言ってないッスよ」

 この世界の存在だとか成り立ちを、此処で準たちに詳しく説明する必要はないし、そもそも、私もそこまでこの世界に詳しいわけではない。
 ──まあ、カイバーマンが主人である私を連れて来ようとするのだから、少なくともこの一帯は安全な場所なのだろう、ということくらいしか、私はこの場所について深く知らないのだ。
 不用心かもしれないが、パートナーたちを信用しているからこそ、私はカイバーマンの言葉を素直に受け取って、此処へと青眼に会いに来ている。
 なので、準と翔くんと隼人くんには、此処から帰れないということはまずないだろうから、それに関しては安心していい、ということだけを手短に説明すると、私は、──目の前で我が従者が繰り広げるデュエルの行方へと意識を引き戻すのだった。
 青眼は普段なら、私が使っているモンスターだけれど、このデュエルではカイバーマンがゲームマスターとして青眼を呼びだしており、その姿をこうして見上げてみると、──成程、最近は感覚が麻痺していたのかもしれないけれど、……こうして使い手以外の視点から見つめてみると、彼女って、恐ろしいほどの迫力を放っているのね。

「……美しいわ」
「……え?」
「綺麗でしょう、あの子。……私、あの子に会う為にここに来ているのよ。あの子たちが私に、会いたいと言ってくれるから、嬉しくて……」

 ──カイバーマンと十代のデュエルは素晴らしいものだった。やがて、二人のデュエルが終わると、私はそのまま十代たちと共に人間世界へと戻される。
 ──無論、互いが戻された地点は男湯と女湯とで違ったけれど、私が温泉施設を出ると、其処には準たちが私を待ち構えていたので、きっと、現実世界へと帰ってきたタイミングは同じだったのだろう。

「──レジーナ! いたいた!」
「あら、十代。皆で待っていてくれたの? ……それと、レジーナではなくて、でいいわ」
「おう! さん、でいいのか?」
「ええ、そうしてくれる? そんな称号より、私には海馬家の人間としての名前があるから、レジーナと呼ばれるのはあまり好きじゃないの」
「分かったぜ! で、さんさ、なんで精霊のこと隠してたんだよ? この間、翔を庇った時から、もしかしたらー、って思ってたんだよな、俺」
「え!? ボ、ボクを助けたときにっスか!?」
「おい十代! よくもそうも遠慮なしに……!」

 十代から私へと向けられたその問いかけに、──翔くんが、何処か居心地の悪そうな顔をしたことには、ちゃんと気付いていた。
 ──十代が言っているのは、亮がカミューラとデュエルをした時のことだろう。翔くんが人質に取られかけたとき、私は咄嗟に青眼を呼んでカミューラの攻撃を弾いた。
 はっきりと姿を現したわけではなかったけれど、精霊の見える彼だけではなく、青眼の咆哮も衝撃波も、あの空間では皆、幾らかは気配を感じ取れてしまったことだろう。
 ──その後の騒動が大きかったがために、その点について深く言及するものは居なかったけれど。
 ──十代のその言葉に対して、私が曖昧に笑い返していると、……翔くんが私に向かって何かを言いかけて、そして、そのまま口を噤んだ。……迷いながらも、どうしたの? と彼に言葉を促すと、……翔くんは躊躇いがちに、おずおずと口を開くのだった。

「あの……さん……が、ボクを助けたのは、ボクがお兄さんの弟だからッスよね……?」
「な。……翔、貴様! 何だその言い草は!」
「だって! ……ねえ、ボクの為に、さんが、危ないことをしたわけじゃ、ないッスよね……?」
「翔、そんな言い方……」
「……そうね、もしも翔くんのためにって、私がそれを理由に怪我でもしていたら、困るって……そう、思った?」
「そ、れは……」
「……ごめんなさいね、残念だけど、私はそんな手で亮からの株を上げようとするほど、健気な女じゃないのよ」

 ──きょうだい、というものの存在を私は知らない。たったひとりで、海馬家に引き取られた私に、そんなものがいるはずもない。
 けれど、幼い頃からずっと私は、父様とモクバ兄様との関係を、羨ましく思っていた。──そして、亮と吹雪、……私にとって最も身近なあのふたりも、彼らのきょうだいのことを心から大切にしていて、翔くんの存在についても私は、彼本人に出会う前より、亮からよく聞き及んでいた訳である。
 ──弟には決闘者としての自信が無くて、きっと兄である自分の存在が、弟にとっては枷なのだろう、と。
 ……そんな風に寂しげに弟について話す亮は、それでも、翔くんの決闘者としての資質を評価しているようだった。
 ──そして、翔くんがこの学園にやって来て、実際に彼と対峙したことで、私は確かに思ったのだ。──彼はきっと、いい決闘者になる、と。
 そして、その時には是非とも戦ってみたい、と、そう、私は彼に期待を寄せているし、私の評価を聞いた亮は、嬉しそうに、──ほんの少し、私にしか分からない程度に、ちいさく破顔していたから。……私には亮と翔くんの兄弟のことも、羨ましく思う気持ちがあったのだ。
 ──とはいえ、今の翔くんは、亮と双璧を成す私を怖がっているようでもあるし、私が彼に期待していると、そんなことを言ったところで、きっと翔くんにとっては無用なプレッシャーにしかならないことだろう。

 ──それでも、私は只々、彼の持つ未来の可能性を、あの瞬間、護りたいと思ったのだ。……本当に、それだけだった。
 デッキからカードを引いて、そのカードが何かも確認せずに、無我夢中でディスクにセットして、翔くんを庇ったあのとき。──私のデッキで最初のドローに青眼を引く確率は、およそ1/13である。
 そのディスティニードローをあの瞬間に発揮できたことは、今思えば運が良かったし、デッキに想いが通じたからこそ、だったのだろうとそう思っている。……まあ、結局最後に彼を護ったのは、私ではなかったけれど。

「──私は学園のレジーナとして、後輩を護っただけよ。もしも重荷に思うなら、そういうことにしておきなさい」
「ボ、ボクはそんなっ」
「それじゃあ、私はこれで失礼するけれど、準たちも早く寮に戻りなさいね」
「ええ〜〜! 俺、さんの精霊と話してみたい! それにさんとまたデュエルしたい! だからさあ、まだいいだろ?」
「どちらも精霊世界で済ませたでしょ?」
「そうだ十代、さんを困らせるな。それにさんとデュエルするのは俺が先だ」
「……万丈目、なんかお前やたらとさんの肩持ちたがるなー……」
「フン、当然だ!」

 ──そうして、十代からは暫くデュエル相手を強請られたが、大分ここで時間をかけてしまったし、流石にそろそろ戻らないと、亮が気を揉んでいる頃合いかもしれない。
 青眼を敗れる自信を付け直してから挑戦しにきなさい、と少し狡い言葉で十代を嗜めれば、彼は途端に息巻いて青眼の攻略法を悩み始める。……その間に、私はその場を後にすることにしたのだった。

「──あ、さん!」
「まだ何かあるの?」
「あのさ、俺、カイザーには精霊のこと話してもいいと思うぜ! ……どうせ今も、心配してるんだろ?」
「……ふふ、それはどうかしらね?」
「話してやれよ、カイザーに! 見えなくたって、話してあるのとそうじゃないのじゃ、全然違うと思うぜ! な、翔!」
「は、はいッス!」
「……そう、ね。そうかも、しれないわね……」

 別れ際に十代から掛けられたその言葉は、暫くの間、脳内で反響したままで。
 ──温泉施設から戻ったら顔を出す、と約束をしていたブルー寮、亮の部屋まで、私は道を急ぐ。
 ──精霊の姿が見えない相手にこの秘密を打ち明けたところで、相手の混乱を招くだけ。……幾ら仲が良くても、気心が知れた相手でも、話さない方がいいことだってあるのだと。……ずっと、そう思って過ごしてきたけれど、或いは、それは私の思い込みだったのだろうか。
 ──これは果たして、私が亮に期待してもいいようなこと、なのだろうか。
 判断はやっぱり、なかなか付かなかったけれど、……でも、精霊が見えない筈の翔くんは、十代と準のそれを、極自然と受け入れているように見えたの。──亮の弟である彼は、色眼鏡など決して持ち合わせてはいなかった。
 ──後輩に教えられるとは、少し情けない気もするけれど。……勿論、共有できるならそれほど嬉しいことは無いのだ。私だって、彼に真実を隠したいわけでは、決してなかった。そうして、ぐるぐると廻る思考は、衝動へと変わり始めて。

「──亮! 私ね、ずっと黙っていたのだけれど……」
「ああ、なんだ?」
「私……実は、デュエルモンスターズの精霊が見えるの! 急におかしなことを、言っているように聞こえるかもしれないけれど、私、本当にっ」
「ああ……、精霊のことなら、俺も知っているぞ」

 ──逸る気持ちのあまりに些か乱暴にドアをノックして、亮の部屋に招き入れられたその瞬間に、──勢い任せだったとはいえ、決死の想いで、数年越しの真実を打ち明けた私に返ってきた亮の言葉は、……まあ、到底、予想さえもできないようなものだったけれど。


「……え……?」
「気付いていた。時々誰かと話しているようだったからな。……まあ、カードと会話しているのだと確信したのは、十代が入学して、精霊の存在を知ってからの話だ」
「な、なんで……?」
「これだけ一緒にいるんだ、……隠し事なんて出来ると思っていたのか?」
「……ごめん、話すの、少しだけ怖かったの……」
「……お前から話してくれるのを待っていたからな、俺からは聞かなかったんだ。……そうか、やっと話してくれたか」
「……なにそれ、待っててくれたってこと……?」
「当然だ。……まあ、何も気に病むことでもないと俺は思うぞ、寧ろ羨ましいくらいだ。」
「馬鹿……こういうところばっかり、妙に鋭いんだから……でも、ありがとね」
こそ、よく話してくれたな。……俺は嬉しい」
「──おい、主よ……仲睦まじいのは結構だが、少しはオレの目を気にしたらどうだ」
「え、カイバーマンいたの?」
「最初からいたわ!」
「なんだ、カイバーマンがそこにいるのか? ほう、興味深いな。どこだ? 俺が見えるか?」
「やかましい!!」
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