035

「──リベンジマッチ?」
「おう! 今度こそ青眼を破ってみせるぜ!」

 日曜日の朝もまだ早い時間に、ブルー女子寮の前──ではなく、ブルー女子寮よりも少し手前、ボートの停められた湖畔にて、私を待ち構えるようにして、赤い制服が仁王立ちをしていた。
 朝の支度を済ませて、明日香と共に寮の食堂で朝食を摂っていると、何やら女子生徒たちの様子が騒がしく、「──さま! レッド寮の男子が、さまを出せと騒いでおります!」──と、そう言って駆け込んできた一人の生徒の証言を受けて、朝食もそこそこに私は食堂を後にして、女子寮の外へと足を向ける。
 そうして、私が外に出てみると、授業が休みのこの日に、私と決闘するチャンスを伺っていたのだというオシリスレッドの制服は、やはりと言うか、案の定に、十代で。
 ──まあ、レッド寮の生徒と聞いた時点である程度の予想は付いていたけれど、十代の急な行動には、流石に私も些か驚いていたのだった。

「──十代! あなた、こんな朝早くからさんに迷惑かけて、なんのつもり!?」
「明日香、私は大丈夫よ」
「でも、さん!」
「……意外ね、十代。あなたって、朝は弱そうな顔してるのに」
「へへ……だってさ、朝一番にこなきゃ、さんを捕まえられないかもしれないだろ? カイザーに先を越されたら困るしな!」
「へえ……そんなに青眼に負けたのが悔しかった?」
「そりゃそうだろ! どうしたら青眼に勝てるか、俺だってあれから色々考えたんだぜ!」
「……ふうん、そうなのね」

 十代が“青眼に負けた”という私たちの会話に明日香は少し首を傾げていたけれど、──私が言っているのは、そして、十代が言っているのは、──数日前に精霊世界にて、十代がカイバーマンとデュエルを行ったときの話だ。
 あの決闘で十代はきっとカイバーマンから教訓を学び、そうして立ち直ったけれど、──それと同時に、きっと決闘者としての彼には、野心が生まれたのだろう。──だからこそ、十代は私の元を訊ねたのだ。
 何故ならば、──青眼の白龍を倒したいという、その渇望を遂げるためには、──私以外の対戦相手など、この島に居る筈もないから。

「……十代と決闘するのは、久々ね」
「おう! ……前はさんに勝てなかった、だからさ、青眼と戦いたいだけじゃなくて、今の俺の力でもう一度、さんとデュエルしてみたいんだ! 頼むよ!」

 そう言って真摯に私を見つめる十代の眼差しは、──何処までも真剣で、……なるほど、確かに彼も敗北や責任といったものを経て、少しずつ成長しつつあるのかもしれないと、そんな風に思う。
 入学してきたばかりの頃、新たな友人やライバルとの出会いから、はたまた退学を賭けたデュエルまでのすべてを、十代はどんな状況だって心から楽しんでいた。──けれど、セブンスターズとの邂逅を経て、彼だけではなく、きっと皆に少しずつ変化が起きているのだ、──それはもちろん、隣で不安げに私を見つめている明日香にも、同じことが言える。
 私には、彼らの先輩として、──特待生、三年の主席生徒として、──否、学園のレジーナ、海馬として。……彼らに、自分を見つめ直すきっかけを与えてやる義務がある。
 それに何より、──十代との決闘を前にして心が躍らない筈も無く、……その挑戦を断る選択肢など、私には最初から無かったのだ。
 
「そうね……いいわよ、挑まれた勝負から逃げるつもりはないわ。その決闘、受けて立ちましょう」
「よっしゃあ! それじゃあ、早速いくぜ! さん!」
「来なさい! 十代!」

「「──決闘!!」」

 ──十代の騒がしい声が、静かな湖畔ではそれほどまでによく響いたのか、或いは、女子寮を出て行った私を皆が追ってきたのか、──決闘が佳境を迎える頃には、いつの間にやらブルー女子の生徒を中心に、周囲には私と十代の決闘を観戦するギャラリーが出来上がっていた。
 ──その中には、翔くんの姿もあって。──きっと彼は、姿を消した十代を探して此処に来たのだろう。……恐らくだけれど、好き好んで私のデュエルを観戦しに来たわけではない筈だ。
 私に対して引け目や苦手意識を抱いているらしい彼は、……きっと、私の決闘を目の当たりにすればするほど、その想いも強めてしまうのだろうと、そう思う。──私からすれば、彼は、少し優しすぎるのだ。人の気持ちを汲み取れる翔くんだからこそ、──きっと、私のように何を考えているか分からない相手が、彼は苦手なのだろう。
 ──それでも、翔くんの目を気にして、目の前のデュエルで手を抜いてやれるほど、──私は、健気な女ではない。
 
 戦いの場がステージとして整う感覚が、好きだ。ぞくぞくと高揚感に身を包まれる度に、私は今、光の中心に立っているのだと実感出来る。
 私と十代の一挙手一投足、そのすべてに注目が集まっていると思うと、──故にこそ、私は今、此処で最高の戦術を展開しなくてはならない。すべてを圧倒し薙ぎ倒す、最強の決闘を披露してやらなければならないと、──光の中に立つたびに、私はそんな風に思うのだ。
 ピンチもチャンスも、全て私の手で歓声へと組み替える。──この場の主役は私と青眼だと、圧倒的な存在感で、観衆に示してみせる。
 
「──甘いわ、十代! それで私の攻撃を防ぐつもり?」
「強がりはよくないぜ、さん! 次のターン、俺はあんたと青眼をブッ倒す!」

 勝ち誇った十代のその宣言に、──私は不敵に笑って、審判を下す。
 ──悪いけれど、十代。リベンジマッチはまだ、させてあげられない。私も青眼も、……此処で負けて良い道理は、何処にもないの。

「次のターンは来ないわ、十代! 私は場の究極竜を生贄に捧げ、青眼の光龍を召喚! 青眼の光龍は墓地に置かれたドラゴン族一体につき、攻撃力が300アップする!」
「──なんだって!?」
「そして、青眼の光龍の特殊効果発動! 青眼の光龍を対象とした魔法、罠、モンスター効果をすべて無効にする!」

 きっと、勝ちを確信していた十代の優勢を一気に突き崩す私の反撃に、わあっ、と歓声が沸き上がる。
 ──そうだ、私はこの感覚が好き。只、楽しく決闘が出来ればそれで良いというだけじゃなくて、私は決闘に勝ちたくて、場所は何処でもいいなんて言うのも嘘で、……私は大歓声の中、デュエルで人々を導くような、そんな人間になりたい。ヒリ付くような臨場感とこの興奮を、いつまでも味わっていたい。
 ──きっと、その夢を叶えるためには、──プロの世界へと行く必要があるのだと、本当はそう分かっているのだ。
 ……であれば、私もそろそろ、自分の運命と対峙する必要があるのかもしれない。後輩の先達を名乗るからには、──まずは私自身が、歩むべき道を選ばなければならない筈なのだ。
 
 ──やがて、私は攻撃を宣言し、十代のライフを抉り取った後で、──崩れゆくソリッドビジョンの白い光をひと撫でしてから私がギャラリーへと向かって手を上げると、それを合図に再び割れるような歓声が私の勝利を讃えるのだった。
 決闘の結果は、私の勝ち。──十代が私へと展開してみせた、対青眼用の戦術と言うのは、通常モンスターである青眼をサポートする魔法、罠の類を徹底的にブロックするというものだった。
 けれど、そんな戦術への対策など、とっくに用意してあるに決まっている。サポートカードの妨害は青眼のメタ対策としてよく取られる戦術のひとつだし、青眼を打点が高いだけの通常モンスターだと侮られては困る。……それを補って余りあるだけの強さを彼女たちは持っていて、私は青眼だけではなく、彼女たちのことを、──私のデッキに宿る龍の魂たちを、心から愛しているのだ。
 ──そうして、十代の戦術を制した私は青眼の光龍と共に、彼から勝利を奪い返し、悔しげに声を上げる十代へと向き合い、──今の決闘について、ひとつ尋ねてみることにした。

「くっそー! 負けたー!」
「……らしくなかったわね、十代」
「らしくない? って? 今のデュエルのことか?」
「そうよ。いつものあなたなら、もっとガツガツと、思うがままに突っ込んできていたはずでしょう。……何か、心境の変化でもあったのかしら?」
「うーん……そうだな、確かにそうかもな。……俺、前はさんに負けて、カイバーマンにも負けて、楽しかったけどやっぱ悔しかったからさ、すっげー色々考えたんだ! ……でも、さんには届かなかったなあ」
「……十代、私はね」
「ん? なんだよ、さん?」
「勝つための決闘、力でねじ伏せる決闘を、己の信条にしているわ」
「勝つための、決闘……?」
「ええ。でもきっとそれは、十代の信念とは相反するものでしょうね。……十代、あなたのデュエルは、一体どんなものだったかしら?」
「俺は……デュエルが大好きで、楽しくデュエルできたら、それが一番で……」
「……それが分かっているなら、大丈夫ね。十代、あなたならきっと、この先のセブンスターズとの決闘も、学園での日々も……ちゃんと、乗り越えていける筈だわ」
「……さん……?」

 ──只、目の前の決闘が楽しくて、勝っても負けても、デュエルそのものが楽しければそれで良くて、──だなんて、残念ながらいつでもそんな楽観主義が通用するわけじゃない。それだけでは済まされない決闘も、戦うことで生じる責任も、本当は幾らでも存在していて、──けれど、この島で学生として過ごす間、生徒たちの多くは、まだそれらの現実を知らないのだ。
 ──現に私たちは、セブンスターズとの闇のゲームを経て、どんな理由があっても、こちらに大義があったとしても、例え私たちが正義で彼らが悪だったのだとしても、──どうあれ、彼らの人生に幕を引いたことには変わりがないのだと、私はそう思っている。
 ……私は、亮やクロノス先生の命を弄び、翔くんを傷付けたカミューラを決して許さないけれど、彼女が一族の為に戦っていたことは事実で、そんな彼女の命を闇のゲームで奪い一族を滅びに導いた責任は、私が一生背負っていくつもりだ。
 ……だからこそ、やはりあのときに十代から決闘の権利を譲ってもらったことは、先輩として正しい行いだったんじゃないかと、そう思っている。
 学園のレジーナという称号は、私にとって大した意味を持たないお飾りではあったけれど、……それでも、私をそう呼んで慕ってくれる彼らのことを、私は自分に出来る手段で守りたいと、そんな風に思い願っているから。
 けれど、──それでも、そうして庇護しているだけでは、時に彼らは羽ばたくことも叶わなくなってしまうのかもしれない。
 ──こうして、時には、敗北という名の鞭を振り下ろしてでも、彼らを奮起させてやる必要が、──逃げずに、向き合ってみる義務が、きっと私たちにはあるのだろう。
 ──少なくとも、あの子は私が自分の夢から目を逸らしている間も、──ずっとずっと、私の背を追い続けてくれていたことを、本当は私が一番良く知っていたからこそ、──私はアカデミアでの日々の最後に、──彼と対決することを、決めたのだから。
 
「今日の十代は、心と体がちぐはぐだった。あなたに頭脳プレイは似合わないわ、十代。青眼を前に興奮する心を押さえつけて冷静に戦おうとして、あなたは空回りしていた。……でもまあ、私も本当は直感型でね、計算尽くってタイプじゃないの」
「……へ? そうなのか? そうは見えなかったけどなあ〜」
「ふふ、本当よ? ……だから、十代との決闘は楽しいわ。何処まで突き放しても、どんな体制からでも全力で喰らいついてくる……やっぱり、あなたは面白い決闘者ね。次は、戦略なんてかなぐり捨てて、全力を見せてくれることを願ってるわ。……私もそのときには、全力で勝利を奪いに行くから」
「おう! 分かった! でも次は負けないぜ! 絶対にあんたと青眼を破って見せる! 次は……えーと、俺の決闘ってやつでさ! それが何なのか、それまでに見つけておくよ!」
「……大丈夫、すぐに分かるわよ。私が保障するわ」
「? おう!」

 ──嫌でも、十代は私の言わんとしていたことを理解する日が来る。
 だって、私よりもずっと頭脳戦が得意で、まるで教本かのように理路整然とした決闘をする男が、この島にはひとりだけ存在しているから。
 本当の意味でその壁にぶつかった日、……十代は嫌でも、自分に似合わないスタイルでは、その分野のエキスパートに勝てはしない、ということを知ることになるだろう。
 ──だから私は、今の十代にはこれだけを教えてやればいい。
 事実、十代は途中から戦略と言うものを忘れているかのような閃きの一手も見せていたし、今日のところは、何も其処まで深く考えてきたわけではなかったのだろう。
 彼は只ひたすらに、私との決闘を望んで此処に来てくれて、その中で私との決闘を最高に彩るための手段として、不慣れな頭脳戦を少し講じて見せただけ。……だから私も、十代の期待に全力で応えたという、今日の決闘は只のそれだけだ。
 ──けれど、その小細工を、……あいつの前でまた披露しようとしたときには、きっと。……十代の決闘は、その全てが突き崩されることになるだろう。

 でも、その役割を担うのは、私じゃない。──あいつが、亮が、十代に大切なことを教えてくれるはずだ。
 ──だから、そう、私の役目は。……自分の運命と向き合って、そして、──私を追い続けたあの子と、正面から対峙してやること、だった。
 
「──さん!」
「……あら、準じゃない。どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか! さん、十代の野郎と決闘したんだろう!? 生徒が騒いでいるから見に来てみれば……俺は聞いていないぞ!」
「ああ、見に来てくれたの? でも、少し遅かったわね。ついさっき終わった所なの」
「まさか、さんが勝ったんだろうな!?」
「ええ、もちろんよ。私が負けると思う?」
「思うわけあるか! ……さん、十代の野郎が良いなら、次は俺と……」
「……ごめんね、準。実は、十代から急にデュエルを挑まれたから、今もずっと亮を待ち合わせ場所で待たせっぱなしなのよ。流石にあいつでもそろそろ怒るわ、だから、準とはまた今度で良いかしら?」
「またそれか!? 一体、あなたはいつになったら、俺と真面目に決闘する気に……」
「……大丈夫よ、準。もう少しだから」
「もう、少し……?」
「……ええ、もう少し」

 ──万丈目準。彼は私の後輩で、幼馴染で、家族の他では誰よりも昔から決闘者としての私のことを知っていて、ずっと私の背中を追い続けてきた、──きっとこの島で一番、私と似通った決闘者で、私が誰より、期待している後輩、……育てたい、弟分。
 彼が、──準が、誰よりも一番、真剣に私を越えようとしてきたことを、私はよく知っている。
 そうして、彼がこの島で培ってきた全てを、私にどう叩きつけるつもりなのか、私はそれを見てみたい。
 だからこそ、その戦いは、私と準が戦うのに相応しいステージで行われなければならないのだ。……それはきっと、今この場所などではなくて、……もっと他に、最高のステージが目の前に迫っている。

「もうじきよ、準。……私はこの島で最後に、あなたと戦うと決めているから」
「……さん、それは、一体どういう……?」
「それもきっと、すぐに分かるわ。……だからね、私たちはその日にフィールドで会いましょう、準」

 ──あなたと私の十年間に相応しいステージは、──私がこの島で過ごす最後の日だと、既に決めているのだ。

 
「──遅かったな、
「ちょっと待たせすぎた? その、悪かったわね……」
「別に構わないが、何かあったのかと心配したんだぞ。女子寮まで迎えに行こうかと思っていたところだ」
「あら……そうしていれば、良いものが見れたかも。残念だったわね、亮」
「何……?」
「実は、女子寮を出たところで決闘を挑まれてね……戦ってたのよ、十代と」
「……何だと?」
「それがね、十代ったら女子寮の前で待ち伏せてるんだもの、驚いたわ」
「……ほう。待ち伏せだと……?」
「そう。……それでまあ、私が勝ったけど、本当に今年の一年生は伸び代が多い後輩だらけね、次に戦うのが楽しみだわ」
「……まあ、そうだな。……十代は、面白い奴だ」
「ええ。だから亮、十代のことは任せたわよ」
「? 何の話だ?」
「私には、準がいるから」
「おい、本当に何の話だ……?」
「? 分からないの? ほら、卒業デュエルの代表は……」
「……言葉足らずにも程がないか? ……」
「……ほんとに? ……あなたにそう言われたんじゃ、私もおしまいね……」
「どういう意味だ……?」


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