041

 万丈目グループ──長作さんと正司さんが、デュエルアカデミアの買収を海馬コーポレーションに持ち掛けたと聞いた際には、流石に私も大分責任を感じてしまった。
 何しろ私はつい先日に、……準を庇うためとはいえども、大観衆の前で彼ら二人の面子を潰し、恥をかかせてしまっている。その遺恨を理由に彼らがデュエルアカデミアや海馬コーポレーションに対して牙を剥くというのなら、──その決闘は、私が受けて立つのが道理だと、そう思う。
 ──それに、準にとって実兄との対決は、痛みを伴うもになるかも知れない。──現オーナーの娘である私なら、代役としても問題はない筈だ。
 
 だからこそ、準が学園代表を務めることになったその決闘の代表を、私が代わってもいいとそのように申し出たものの、準はそれをあっさりと断り、「あなたはつい最近に闇のデュエルをしたばかりだろ、さん。今回は大人しく休んでろ」と、──まるで、私の身体を案じるかのような言葉まで掛けて、準は自ら長作さんと対峙することを選んだのだった。
 長作さんが準へと命じた、攻撃力500以下のモンスターだけのデッキを使用すると言うハンデは、彼にとって非常に重い負担だったことだろう。
 私も準と同じように、打点の高いモンスターでフィールドを制圧するハイビート型のデッキを使用しているから、準がどれほど苦しかったのかは、想像に容易い。……何しろそれは、彼にとって一からデッキを組み直すようなものなのだ。無論、長作さんだってそんなことは分かっていたはずなのに、──それを知った上で彼は、“準が絶対に勝てない条件”を末弟に突き付けてきた。
 信念を掛けて使い続けてきたいつものデッキを手放して、その上、プライドをかなぐり捨てて、井戸の底に棄てられた下級モンスターカードをかき集めた上でデッキを組んで、──そうして、準はそれらのハンデを物ともせずに、長作さんに勝った。
 結果、デュエルアカデミア買収の話は無事に白紙へと戻り、──準とのデュエルを終えて島からの去り際、長作さんと正司さんは、何処か満足げに微笑んでいたように思う。

「──長作さん、正司さん……」
「……嬢」
「先日、お二人の面子を潰したこと、私は自分の言ったことに間違いはなかったと思っています。……でも、海馬コーポレーションの人間としては、軽率な行動でした。……ごめんなさい、出過ぎた真似をしてしまって……」
「……準はいつの間にか、あんなにも成長していたのですね、嬢」
「え?」
「我々はずっと、万丈目グループの為に海馬社長の令嬢に取り入れと、準にそう命じてきました」
「……ええ、知っていました」
「であれば、我々はあなたに頭を下げられる道理はありません。……準を、頼みます」
「……もちろん。彼はきっと、おふたりの想像を超えた決闘者になるわ。……期待していてください、長作さん、正司さん」

 島から去る二人を呼び止めた私に、──長作さんと正司さんはそれだけを言い残すと、大人しく本土へと帰って行った。
 準にとって、今までの兄弟関係は散々なものだったかもしれないけれど、──きっと、準とお兄さんふたりは、これから少しずつでも歩み寄って行けるのだろうと、そう思う。
 決闘に明るくない自分達よりも、準の身近にいる先輩である私に、──海馬コーポレーション社長令嬢ではなく、デュアルアカデミアの海馬に、安堵に満ちた面持ちで弟を託して去って行った彼らはきっと、──今後は、過度の干渉などは避けて、準の道行きを静かに見守ってくれることだろうと、……そう、思った。

「──これでお前も、デュエルアカデミアでの心残りがひとつ減ったか」
「ええ、そうね。……卒業まで、まだ準を見守っていくつもりだけれど……その頃にはきっと、今よりも成長している事でしょう。……翔くんも、そうなんじゃない?」
「……ああ、そうだな」
「あとは……吹雪さえ目を覚ましてくれたなら、ね……」
「ああ……意識は時々戻っている様子だったが……」
「どうにも、会話がままならないみたい。……失踪している間に、失語症に陥るほど強いショックを受けたのかしら……」
「……何か、俺達にしてやれることがあればいいんだが」
「ええ……」

 ダークネス──吹雪、そしてカミューラとの交戦の後、暫くの間はセブンスターズの刺客が現れることも無かったものの、アカデミアの買収騒動が落ち着いた頃になると、立て続けにタニヤ、黒サソリ盗掘団、アビドス3世との交戦に見舞われて、──そのいずれの決闘でも、私と亮が敵と対峙する機会には恵まれずにいた。
 私たちとしては、下級生を矢面に立たせるよりも自分達が、と思うところではあったけれど、既に亮はカミューラに敗北しているし、私に関しても間が悪かったこともあり、その後の闇のデュエルには十代を筆頭に一年生ばかりが駆り出されていたというのが事実で、──特にアビドス3世との決闘においては、港にミイラが現れる騒動までもが併発し、私と亮、それから明日香は未だ目覚めない吹雪についての情報共有で、灯台に集まっていたところをその事態に見舞われてしまい、──間一髪で、明日香の身を危険に晒してしまいかねなかった。
 その場には私と亮が居たから、ふたりで明日香を背に庇ってどうにか一時的に凌いだけれど、その事態を根本的に解決したのは私たちではなく、アビドス3世の介入によってその場の全員が其処から連れ去られたことでミイラの包囲網を抜けられたというそれだけで、──そして、十代が決闘を制したからこそ、結果的には明日香も無事だったに過ぎない。

 ──そうして、セブンスターズとの戦いも佳境に入り、相手方の闇の決闘者たちも既に残るは二人となった。
 その矢先の出来事だったのである。──明日香が、未だ吹雪の眠る保健室から姿を消したのは。
 
 今夜は、──何故だか不自然なまでに、デッキに宿るカードの精霊たちが落ち着かない様子だった。
 明日香との待ち合わせ場所である灯台にて、その異変に気付いた私は、「妙な胸騒ぎがする」というカイバーマンの言葉を受けて、更にはなかなか明日香が灯台に現れなかったこともあり、亮にもその旨を伝えてからふたりで直接、保健室まで明日香を探しに来てみると、──其処にはクロノス先生の姿があり、クロノス先生に明日香のことを説明していると、同じように精霊たちが異変を知らせてくれたのだと言う十代たちがやってきて、──そうして、皆で保健室の中に入ってみたところ、──其処に明日香はおらずに、吹雪だけが床に倒れていたのだった。
 
「──吹雪!」
「吹雪、明日香はどうした?」
「……っ、タ、イ……タ、ン……」
「タイタン? って……あのタイタンか!」
「タイタンが、明日香を連れて行ったの……?」
「吹雪!」

 吹雪の元に駆け寄って、俯せに伏している彼の体を起こし、亮とふたりで吹雪の上体を支えながら彼に呼びかけるものの、「タイタン」という名前をどうにか必死に呟いたきり、吹雪は再び意識を手放してしまう。
 ──タイタン、……確か、以前に十代が特待生寮で会敵し、闇のゲームで決闘したと言う決闘者。
 ──あの時点ではまだ、その男の持ちかけた闇のゲームがハッタリである線も残っていたけれど、──このタイミングで現れて明日香を連れ去り、特待生寮での決闘を挑んできたということは、──間違いなく、タイタンは闇の決闘者だろう。……そして、特待生寮という場所に執着しているのも、……恐らくタイタンは、吹雪に何があったのかを知っていて、──その場所には、何らかの“証拠”があるからだ。
 ならば、──明日香は、それを餌に誘われ、タイタンに連れ攫われたのかもしれない。

「……行かないと、明日香のところに……」
「行くって……特待生寮か!」
「きっと、明日香は其処にいるはず……すぐに向かいましょう。……吹雪、歩ける?」
「俺達で、吹雪さんに手を貸すんだな!」
「ありがとう、隼人くん……行きましょう、特待生寮へ」
 
 ──きっと、明日香は其処でタイタンと会敵している。
 ──正直なところ、外れて欲しかったその読みは見事に当たっていて、吹雪を支えながらも皆で特待生寮まで向かうと、──案の定、その場ではタイタンと明日香が対峙し、正しく今この瞬間に、闇のデュエルが始まる瀬戸際だった。
 
「明日香! やめるんだ! そいつは闇の決闘者かもしれない!」
「──明日香! どうしてもやるというのなら、私が代わるわ!」
「! !」
さん……」
「タイタン、あなたの目的は何? 七星門の鍵を手に入れること?」
「そうだ。……そして、新たな闇の決闘者の器を手に入れること……」
「! つまり、明日香を闇の決闘者に……それなら尚更その決闘、私が引き受ける!」
「!? ! 一体何を……」
「明日香を放っておけないでしょう、亮! 鍵なら、私も……」
「──いいえ、さん。この決闘は、私にやらせて頂戴。……兄さん、私が兄さんの記憶を取り戻すわ!」
「……明日香……」

 明日香には私たちの制止の声は届かず、彼女は恐怖を振り切って、──明日香とタイタンによる闇の決闘が、幕を開けてしまった。
 ──ああ、こればかりは、……一番避けたい事態だった。
 吹雪が居なくなってからと言うもの、私と亮はずっと吹雪の代わりに明日香のことを護り続けてきて、──だからこそ、明日香が七星門の鍵を持つことだって、本当は私にとって、到底受け入れがたいことで。
 けれど、彼女にも決闘者として──アカデミアの生徒として、オベリスクブルーとしてのプライドがあることは私も理解しており、例え私がそれ以上何を言ったところで、──明日香だって、自分の代わりに私を危険に晒すような選択をしないことくらいは、ちゃんと分かっていて、……それでも、明日香にだけは危険な目に遭って欲しくなかったと言うのは、……きっと、私のエゴなのだろう。
 
 こうして始まった闇のデュエルだったものの、──明日香はどうやらこの決闘に焦っている様子で、攻め手はいつもより些か単調になり、速攻で勝負を片付けようと明らかなまで躍起になっており、──それが余計に私たちの心配と、明日香自身を焦燥感を煽る。
 更には、タイタンが発動したフィールド魔法、闇の闘牛場 ダーク・アリーナの効果により、その場は突然闇に包まれて、私たちはそれ以降、決闘の行方を観戦することさえ叶わなくなってしまった。
 
 十代曰く、以前に戦ったタイタンはイカサマで闇のゲームを演出していたに過ぎず、本物の闇のゲームが始まったのも彼が直接の原因ではなかったそうだが、──それでも、今のタイタンは本物の闇の決闘を仕掛けているかのように、私にも見える。──或いは、前回の決闘の後に彼の身に何かが起きて、タイタンは正真正銘の闇の決闘者へと変じたのかもしれない。
 ──そんなにも危険な、闇の決闘者が、見えない壁の向こうで現在、私たちの大切な後輩──明日香と戦っているのだ。
 ──そう思えばこそ、余計に心配は募り、──共鳴するように輝く十代の闇のアイテム──私とカミューラの決闘では闇を切り裂いてくれたそれでさえも、目の前の暗闇を払えない現実に、私は明日香の苦しみの深さを思い知った。
 
「──吹雪?」
「どうしたんだ、吹雪さん?」

 そうして、一同がその場に立ち尽くしている中で、──ふと、ふらふらと覚束ない足元で、吹雪がその闇に向かって必死で手を伸ばそうとする。
 吹雪の突然の行動に私は慌てながらも彼の身体を支えて、亮もそれを見かねて吹雪に制止の声を掛けるものの、──当の吹雪は、私たちの声など聞こえていないのか、闇の向こう側に目を凝らして必死で明日香を見つめているのだった。
 
「……闇の力は未知数だ、触れるとお前の命に関わるかもしれないぞ」
「そうだ! やめるんだ、吹雪さん!」

 明日香を──妹を案じる吹雪の気持ちが良く理解出来るからこそ、亮は強く吹雪を止めることはしなかったものの、亮の言っていることは尤もだ。
 十代のペンダントですら干渉できないそれに、もしも生身で触れたなら。──到底、無事で済むとは思えないからこそ、十代も亮と同じように吹雪を止めようとしていたものの、──ふと何かを思いついたのか、十代は吹雪に向かって諭すように語り掛けるのだった。

「吹雪さん、明日香に呼びかけてくれ!」
「……十代、吹雪は未だ、声が……」
「でも! 吹雪さんの声ならきっと、明日香に届く! 吹雪さんの声を聞けば、何があっても明日香は勝ってくれる!」
「吹雪、……十代はこう言っているけれど、出来る?」
「……うん」
「……分かったわ。深呼吸して、……大丈夫よ、吹雪……明日香の名前を、呼んであげて……?」
「……あ、すか……明日香……! ──明日香!」
「! 吹雪……!」
「──明日香、帰ってこい! 必ず、帰ってくるんだ!」

 ──そんな風に叫び声を上げることだって、今の吹雪にとっては苦しい行為だったのだろう。──それでも、決死の想いで吹雪は闇を振り切って、──大きな声で、明日香の名前を呼ぶ。
 ──そうして、そんな吹雪の声は、確かに、明日香へと届いた。
 やがて、遂に闇が晴れた先には、──勇ましく気高く、闇のデュエルを制し、タイタンを打ち倒した明日香のみが、其処に立っていたのだった。

「──吹雪、兄さん……」
「……明日香」
「兄さん、お帰りなさい……」
「すまない、心配かけたな……」
「でも、兄さん……どうして、闇のデュエルの世界に?」
「自ら望んで入った訳じゃない。僕たちは、この寮で特別授業を受けていた。……そして、そんなある日……」

 闇のデュエルが行われた特待生寮を速やかに後にして、寮の外に出てから、──ようやく、吹雪と明日香はお互いの無事を確認して、しっかりと抱きしめ合う。そんなふたりを見ていると、私と亮も思わず胸を撫で下ろしたくもなるものだけれど、──ふと、明日香が唱えた質問に対して、吹雪は神妙な顔で失踪中の出来事を語り始めた。
 ──吹雪の失踪の経緯は、こうだった。
 特待生寮で行われていた特別授業──錬金術の授業にて、吹雪は地下のデュエルリングに呼び出され、テストデュエルの最中に闇の決闘の世界に取り込まれたのだ。
 ──其処は、悪夢のような世界で、この世のものとは思えないようなデュエルの修行を強いられた彼は、──その後、意識も曖昧な中で、いつの間にか行方を眩ませていたのだと言う。

「誰が、兄さんをそんな世界に……?」
「それは、今でも分からない。でもあの日、僕を呼び出しテストデュエルを行ったのは……大徳寺先生だった」
「……え……」
「大徳寺先生が……!?」

 ──大徳寺先生、オシリスレッド寮長の彼は、錬金術の授業を受け持つ教師だった。
 亮は錬金術を専攻しておらず、私も高校二年からは選択科目から外してしまっていたから、その後に錬金術の授業で何が行われていたのかを、詳細には知らない。
 ──だからこそ、私たちは大徳寺先生を吹雪失踪の容疑者から外してしまっていたのだ。──私たちにとっての彼は、特に接点も無い、人畜無害な教師に過ぎなかったから。
 ──けれど、飄々としたあの態度が、──もしも、作られたものだったのだと、したら?

「……急ぎ、事実を確認する必要があるな」
「ええ……でも、慎重に行動しましょう」
「……ああ」

 吹雪が目を覚ましたこと、そして明日香と吹雪が無事に再会した喜びに浸る間もなく、──まるで、これまでの騒動などはすべて前座だったとでも嘲笑うかのように、──事態は急激に、動き始めていた。


「──でも、吹雪が帰ってきてよかった……」
「ああ、そうだな。……あいつが笑っている様子を見られて、安心した」
「そうね……」
「……そうだ、。お前は高等部一年までは、錬金術の授業を選択していただろう?」
「ええ。私もその頃まで、吹雪といっしょに錬金術の授業を受けていたわね」
「何故お前は、選択科目を取り消したんだ?」
「……え」
「何か、理由があったんじゃないのか?」
「……あれ、言われてみると……確かに、可笑しいわね……?」
「俺は、錬金術には興味がなくて選択していないだけだったが……お前はそうではなかった筈だろう」
「ええ……そういうことに、なるわよね……?」
「……経緯は覚えていないのか?」
「……何か、理由があって取り消したような気はするのだけれど……」
「……ああ」
「……思い出せない。……亮は何か覚えてない? 当時の私の様子とか……」
「……いや、俺も特に、覚えがないな……」
「そうよね……」
「……お前のことなら、何かしら覚えていても良さそうなものだが……」
「……ん? つまり、亮って……」
「? ああ、なんだ?」
「高等部一年の頃から、私のことを見てたって言うこと?」
「……いや、もっと前からだな」
「そ、そう……だったら、尚更何か覚えていてもよさそうなのに……」
「ああ。……妙な話だ」
「──亮! ! いつまでふたりで話し込んでるんだい? きみたち、僕の帰りを歓迎してくれないのか?」
「……全く、一体お前はどの口で、そんな……」
「あのねえ……ずっと待ってたのよ、私たち! おかえりなさい、吹雪!」
「おかえり、吹雪」
「ああ! ……ただいま、! 亮!」


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