044

 その後も、大徳寺先生がレッド寮に帰ってくることはなく、鮫島校長やクロノス先生の方でも大徳寺先生の行方を捜してくれていたものの、依然それらしい手掛かりは全く見つからず、それどころか、大徳寺先生が島を出た痕跡すら見当たらないのだと、鮫島校長は言う。
 ──であれば、考えられる可能性は大徳寺先生はまだこの島に居るか、──或いは、吹雪のように島内で行方不明になったのか、だ。
 七星門の鍵は未だすべて開いてはおらず、三幻魔が放たれる事態にも及んでいなかったから、大徳寺先生が闇のデュエルの犠牲になったとは考えづらい。
 ──そもそも、どうあれ彼はセブンスターズ側に属する人間だったらしいから、もしも大徳寺先生が犠牲になるようなことがあれば、──それは、彼が敵方から離反したときだけ、──それならば、アカデミア側を頼ってきてもいい筈で、行方を眩ませるような理由はない筈なのだ。

 私たちとしては、大徳寺先生が味方である線を信じたい気持ちはあったけれど、──こうも八方塞がりでは、何も信じようがない。
 大徳寺先生の捜索に関しては教師陣に任せて、私たちは残る鍵の守護に徹するのが得策だとは思いつつも、──既にそう悠長に構えている余裕は無いのかもしれないと、そう思い始めていた頃、──その晩、明日香が女子寮に帰ってこなかった。
 頻繁に女子寮を留守にしている私は、最早、教師たちからも黙認されていたけれど、一般生徒はそうも行かない。
 良くも悪くも実力主義のこの学園において、私は特待生及び主席の権限でそれらを特別に免除されているだけで、女子寮には基本的に門限があるし、外泊などで寮を開ける際には、事前に鮎川先生へと届け出を出しておかなければならないのだ。
 ──まさか、明日香がその校則を破るとは思えないけれど、……その日、明日香は吹雪の元に行くと言って、オベリスクブルー男子寮へと出かけて行ったところだった。
 ならば、吹雪と話が盛り上がっているのだろうか? 兄が帰ってきた喜びで、外泊の許可をうっかり忘れてしまったのだろうか? と言う線も一応は考えて、──どうせ吹雪の部屋にいると分かっているのだから、それなら直接出向いた方が早いと思い、私もブルーの男子寮へと向かってみることにした。
 もしも、明日香が今夜は吹雪の部屋に泊まるようなら、私もそれに倣って亮のところで厄介になるつもりで、私が戻ってこなかったらそのように処理して欲しいと鮎川先生には伝えて女子寮を出た暗い夜道、──しばらく歩いたところで、突然、傍らへと私の精霊──カイバーマンが姿を現したのだった。

「──待て、我が主よ」
「カイバーマン? どうしたの、急に出てきたりして……」
「……森の向こうに、何かが居る」
「……何ですって?」

 森の中に居ると言うそれが、もしも野生動物だとかそういったものであれば、カイバーマンはわざわざ忠告に現れたりしない。
 ──つまり、その“何か”は、──闇の中で、私の身を狙っている何者か、──闇の決闘者である可能性が、非常に高かった。

「──七人目の、セブンスターズ……!」
「……その可能性は高い。どうする、よ。追うか? それとも、救援を呼ぶか」
「もちろん、行くしかないでしょう。……明日香が帰ってこないのも、それが原因かもしれないわ」
「フン、……承知した、行くぞ主!」
「ええ!」

 そう言って私を先導するカイバーマンの後を追い、森の中を駆け抜けたその先、──開けた場所まで出ると、──其処には、見知らぬ仮面の男が佇んでいた。
 ──無論、この島の何処でも見かけた試しなどは一度もないその姿は、──間違いなく、セブンスターズの刺客なのだろう。
 まずは男に向かって言葉で呼びかけてはみるものの、相手は私の言葉に無反応で、黙ったままデュエルディスクを構えると、一冊の本を懐から取り出しのだった。
 ──随分と年季の入ったそれらから察するに、──彼は、アビドス三世のような古代人なのだろうか? 服装も現代のそれとはかけ離れて見えるし、──目の前の男は見れば見るほど、不気味な風体をしているように思う。

「──あなた、セブンスターズの闇の決闘者ね?」
「…………」
「話す気はないって言うこと? まあ良いわ……此処で蹴りを付けましょう! ──決闘!」

 ──そうして、始まった男との闇の決闘だったものの、──男の操るカードは見たことも無いもので、何かを狙っているかのような戦術は非常に奇妙で、どういう訳か、まるで私の手の内を把握しているかのような動きも気味が悪かったけれど、──それならそれで、速攻で片を付ければいい。
 初手から青眼の白龍を召喚した私に対して、低級モンスターを大量展開してきた男。返しのターンで私は更に青眼の白龍を二体召喚すると、守備表示になっていた男のモンスターの表示形式を変更し、一気に勝負を畳みかけようと攻勢に打って出た。
 
「──海馬、君にも錬金術師の素養は備わっていたのに……何故、自ら学ぶことをやめたのか……」
「どうして、私の名前を……? それに、何の話をしているの……?」
「……まあ良い、今となっては過去のことだ……君よりも素養のある人間は幾らでもいる」
「一体、何を言って……もういい! 後から聞き出すわ!」
「残念だが、君が真理に到達することはない。──永続罠、エレメンタル・アブソーバー発動!」
「! そのカードは……!」
「手札のモンスターカード1枚をゲームから除外することで発動する。この効果によって除外したモンスターと同じ属性を持つ相手モンスターは、このカードがフィールド上に存在する限り攻撃宣言をする事ができない。──私は、光属性のモンスターを除外する!」
「!」
「……このターン、君が融合を使いこなしブルーアイズ・タイラント・ドラゴンを召喚していたなら、その効果でエレメンタル・アブソーバーを無効にし、君が勝利していた……。錬金術を捨てた君は、融合使いとしての素養をも捨てていたのだ」
「……錬金術? 融合……? 一体、何の関係が……」
「──本当に、残念だ。──さようなら、海馬。……せめて、有用なサンプルとなってくれ」

  
 ──おかしい、の端末に何度電話を掛けても、一向に繋がらない。
 今夜は特に何かを約束している訳でもなかったものの、小一時間ほど前に、今日は明日香が部屋を尋ねてくるのだと吹雪から聞いた俺は、……大徳寺教諭の行方も知れない今の状況を考えると、女子寮にだけを残しておいては危険なのではないかとそう思い、──急な話だが、よければ今夜は俺の部屋に来ないか? ──と、そのように彼女に提案するつもりでに電話を掛けた訳だったが、──どういう訳か、は全く電話に出ないのだった。

「吹雪、が来ていないか? ……吹雪?」
 
 もしや、──も既に、吹雪の部屋に来ているのだろうか? それならそれで、俺に一声くらいはかかりそうなものだし、その線は薄いとは思ったが、……まあ、吹雪の部屋は俺の隣室で、確認に手間取るわけでもない。
 念のために確かめておこうと自室の扉を開けて廊下に出ると、隣室の前でドアを叩いてみるものの、──部屋の中から、吹雪の返事はなかった。
 ……やはり、何かがおかしい、返事がないどころか、明日香が来ているにしては妙に静かすぎる。
 ──妙に思ってドアノブを回してみると、不用心にも部屋は鍵が掛かっておらず、……ドアを開けてみれば、部屋の中は窓ガラスが割られ荷物はあちこちに散乱し、──吹雪の部屋は、酷い有様だった。

「……? 吹雪……!?」

 ──つい数日前には、学園祭で二人と笑いあっていたばかりだと言うのに、──これは、一体どういうことだ。……なぜ、またしても吹雪が姿を消して、……とも、連絡が繋がらないんだ。
 咄嗟に吹雪の部屋から窓の下を見てみると、──其処には森の方向に向かって、足跡が伸びている。
 ──まさか、吹雪は森に──特待生寮へと、ひとりで向かったのか?
 既に吹雪には記憶も戻り、精神状態も落ち着いたあいつが、俺に何も言わず独断行動に出るとは考え難かったが、──現に、吹雪は部屋に居ない。
 ならば、其処に手掛かりがあることに賭けるしかないと、急ぎ自室に戻ってデッキとデュエルディスクを掴み男子寮を飛び出すと、俺は森に向かって走った。
 ──そうして、暫く走って開けた場所まで出たところで、──其処に、見慣れたデッキケースが落ちていることに気付き、俺は足を止めるとその場に座り込む。
 ──よく見慣れたこれは、確かにのものだ。その場に散らばっているカードも間違いなくのもので、──まさか、この場所で彼女の身に何か起きたのかと考えていると、──森の中で、俺は確かに、竜の咆哮を聞いたのだ。
 ──あれはきっと、──彼女を案じる青眼の、泣き声だったのだろう。

「……一体、何が起きている……?」

 ──ともかくのデッキを拾い集めて、彼女の端末に繰り返し電話を掛けながら、青眼の咆哮が聞こえる先に何か手掛かりはないものかと画策していると、──突然、アカデミアを囲む海に六本の光の柱が打ち上がり、──そうして、この島全体が、──大地が、揺れ始めたのだった。


「……う、うん……?」
「──! しっかりしろ!」
「んん……りょ、う……?」
「怪我はないか、。……一体、何があった?」
「わ、からない……セブンスターズ、と、決闘して、それで……」
「……一度、保健室に向かおう。落ち着いてから、状況を説明してくれ。……歩けるか?」
「うう……ごめん、肩借りて良い……?」
「ああ……おぶさるか?」
「いえ、平気……どうにか、自分、で……歩ける、から……」
? ──!」
 
 ──冷たくて固い地面の上に寝転び、揺り起こされる感覚で、──暗い森の中、一瞬だけ意識を取り戻した記憶がある。
 ゆらゆらと定まらない視界の中、私の半身を支える様に抱え込む見慣れた緑色と白い制服に、──耳によく馴染む落ち着いた声色へと少し滲んだ焦燥に、私に向かって必死に声を掛けている人間が誰なのかを理解して、──亮、とその名前を呼ぶ声さえもうまく絞り出せない私は、──そうだ、セブンスターズの最後の刺客と闇のデュエルをして、──それで、あの男に敗北したのだった。
 そんな苦い記憶を思い出して、──ああ、ライバルのあなたにだけは、他の決闘者に負けた報告をするのは、気が進まないなあとそう思いながらも、亮の手を借りてどうにか起き上がろうとして、──きっと、そのまま、再び私は意識を飛ばしたのだろう。
 ──再度、目を覚ますと、私は保健室のベッドに寝かされていて、傍らには心配そうな顔で私を覗き込む亮が居て、隣のベッドには、吹雪が寝かされていた。

「……、目が覚めたか?」
「……亮……」
「良かった……肝が冷えたぞ、本当に……まさか、今度は俺一人になったのかと……」
「……うん、ごめん。……大丈夫、私も吹雪も、此処にいるわ」
「……ああ。……本当に、無事でよかった……」
 
 ──意識を取り戻した後で、私と吹雪、それから、同じく保健室に寝かされていた明日香と準の様子を見に来ていたらしい十代から聞いた話によると、──私が戦ったセブンスターズの刺客はアムナエルという古代の錬金術師で、──その正体は、なんと大徳寺先生だったそうだ。
 俄かには信じがたい話だったけれど、──その話を聞いて私はと言うと、幾らか腑にも落ちてしまった。
 アムナエルとの闇の決闘の最中、彼は私に向かって「何故、錬金術師としての学びを辞めた?」とそう問いかけてきていたけれど、──あれは、私が錬金術の授業を取り消したことを知っている大徳寺先生の言葉だったのか、──と、私にはそんな風に、あの男の素性に関して明確な心当たりがあったから。
 
 錬金術師アムナエル、その正体を隠してデュエルアカデミアに潜んでいた大徳寺先生は、三幻魔の力を利用し、──錬金術の秘奥、賢者の石を作り出そうとしていたのだと言う。

 私はセブンスターズのアムナエル──大徳寺先生に不意を突かれて闇の決闘に敗北した後、彼の持つ“エメラルドタブレット”──錬金術の秘奥が綴られた、恐らくは闇のアイテムを経由して、──なんと、宇宙空間へと魂を封じられていたらしい。
 全てはひとつの物質から生まれて等しく繋がっているという錬金術の理論においては、ミクロコスモスである人間の世界と、マクロコスモスである天空の世界もまた、同じく繋がっている。
 或いは、“エメラルドタブレット”とは、その二つを繋ぐ特異点のような存在だったのかもしれない。──尤も、錬金術の授業から離れてしまった私には、その理論の最奥を知ることも叶わないのだろう。 
 十代に敗北した大徳寺先生は砂と消えながらも、──最後に、これから訪れる最後の敵の存在を、十代に伝えたのだと言う。
 大徳寺先生は、何もデュエルアカデミアを裏切った訳ではない。──彼は、その災いに対抗するため、この学園で“錬金術の素養を持つ決闘者”を育てていたのだ。
 ──まあ、彼のその行動が吹雪を傷付けたのは事実であるし、……私は今でも、彼が正義であったのか悪であったのかを、断言しきれずにいる。……何しろ私は、錬金術の授業を取り消すことで、知らず知らずのうちに、自分だけが安全圏へと逃げ込んでしまっていたらしいから。──何故だかその経緯すらも思い出せない私にはきっと、彼を責める資格など無いのだろう。


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