047

 セブンスターズのアムナエル──大徳寺教諭との闇のデュエルに負けてから、はずっと難しい顔をしている。
 なんでも、先の決闘では、何故か彼女の戦術やデッキを把握しているかのようなアムナエルの決闘を気味悪く思い、更には明日香の行方を探していたという事情もあり、らしくもなく勝ちを急いで、戦局を強引に圧し進めてしまったらしい。
 相手のカウンターを警戒するよりも、速攻で攻撃力3000の青眼の白龍を複数展開し、相手モンスターの表示形式を変更した上でそれらを撃破する戦術を取ったは、──大徳寺教諭のリバースカードを見落とし、発動された永続罠 エレメンタル・アブソーバーの効果により光属性モンスターの攻撃を封じられるという、──典型的なプレイングミスで、闇の決闘に敗北したのだそうだ。
 
 ……確かに、まるでらしくもない決闘だと、保健室のベッドに横たわる彼女からその経緯を聞いた俺も、そう思った。
 常に猛攻で相手の喉元を食い破るの決闘は、それでも、確かな戦術が幾重にも張り巡らされており、彼女の青眼モンスター達はあらゆる状況に対応できるだけの、優れた特殊効果を持っている。
 ──もしも、がその局面で、火力と手数よりも相手のバックを警戒してブルーアイズ・タイラント・ドラゴンを召喚していたならば、罠カードの効果を受けないというブルーアイズ・タイラント・ドラゴンの効果で、エレメンタル・アブソーバーを無効に出来ていた。
 更には、ブルーアイズ・タイラント・ドラゴンには相手モンスターの数だけ攻撃できるという効果もあるため、青眼の白龍で三回攻撃するのと何ら変わりがなく、──その選択を取っていれば、は恐らく、大徳寺教諭との決闘にも勝てていたはずなのだ。
 ──しかし、攻撃力3400のブルーアイズ・タイラント・ドラゴンを召喚せずとも、青眼の白龍三体攻撃で十分に押し切れるライフポイントだったことで、はその工程を飛ばして決着を急いてしまった。
 もしも、そのターンでは押し切れなかったとしても、ブルーアイズ・タイラント・ドラゴンを召喚することで余裕さえ残せば、例えエレメンタル・アブソーバーに苦しめられたとしても、ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンなどの闇属性モンスターを展開するまで粘ることだって出来たかもしれない。
 彼女自身、それはよく理解できているからこそ、──その敗北は、にとって苦い経験となったようだ。

 デュエルアカデミアの主席──現在、この学園の頂点に立つ俺は、入学以来というもの、以外には決闘で負けたことがない。
 そして、彼女との決闘における敗北は、俺にとって然程引きずるようなものではない──と言っては些か語弊があるが、……との決闘は何よりも新たな学びと、俺のライバルはこんなにも強いと言う喜びとを俺に与えてくれたから、悔しさを覚えたことはあれど、俺にとってそれらは長々と悩むようなことではなかった。
 それはきっと、も同じで、──彼女とて、俺以外に負けた経験は殆ど無かったはずだ。
 ……例外として、今でも海馬さんとの決闘にはなかなか勝てないと、本人がそう話していたが、それにしたって特例ではあるのだろう。
 今回の大徳寺教諭への敗北は、に何らかの影響を与えた。──そして、彼女は長らく考えた末に、ひとつの結論を出したらしい。

「──亮、私、決めたわ」
「決めた? 何をだ?」
「大徳寺先生との決闘……本当に無様で、自分が情けなくなったの。学園を守る七星門の鍵だって、あの決闘で奪われてしまったし……」
「それは……確かにそうだが、既に鍵は戻っているし、三幻魔が放たれたわけではない。それに、お前はカミューラとの決闘では活躍しただろう」
「そうよね、……だからきっと、慢心してたんだわ、私」
「慢心……?」
「ええ。デュエルアカデミアに編入して、四年……私も、少しは強くなったと思ってた。……でも、卒業を控えたこの時期にあんな負け方して、……これでも私、主席なのよ? 笑えるでしょう?」
「…………」
「あなたのライバルとして、不甲斐ないわ……きっと亮はこれからも、プロリーグで幾らでも強くなっていくのに、私は卒業後、会社に戻って父の後継者として働くの。……そうすれば、これから私、きっと幾らでも亮に置いていかれるのでしょうね。でも……このままじゃ終われない、こんな結果だけ残して、表舞台から逃げ出せるわけがない……」
「…………」
「だから、決めたの。……一度、実家に戻って父と話すわ」

 突然、から話があると言われ、改まって灯台に呼び出されて、──彼女は一体、何を決意したのか、何を俺に打ち明けようとしているのかと思えば、──が口にした言葉はきっと、……彼女にとっては、何よりも重い制約を破ると言う意味に他ならず、──それだけの覚悟が、その一言には詰まっていた。
 現在、俺とには卒業後、プロリーグでプロデュエリストとして戦わないかという旨のスカウトが舞い込んできており、俺は既にその旨を承諾し、卒業後のプロ入りが決定している。
 しかし、は、──彼女は最初から、卒業後には自社──海馬コーポレーションに戻るつもりで学園での四年間を過ごしており、……このまま順当に行けば、俺との進路は別たれることに決まっていた。
 だからこそ、以前に日程が流れてしまった学内での公式戦は、俺達にとって意味のある試合だったのだ。──何故ならば、その日は俺達にとって、最後の公式戦になるかもしれなかったから。
 ──だが、そんな学園での日々の終わりを前にして、海馬さんと話してみると語るが、今考えていることと言えば、……思い当たる節など、俺にはひとつしかない。
 
「……、それは、まさか……」
「そのまさかよ、……亮、私も本当はプロデュエリストになりたい。これから先もずっと、あなたと競い合っていたい。……いつまでも私だけが、あなたのライバルでいたい……」
「……ああ、それは俺もだ、
「ね? ……だから、父に話してみる。……あのひとを前にしたら、私は上手く自分の気持ちを伝えられなくなるかもしれない、今までずっとそうだったから……私にとって、父は自分のすべてだったの」
「……そうか」
「でも、……今は違う。今の私には、亮や吹雪がいるから……もしも父に失望されても、すべて失うわけじゃない。だから……」
「……きっと伝わるさ、海馬さんにも」
「……そうかしら」
「ああ。……頑張れ、
「……ええ! 頑張るわ、あなたのためにもね!」
「……そうだな、俺の為にも是非、海馬さんを説得してくれ」

 ──この学園を卒業すれば、は海馬コーポレーションに帰るのだと、ちゃんと分かっていた。
 それでも、──プロリーグからのスカウトを即答で断れなかった彼女に、──俺は確かに、手前勝手の希望を抱いていたのだ。
 俺のライバルが他人に泥を付けられたというのは、俺も気に入らないが、……しかし、その敗北のお陰ではどこか吹っ切れたようで、──この学園での四年間だけを決闘者としての集大成とは呼べない、と。……そう、言ってくれた。
 ……だからこそ、プロデュエリストになりたいと言う意向を、諦めずに海馬さんへと打ち明けてみると、そう約束してくれたのだ。
 その言葉を彼女から聞けたことで、──俺は正直、心の底から安堵していた。
 何もプロリーグに単身で向かうのが不安だった訳ではないが、……それでも、俺はいつまでも、プロの世界でも。……誰よりもと、競い合っていたいんだ。

「──これで、卒業後の進路も同じだな」
「だから、まだ決定じゃないってば……」
「お前なら大丈夫だろう。……プロの世界でも宜しく頼むぞ、
「……ええ、そうなるように最善を尽くすわね、亮」

 ──卒業後も、きっと、俺達は競い合って戦い続けようと、思い出の詰まったこの場所で固く握手を交わし、──そうして、から何よりも聞きたかった言葉を引き出せた俺は安心して、──セブンスターズとの戦いは終わったとは言えども、まだ最後の敵がいるらしいということも判明していた以上は、決して気楽に構えていた訳でもなかったが、卒業前の肩の荷が幾らか降りたのは事実だった。
 ──だからこそ、そのときの俺達は、──普段よりも幾らか、油断していたのかもしれない。
 俺達を──その現場、そのやり取りを見つめる視線があったことにも、──その視線の主に訳の分からない誤解をされていることにも、……その頃の俺は、未だ気付いていなかったのだ。

 そうして、──それから数日が過ぎた後に、は即断即決と言わんばかりに、本土──海馬コーポレーションへと、昨夜から出向いている。
 事前に彼女から聞いていた話では、本日、日中の便で帰ると言う話だったため、港まで出迎えに向かおうかと思っていたところ、明日香もそのつもりだというので二人で灯台から船の戻りを待っている際に、──どうやら、その視線の正体はまたしても、俺を見ていたらしい。
 
「──さん、まだ戻らないの?」
「ああ。今日、昼の便で戻ると言っていたから……そろそろ船が着く頃合いだと思うんだが……」
「そう。……確か、実家に顔を出しているのよね」
「……も、吹っ切れたようだ」
「それは良かったわね、亮」
「ああ……そうだ、吹雪はあれから?」
「うん、もう大丈夫。心も体も、元の兄さん」
「そうか、良かったな。これで俺も、心おきなく卒業できる……吹雪の代わりも、卒業だ」
「ありがとう、亮。私もあなたのことを、本当のお兄さんのように思って、甘えていたわ。もちろん、さんにもね。どんなにふたりに助けられたことか……」
「今度は、本当の兄さんに助けてもらえ」
「……う、ん……」
「いや、……お前が吹雪を、助けなくちゃいけなくなるかもな……」

 ──嫌な予感ほどよく当たるとは、まさにこのことである。

 
「……また、吹雪の悪い癖が……」
「ねえ、亮……悪化してない? あれ……」
「……ああ……」

 ──本当に、頭痛がする。
 セブンスターズの刺客を退けたことで、七星門の鍵は校長へと返却され、現在はそのすべてを既に校長が管理していたものの、──何を思ったのか、万丈目がそれを盗み出して、──万丈目はきっと、“吹雪の悪い癖”に唆され、その勢いに引き摺られて巻き込まれたのだろうと、そう思う。
 七星門の鍵を盗み出して明日香に決闘を挑んできた万丈目だけでも、俺達は既に開いた口が塞がらなかったというのに、アロハシャツ姿でウクレレを弾きながらバナナボートにて登場した吹雪は、「万丈目くんは、男の純情を掛けて明日香にラブ・デュエルを挑んでいるんだ!」と、──これまた意味不明な言動を繰り返し、……つい先ほど、港に戻ってきたから実家での報告を聞く暇もなく、……この騒ぎに駆け付けたも、今は俺の隣で、呆然と口を開けて立ち尽くしている。

「行くわよ、万丈目……サンダー」
「準って、呼んでくれ……」

 ──挙句の果てに、万丈目までもが吹雪に悪い影響を受けたのか、普段とは人が変わった様子で、……一体、あいつは何を言っているんだ? と、俺でさえも顔が強張ると言うのに、──万丈目を日頃から弟分として可愛がっているは、──もうすっかりと両手で顔を覆い、まるで目の前の決闘を見ていられないとでも言いたげな様子で、必死に首を振っていた。

「──! 万丈目くんの決闘、君が見届けずにどうするんだ! 弟分の勇姿を見てやれ、お姉さん!」
「──嫌! こんな準、見ていられないわ! なんてことしてくれたのよ、吹雪!」

 ……吹雪の叫び声にそう言って悲痛な声を上げるが気の毒で、──俺は、せめて俺の背に隠れてからは万丈目の奇行が見えなくなるようにと、彼女の視界をそっと遮ってやることにした。
 その後のデュエルも到底、まるで見ていられたものではなく、……俺達は一体、何を見せられているんだ……? と、そのような困惑の内に決闘は明日香の勝利で終わったが、──何やら、吹雪と万丈目には更なる言い分があるらしい。
 
「──明日香! こんなかっこいいサンダーに何故惚れない!?」
「万丈目くん……」
「じゅ……準……? 大丈夫……?」
「おい、……」

 決闘が終わり、砂浜に崩れ落ちる万丈目へと向かって、明日香は何か言葉を掛けようとしたのだろうか。
 ──それから、何を言ったらいいのか分からないと言った様子で、もまた、万丈目に向かって言葉を掛けようとするものの、大丈夫かと語りかけるの方が、……到底、大丈夫なようには見えないんだが……。

、お前こそ大丈夫か? 島に戻るなり、吹雪の悪い癖に巻き込まれて……少し休んだ方が良いぞ」
「──ええい! カイザー! あんた一体、何様のつもりだ!?」
「……は?」
「俺は知っているんだぞ! 天上院くんと灯台でコッソリ会っていただろう!? だってのに、その前にはさんと、灯台で手を握り合っていた!」
「なんだって!? 万丈目くん、それは本当かい!?」
「は……? いや、それは……」
「天上院くん! さん! 聞いてくれ! その男は二股をかけているんだ! 俺を信じてくれ!」
「何を言ってるのよ、万丈目くん、亮は……」
「あのねえ……もしも、亮がそんなことをしてたら、とっくに私が張り倒しているわよ……」
「……俺がそんな真似をすると思うのか、
「いいえ、全然? そうね……丁度良い機会だわ、吹雪。あのね……私と亮、一年半くらい前から交際しているの。今はライバルで、恋人同士なのよ」
「えっ……ええ!?」
「なにぃ!?」
「え? いや、準は知ってるでしょ……?」
「知らん! 初耳だぞ俺は!? え!? じゃあ、カイザーが天上院くんと密会していたのは……!?」
「それは、を迎えに行こうと、明日香と港に出向いていただけだ」
「準、吹雪はともかくどうしてあなたが知らないの? レイちゃんが来たときに言ったでしょ?」
、あのとき万丈目は、ノース校に……」
「あ! ……やだ!? それじゃあ準、本当に知らなかったの!?」
「知ら〜ん! なんだそりゃあ〜!?」
「亮! ! そんな素晴らしいニュースを、どうして僕に早く教えてくれないんだ!?」
「吹雪……お前が、俺達の話を聞かなかったんだろう……?」

 ──そうして、騒然とする砂浜だったが、──突然、巨大な揺れに見舞われて地面が大きく振動し、──島には、明らかな異常が起き始めた。
 津波が起こり、火山から黒煙の上がる異常現象は、──まるで、海に光の柱が上がった先日の事象を彷彿とさせて、──まさか、これも三幻魔の封印に由来するものかと一同は警戒を強めるが、……この分では、俺は一体いつになったら、から報告を聞けるのだろう。──本当に今日は、心底、頭の痛くなる日だな……。


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