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「──改めて、卒業試験お疲れさま〜!」
「……まあ、吹雪は留年だけどな」
「うっ……」
「まあ、オベリスクブルーに残れただけでもすごいんじゃない? これだけ欠席しているのに、オシリスレッドに落第せずに済んだのは吹雪の努力の賜物ね」
〜! ありがとう! ほら亮! 君も彼女を見習ってくれ!」
「まあ、確かにそれもそうか……よかったな、吹雪」
「──ああ!」

 今日の授業で卒業前の試験期間も無事に終わり、結果を待つのみとなった放課後、私たちは試験の打ち上げをするために、オベリスクブルー寮、吹雪の部屋に三人で集まっていた。
 ブルー寮の厨房からオードブルセットを貰ってきて、購買部で飲み物も買ってきて、更にはお菓子も広げればもう、ちょっとしたパーティー気分である。
 試験の結果はまだ出ていないけれど、私は筆記と実技ともに手応えを感じており、亮もそれは同じ様子で、一応試験後には問題用紙を眺めて三人で一通りの確認もしたけれど、私と亮の解答は全て一致していた。
 実技試験に関しても、二人ともノーダメージでプレイングミスもなく試験官に勝利しているので、──後は、点差が開くとすればデュエル内容にどれほどの加点と減点があったかと、筆記試験にケアレスミスがないかどうかだ。
 ──とはいえ、その結果を知ることも今は叶わないので、今日のところは試験終了を祝して、……というよりも、どちらかと言えば三幻魔を巡る一連の戦いが終わり、無事に吹雪のいる日常が戻ってきたことを祝して、三人でゆっくりと食事をしながら話をしよう、──というのが今回の趣旨だったはずなのだけれど。

「それじゃあ乾杯しようか! 亮との恋の成就を祝して!」
「……うん?」
「吹雪、今日はあなたが帰ってきたお祝いでしょう?」
「それも大事だけれど、僕にとっては君たち二人のことがよほど重要なのさ!」
「何言ってるのよ、あなたが無事に帰ってきたことの方が……そうだわ、吹雪。あなた、ブルー女子に何か吹き込まなかった?」
「え? なんだい? 吹き込んだなんて人聞きが悪いなあ……僕は後ろめたいことなんて、何もしていないよ?」
「……本当に?」
「きみに誓って、本当だとも!」
「一体、どうしたんだ? 
「今朝、寮を出るとき、皆に囲まれて……急に花束を渡されたのよ……」
「花……? 卒業祝いにはまだ早いだろう?」
「いえ、それが……あなたと交際してることを何故か皆が知ってて、そのお祝いだって……」
「……何?」

 乾杯! とそう言いながら、強引に私と亮の手を取りグラスをぶつけて、自分もそれに混ざってから嬉しそうにグラスの中身を煽る吹雪はこう言っているけれど、──私はどうにも、吹雪が怪しいと思っている。……というか、こんなことをしでかしそうなのは、吹雪くらいしか居ないもの。
 何も今までだって、私と亮は周囲に交際を隠していた訳ではなくて、必要があれば説明したし、直接尋ねられた際には実情を明かしていた。
 現に、明日香はずっと前から知っているし、ジュンコとモモエも既に把握している。十代や翔くんたちだって知っているし、鮎川先生や鮫島校長、クロノス先生なども、確か承知していたはずだ。
 ──とは言え、こういうのは何も周囲に言い触らすようなことではないと、私たちはそのように考えていたし、元より親友同士、ライバル同士で常に二人行動をしていたため、私たちの関係が変化したことを知らなかった生徒は、実際のところ多かったのだろうとは思う。
 だと言うのに、──吹雪に交際を報告してからというもの、なんだか、好奇の視線を送られることが以前にも増して多い……と、近頃はずっと、そのように感じていた。
 ……まあ、セブンスターズとの戦いに私たちが参加していたことを、既に生徒たちは皆知っているし、私と亮の最後の主席争いに注目が集まっていることも知っていたし、それに、──私も、卒業後には、念願叶ってプロリーグ入りが決まったから。
 もうすぐプロデュエリストになる私たちが注目されるというのは、致し方ないことでもあるのかな、と、──そう思っていたのだけれど、……今朝になって、近頃やけに皆から見られていた理由が、遂に判明した訳なのであった。
 
「あっはっは! まさか、女の子たちだけに言うわけないだろう? 学園中に喧伝しておいたとも!」
「そうか……何やら男子寮で皆が祝ってきたのは、やはりお前の仕業だったか、吹雪……」
「え、亮もなの?」
「ああ……」
「すごかったよねえ、昨日の夕食のときなんて食堂で皆が、羨ましいぜカイザー! って騒いでさ!」
「誰のせいだと思っているんだ、吹雪……?」
「分かってないなあ、亮……これから二人はプロになるんだぞ? そうなれば、君たちは今までの比ではない程、皆から注目されることになる……新たなファンの中には、君たちとのロマンスを狙う過激な者だって居るかもしれない!」
「……それで?」
「そこで! 在学中から君たちが付き合っていると噂が流れていれば、恋路を邪魔する者は現れないと言う訳さ! 勝ち目がないほどのパートナーが居ると分かれば、誰も手出しは出来ないからね!」
「……呆れた……そんな理由だったの……?」
「吹雪は、プロデュエリストを何か勘違いしていないか……?」

 吹雪の言わんとしていることは、まあ分かる、──ようで、やっぱり全然分からない。
 ──まあ、要約すれば、吹雪にとって、私と亮からの交際報告は本当に喜ばしいものだったからこそ、第三者の邪魔が入るのは絶対に嫌だと、私たちの仲が円満であってほしいのだと、そういった彼の意図が論拠として在るのだと思うのだけれど、──それはそれとして、いつもの“悪い癖”で囃し立てて楽しんでいるだけでは? と言う気持ちも、……まあ、多少はある。
 ……とは言え、ブルー女子の生徒たちが私を祝ってくれたのは、心からの善意だったのだろうとそう思うし、決して彼女たちに罪はない。
 ブルーの男子生徒もそれは同じだと思うけれど、……亮の表情が些か引き攣っていたのを思うと、少し事情が違っていたりするのかしら……?

「……まあ、言い触らしてしまったものは、もう仕方がないわね……」
「そうだな……訂正して回る理由もない。そもそも、事実だからな……」
「ね」
「僕からすれば、皆が気付いていなかったことの方が驚きだけどなあ……」
「そうか?」
「まあ、特に距離感が変わった訳ではないし……」
「そうかい? 以前よりも仲が良くなったように僕には見えるけどなあ〜」
「それこそ、その程度の変化に気付くのは吹雪くらいよ」
「それは、確かにそうだな」
「そうかなあ……?」

 ──まあ、吹雪の前ではこう言っているけれど。……私と亮は、何もすべてが親友の頃の距離感のままという訳でもないので、友人同士ではしないような触れ合いだって多少はするし、以前よりも距離が近く見えるとすれば、そういった変化によるものなのだろう。
 ──そもそもの距離感が近かった以上、その程度の僅かな変化に気付くのは、やっぱり吹雪くらいだと思うけれど。
 
 そういう訳で、突如として私と亮の交際はすっかり公然の事実になってしまって、リーグ関係者の耳に入るのも、プロ入り後にそういった噂が流れるのも、きっと時間の問題だ。
 そうは言っても、──もしも、これがプロでの仕事に響いたとして、プライベートな恋愛事情をプロとしての評価に含められるのは私にとって望むところではないし、亮もそれは同じはずだ。
 恋人の有無で変動する支援や支持など、私は求めていない。──私たちがこれから向かうのは、決闘者としての実力ですべてが計られる、プロの世界なのだ。

「そうだ、──卒業後は、すぐにリーグの仕事が始まるのかい?」
「いや、来期が始まるまでは手続きや打ち合わせ程度のはずだ」
「宣伝写真とか、そういった撮影なんかはあるみたい。でも、本格的に仕事が始まるのはシーズンが開始してからね」
「ああ。それまでは、少し余裕がある」
「吹雪も、学園は長期休暇でしょ? 実家に帰るの?」
「そうだね、そのつもりだけれど……そうだ! その時間を活用して、三人で卒業旅行に行こうよ!」
「卒業旅行……?」
「……吹雪は卒業しないのにか?」
「そんな言い方って無いだろう!? 良いじゃないか! きみたちが卒業する記念に、三人で思い出を残そう!」
「まあ……スケジュール自体は、余裕があるかしら? 亮は?」
「そうだな……俺も、特にこれと言った予定があるわけではないが……」

 いつの間にか空になっていた亮の皿を取って、オードブルから好きそうなものを適当に乗せてやると、亮は大人しくそれを口に運んでもごもご動かしながら、吹雪の提案について、少し考えている様子だった。
 ……卒業旅行、かあ。
 確かに、もうじき私と亮は学園を卒業して、童実野町でプロデュエリストとしての日々を送るわけだけれど、──まあ、シーズンが開幕するまでの間、幾らかの時間はある。
 亮は島を出る際に、現在ブルー寮に在る荷物を直接、童実野町の新居に送ると言う話だったから、一度実家に顔を出す気はあるみたいだけれど、それでも卒業後は、すぐに童実野町での新生活をスタートさせるつもりなのだろう。
 私は元々、童実野町に実家があるし、童実野町は地元でもあるので、当分の間、空いた時間は亮に童実野町を案内しつつ、彼の新居を整える手伝いでもしようかと、そんな風に考えていた。
 
 ──でも、吹雪は来年もデュエルアカデミアに残り、高等部二年からやり直すことになっているので、当然ながらそんな新生活の予定の中に、吹雪の姿はない。
 一年半もの間、私と亮は必死で吹雪の行方を追い続けて、──そうして、ようやく吹雪が帰ってきてくれたばかりなのだから、……本当はもう少し、こうして何気ない日常を、吹雪も含めた三人で送っていたいと言う気持ちは、確かに私にもあって。
 けれど、これだけ長期間失踪していた以上は、卒業が難しいのも分かっているし、オシリスレッドに降格することで無理に進級や卒業を狙うのではなく、オベリスクブルーへの残留と留年を選んだ吹雪に対して私がその本音を口に出してしまったのでは、まるで彼の選択を責めているかのように聞こえそうで嫌だったから、そんな我儘は口にすることも無かった。
 でも、三人での思い出作り、か。……そう考えると、三人で旅行に行くと言うのは、結構アリかもしれない。……それに何より、知らない場所をふたりと歩くのは、楽しそうだし。

「そうね……良いわよ、行きましょうか、卒業旅行」
「そう来なくちゃ! 何処に行こうか? 君たちの都合を考えれば、二泊三日くらいの日程が良いかなあ……亮は何処か、行ってみたい場所や観光してみたい場所はあるかい?」
「俺? そうだな……」
「うんうん!」
「……童実野町、とか……?」
「いや……亮……きみって、これから童実野町に引っ越すんだよね……?」
「そうだが、決闘者にとっての聖地と言えばやはり童実野町だろう……? 他にあるか?」
「じゃあ……エジプト! エジプトなんてどうかしら!?」
「二泊三日で!?」
「で、でも、決闘者の聖地だし……」
「二人とも、両極端すぎるよ……!」
「エジプトか……往復の移動だけで、丸一日以上かかるんじゃないか……?」
「そ、そうよね……」
「……なんというか、その中間って無いのかなあ……!?」

 ──そんな風に、三人で頭を捻っていると、「そもそも、こんな土壇場になってからでは、飛行機のチケットを抑えるのも難しいんじゃないか」と、亮がそう言うから。
 うちの会社のジェット機を出せるか聞いてみようか? と私がそう言ってみたら、「それじゃあ卒業旅行って感じがしないだろう? 風情がなさすぎるよ……」って、吹雪はちょっと呆れていて、……余りにもくだらないこのやり取りに、思わず二人が小さく笑うものだから、──私はそのとき、なんだか急激に、こんな会話が懐かしく思えてしまった。
 ああ、──そうだ、そうだった。……私たちって、何時だってずっと、こんな風に暇さえあれば集まっては、仲良く友人関係を続けてきたけれど、……でも、別に互いの主義主張は余り噛み合わなくて、……それでも何故だか、私は彼らと特待生寮で過ごす日々が、──どうしようもなく、愛おしかったのだっけ。
 ああ、……好きだなあ、やっぱり。
 ──私はどうしようもなく、この学び舎で出会った彼らのことが、──大好きだ。
 
 ──結局、その日は卒業旅行の行き先についての意見はまるで纏まらなくて、オードブルを食べ終わる頃には、最新弾のカードパックについての話題に会話が脱線してしまって、テーブルを片付けてから三人でデッキとカードを広げて、ああでもないこうでもないと話しているうちに夜も更けて、──その日は久々に三人で、卓上デュエルをしながら朝まで騒いで過ごして、──終わりも近い美しきモラトリアムを、私はじっくりと噛み締めたのだった。


「──そういえば二人とも、卒業記念パーティーの際には僕からサプライズがあるからね!」
「……事前に宣言しては、サプライズとは言わないんじゃないのか……?」
「というか、吹雪のサプライズって、嫌な予感しかしないのだけれど……」
「ああ……」
「失礼だな……特に亮! きみは絶対、僕に感謝することになるからな!」
「? 俺が……? 吹雪に感謝を?」
「まるで一度も、僕に感謝なんてしたことが無いような言い草だな? 亮……」
「決してそういう訳ではないが……」
「つい先日だって、の写真をあげただろう!? 僕に感謝してくれ!」
「……私の写真?」
「ほら、学園祭の!」
「ああ……ハーピィ・クィーンの? 亮、結局あれ受け取ったのね」
「そうそう! 大切そうにしまっていたよ!」
「……いや、俺はだな……」
「私は別に構わないわよ?」
「全く、亮ってばムッツリだなあ!」
「──吹雪!」


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