051

「──流石はシニョール丸藤亮とシニョーラ海馬! 全教科パーフェクトナノーネ! ──よって、今年の卒業デュエルは、君たちが在校生に模範という名の道を付けるノーネ!」
「はい」
「任せてください」
「そして君たちには、在校生の中から対戦者を指名する権利があるノーネ!」

「──結局、在学中は決着が着かなかったわね……」
「ああ。……まあ、回答を照らし合わせた時点で、そんな気はしていたが」
「でも流石に、お互いに実技の加点と減点で、点差は開くかと思ってたわ」
「どうやら、お互いに加点しか無かったようだな」
「ええ……それは、まあ……頭打ちまで加点を入れたなら、同点にもなるわよね……」
「ああ。……見事に最初から最後まで、二人で主席だったな」

 卒業試験の結果が発表され、俺とは堂々の一位──それも、満点である1000ポイントを叩き出しての主席卒業生の座を獲得したことで、遂に学園生活での俺と彼女の競争は、卒業まで引き分けに終わってしまった。
 最後くらいは、白黒はっきりと着けたいところではあったが、──まあ、こんな形であれば、同着というのも悪くはない。
 二人の主席が出たのは異例の事態──とは言えども、恐らくは学園側でも事前にこの結果を想定していたのだろう。
 卒業デュエルの代表については、予定通りに主席生徒が務めると言う形で、──つまり、合計二戦のデュエルを行う前提で話は進み、対戦相手には二名の在校生代表が選ばれることに決まったのだった。

「──それで、亮は対戦相手、もう決めたの?」
「そういうお前こそ、どうするんだ? 吹雪か、明日香を指名するのか?」
「それも、楽しそうだけれど……本当は、分かってるんでしょ?」
「ああ。……万丈目だろう?」
「その通り! ……まあ、先日の準はちょっと様子がおかしかったけれど……それでも、私が最後に実力を見たいのは準なの」
「……そうだな、お前は万丈目を、よく見守っていたからな」
「そういう亮は? 翔くんの成長も気になるでしょうけれど……今はきっと、十代でしょ?」
「ああ。……翔の実力を見るのはまだ、今じゃない。だが……十代ならば、面白い決闘を見せてくれるはずだ。俺はあいつの全力を見てみたい」
「……ええ、そうね」

 オベリスクブルー寮、夕陽の落ちる自室にて、──こうして、理由もなくと話していられる時間も、もうすぐ終わろうとしている。
 卒業後は海馬コーポレーションへと戻る予定でいただが、卒業を控えたこの時期にどうにか海馬さんへの説得に成功し、プロリーグへの加盟手続きも滞りなく済んだことで、彼女もまた俺と同様に、卒業後はプロリーグの世界に足を踏み入れることに決まっていた。
 つまり、俺達にはこれから先も、共に戦い続ける未来が約束されていて、──それでも、学園での四年間に一応の決着は付けて見たかったと思っているのは、……俺らしくも、ないだろうか。
 
 と競い合うこの四年間、俺はいつだって本当に楽しかったが、──その実で、俺は何もに勝利することを望んでいた訳ではなく、只俺の信条とするリスペクトデュエルを彼女相手に行うためには、全力で勝ちを狙いに行くことこそが、常に勝利を望むに対する相応の礼儀だったという、──元はと言えば、当初はそれだけの話だったのだ。
 しかし、との決闘は俺とていつも胸が躍り、──このまま、いつまででも、と戦い続けていたいと、決闘の最中で俺は何時しかそんな風に感じていた。
 ……との決闘は、楽しかった。一度勝てば次は負けて、その次は俺が勝ち、更に次はが制する。……俺達に決着らしきものが着いた試しなどは、終ぞや一度も無かったが、──それでも、学園の日々の最後にどちらが勝利するのかというそれは、この四年間の勝敗が決する瞬間と呼べるのではないかと、そう思ってもいた。
 ──その日、への勝利か敗北は、俺に未だ知らない感覚を与えてくれるのではないかと、──今までは考えもしなかったことだが、俺には漠然と、そのような想いが確かに募っていたのだ。

「──それじゃ、善は急げね。早く声をかけておかないと、先を越されるかもしれないし」
「俺の先を越せるのは、お前だけだろう? ……まあ、確かに早く伝えておくに越したことはないか」
「それなら、行ってみましょうか。──レッド寮に」
「……ああ」

 と共にレッド寮へと足を向けた際には、俺達が突然訪ねてきたことで翔と十代は大層に驚いていたが、──万丈目が同席していないことに気付き、寮の周囲を探してくるとが席を外している間に、俺は十代へと、手短に用件を伝えて、──それから、待ち合わせ場所の灯台でを待っていると、彼女も無事、万丈目に卒業デュエルの件を伝えられたのか、上機嫌で灯台まで戻ってきた。
 その後、鮫島校長にも互いの対戦相手を報告しようと、二人で校長室まで出向いた後のこと、──俺達から対戦相手を聞いた鮫島校長は納得した様子で頷いて、──それから、幾らか申し訳なさそうな様子で、一つの提案を示してきた。

「卒業デュエルの件は、承知した。……ところで、丸藤くんと海馬くんに、ひとつ相談があるんだが……」
「はい」
「何でしょう?」
「以前に君たちの公式戦が流れてしまっただろう? その件についてでね……」
「!」
「その……私はてっきり、もう予定が組めないものと思っていましたが……」
「ああ……俺もです」
「確かに、影丸理事長の件で立て込んでいて、そんな機会もなかなか用意してやれなかった。……だが、スタジアムの調整だけは続けていたんだよ」
「鮫島校長……」
「……それで、スタジアムは抑えられるんですか?」
「ああ。……但し、日程が少し問題でね」
「日程が?」
「卒業式の日……正確には、卒業パーティー後であれば、君たちの為にスタジアムを確保できる」
「!」
「……卒業パーティーの後、というと……」
「君たちが島を去る前夜のことになる。……しかし、卒業模範デュエルの予定も同日に組まれているし、スケジュール的にはかなり苦しいだろう。……もしも、君たちのどちらかが主席となった場合、一人だけが二戦連続で戦うことになるため、提案するべきか迷っていたんだが……」
「……ですが、今年の卒業生代表は、俺達二人になった」
「ああ。……ならば、ハンデも同じではある。……どうだろうか? 夜間に学園のスタジアムを解放するのは異例だし、何よりも君たちの負担が大きい。……私も、無理にとは言わない。君たちには、卒業後も対戦の機会はあるだろうからな」

 ──俺達が、この島で過ごす最後の日。
 卒業式を終えて、卒業模範デュエルを戦い、それから、卒業パーティーにも出席して、──その後で、ナイトスタジアムとして開放されたフィールドで、──俺は、それが許されるならば是が非でも、との決着を付けたい。
 翌朝には島を発たなくてはならず、その過密スケジュールでは間違いなく負担が大きいだろうとは思うが、──それでも、お互いに卒業デュエルを戦い、アドレナリンが大量に放出された状態で、未だ決闘の余韻に浸りながら、生涯最強の宿敵と対峙するなどと──そんなもの、──俺とて、やってみたいに、決まっている。
 鮫島校長は、俺達にその無茶を強いることは出来ないと言いながらも、──それでも、提案だけはするとそう言った。
 ならば、きっと、……俺も鮫島校長に倣って、に無理強いなどをしてはいけないのだろうと、そう思う。
 ……は女性で、考えるまでもなく、基礎的な体力ならば俺よりも彼女の方が無い筈で、負担は俺よりも大きいかもしれなくて、それが分かっていてに無理はさせたくないと、……俺は、はっきりとそう言ってやるべきなのだ。
 ……それが、友人として、恋人としての思いやりと言うものだろうと、俺にも分かっている。
 だが、分かっているのに、今回はやめておこうと彼女に言うべきだと思っているのに、──そう、思ってもどうしてか、──喉が渇いて、渇いて、──言わんとしている言葉は、一向に口から出てこない。
 
「……鮫島校長、そのお話、是非お受けします」
「! ……海馬くん、決して無理はしないでくれ。……本当に大丈夫なのかい?」
「やれます。……亮、そうよね? 私もあなたも……その程度で音を上げるような決闘者じゃないでしょう?」
「……
「私と戦いなさい、亮。──まさか、逃げ出したりしないわよね?」

 しかし、──そんな俺の動揺や葛藤などは知るや知らずやと言った風に、は即答で、──鮫島校長の意見を、受け入れたのである。
 まるで迷いのない龍の眼にじっと見つめられて「私と戦え」と命じられた瞬間、──俺はまるで凍り付いたかのように、その場から動けなくなった。
 ──気付けば、思いやりや優しさだとか常識などといった建前はすべて、荒涼とした瞳の前に薙ぎ払われてしまい、──先ほどまで、何故だかうまく声を絞り出せなかった喉は、突然に水と酸素を得たかのように、──流暢にも、彼女からの挑戦状を受け取る言葉を紡いでいたのだ。

「……まさか。……鮫島校長、俺も異論はありません。卒業式の夜……俺達の公式試合を、手配してください」
「……うむ、分かった。では、そのように手配しておこう」
「ありがとうございます」
「是非、期待していてください、……私たちの手で在校生に、最高の模範を示してみせますから」

 ──そうして、公式戦の権利を勝ち取ったは酷く上機嫌で、先程まで爛々とした瞳で此方を射抜いていたのは嘘かのように、──校長室からの帰り道、現在の彼女はまるで子供のような笑みで上機嫌に、軽やかな足取りで俺の隣を歩いているのだった。
 
「──よかったー! これで公式戦、ちゃんと叶うわね! 嬉しい!」
「……ああ、そうだな」
「プロ入り後は、試合の機会もすぐには巡ってこないでしょうし……これでようやく、アカデミアに思い残すこともなくなるわね!」
「まあ……連戦で当日のスケジュールが詰まっているのは、少し気がかりだがな」
「そんなの、夜通し耐久で卓上デュエルしたりしてるのと、あまり変わらないでしょう?」
「……確かに、それもそうかもな」
「楽しみだわ、普段は夜間にスタジアムなんて解放してくれないのに、特別な日だからかしら? ──きっと、夜間の照明に照らされる青眼とサイバーエンドは、いつも以上にきれいよ! キラキラして!」

 ──ああ、確かに。
 きっと、想像を絶するほどに綺麗なのだろうな、……その日、ナイトスタジアムで。──滾らんばかりの衝動を俺に叩き付けて、キラキラと輝くは、──きっと、恐ろしいほどに美しい輝きを放っている筈だ。
 俺は、どうやら、──その景色を見てみたいと、そう思っているらしい。
 ……知らなかったな、俺の中にそんな衝動が眠っているとは。
 これまでずっと、……の前では紳士ぶって、学生の身分に相応しい行動をと己を律し、どんなにじゃれ合って喧嘩してみたところで、俺は俺なりに、彼女のことを大切にして壊さないようにと細心の注意を払い、優しく触れてきたつもりだったが、──最後くらいは、良いだろうか。
 もしも俺が、──お前を壊してしまいそうなほどの衝動を叩き付けて、パーフェクトという限界の先にあるものをと共に見て見たいと、──そう望んでも、……お前は、俺を許してくれるのだろうか。

「……絶対に、十代に負けたりしないでよね」
「……ああ、お前もな」
「約束よ。──アカデミアでの最後に、あなたに泥を付けるのは私だってこと、よく覚えておきなさい、亮」
「それは此方の台詞だ。──決着を付けよう、
「──ええ、望むところよ!」

 
 ──そうして迎えた、卒業式の当日。
 卒業生代表として私たちが祝辞を述べた式典を終えて、卒業模範デュエルの舞台にて、──亮は十代との壮絶な融合合戦の果てに、バトル・フュージョンの打ち合いからのファイナル・フュージョンでの引き分けという、とんでもない試合を見せてくれた。
 二人のデュエルは本当に見事で、観客席で見ていた私までも、──その決闘を見ている最中からずっと、今でもバクバクと心臓が打ち震えている。
 一体、この決闘は何処まで行けるのだろうかとそう思わせた超次元の戦いを経て、──私のライバルは、最後まで膝を着かずに、卒業生としての面子を護り切った。──私と戦うその瞬間まで誰にも負けないと言う約束を、亮は先んじて、守り通したのだった。

「……次は、お前の番だな」
「……ええ、行ってくるわ」
「行ってこい、──!」

 観客席を降りて、選手交代でデュエルフィールドへと上がる私に向かって、亮がひらりと手を上げて見せる。
 ──パチン、と軽快な音を立てて力強いハイタッチを交わし、──そうして私は、卒業模範デュエルの舞台に立つ。
 
 対峙するは万丈目準、──最後に実力を見たかった、私の可愛い弟分。──絶対に負けられない決闘が、今此処に幕を開けた。

「──さあ、どこからでもかかってきなさい! 準!」
「ああ、遠慮なく行かせてもらうぞ、さん!」

「「決闘!!」」



close
inserted by FC2 system