054

「──吹雪! 着いたわよ! 卒業旅行の目的地!」
「ああ。……童実野町が見えてきたぞ、吹雪」
「……だから、何かが違うんだってば〜……!」

 吹雪たっての希望で決まった卒業旅行だったが、──結局、エジプトは遠すぎるからと言う消去法で、行き先が童実野町に決まったことに関しては、……どうにも、吹雪は納得できていないらしい。
 ──昨日、卒業式と十代との卒業模範デュエル、それからナイトスタジアムでのとの対戦を終え、明けた今朝。
 オベリスクブルー寮の自室に置いてあった私物は、朝の早いうちにすべて配送業者へと託して、最低限の荷物を手に俺とはアカデミアから本土に向かう船へと乗り、──そして、吹雪も卒業旅行の為の荷物を持って、こうして俺達と共に童実野町を訪れたのだった。
 俺も吹雪も、童実野町の出身ではないが、決闘者の聖地ともいうべきこの街は、大会などで幾度も訪れたことがあるし、全く無縁の土地という訳でもない。
 ──だからこそ、吹雪も卒業旅行の行き先としては些か不満だったようだが、──しかし今回、俺達には最強のガイドが着いている。

「──ようこそ! 決闘者の聖地、童実野町へ! この私が案内するからには、絶対に退屈はさせないわ!」
 
 ──何しろ、は童実野町の出身で、その上、彼女は海馬コーポレーション社長令嬢という立場でもあり、……海馬さんと言えば、現在の童実野町を実質的に取り仕切っているとまで言われるほどの影響力を持つ人だ。
 曰く、「童実野町は父の庭のようなもの」なのだそうで、……恐らく彼女も、童実野町の事情については相当に詳しいのだろうということは、想像に容易い。

「……でも、まずは亮の新居で荷物を受け取りましょうか」
は? の荷物は受け取らなくて平気なのかい?」
「私は、磯野……秘書に任せてあるから平気よ」
……きみ、もう秘書が居るのか……?」
「磯野は、父の秘書よ? ……まあ、暫くは私が借り受けることにはなってるけれど……亮、新居までの地図はある?」
「ああ。……これだ」
「見せてくれる? ……うん、此処ね。鍵はもう持っているの?」
「いや、不動産で受け取る予定になっている。不動産は此処だ」
「あら、すぐ近くなのね。じゃあ、まずは鍵を受け取って……荷物の受け取りは何時にしてあるの?」
「12時に指定してある」
「今は11時前か……それなら、徒歩でも十分間に合うわね。道案内ついでに、歩いて向かいましょうか」
「ああ、助かる。……頼むぞ、
「任せなさい!」

 は俺の手渡した地図を軽く確認すると、特に迷うこともなく不動産屋まで向かい、其処で鍵を受け取った後も俺の新居であるマンションまでの道のりを案内しつつ、俺と吹雪を先導してすいすいと歩いてくれた。
 ……彼女はきっと、童実野町の地理に明るいのだろうとは思っていたが、……正直なところ、のそれは俺の予想以上だった。
 以前に一度だけ、海馬さんに挨拶するための実家を訪ねたことがあったので、の実家の場所はなんとなく把握している程度だったが、童実野町の地理に明るくない俺でも、決してこの近辺がの実家の近所ではないことくらいは流石に分かると言うのに、──それでも、彼女はまるでよく見知った道を案内するかのように、「此処のコーヒーショップが美味しいのよ、サンドイッチもおすすめ」「この角を曲がるとドラッグストアとマーケットがあるの、亮の家から一番近いから教えておくわね」「一番近所のコンビニは此処かしら」「近くのカードショップは……いえ、これはまた後でにしましょう。きっと長居したくなっちゃうから……」──と、逐一の細かな解説を挟みながら、ゆったりとした歩調では俺達を案内し、──そうして、マンションの前に到着したのは11時30分を少し過ぎた頃だった。
 
 マンションに着いてオートロックを解除し部屋の中に入り、伽藍堂の室内でフローリングの上に座ると、夏でも些か床が冷たい。
 これは室内に何も荷物が──排熱するような家電の類が置かれていないのもあるのだろうか、と思いつつも業者の到着を待っていると、──それから程無くしてインターホンが鳴り、配送業者が新居を尋ねてきたのだった。

「──え、荷物これだけかい?」
「ああ。寮の調度品は、備え付けのものが多かったからな」
「亮、あんまり私物らしいものって無かったものね……家具とか家電はどうするの?」
「引っ越してきてから、見繕おうかと……」
「え、……じゃあまだ何も用意していないのかい!?」
「……流石に、寝具くらいは注文してあるぞ? この後に届く筈だ」
「カーテンとかは? 童実野町の夜は結構窓の外が眩しいから、カーテンなしだとつらいわよ」
「いや……それは、まだだな……」
「よし、こうしよう! 今日は亮の新居に必要なものを買い揃える日ってことで、どうだい!」
「それでは、卒業旅行とは言わないだろう……?」
「私も吹雪に同意ね。細かい雑貨なんかは後日でも良いとして……このまま観光に行こうとは言えないわよ、これでは……」
「……其処までか……?」

 と吹雪はそのようなことを言っているが、空調は備え付きで寝具などは注文してあるし、一応の生活基盤は整っていると俺は思うのだが、……二人は、どうにも納得できないらしい。
 ……それどころか、冷蔵庫は炊事をしなければ使わないし、洗濯機は届くまでコインランドリーを使えば良いと提唱してみたところ、と吹雪から猛烈に反論されてしまった。
 せっかくの卒業旅行で童実野町に来ていると言うのに、俺の為に時間を使わなくてもいいとも言ったが、結局二人は折れずに多数決が通り、その後届いた寝具を受け取ってから荷物を置いて、俺達はに連れられて買い物に出たのだった。
 
 ちょうど昼どきだったこともあり、道中で先程のコーヒースタンドに立ち寄り食事を済ませていくことにして、各自飲み物を選んだ後で、「亮はこのたまごサンドが好きだと思うわ、厚焼き玉子が挟んであるんだけど、ふわふわなの」「吹雪はこっちのエスニックサンドはどう? 結構辛いけれど、吹雪なら多分好きよ」とに勧められたサンドイッチを選んで会計を済ませ、席に座ってから齧りついてみると確かに俺の好きな味で、それは吹雪も同じだったようで、吹雪の奴も満足げに顔を緩めてサンドイッチを頬張っている。
 そんな俺と吹雪の様子を見ても満足したのか、自身の購入した海老とアボカドの挟まったサンドイッチを口に運びながら、店のカウンターから貰って来たらしい童実野町の観光ガイドを開き、彼女はこの後の予定の相談を始めたのだった。

「とりあえず、先に家電を攻めましょう。即日では納品して貰えないものもあるでしょうし……」
「確かに、それはそうだね。家電量販店に行くかい?」
「そうね。冷蔵庫と洗濯機とテレビ、電子レンジ、炊飯器、掃除機は必須として……亮、他に欲しいものある?」
「……電子レンジは必須なのか?」
「絶対に必要よ、……だって亮、あなたって絶対、小まめに自炊するようなタイプじゃないでしょう。……そう考えると、電気ケトルも欲しいわね……」
「……確かに、そう言われると反論できないが……」
「うんうん、が作り置きをしておいてくれるわけだね!」
「そうは言ってないでしょう……まあ、インスタントばかりでは身体を壊すし、それは必要に応じて考えるわ」
「家具や雑貨は何が必要だろう? さっきのの話だと、カーテンは遮光が良さそうだったけれど」
「そうね。あとは……床に座ってご飯を食べる訳にも行かないし、テーブルは必要よね」
「それはそうだな、デッキ調整や卓上デュエルをする場所も必要だ」
「ね。それに合わせて椅子かソファか……個人的には、カーペットを敷いてローテーブルとソファが良いと思うけれど」
「それは、どうしてだい?」
「そうじゃないと亮って、帰ってくるなり床で寝そうじゃない。床で寝られるくらいならソファで寝て欲しいからよ」
「……、お前の中で俺はそんなにいい加減なイメージなのか……?」
「だってあなた、前に寮のベッドに土足で寝転んでたことあったわよね? それも何度も」
「……いや、それは、寮内が土足だったから……」
「……確かに、そう言われるとの言うことも一理ある気がするな……」
「おい……吹雪、お前まで……」

 は肩から下げていた小さな鞄からメモとペンを取り出すと、すらすらと其処に買い物のリストを書き記していく。
 そうして、今日のところは家電屋と家具屋を見て回ることに決めて、それで足りなかった分は後日にが俺に付き合って買いに行ってくれると言うので、今日は大まかな買い物だけを済ませることになった。
 ──と、その時点までの俺は正直なところ、……何も今日、わざわざ三人で買い物を済ませなくても良いだろうにと、そんな風に思っていた。
 既に宿も取ってあるし、何も俺の部屋にふたりが泊まるわけでもなく、俺も今日のところは自宅に帰るわけではない。
 何より、只でさえ卒業旅行というには風情が足りないと文句を言っていた吹雪にとって、これは望んだ展開では無いのではないかと思う気持ちが、俺にはあった。
 ──だが、しかし。……実際に量販店まで来てみると、俺は自分の考えが如何に甘かったのかを思い知ることにもなるのだった。

「亮、冷蔵庫はどういうのが良いんだい?」
「そうだな……この小型ので十分だろう」
「それじゃ、何も入らないじゃない。私が困るからもっと大きいのにしない?」
「……何故、が困るんだ……?」
「私が何か差し入れても、これじゃしまっておく場所がないでしょう? こんなの、飲み物くらいしか入らないわよ……」
「そうだぞ、亮! が夕飯を作ってくれるラブ・チャンスを自ら潰すつもりか!?」
「……吹雪、私は何も、そんなことは言ってないんだけど……」
「……それなら、が選んでくれ」
「え、……流石にそれは駄目じゃない?」
「お前にとって居心地のいい方が、合鍵も活用してもらえそうだからな」
「……まあ、そういうことなら、別に良いけれど……」

 俺の新居は、一人暮らしをするには些か手広い。──というのも、元々あの部屋は、とふたりで暮らすことを想定して選んだ部屋だったからだ。
 はきっと、最終的にはプロリーグに進むことだろうと俺は信じていたし、仕事先が同じになれば、帰る家も同じ方が何かと都合もいい。
 ……それに何より、お互いに童実野町へと引っ越すことが分かっていたため、……俺は四年間ですっかり身に付いていた根拠のない理由で、当然のように卒業後も、とすぐ傍で暮らせるものだと思い込んでいたのだった。
 しかし、の方は既に海馬さんと話し合った上で、卒業後は実家に戻る方向で、話が纏まってしまっていたらしい。
 ……そんな訳で、部屋を選び直すのも面倒だったし、どうせは今まで通り俺の部屋に入り浸ることにはなるのだろうと、前向きにそう考えて、そのまま二人用の物件で俺は生活することにした。
 ──そう言った事情は既ににも伝えており、彼女には部屋の合鍵も渡してある。
 それらを加味した上で、確かに新居は俺だけの居住スペースではないのだろうから、の意見もある程度取り入れた方が、俺にとっても都合がいい筈だ。……せっかく渡した合鍵が、鉄くずになっては俺も些か気落ちするからな。
 ──そうして、俺の一人暮らしには少々大きく、との二人暮らしならばちょうどいい大きさの冷蔵庫を見繕い、電子レンジに関してもの希望でオーブン機能のあるものを購入した。
 彼女からすれば、の要望を俺が無条件で通しているようにでも見えたのか、は度々それならば自分が払うと主張してきたが、そうは言っても俺の家の設備だったし、俺には多少の打算もある。──当然ながら支払いは俺が済ませて、荷物は明後日の夜に届くよう手配し、その足で次は家具屋へと向かった。

「──そういえば、出がけに届いた寝具って敷布団だったけれど、自宅では布団で寝るつもりなの? 寮ではずっとベッドだったのに、大丈夫?」
「いや、あれは後々来客用にしようと思ってな。ベッドを買おうとは思っている」
「ふうん……」
「……そうだ、の寝る場所はどうする? 折り畳みベッドを買うか?」
「え?」
「……泊まりに来るだろう? 客用の寝具と別に、には専用のものがあってもいいかと、俺は思っていたが……」
「? 何言ってるの? 私は亮のベッドで寝るわよ」
「……うん?」
「今までと同じでしょ? 何か問題でもある?」
「……いや、それは……」
「流石にオベリスクブルー寮のベッドと同じキングサイズは無理でも、セミダブルかダブルサイズくらいは欲しいわよね……シングルじゃ二人で寝るには狭いでしょ? あの部屋、ダブルベッドくらい余裕で入るわよね? ドアと窓の寸法、それから天井の高さもメモしてきたから、マットレスの規格を確認してから選びましょうか」
「……吹雪……」
「……諦めよう、亮! 健闘を祈る!」
「……好き勝手に、言ってくれるな……」
「流石にこれは、反論の余地がないからねえ……」
「…………」

 ──今まではお互いに学生の身分で、全寮制という周囲による監視の目がある環境だったことも伴い、それでも問題なかったかもしれないが、──今後は、少し話も変わってくるんじゃないかとそう思ったが、──きっと、これをそのままに伝えたところで、墓穴を掘るだけなのだろうな。……彼女の方からいたずらに迫ってきたこともあるくらいだ、間違いなく俺の方が揶揄われて終わりだろう。
 結局、を納得させる口実も思いつかず、……まあ、俺とて何もと寝るのが嫌な訳ではない。
 寧ろ、確かに彼女の言う通りに今まではそうだったのだから、生活環境が大きく変わる今後の暮らしの中で、そんな風に変わらない習慣があることは安らぎにもなるかもしれないと、……そう自分を納得させて、結局俺はダブルサイズのベッドを購入したのだった。
 ……これでは、新居が広くて助かったのかそうではないのか、まるで分からないな。
 
 その後、量販店の各フロアを見て回り、遮光カーテンやカーペットとローテーブルにソファといった、事前に買い物リストへと上げてあった家具を見繕い、ついでにこの店で揃えられそうな日用雑貨なども幾らか買い揃えた。
 そうして見て回る中で気付いたことだったが、俺はそう言った雑貨に関して、この色や形が良いという趣味嗜好をあまり持ち合わせてはいないようで、機能性でばかり物を選ぶ俺を見かねたと吹雪に「インテリアを考えたら、テーブルに合うのはこっちでしょ?」「クッションはカーペットやカーテンと色合いを合わせたらどうだい?」等と助言をもらい、何かと二人の選んだものを購入していたため、……いつの間にやら新居には、雑貨を並べる前から友人たちの影が色濃く漂っているような気がする。
 更には吹雪からの引っ越し祝いだとそう言って、食器だとか調理器具だとかをその場で購入して贈ってくれたが、……これは、俺というよりも宛てじゃないか……?
 も引っ越し祝いに風呂周りの雑貨とドライヤーを俺に贈ってくれたが、……これは暗に、「髪は乾かしてから寝るように」と釘を刺されているのだろうと思う。……何しろ、絶対に床で寝るなと言われたばかりだからな……。
 
 そうして、あれこれと買い込んでいるうちに時刻は夕方を回り、家具や家電はともかく細かな雑貨類に関しては手荷物で購入してしまったため、再度俺の新居まで引き返してそれらを置いてから、今度は旅行用の鞄を各自持って俺の自宅を出て、──それから、が事前に予約してくれていた店に移動して、夕飯を食べることになった。
 俺も吹雪も、些か食の好みが偏っている自覚はあるため、……は、三人とも満足して食事が出来る店を、事前に色々と見繕ってくれていたのだろう。
 ……本人は決して口や態度には出さないが、……こういったところはやはり、の優しさや美徳と言える部分だと、俺はそう思う。
 夕飯を終えてから、今日は疲れたからもうホテルに戻って休もうとチェックインを済ませると、──まあ、案の定で三人部屋だったわけだが、……これについてはもう何も言うまい。
 俺達三人にとっては、だけが別室という方が余程不自然であることは分かり切っており、かと言って、吹雪だけが別室というのも何かが違う。……この“卒業旅行”をが心から楽しみにしていたからこそ、寝ても覚めても三人で過ごしていたいと彼女が考えたのだということくらいは、──俺にも吹雪にも、説明されずとも理解できているからな。

「──それで、明日は、何処を見て回るんだ?」
「ふふ、聞いて驚きなさい? 明日は一日、海馬ランドで遊ぶのよ!」
「え!? 海馬ランドって、超人気のテーマパークなんだよね……? チケットなんて取れるのかい?」
「……もしかして、既に抑えているのか? 
「まさか、ファストパスもあったりするのかい!?」
「ファストパス? 甘いわね……私は、顔パスよ!」
「顔パス!?」
「……いや……確かに、それはそうなのか……?」
「私たちの入試の時とか、後輩の入試を見学に来たときにはドーム以外は素通りしただけでしょう? 明日は目一杯遊ぶわよ!」
「つまり、人気のアトラクションにも乗れるってことかい!?」
「乗れるわよ! チュロスも食べるし、カイバーマンのヒーローショーも見られるわ!」
「……それは、が見たいんじゃないのか……?」
「それで、明日は海馬ランドの併設ホテルに泊まって、明後日は童実野町を観光するの! 明後日はね、このハンバーガーショップに連れて行ってあげるわ!」

 ホテルに着いてから各自風呂を済ませて、吹雪が率先しての髪を乾かしたがったため、は吹雪の好きなようにさせて、そのまま髪を梳かしたりと手入れも吹雪にされるがままになっているには、……自分は自力で髪を乾かさないのか? と少し苦言を呈してやりたくもなったものの、観光ガイドを広げながら明日以降の予定を解説するの話は非常に興味深く、そんな些細なことも次第に気にならなくなってきてしまった。
 ……しかし、の指差しているハンバーガーショップは、……記憶が確かならどうしてか、何処かで見覚えがあるような気もする。……一体、何処だろうか。何か、雑誌やテレビで見たような気はするが、……これが、只のバーガーショップだったなら、俺が逐一覚えているものだろうか……?

「? このハンバーガーショップって、有名なのかい?」
「ふふ、聞いて驚きなさい、吹雪……此処は、遊戯さんと城之内さんが高校生の頃によく立ち寄っていたお店なの!」
「ええ!?」
「遊戯さんと、城之内さんがか……!?」
「しかも、杏子さん……遊戯さんの幼馴染が学生の頃にバイトしていた店なのよ!」
「杏子さんって……ああ! 知っているよ! ニューヨークで有名なダンサーの真崎杏子さんじゃないかい!?」
「そう! よく知ってるじゃない、吹雪! あとは、亀のゲーム屋にも連れて行ってあげるわ!」
「……まさか、それは遊戯さんの実家のゲームショップか?」
「そうよ! 流石に遊戯さんは居ないとは思うけれど、双六さんには会えると思うわ」
「双六さんというと、決闘王・武藤遊戯さんのお爺さんかい!?」
「ええ、その通り!」
「うわあ……! どうしよう、亮! 城之内さんが通っていたバーガーショップに遊戯さんの実家のカードショップだってさ!」
「ああ……楽しみだな」
「ね! ありがとう、こんなに素敵な卒業旅行って他にないよ!」
「ふふ、……良かった! 明日からもたくさん、楽しみましょう!」
「うん!」
「……ああ」

 ──それからの二日間は、本当に時が過ぎるのも惜しいほどに目まぐるしく、……その時間のお陰で尚更に、と吹雪という友人を得られて過ぎ去った四年間は酷く得難いものであったと噛み締めてしまい、……それが余計にその時間を特別なものにしたのか、──楽しい時間は、あっという間に過ぎていってしまう。
 ……そんな時間が惜しいと思ったのは、きっと、俺だけではなかったのだろう。
 二泊三日の帰り際、家に帰ればちょうど家具や家電が届く頃合いだった俺は、この後実家に帰省する吹雪を駅まで見送ってから家に帰るつもりだったのだが、──が、吹雪を見送ったなら、そのまま俺の家に泊まって家具の組み立てやら設置を手伝うと、そう言い出したのだった。
 そして、それを聞いた吹雪は、──いつものあいつならば、俺に余計な気を利かせて「とふたりでごゆっくり!」だとかそんなことを言いそうなものなのに、その日に限っては、「だったら僕も今夜は帰らずに、亮のところに泊まろうかな? 何も、電車のチケットはまだ買っていないし……」──などと言い出すものだから、──卒業旅行三日目の夜、テイクアウトの夕飯を買って殺風景な家に帰り、取り急ぎテーブルだけを組み立てカーペットを敷いてソファを移動しただけの室内で夕食を済ませ、──しかし、繋がったばかりのテレビでちょうどプロリーグの中継がやっていたことで三人揃って見入ってしまい、結局、余り片付けは進まずに、……その晩は、寮生活をしていた頃と大差もなく、いつの間にかソファーやらカーペットの上やらで雑魚寝の姿勢に入ってしまっていた。
 幾ら寒い季節ではないと言えども、卒業式から此方ずっと動きっぱなしのところにこんな寝方をしたのでは、流石に翌朝は身体も痛かったが、──だと言うのに、昨夜の試合の話で盛り上がりながら、朝食を食べにコーヒーショップへと向かう道すがらにはいつの間にかすっかりと元気だったので、──ああ、確かに、……風情らしきものは何もないかもしれないが、……それでも、こんな卒業旅行も悪くはなかったなと、この三日間の写真を見返す度に、……俺はきっとこの先も、そんな思い出に浸るのだろう。


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