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 近頃の私は、未だかつてないほどに絶好調だ。プロリーグでの試合も連勝が続いているし、プロ入り後よりも格段に強くなったとマスコミには称されていて、それだけではなく、以前よりも華がある決闘をするようになった、なんて風にもメディアでは言われている。
 ──更には、そんな評価を広く受けたことで、私の活躍はどうやら海馬コーポレーションの株価にまで影響したのだそうで、近頃自社の株価が上昇しているのは広告塔である私の功績も大きいと、父様からそんな風に褒めて貰ったりもしていて、──あのときは、本当に、嬉しかったなあ。
 海馬コーポレーションをスポンサーにプロデビューしたのも、元々父と私の間で話し合い、利害の一致を元に進められた契約ではあったけれど、……実際にちゃんと父にも利益が出ているのだと実感できると、娘として、プロ決闘者としても、誇らしくて堪らなくなる。
 
 ──そんな風に、近頃の私がプロの世界で好調にやれているのは、──何よりも、亮がメジャーリーグに復帰したことが大きかった。
 世界タイトル後、数カ月に及ぶマイナーリーグへの転落から地下デュエルでの苦心の日々を経て、少し前から亮は地上のプロリーグへと復帰し、既に上位選手へと返り咲いている。
 ──亮は、あいつにとって初めての経験だったのであろう、決闘者としてのスランプを経たことで──其処から自力で這い上がってきたことで、今までの比ではない程に強くなった。
 ──正確には、以前までの亮ならば無意識のうちに遠ざけていたような戦術も、躊躇わず使うようになったのが何よりも大きいと思うので、決闘者として成長したと言うよりも、吹っ切れた、と言うのが正しいのかもしれない。 
 そうして、以前までの亮が覆い隠していたあいつの本性が表に現れたことで、──近頃の亮は本当に、魅力的な決闘をするようになった。
 そんな亮に感化されたのもあるし、亮が帰ってきてくれたことが嬉しかったのもあるし、──今までずっと望んでも叶わなかったこと、──真の意味で決闘の中で互いを理解し合えるようになったのが、一番大きかったのだろうか。
 ともかく、そんな亮に置いて行かれたくない一心で食らい付いていけば、嫌でも私も成長する。
 ──そんな風に、亮と本気でプロの舞台にて競い合っているうちに、──気付けば私もまた、連戦連勝を打ち立ててスターダムを一気に駆け上がっているのだった。

 ──数ヶ月間の間、疎遠になっていたどころか、最後の頃は音信不通にさえもなっていたけれど。
 それがまるで嘘だったかのように、近頃の私と亮はすっかり所きらわずで、学生時代以上に常に二人でつるんでいる。
 ずっと二人の間で噛み合わずに居た最後のピース、──目の前の決闘に何が何でも勝ちたいと言うその衝動を分かち合えるようになったことで、私にとっての一番の理解者は亮で、亮にとってのそれもまた私なのだと、きっと、お互いが自信を持ってそう思えるようになったから。
 ──それなら、当然だけれど、話したいことも伝えたいことも相談したいことも全部、私には亮以外の適任などが居なくなってしまって、今までだって私のすべてを満たしてくれていた丸藤亮という男は、文字通りに私の半身となってしまった。
 この心地良い感覚は、──なんだか、ずっと昔からこうだった気がするような、そんな安心感を私に与えてくれたけれど、──それでも、空白の数ヶ月は何よりも雄弁に、目の前の現実が確かに今生じた幸運なのだということを、はっきりと物語っているからこそ、──私はこの日々を、眩くて得難いものだと感じているのだろう。
 
「──
「亮! ……今、打ち合わせ終わったところ?」
「いや、がそろそろ出てくるかと思ってな、少し前から待っていた」
「寒かったでしょ? 大丈夫?」
「それは平気だが……まあ、お前があたためてくれると言うのなら、有難く受け取るぞ」

 プロの世界に入ったのは、まだ秋も訪れていない時期だったのに、──気付けば木枯らしの吹く、肌寒い季節になった。
 夜になればそれは尚更に顕著で、リーグ本部での打ち合わせを終えて外に出ると、正面玄関を出たところで私を待っていたらしい亮を見つけて、寒くはなかったかと駆け寄ったところで、──すっ、と手を差し出されることも。──その手を、私がすんなりと取ることも。──以前までならば、あまり想像も出来なかった習慣だと、そう思う。
 何も私たちだって、お互いに恋愛的な好意があったからこそ恋人と言う関係に収まっていた訳だけれど、──それでも、以前の私たちはあまりこういった恋人らしい情緒のある行為に、執着していなかったのだ。
 お互いに多少の欲らしきものはあったと思うけれど、亮が余りにも私に対して慎重に接してくるのが私は面白くなくて、それが不満で私の方が強めに彼へと接すると、少しは亮に優しくしてやれと周囲に咎められるものだから、──只、亮にも遠慮をして欲しくないだけだった私の行動は本人にも、周囲にも、なかなか伝わらなかったので、──いつの間にか、私は、この手の駆け引きでは彼から望んだ反応が返ってくることに、期待しなくなってしまっていたのかもしれない。
 何もそれで亮への気持ちが冷めた訳ではなかったし、そもそも私は、亮が隣にいるならそれだけで満足だったものの、──けれど、それでも。実際に欲しかったものが手に入ってみると、──信じられない程に熱く、火は灯ってしまうものらしい。
 そうして、熱に浮かされた私が、差し出された手を取るどころか腕を絡めて身を寄せてみても、今の亮は何も文句を言わないし、──平然と、それでも熱の籠った眼で私を一瞥して、満足そうに笑って歩き出すのだった。

「──今日は、家の都合は?」
「今日はふたりとも、遅くなるみたい」
「そうか。ならば、家に来るだろう?」
「ええ。……ご飯、外で食べていく?」
「俺は、どちらでも構わないが……後ろ、本部から着いてきている奴がいるな」
「だったら、撒いてから帰った方が良さそうね」
「ああ。……まあ、写真はどのみち撮られるだろうがな」
「どうでも良いわよ、そんなの。向こうの通りに雰囲気のいいお店があるのよ、其処に行きましょ」
「相変わらず、詳しいな」
「まあね。あなたの好きそうなのもあるから、安心してちょうだい」
「……そうか」

 きっと、マスコミからしてみれば、アンチヒーローとして返り咲いた亮と、快進撃を続ける私の取り合わせは、きっと格好の玩具なのだろう。
 写真くらいは、好きに撮ってくれても構わないと私は思っているけれど、──以前にやっぱり二人で歩いていた際に、亮が何処までも付いてくるカメラを手で掴んで乱雑に払い除けたことがあったから、──それ以来、至近距離に迫ってくるようなマスコミは見当たらなくなった。──まあ、誰だって、我が身は可愛いものね。
 それに、私だって亮を玩具にされるのは面白くないから、本当に撮りたがっているようなものは撮らせてやらない。──そんなものが出回って、父に心配を掛けたくもないし。
 ──やがて、私と亮が外で食事を済ませてからも、なかなか諦めないカメラマンだったけれど、私たちがカードショップに寄って長々と買い物と卓上でのパック開封と対戦に勤しんでいるうちに、──流石に根負けして、いつの間にか追っ手は帰っていたらしい。
 何とも根性のない連中だとふたりで話しながら、そのまま亮の家に向かって、家に着くなり先程開封したカードを広げてデッキを調整し、その間、順番に入浴を済ませたり、明日の仕事の準備を整えたりをしていると、気付けばもう大分夜も遅い時間になっていて、──亮の自宅へと置きっぱなしにしている部屋着で寛ぎながらも大分眠くなってきた私は、そろそろ寝ないかと亮に訊ねてみたところ、彼からも肯定の意が返ってきたので、二人揃って今日はもう休むことにしたのだった。

「──亮、明日は何時から?」
「俺は、打ち合わせが11時からだな。試合は夜だ」
「じゃあ、家を出るのは同じ頃ね。よかった、少しゆっくりできそう……」
「……ならば、もう少し夜更かししておくか?」
「馬鹿言ってないで、優等生だった頃のあなたを少し見習ってくれない? 私は眠いの、あなたも寝なさい」

 ぺちん、と窘めるように手を叩くと少しむっとしたのか、寝台の上で亮は少し乱暴な手つきで、私の身体を抱き寄せてくる。
 ぐっと体重を掛けるような抱え込み方は、まるで此方の都合などは考えておらず、少し苦しかったけれど、──けれど、そんな風に横柄に振舞われた方が、私はずっといい。
 この部屋のダブルベッドで寝るときも、それに、オベリスクブルーの広いベッドで寝ていた頃も、──亮は今までずっと、私との間に幾らかの空間を隔てて私が逃げられるだけの余地を作り、共寝をしたところで此方に触れてくることはなかったというのに、──シングルサイズのベッドでぎゅうぎゅう詰めに眠ったあの日から、すっかり距離感が可笑しくなったらしいこの男は、独占欲を隠そうともせずに剥き出しの本能を振りかざして、私を抱き枕扱いしてくるようになってしまった。
 ──今までの亮なら、絶対にこんなことをしてこなかったから、私は悠々自適に朝まで熟睡できていたし、翌日に身体が痛くなるようなことも無かったけれど、──それでも、私は今の亮の方が、以前よりもずっと好きだ。
 私は今までも亮に遠慮なんてしていなかったから、──それと同じように振舞って、私に遠慮をしなくなったこの男のことが、……私はやっぱり、どうしようもないほどに好きだし、亮が隣にいる事実だけが驚くほどに心を満たしてくれるのだと、……近頃、そんな風に噛み締めている。


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