071

 その日はプロリーグからの特別ゲストとして、小学生向けのデュエル教室に講師役で招かれており、エドと現場が一緒だった。
 プロ決闘者としての生活が始まってからもうじき半年近くになるけれど、──当初こそは、世界タイトルでの亮との試合のこともあったし、正直なところ私はエドのことを余り好意的に思っていなかった。
 しかし、共に仕事をする機会が増えるにつれて、今の私は、エドに対するそんな苦手意識もすっかり無くなっている。
 エドは確かに口が悪いし、態度も高圧的なところがあるけれど、彼はどんなときでもストイックにプロとしての姿勢を貫いている。──刺々しい彼の人柄も、要するに仕事へのプライドの高さの表れなのだ。
 きっと、一度それさえ分かってしまえば、エドは存外に私が好きなタイプの人間だったのだろうと、そう思う。

「──エド、この後の予定は?」
「そうだな……一時間後から近くで打ち合わせの予定が入っている」
「あら、奇遇ね。私もなの」
「君も? ……へえ、偶然だな」
「……ねえ、そう言うことなら時間調整ついでに、近くでお茶でもしない?」
「……は? 君が? 僕と?」
「? ええそうよ? 私、童実野町には結構詳しいの。近くで時間を潰すなら、良い喫茶店に案内するわ」
「まあ確かに、君は童実野町の地理には詳しいだろうが……」

 小学生たちへの指導を終えた後で、一人一人と握手をしたり、カードにサインを書いてあげたりと、プロ決闘者としてのファンサービスもきっちりと済ませてから現場を後にした私たちだったけれど、時計を見ると次の仕事までは小一時間ほどの空きがある。
 ちらり、と横目でエドを見てみると彼も時計を確認していたので、次の現場について聞いてみると、どうやらエドの方も私と似たような状況らしかった。
 それなら丁度良いし、いっしょに何処かで時間を潰さないかと、私はそう提案した訳だったのだけれど、──私の提案を受けて、エドは妙なものを見るような、何処か腑に落ちないような、……そんな顔をして私を見つめているのだった。
 
「エドって紅茶は平気? 珈琲の方が好き?」
「……まあ、どちらも飲めるけど……」
「あらほんと? それなら、紅茶専門店に行かない? 嬉しいわ、私は紅茶の方が好きなのだけれど、亮はあんまり分からないみたいで……」
「? 分からない? どういうことだ?」
「んー、それがね、味はお茶なのに香りがするのが不思議で、あまり好きになれないんですって」
「はあ……? なんだそれ……? 彼の味覚が貧相なんじゃないか……?」
「ね? 言い分がよく分からないでしょ? 亮って時々、感性が独特で……よかった、エドは話が通じそうで……」
「……おいおい、僕をそのレベルと一緒にしないでくれよ……」

 そう話しながら私が道案内するように先導して歩き出すと、エドの方も私に着いてきてくれる気はあるようで、少しだけスペースを開けて、彼は私の隣を歩いている。
 ……なんだかんだで誘いに応じてくれる気があるのなら、先程はどうしてあんな顔をしていたのだろう? ──と、私がそんな風に考えていると、意外にもエドの方からその理由に触れてきたのだった。

「……随分と、仲が良いんだな」
「え?」
「ヘルカイザーの話だ。……君、先程から彼の話ばかりじゃないか」
「……そう? まあ、亮とは付き合いも長いから……」
「……君たちが恋人同士だって、そういう噂がリーグで流れているが?」
「ええ、知ってるわ。事実だから放っておいてるのよ」
「へえ、少しプロ意識が低いんじゃないか?」
「あら、プロ決闘者としての腕とプライベートな恋愛には関係があるって、エドはそう考えているの? 意外だわ」
「……やれやれ、動じないか……今のはジョークだ。君はプロ意識が高いよ、
「そう? ありがとう」
「……彼の恋人なのに、君は僕のことを恨んでいないのか?」
「恨むようなことではないでしょう、エドが勝ったのは事実だし……寧ろ私にとっては、あなたは恩人かも知れないわよ?」
「恩人? 僕が?」
「だって、亮が変わるきっかけをくれたのはあなたじゃない」
「……どうかしているよな、君って……」

 ──ほら、やっぱりエドって、何だかんだで悪い奴でも嫌な奴でもないのだ。
 当初、私の誘いに困惑した様子を見せていたのも、……きっと、エドと相席することで私が嫌な気分にならないかと、それを気に掛けてくれていただけなのだろう。
 ……まあ、それは個人的な気遣いというよりも、そんなことが次の仕事のパフォーマンスに影響しては困ると言う、同業者が故の配慮だったのだろうとも思うけれど。

「そんなに気を使わなくて良いわ、亮だって気にしていないし、私がエドを恨むような理由は何処にもないわよ」
「……そうかい。分かったよ」

 世界タイトルでの試合以降、亮が表舞台から姿を消していた期間も含めて、今までもエドと私は割と普通に同業者として付き合いを続けていたように思うけれど、──きっと、今までだって幾らか気にしてはいたのだろうな、彼は。
 だって、そうでなければ、外で二人になったこのタイミングで、わざわざエドが私の本心を聞き出そうとする理由がないから。

「──そういえば、エドって子供好きなの?」
「は……?」
「子供の相手、そつなくこなしていたでしょう? 慣れているのかなって思ったの。下に兄弟がいるとか?」
「……いないよ、僕の家族はもう居ない。今は、後見人が居るだけだ」
「……そう。それなら、私と同じね」
「は? 確か君は、海馬瀬人の……」
「養子なのよ、私。親子と言うには年齢が近いでしょう?」
「……ああ、確かに……そうか……」
「孤児院育ちでね、……プロとして少しは売れてきたから、孤児院に支援をしたいと思ってるのだけれど……私、子供の扱いって慣れていないから。参考にしたかっただけなの、……気分の悪い質問をしてしまったわね、ごめんなさい」
「……いや、別に気にしていないさ。……実は僕も孤児院に支援をしていてね、それで少しは子供の相手に慣れたのかもしれないな」
「エドも?」
「ああ。僕は孤児院で育ったわけではないが、似た境遇の子供たちはやはり気がかりだ。……君にその気があるなら、その話は僕が力になれるかもしれない」
「…………」
「……何か?」
「……いえ、ありがとう。助かるわ、エドに話してみて良かった」
「……そうかい」

 きっと、エドは心根の優しい少年なのだろうなと、──数ヶ月の付き合いで、そんな風に思う気持ちが私にはあって、──案の定、その予想も幾らかは当たっていたらしい。
 エドを案内した喫茶店で席に通されて、クリームティーセットをふたつ注文してから、運ばれてきた紅茶で喉を潤しつつスコーンで小腹を満たして彼と雑談していると、話題は思いがけない方向に転がっていった。
 やっぱり、私は自分で思っている以上に、エドのことをまだ何も知らないのだなとそう思いながらも、垣間見えた一面は好印象で、やはり私は結構エドのことが気に入っているのだろう。……少し、準に似たようなきらいもある気がするし。……ふたりとも、似ているなんて言ったら怒りだしそうだけれど。

「──おや? エドじゃないか?」
「──斎王! どうしたんだ、こんなところで……」
「少し休憩にね、……おや、そちらは……」
「ああ……紹介する、彼女はプロリーグの加盟選手で……」
「海馬さん! ……そうでしょう? 存じていますとも、私はあなたのファンですから」
「ええ……あの、あなたは?」
「すまない、……彼は僕のマネージャー、斎王琢磨だ」
「申し遅れました。……私、斎王琢磨と申します」
「斎王さん? はじめまして、海馬です」
「どうか、斎王とお呼びください。こう見えても、デュエルアカデミアではあなたの後輩に当たりますから」
「あら、あなたもデュエルアカデミアに?」
「ええ。若輩者ですので、学ばせていただいています」

 そうして、エドとひと時の休息を過ごしていたところに、──ふと、見知らぬ白装束の男がテーブルに歩み寄ってきたかと思えば、男はエドへと向かって親しげに声を掛けてきて、──エドのマネージャーとして紹介されたその人──斎王が、その流れでこのお茶会へと同席することになったのだった。
 最初、エドは無理に気を遣わなくても良いと私に言ったが、斎王は私のファンなのだとそう言って丁寧な自己紹介をしてくれたものだから、邪険にするのも気が引けたし、そもそも、彼が同席することで別段私に不都合が生じる訳でもない。
 
 紅茶を飲みながら少し話してみると、エドのマネージャーだと語った斎王は、彼自身もデュエルアカデミアに属する程度には決闘を嗜むそうで、他にタロットカードも得意なのだと言う。
 なんとも多才らしい彼は、「今日はこの店に来ると、運命の出会いがあると、カードが導いてくれたのですよ」──と、そのように語り、私のファンだという言葉にも確かに嘘はない様子で、実際に私の出ていた試合にはすべて目を通してくれており、私に対して幾つかの賞賛と試合の感想を贈ってくれた。

「……斎王、一体いつの間にの試合を……?」
「最初は、エドが話してくれたんだろう?」
「僕が?」
「君がさんの話を聞かせてくれたから、私はそれで興味を持ったんだよ」
「……エドが? 私の話を?」
「……なんだ? その、何か言いたげな顔は……」
「いえ……一体、何を話したのかしらと思って……」
「ははは、……エドの話していた通りの人物ですね、あなたは。……本当に眩しい、光に選ばれただけのことはある……」

 そう言って、何かを噛み締めるかのように話す斎王の語り口は少し不思議だったけれど、彼自身も光属性モンスターのデッキを使うと話していたから、それで私が目に留まったのかもしれないと思った。──実際、メディアなどでは光属性使いだとかの肩書きで私が紹介されていることも多かったし。
 それにしても、エドも紅茶は好きな方だと話していたけれど、どうやらそれは斎王の影響が大きいようで、斎王は非常に紅茶に詳しいみたいだったし、特に自分で紅茶を淹れるのにも凝っているという話は、私にとってもかなり興味深かった。
 私も自分で紅茶を淹れたりはするけれど、実家では基本的に磯野が淹れてくれるし、寮生活の間も下手をすれば私よりもカイバーマンの方が紅茶を淹れるのが上手いくらいだったから、斎王が幾つか上手な淹れ方のコツを教えてくれたのをしっかりメモして、帰ったら今日は自分で紅茶を淹れてみると、そんな風に話していると、──あっという間に、次の現場の時間が近付いてきているのだった。

「……もうこんな時間? 私、そろそろ行かないと……エドは?」
「僕はもう少し時間があるな……まだ店に居るよ」
「それなら、私は先に失礼するわね。……そうだ、孤児院の話だけれど……」
「また今度、相談に乗ろう。本部で見かけた際にでも声を掛けてくれ」
「分かったわ、またお茶でもしながら話しましょう。……そのときは、斎王もぜひ」
「ええ、是非とも。……お会いできてよかった、さん」

 別れ際に、スッと差し出された斎王の手を、握手を求めるジェスチャーだと受け取った私は、ファンだと言ってくれた彼の仕草にも素直に応じて、──それから、せっかく会えたのだからご馳走したいと言う彼の言葉を断って、自分の会計を済ませてから先に店を出た。
 ──まさか、エドのマネージャーが私のファンだとは夢にも思わなかったけれど、……なんだか、少し嬉しかったな。
 エドほど優れた決闘者をすぐ傍で見ていながらも、私に目を向けてくれたのは、私にも何か光るものがあると彼がそう感じてくれたから、だとしたら、……それはきっと、プロデュエリスト冥利に尽きることだもの。


「──斎王、一体何を企んでいるんだ?」
「企んでいる、とは?」
のファンだなんて、僕は初耳だぞ」
「それは本当だとも、……素晴らしい。彼女は必ずや、お前の運命にも影響を及ぼすぞ、エド」
「……まさか、彼女が犯人な訳が無いだろう」
「おや? 随分と確信をもって言い切るのだな」
「あんな人間が、人を殺せるはずがない。……ましてや、彼女は僕の三歳年上だ、事件当時は子供だぞ」
「……まあ、確かに彼女は、お前の追っている人間とは関係がないとも、だが……」
「? 斎王……?」
「……私には、関係がある。……既に縁は結ばれたとも、ああ、期が熟するのが楽しみだ……」


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