072

「──そう言えば先週、エドのマネージャーに会ったわ」
「ほう」
「なんでも、私のファンなんですって」
「……それは男か?」
「そうだけれど……だったら、何?」
「いや? 良い気がしないと思っただけだが、悪いのか?」
「あのねえ……少し話しただけよ? そのひと、紅茶が好きだって言うから……」
「ほう? お前と趣味が合うんだな、……まるで、予め用意してきたかのような答えだ」
「……亮……何を拗ねてるわけ……?」
「拗ねているわけではないが、気に入らん。……お前の方は、食の好みが合う相手で嬉しかったように見えるがな」
「……あのねえ……」

 先週いっぱいはお互いに忙しかったこともあり、リーグ本部や現場で顔を合わせてもあまり長いこと一緒にはいられなかったり、亮の家に来ていても疲れてすぐに眠ってしまったりと、落ち着いてふたりで過ごす時間もあまり取れなかったから、お互いに仕事の早く終わったその日、私は亮の自宅を訪れて、夕食後にソファーで寛ぐ亮を背凭れ代わりにしながら、互いにデッキ調整をしつつ、此処一週間ほどの近況について話していた。
 ──そんな時にふと思い出したのは、先日に出会ったエドのマネージャー、斎王のこと。
 彼はエドのマネージャーだとそう言っていたけれど、付き人のようにエドの仕事に同行している姿は一度も見たことがなかったから、亮はエドのマネージャーを見たことがある? とそう訊ねたくて切り出した話題だったけれど、──妙に独占欲の強いこの男は、案の定ふたりきりの時間に私の口から“他の男”の話題が出たことが気に入らなかったようで、最近著しく悪化した強い言葉で、づけづけと私を諫めてくるのだった。
 ……まあ、そうして妙に突っかかってくる亮の言いたいことは分からないでもないし、確かに彼の言う通りに私と亮はお世辞にも食の好みが近いとは言えないけれど、……とは言え、それは吹雪だって同じだし、大体私はそんなことを逐一気にしたことも無い。
 
「私は仮にあなたが味覚障害になって、何の味も分からなくなったとしても、それでもあなたの傍に居るわよ」
「……そうか」
「そうよ、文句ある?」
「なら良いが……しかし、随分と都合のいい話には聞こえる。お前は、妙な連中に付き纏われやすいからな……在学中も、取り巻きが居たくらいだ」
「……は? なにそれ、そんなの居ないわよ……?」
「……まさかとは思うが、在学中は気付いていなかったのか?」
「知らない……というか、亮だって居たでしょ、自称カイザーの取り巻きの人たち! オベリスクブルーに!」
「……そんな奴ら、居たか……?」
「居たわよ! なによ、あなただって気付いていなかったんじゃない!」

 正直なところ、在学中からそんな予感はしていたけれど、──やっぱり亮は、“自称カイザーの取り巻き”だった三人組のことを、ちゃんと認識していなかったらしい。
 ……一応、同級生くらいには思っていたとは思うけれど、……まあ、確かに、在学中もずっと、私と彼らが亮と一緒に居ても、亮は私にしか話しかけてこなかったから……何かすれ違いが生じているような気は、していたのよね……。

「ほら、時々ブルー寮のあなたの部屋まで付いてくる三人組が居たでしょ。彼ら、自称カイザーの取り巻きだったのよ」
「……ああ、お前と過ごすのを邪魔してくるから、のファンなのかと思っていたが……」
「……ちょっと待って、だから彼らに対して時々当たりが強かったの……?」
「? 他に理由があるか?」
「……あのねえ……」
「大体、お前こそどうなんだ? よくお前に着いて回っている三人組が居ただろう」
「? 明日香とジュンコとモモエのこと? あの子たちは取り巻きとかじゃないわ、可愛い後輩よ」
「違う、ブルー女子の……お前を様付けして呼んでいた連中が居ただろう」
「……え! あの子たち、亮か吹雪が目当てで私に着いて回っていたんじゃないの……?」
「……だとしたら、を様付けでは呼ばないだろう……俺のことは普通にカイザーと呼んでいたぞ、彼女たちは……」
「……そうなの……?」
「そうだ」

 ──言われてみれば確かに、ブルー女子にそんな三人組が居たような気もする。「さま」と私を呼んで時々後を付いてくる彼女たちの行動が私は不思議で、かと言って彼女たちと特別に仲良くしていた訳でもなかったし、そもそも私は特待生寮唯一の女子生徒という立場だったから、ブルー女子の子達とはあまり関わりも無かったし、正直に言って悪浮きしていたと思う。……だからてっきり、彼女たちは私に着いて回れば、亮や吹雪と関われるものと考えて私に着いてくるのだとばかり思っていた。
 実際、吹雪はかなり女の子から人気があったし、亮だってそうだったらしい。私は女生徒と余り話さなかったから、誰が誰を好き、とかはよく知らなかったけれど、……なんとなく、そういうものなのだろうな、と思う気持ちがあったから、……まさか、彼女たちが私の取り巻きを自称していたなんて、考えもしていなかったな……。

「……ともかく、お前は自分への好意に疎い節がある」
「……私の話聞いてた? あなたにだけは言われたくないんだけど……」
「そうか? 実際には、俺からの好意にも気付いていなかっただろう」
「う、……そ、それは、だって私たち、ライバルだったし……あなたが隠すの上手かっただけでしょ!」
「吹雪には、打ち明けるまでもなく見破られたぞ」
「それは吹雪が特殊なの! ……大体、いつから好きだったのか、何度聞いても教えてくれないじゃない。本当にそんなに前からだったわけ? 中等部の頃から、ってこと……?」
「……まあ、それは置いておくとして、本題に戻すぞ」
「置かないでよ! どうしていつもはぐらかすわけ!? 隠すようなことじゃないでしょ!?」
「俺の好意にすら気付かなかったお前にも分かるほど、そうも露骨に好意を示してくる人間というのは、……どうにも、きな臭いように思えてならんな。……どう考えても、俺以上にを好きな奴がいる筈もない。ならば、特別にお前への好意が強いのではなく態と誇張して見せている……何かしらの思惑があって、に近付いてきた可能性はないか?」
「…………」
「そもそも、偶然にしては出来過ぎて……おい、。聞いているのか?」
「……あなたって、すごい自信ね? びっくりして、途中から聞いてなかったわ……ごめん……」

 ──きっと、亮は真剣に私へと忠告してくれているのだとそう思うけれど、……そうは言っても、急に大真面目な顔で、「俺以上にを好きな奴がいる筈もない」等と言われてしまっては、……流石に私も驚いて、それ以上は、話が頭に入ってこなくもなる。
 ……まあ、実際のところ、亮の言う通りなのだろうな、とは思うのだ。
 地下デュエルから敗北を糧に這い上がり、ひたすらに勝利への執念を燃やすようになった最近の亮は、目に見えて他人を遠ざけるようになった。
 以前はよく話題に上げていた翔くんや吹雪のことも、近頃の亮は碌に語らないし、こうしてふたりで居る時間もデュエルのことかリーグや仕事の話、そうでなければお互いのことばかりを話しているような気がする。
 きっと今の亮は、強い相手と戦って決闘に勝利すること以外には、まるで興味がないしどうだって良いのだろうな、と言うのは隣で見ていてよく分かるし、倫理や道徳と言う枷を手放して常識から脱したことで、人との繋がりも彼はきっと幾つも放り投げてしまったのだろうに、──それでも、私のことだけは何が何でも繋ぎ留めようとしていて、それは、以前までの亮が持ち合わせていたものとは比べ物にならない執着へと昇華されているのは、私も知っている。
 ──つまるところ、きっとこの男は、それほどまでに私のことが好きなのだ。
 何もかもを手放して、決闘以外の荷物を放り投げても尚、亮が私の手を掴んで離さないのは、──私の存在が彼の中では決闘とセットになっているからなのか、──それ以上に、個人としての執着があるからなのか。
 ──きっと、そのどちらもなのだろうなと思いながらも、それ程の執念を向けられている自覚がある上で逃げる気が無い私も結局、亮と似たようなものなのだろうけれど。
 ……それでも、そんな実感があるからこそ、改めて本人の口から言われると、それなりに衝撃だって走る。

「……自信も何も、事実だろう」
「……まあ、それはそうね。でも亮、……私だって、それは同じよ」
「……そうか」
「ええ。……私が聞きたかったのは、エドのマネージャーと言う割には一度も姿を見たことがなかったのは不思議よね? と言う話なの」
「要するに、お前もその斎王とやらを妙だとは思っているのか」
「まあ、多少はね……私のマネージャー……磯野は私に同行してリーグ本部に出入りすることも多いし、亮の新しいマネージャーの……猿山さん? だったっけ? 彼も似たようなものでしょ」
「そうだな……一度も姿を見たことがないと言うのは、やはり妙だ」
「ね。……まあ、斎王もデュエルアカデミアに編入したみたいだから、その兼ね合いもあるのかもしれないけれど……」
「……デュエルアカデミアに? その男は、学生と言う年齢なのか?」
「正直、年上に見えたわ。いえ、大人びているだけかもしれないけれど……」
「……やはり、積極的に関わるべきではないかもな」
「まあ……ファンだと言ってくれたのは嬉しかったわ。だって彼、エドのマネージャーだもの。エドほどの決闘者を傍で見ているひとにそう言われたら、満更でもなくなるのは仕方ないでしょう? それだけよ」
「……そうか」
「あ、……ねえ亮、このカード最近デッキに入れたのだけれど、あなたのデッキともシナジーがありそうじゃない?」
「どれだ?」
「これよ、次元誘爆」
「……除外モンスターを特殊召喚するカードか」
「使いそうだったらこれあげるわ、もう一枚余ってるから」
「良いのか?」
「ええ、良かったら使って」
「……ならば、有難く受け取っておく」

 やっぱり亮は、斎王の件に納得しきれていない様子ではあったものの、──一応、私から報告があったことには満足しているらしく、亮が大人しくカードを受け取ったことで話題は決闘に逸れて、それ以上は斎王について追及してくることも無かった。
 ……全く、もしかして私はこの先、亮に嫉妬されそうなことが少しでもある度に、自主的に報告しないと毎回文句を言われるのかしら? と思うと、流石に少し面倒だと思う気持ちもあるけれど、……まあ、それだって満更でもないのだと言ったら絶対に亮が調子に乗るから、本人には教えてあげない。
 日頃からあんなに、亮のことを私の所有物扱いしているんだもの、私だってちゃんと、自分が亮の所有物だと言う自覚くらいはあるのだけれど、……本当に、どうしてこの男はこんなにも頑なで、妙に嫉妬深いのだろうか。


「──最近のデュエルアカデミア、どんな様子なのかしらね」
も、吹雪たちとは連絡を取っていないのか?」
「取っていない訳ではないけれど……吹雪も、私が忙しいから遠慮してるんじゃないかしら? それに……」
「それに?」
「……あなたのことを聞かれたら、なんて答えたら良いの?」
「そのまま答えればいいだろう」
「そんなの、余計に吹雪を心配させるだけよ……私は傍で見てるから不安になったりしないけれど、吹雪たちはそうじゃないでしょ?」
「……そういうものか」
「きっとね。まあ、吹雪からは時々短い連絡は来るわ。……でも、そういえば最近、明日香と準からは、あまり連絡が無いのよね……」
「明日香たちが?」
「ええ。明日香はまだ、二週間前くらいだけれど。……準の方は、結構前から……時々メールが来ても、なんだか様子がおかしいのよ」
「……様子がおかしい……?」
「なんだか、よく分からないことを言ってくるの。光の導きがどうとか、……ほら、このメールとか、なんだか変じゃない? 何を言っているのかよく分からなくて……」
「……万丈目の様子がおかしいのは、元からじゃなかったか……?」
「そんなことないわよ! 準は良い子だし、ちゃんとしてるわよ!」
「……そうか……?」
「そうよ!」


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