075

 ──デュエルアカデミア本校に居る吹雪から、先日に連絡があった。
 なんでも、今年度の修学旅行先が童実野町に決まり、吹雪は近々この街を訪れるらしいのだ。
 修学旅行とは言っても、母校のそれは自由行動も多く、吹雪は以前に私と亮との修学旅行で童実野町の観光は十分に堪能したから、もしも私たちの都合が良ければ、修学旅行の際に童実野町で会えないか、──というのが、吹雪からのメールの内容だった、……の、だけれど……。
 
「──亮、どうする? この日なのだけれど、吹雪と三人で食事するくらいなら、時間取れるかしら?」
「……いや、俺はやめておこう」
「……吹雪に、会わなくて良いの?」
「ああ。その日は試合もあるからな」
「そう……」
「それに、お前も翌朝に試合じゃなかったか?」
「それは、そうなのだけれど……」
「無理はしなくて良いんじゃないか? 何も、次に会う機会がないわけでもないだろう」

 素っ気なくそう言い放つ亮には他意などはなく、その言葉にはきっと、それ以上の意味はなにひとつとして籠っていない。
 何も吹雪に会うな、と言われているわけでは決してなかったし、実際に亮は、過密スケジュールの中で無理に吹雪と会っても得るものは何もないと判断したからこそ、その席には参加しないと言っているだけなのだ。
 ──そして、確かに私も指定された日程は、スケジュールがぎっちりと詰まっているし、私の提案した夜──亮の試合が終わった後の遅い時間から食事会と言うのは、その翌朝に試合だって控えているから、少々厳しいものがある。
 仕事のスケジュールを加味すると、日中は無理でも私が寝る時間さえ削れば、夜に吹雪と食事を一緒にするくらい……、と思っての亮への提案だったものの、彼にはきっと私の思惑があっさりと看破されてしまったのだろう。
 亮は私の提案に乗ってこなかったし、それに仮にも吹雪は修学旅行──デュエルアカデミアの行事で、学生として教師の引率の元で童実野町を訪れる訳だし、そんな吹雪を夜間に呼び出すのは、流石にどうなのだろう……と言う気持ちもある。
 吹雪は私や亮と同い年だけれど、後輩たちは皆年下で、年少者に同行している以上、模範としては決して褒められた行動ではないと思う。……まあ、在学中に女子寮を頻繁に留守にしていた私が言ったところで、説得力には欠けるだろうけれど。
 
 ──でも、なんとなく。
 ……吹雪は、私に話したいことが、相談したいことがあるんじゃないかと、そう思ったのだ。
 それはもちろん、何よりもプロリーグでの私と亮の様子を気に掛けて連絡してきてくれたのだとは思うものの、──どうしてか、吹雪から送られてきたメールの文面に、私は彼の不安を感じ取ったような気がしてしまった。
 吹雪が打った文章はいつもの彼らしく、穏やかで元気そうな言葉が並んでいたけれど、それでも、……吹雪って、どんなに困った事態になってもあまり周囲には相談してくれないひとだから。──もしかして、デュエルアカデミアでは、彼の身の回りで何かがあったんじゃないかと、──そう、思ったのだ。

 ──けれど、結局私は、スケジュールを考えれば亮の言うことも尤もだとそう思って、吹雪には、私と亮は仕事の予定を修学旅行の日程に合わせるのが難しいと、そう連絡した。
 そうして迎えた修学旅行初日の夜、亮は試合に出ていて、私も明日の朝一で試合が控えていたから、リーグ本部の控室から亮の試合を見届けてすぐに屋敷へと戻り、その日は家に帰ってきていた父と共に夕飯を食べられたのが嬉しかったけれど、──やっぱり、童実野町に来ている吹雪のことは心配で、一か八かで連絡してみようかと悩みつつも父と話していたそのとき、──父様の口から、どうにも気がかりな単語が漏れたのだった。

「……え、父様、今なんと……?」
「本日、光の結社とやらの代表が、オレを訪ねてきた。……そう言ったのだ、よ」
「光の、結社……?」
「なんでも、デュエルアカデミアを拠点としている妙な連中のようだ。我が社の海馬ランドを修学旅行で使用したいと申し出てきたのだ」
「それで、父様はどうしたんですか?」
「無論、貸し出してやったわ」
「……大丈夫なの? 何か、企んでいるんじゃ……」
「だろうな、随分と胡乱な男よ……この修学旅行、奴らは何かしらの目論見があるのだろう」
「だったら、止めに行った方が……」
よ、……オレはデュエルアカデミアのオーナーではあるが、教師ではない」
「……はい」
「そして、貴様も既に在校生では無かろう。過度の干渉は、奴らの成長を阻害することとなる……」

 ──静かにそう語りながらもナイフとフォークを手に、落ち着き払った様子で食事を進める父様にはまるで焦ったような素振りはなく、“光の結社”とやらがデュエルアカデミアやこの童実野町で暗躍することを気に掛けつつも、──この様子だと、父様自ら介入するつもりは一切無いらしかった。
 父様は言う、──私や父はデュエルアカデミアにとって部外者だから、学園の中で起きた事件は、彼ら自身の手で解決するべきなのだと。
 ……その言葉通りに実際、私が在学していた四年間も、父様がデュエルアカデミアへと干渉してくることは殆ど無くて、特別な式典に来賓として何度か呼ばれていた以外には、あの島で父と顔を合わせる機会はほぼなかった。
 私が学園でどう過ごしているのかは常に気に掛けてくれていたけれど、逐一指示を受けたり、注意を受けたりということだってなかったし、私の学園での日々を、父が遠くから見守り続けてくれたからこそ、今の私があるとも言えるのだ。
 
 ──それに比べると私は、在学中も後輩や学友が危機に瀕する度、考えるよりも先に身体が動いてしまうタイプで、──カミューラとの戦いなどが、その最たるものだった。
 亮には以前からずっとそれらの行動を私の“悪癖”だと、そう言われ続けてきて、──流石に今の私は、亮が私へと向ける執着を散々に思い知っているからこそ、……彼は今までずっと、私が突っ走る度に生きた心地がしなかったのだろうなと気付き始めているし、……もしもこの先、亮が私と同じことをしたなら、きっと私は怒るのだろうと、そう思う。
 デュエルアカデミアへの進学前、海馬家と海馬コーポレーションから見えるすべてだけが私の世界だったあの頃、私はきっと世間知らずで情緒も乏しく、……けれど、亮と四年間を共に過ごした今の私は、そうではない。
 だからこそ、──私があの学園でそれらを得たのと同じように、現在学園に籍を置く彼らの成長を外部から阻害するような真似は、確かにあまり褒められた行いではないのかもしれないと、……本当に彼らが助けを求めてきたならば、そのときに手を貸すという程度の干渉に留めるべきなのかもしれないと、──父の話を聞きながら私は、……もしかすれば、亮も似たようなことを考えて吹雪と会わなかったのかもしれないと、──少しだけ、そう思った。

「──ま、どうにもならなくなった際には、オレ自ら粉砕してくれるわ。……そのようなことには、ならんと思うがな……」
「……そうですね、そうだといいなあ……」
「ああ。……貴様の役目は、今ではない筈だ。明日は朝から試合だろう、其方に備えるのが今のの役目だとオレは思うが?」
「父様の言う通りね……今夜は早めに休みます。後輩たちが童実野町に来ているんだもの、負けてられないわよね!」
「フ、……それでこそオレの娘だ、

 プロリーグの試合は、童実野町では街頭のモニターにて大々的に中継されているから、もしも明日の試合で私が負けてしまったなら、後輩たち皆が見ている前で、敗北する映像を街頭で流されるという屈辱を受ける羽目になる。
 ──そんなのって、流石に格好が悪すぎるし、……卒業生としてすべきことは確かに過度の干渉ではなくて、プロリーグでの役目を全うすることなのかもしれない。
 久々に父とゆっくり夕食の時間を過ごせたので、せっかくならもう少しだけ、父様と話していたかったけれど、──そうと決めたからには、そんな風に甘えたことは言っていられない。
 食事を終えてから速やかに入浴や明日の支度を済ませると、私は公式戦前のデッキ調整と念入りに向き合い、その日は早めの就寝とすることにしたのだった。
 
 ──きっと、父様にその言葉を掛けられていなければ、私は結局、吹雪が気がかりで、自宅を飛び出していたんじゃないかとそう思う。
 その結果、吹雪たちの助けになることは出来たかもしれないし、──それは別に、私が居なくても彼らだけの力で解決できる問題だったかもしれないし、……私は、明日の試合でお粗末な決闘を披露する羽目になっていたかもしれない。
 ……もちろん、何時だって結果はひとつだけだから、他の選択肢が行き着いた先なんて、私に見通せはしないけれど。
 
 ──翌朝、プロリーグ本日一戦目の公式戦の舞台へと上がると、案の定、観客席にちらほらとデュエルアカデミアの制服が見えた。
 とは言え、彼らの中には、特に私が見知った生徒は居ない──と思いきや、なんと観客席に吹雪が座っているものだから、私は本当に驚いた。
 手作りの応援うちわらしきものを手に、観客席で私へと手を振っている赤いアロハシャツ姿を、まさか私が見間違えるはずもなく、──私は、吹雪の誘いを断ってしまったことを負い目に感じたり、今すぐにでも駆け付けるべきなんじゃないかと、そんな風に悩んでいたというのに、──吹雪は会えないなら会えないなりに、彼の方から私のところまで会いに来てくれたのだ。
 私は、それが嬉しくて、──本当に嬉しくて、……吹雪が会いに行こうと思えば、こうして会いに来られる場所へと立っている自分のことを、少し誇らしく思った。
 ──ああ、プロ決闘者になって良かった、と。

「──勝者! 海馬! またしても連勝記録を更新しました! 正しく圧殺です!」

 ──やがて、デュエルを終えて観客席に向かって手を振りながら、再び吹雪の姿を探すと、──吹雪は本当に楽しげに、自分のことのように嬉しそうな顔で笑って喜んでいてくれて、──それに、他のアカデミア生徒たちもその場に立ち上がって拍手をしながら、私に歓声を送ってくれているのが、確かに聞こえた。
 ──どうやら私は、いつの間にか、辿り着きたかった場所に少しは手が届いていたらしい。
 私は昔からずっとずっと、……こんな風に大歓声の中、私のデュエルで人々を導けるような、……そんなプロデュエリストに、なりたかったのだ。


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