082

「──サイバー流の裏デッキ?」
「ああ。……そう言ったものが道場の何処かに封じられていると、鮫島師範から聞いたことがある」
「鮫島校長がそんなことを……?」
「俺にはサイバー流の免許皆伝者……鮫島師範の後継としての資格があるからな。だからこそ師範も、俺に裏デッキの存在を伝えたのだろう」
「ふうん……それで、亮はその裏デッキが欲しいの?」
「もちろん、興味はある。……もしも、そのような力があるならば、やはり体感してみたいだろう?」
「まあ……確かに、それはそうね……」

 その日は、互いにプロリーグでの試合や仕事がオフだった為に、二人で外出しようかと事前に相談していた訳だったが、──俺との行き先など、まず候補に挙がってくるのはカードショップと相場が決まっており、向かった先の店舗で案の定、俺とは卓上での決闘に白熱してしまい、──互いに仕事着ではない私服だったとは言えども、「──あれ、プロデュエリストのヘルカイザーじゃないか!?」「デュエルの相手、海馬だよな!?」──と、デッキの特徴からかすぐに素性が割れてしまったことで、決闘が終わるなり俺達は手早く新弾のボックスを購入して、足早にショップを後にしたのだった。
 何も、プロデュエリストがカードショップで決闘をしてはいけない訳ではないし、現に俺とはその店舗にもよく立ち寄っているのだが、……それ故に目撃情報から、先回りでもされていたのかもな。
 其処まで騒がれなければ、そのまま無視を決め込むのも選択肢だったが、……気付けば大分ギャラリーが出来上がっていたことで仕方がなく、俺達は店を出た。
 
  ──しかし、その後も、食事に入った店ではマスコミに張り込まれ、うんざりしてきた俺達は結局、休日に羽根を伸ばす余裕もなく、早々に俺の自宅へと戻ってきたのだった。
 
 ──全く、プロデュエリストというものは、こうもプライベートな事情に首を突っ込まれるような存在ではないと思うのだが、……世間の連中の考えることは、まるで分からん。
 マスコミに追い回されるのは俺も好きではないから、以前にカメラを奪って川に投げ込んでやったことがあったが、──それが原因で、「プロなんて人気商売なのに何考えてるのよ! 会社の評判に響いたらどうするの!? やりすぎよ!」──と、まさかのに文句を言われてしまい、以降はマスコミの影が見えると、は俺を連中から遠ざけたがるようになってしまった。
 お陰で俺達は、偶に休暇が重なったところで結局はこうして、俺の自宅でカードパックを開封したり卓上デュエルをしたりして過ごすことが多く、……結局、閉鎖された孤島で暮らしていた頃と、あまり変わり映えのしない休日を送っているように思う。
 ……まあ、俺にとっては、とこうしてデュエルに耽る以上の娯楽や休息がある筈もなく、何処にも出かけない休日でも、何ら構わないのだが。

「でも……そのデッキって、どうして封じられているの?」
「さあ……俺も当時は9歳で幼かったからな、其処までは説明されていない」
「そう……」
「……何か思うところがあるのか?」
「……三幻魔のカードは、デュエルモンスターズの魂を吸い上げる危険性を持つからと言う理由で、地下深くに封印されていたじゃない?」
「ああ。……まさか、サイバー流の裏デッキもそうだと?」
「可能性の話よ。大いなる力には相応のリスクが伴う……神のカード、ラーの翼神竜なんて、決闘者の命をコストに攻撃力を得るカードだったって言うじゃない? 聞いたことあるでしょ?」
「ああ。……恐らくは、それほどの力だったのだろうな」
「だから、その裏デッキにも何かしらの代償があるんじゃないの? ……と、そう思ったけれど、私は実際、サイバー流についてもあなたに聞いた範疇の事情しか知らないし、これは私の勘ね。……サイバー流の戦略だとか、デッキタイプについてはよく知っている自信があるけれど……サイバー流って、実際はどういう流派なの?」
「……特に珍しいものでもない。今は既に名を残すのみとなった、古いデュエル流派でな……」

 今日は元々、デュエルモンスターズ新弾の発売日で、新しいパックには互いに目ぼしいカードが封入されていたこともあり、カードショップにはパックを買いに行くのも目的のひとつだったのだが、──新弾のあのカードが欲しい、というとの会話の流れで、今欲しいカードだとか探しているカード、こんな効果のカードが欲しいと言った具合に話題が逸れていき、──その流れで俺は、近頃思い出していた幼い記憶、──サイバー流に伝わる裏デッキの話をへと聞かせたのだった。
 俺の自宅でソファーの上に座り、俺に凭れかかりながらも黙々とパックを開封しているは、話題に上がった裏デッキに対して、幾らか懐疑的な反応を示していたが、それでも強力なカードと言われると、やはりとて気にはなるようで、彼女は俺に向かってサイバー流についてを問いかけてきた。
 何も今までも、俺の属するサイバー流と言うデュエル流派についてをに隠してきたわけではなかったが、──しかし、それでも、積極的に事情を打ち明けたことはなかったかもしれないなとそう思い、……これも良い機会だと、俺はサイバー流に師事した経緯について、に話してみることにした。
 ──そうは言っても、俺とサイバー流には、何か特別な物語だとか、長々と語れるような背景があるわけでは決してない。
 俺は只、幼い頃からデュエルモンスターズが好きで、特に機械族のデッキを使うのが好きで、──そんな中で知ったサイバー・エンドというカードに憧れを抱いたが故に、そのカードを手にするためサイバー流の門を叩いたと、それだけの話だ。……何も先祖代々、サイバー流に師事しているだとか、そう言った家系なのだとか、何か特殊な事情があるわけではなかった。

「……何も特別なものではない、デュエル流派のひとつに過ぎん」
「ふうん……でも、亮にとってはサイバー・エンドが特別だったんでしょ?」
「特別……?」
「違うの? ……私は子供の頃、青眼の白龍に憧れていたわ。父の使うそのカードは、私にとってまるで、星の輝きのようだった……」
「……ああ」
「いつか私も、青眼のようなカードを、って……そう思っていたけれど、実物を手にする日が来るとは思わなかったから……憧れを手にした日、私は本当に嬉しかったの。……亮は? あなたにとってのサイバー・エンドは、私にとっての青眼とは違うの?」
「……俺にとっての、サイバー・エンドは……」

 煌々と美しい龍の眼でそう語るにとっての青眼と、俺にとってのサイバー・エンドは──恐らく、似ているようで少し、違う。
 確かに、幼い頃の俺は、サイバー・エンドに憧れた。サイバー流に伝わるドローの特訓に日夜励み、遂にサイバー・エンドへと俺の想いが通じたあの日、──幼いながらも俺は、本当に嬉しかったことを、今でもはっきりと覚えている。
 そうして俺はずっと、俺の想いに応えてくれたサイバー・エンドというカードに誠意を示し、ずっとサイバー・エンドをリスペクトしてきたが、──しかし今、……サイバー・エンドのその先にある高みを見てみたいと、……俺は、そんな風に思い始めている。
 かつての俺が思い上がって語っていた、パーフェクトという絵空事は、──今にして思えば、俺が俺自身の手で、自らの到達点はサイバー・エンドと共に在るとそう思い込んでいたからこそ、存在するものとばかり思っていた“限界”という空想上の壁だったのではないかと、──ならば、サイバー・エンドこそが、俺にとって超えるべき壁なのではないかと、──俺はそう思ったからこそ、裏デッキを手にしてみたいと、……近頃、そんなことを考えているのだった。

「……俺は、サイバー・エンドを越えてみたい」
「サイバー・エンドを……?」
「ああ……俺にとって、サイバー流は己の信じる力ではあるが……お前のように、高尚な思い入れがあるわけじゃない」
「……そうかしら? あなたのそれは、十分に純粋な想いの表れだと私は思うけれど」
「……それ故に、何らかの代償を併せ持つかもしれんとが考える、裏デッキを求めるに至ったとしても、お前はそう言えるか?」
「言えるわよ。……だって、私も青眼に次の可能性があるなら、きっと取り入れるもの。実際、カオス・MAXは特別にお気に入りのカードだし……決闘者って、そういうものじゃない? 私たちはずっと、あらゆる可能性を模索して走り続けるのよ」
「……なるほど、それは一理あるな」
「ね?」

 ──は昔からずっと、いつだってこんな風に、……今のように執念に塗れていなかった頃の俺にも、今の俺に対しても平等に、彼女自身が想い感じ取ったことを、善悪という垣根などは無視して、まっすぐに伝えてくる。
 ……彼女のそんなところに、かつての俺はいつも、自分の正しさを肯定されているような気がしていた。
 そして、今の俺にとっては、──の清廉な言葉こそが何よりも、俺の凶行を後押ししてしまっているのだということを、……きっと、彼女は知らないのだろう。
 
「ああ。……ほら、お前の欲しがっていたカードが当たったぞ、
「え! わ、私まだ引けてないのに……あなたってほんとに、引きが強いわよね、亮……」
「まあな、……これはお前にやろう」
「……いいの?」
「先日の次元誘爆の礼だ。……まあ、当たればにやるつもりだったからな」
「そうなの? ……ありがとう、嬉しい……」
「……そうか」
「私もあなたほどじゃなくても、もう少し運命力が欲しいなあ……サイバー流でドローの特訓をしたら、引きが強くなるかしら?」
「やめておけ、サイバー流の道場は雪山の山頂だぞ」
「え、……あなたって、子供の頃、そんな場所で生活していたの……!?」
「そうだが……言わなかったか?」
「知らない……でも、納得したわ……あなたって妙に体力があるもの、それも、空気の薄い場所で育ったからなのかしらね……?」

 てっきり、は道場の所在を大まかに知っているものとばかり思っていたが、──言われてみると、道場での生活についてはあまり話したことがなかったかもしれない。
 何しろ、道場で暮らしていたのは本当に幼い頃の話だったから、特に愉快な思い出話があるわけでもなかったし、……だからこそ、そんなにも幼い頃の生活が今の俺の基礎体力に影響しているかと問われると、……決して、そんなこともないとは思うのだが……。
 は小さく唸りながら真剣な顔で、「私も、低酸素トレーニングとかしようかしら……?」と零しつつも、俺の手渡したカードを眺めては嬉しそうに頬を緩めており、そんなを見ていると、……今でも不思議と、俺は幾らか、穏やかな気分になる。
 ──だが、やはりそれと同時に、俺はお前を見つめているとどうしても、──この宿敵に相応しいだけの決闘者で在り続けたいと、お前にとって最大の敵でありたいと、そう思い願うのを辞められない。
 ──故に、俺に残った最後の良心を砕いたのは、やはりお前と決闘に対する執着だったのかもしれないが、……それは、決しての責任ではない、──これは、俺自身の独断で至った犯行なのだ。

 
「ところで、雪山の頂上に道場があるって……どうやって其処まで登るの? エレベーターやリフトが出ているとか?」
「いや、そうも上等な設備はない。今のサイバー流は、碌に門下生も居ない有様だからな」
「あ、そうよね……あなたと鮫島校長だけが師範代の資格を持っているって、前にそう言ってたものね?」
「ああ。その上で鮫島師範がデュエルアカデミアの校長をしていたんだ、今は恐らく、道場は無人なのだろう」
「ふうん……それで、どうやってその道場に行くの? ヘリで向かうとか?」
「? 山に登るんだぞ、登山するに決まっているだろう」
「……雪山を?」
「そうだが……」
「……標高、どのくらいなの? というか、写真ないの?」
「地図を検索すれば、写真が出てくるとは思うが……ああ、此処だ」
「……こんなに断崖絶壁なの!?」
「ああ」
「……え? 此処を登って通っていたの? 9歳のあなたが?」
「通っていた訳ではない、道場での修行は住み込みだったからな」
「でも、道場に向かった日は……?」
「それは当然、崖を上ったが……」
「……まさか、ちゃんと命綱とかを着けていたのよね?」
「いや?」
「いや? じゃないのよ! 危ないでしょ!?」
「……現に無事だろう?」
「無事だろう、じゃないのよ……! ねえ、ちょっと、次に登るようなことがあったら、事前に言ってよ……!?」
「なんで?」
「なんでじゃないの! 心配するでしょ! ヘリを出すからちゃんと言いなさい!」
「ヘリを出しては、目立つだろうに……」
「……あなた、やっぱり何か企んでるわよね……?」
「……さあ? どうだかな」
「ちょっと! 亮! せめて命綱は付けてよ!?」


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