083

 ──その日、俺が遠出から戻り数日ぶりに自宅に帰ると、まるで其処に居るのが当然かのような顔をして、が部屋にいた。

「──あら、おかえり、亮」
「……ああ、ただいま。来ていたのか」
「校長から電話があったのよ。……亮、道場に襲撃かけたんですって?」
「襲撃? ……人聞きの悪いことを言う」
「あのねえ……そんな悪人面で言われても、説得力なんてないけれど?」

 悪人面、と詰る言葉とは裏腹にそう話す彼女は満足げで、は勝手知ったるという所作で、コーヒーメーカーから黒い液体をマグカップに注いで俺へと手渡してくる。俺はそれに軽く礼を言ってから、カップに口を付けるのだった。
 ──ああ、温かい。雪山から下山してから幾らか時間は経つとはいえ、まだまだ身体は冷えていたので、恐らくはそれを見越して珈琲を用意していてくれたのだろう。のその気遣いが、今の俺には素直に有難かった。
 ……しかし、いつの間にあんなものを、俺の家に持ち込んでいたのだろうか、と少し考えこみながら俺がコーヒーメーカーを見つめていると、どうやらその視線に気付いたようで、「それね、今日持ってきたの」と、俺の疑問を解くかのようにが言葉を繋ぐ。

「最近、商品のイメージキャラクターに、って出演依頼があって、サンプルで一台貰ったのよ。実家に置いておくよりも、此処にあった方が使うかと思って。……まあ、邪魔だったら持って帰るけれど」
「それは構わんが……最近は、そんな仕事まで来るのか?」
「そうよ。私は決闘者であって、アイドルでもコメディアンでもないから、断る線引きは難しいけれど、ね……」
「……そうか」
「まだまだ新人だし、ね。……顔が売れるなら、まあ、このくらいは良しとするわ」

 ──俺ととが互いに天才だの何だのと持て囃され、持ち上げられながらも、あの小さな孤島で共に過ごしていた頃から、──が只の天才などというラベリングで済むような人間ではないことには、俺も気づいていた。
 もちろん、には決闘者としての天賦の才もあるだろうがそれ以上に彼女は、努力の天才なのだ。
 ──海馬さんの元で彼女が子供時代をどのようにして過ごしてきたのかについては、多少なりとも本人から聞き及んでいるが。……少なくとも、自分より遥かに、彼女は苦労を重ねてきた人間なのだろうと、俺は認識している。
 あの海馬瀬人の養子としてのプレッシャー、などと。……俺にはまるで想像も付かないが、はその環境の中でも、決して心折れることが無かったか、或いは、負けても立ち上がるのをやめなかったからこそ、今もプロリーグで彼女は、海馬という決闘者として、父の名を背負って其処に立っているのだろう、と。──俺は、そう思っている。
 かつての俺は、その彼女を。一番理解しているつもりで居たが、その実で彼女を一番理解できていなかったのもまた、俺なのだろうと、一度スランプに陥って、地下に転がり落ちた時に、つくづくそう思った。……あの頃の俺はきっと、の立つステージのその隣にさえも、並び立てていなかったのだ、と。
 ──きっとそれは、すべてに気付いたからこその俺の無い物ねだりで、恐らくだが昔は、も同じようなことを考えていたのかもしれないとも思うのだが。……それも、吹雪辺りからすれば、俺が難しく考え過ぎているだけだと言われるようなことなのだろうなとも、分かっている。
 ──だが、今になってから、俺はそれを深く実感しているのだ。
 ──そして今の俺は、間違いなく、の隣に並び立てているという、その実感もある。……この陶酔にも似た優越感を、きっと俺は、他の何からも見出すことは出来ないだろう。

 ──海馬。彼女は、小さな努力でも決してやめない、足掻き抜くことに長けた、孤高の天才。──しかし、それ故にこちらの気苦労が絶えない、と言う節もまた、俺には幾らでも心当たりがあるのだった。

「……だが、あれは何だ?」
「は? あれって、何よ?」
「今月のデュエルマガジン、巻頭特集11ページの話だ」
「……ああ、見たの?」
「当たり前だ、俺が見落とすと思うか?」
「まあ、無理でしょうね……あの雑誌、リーグの控室にもあるし、コンビニに入れば目に付くし……まあ、あれは私も、少し遠慮したかったのよ、本当はね……絶対、あなたに文句を言われるとは思ったし……」

 ──そう言いながら、は嫌そうな顔を隠そうともしないので、恐らくは本当に引き受けたくない仕事だったのだろうと、そう思う。
 ──話題の中心にある“巻頭特集”というのは、デュエルマガジン今月号の特集記事で、“若き天才美女、プロ決闘者・海馬の素顔に迫る”だとか、……そういった類の俗っぽくて下らない記事のことだ。
 ……デュエルマガジンは何時の間にゴシップ雑誌に落ちぶれたんだ? と言いたくなるような特集の中身は、の趣味や学生時代のエピソード、理想の恋愛観──好きなタイプだのというへのプライベートな質問は、……果たしてデュエルの専門誌に載せる必要があったのか? と甚だ疑問だったし、極めつけには巻頭にグラビアが数ページ。──それも仕事着ではなく、私服の写真だ。
 ……控室でそれを見付けた際にすぐさま破り捨てなかっただけ、俺は気を長く持った方だと思う。
 ──そして肝心のその特集でスポットライトを浴びていた、彼女──今隣で不貞腐れているは、俺からの尋問じみた問いかけに対して、心底不満そうな顔をしているのだった。

「お前は、アイドルではないんだろう? ……それとも、吹雪とコンビでも組むのか?」
「……やたらと棘のある言い方するのね、亮……」
「……別に、俺はを案じているだけだ。……プロの世界も、綺麗な仕事ばかりではないんだぞ」
「……ばーか、地下にふらふらと誘き出されちゃう秀才くんに言われなくたって、知ってるわよそんなの」
「……それは、もう過ぎた話だろう」
「心配しないで、私には優秀なマネージャーがついてるし。……仕事はこれでも選んでるのよ、現に水着のグラビアは載ってなかったでしょ?」
「な、……そういう問題ではないだろう……」

 ──問題は其処ではない、……確かに其処だが、論点は其処ではないのだ。
 ……まあ、何の疑問も持たずにハーピィ・クィーンの衣装を身に纏っていた頃と比べれば、皆まで言わずとも、彼女も俺の葛藤を理解してくれるようになったのだとは思うのだが。
 ──どうしてこうも、俺があの記事に対して気分を害しているのかと言えば、その記事にニーズがあるから、という理由しか在り得ない。
 ……俺は、勝利さえ得られればそれでいい。しかしながら、のこととなれば、それも全くの別問題だ。──連絡が不通になっていた期間も、メディアに露出するの姿はあちこちで見かけていたし、其処に需要があることも、重々理解できている。
 何も俺とて、彼女の行動のひとつひとつに難癖をつけて回りたい訳でもなく、その点においては本人の意思を尊重したいとそう考えてはいるが、──それでも、他人から無遠慮に触れられるのは、腹立たしい。
 故に俺は、自身の意思とは関係なく、彼女が視線を集めており、その中には疾しいものも含まれている筈だという、その事実に対してどうしようもなく腹を立てているだけなのだとは自覚出来ているし、これはきっと大人げない考えなのだろう、と言うことも分かっていた。
 ──俺が嫌悪するそれとて、にとっては、プロとして身を立てるため、生きるための仕事なのだ。──そうだ。は嫌々ながらも、結局は自分の好きでそれらの依頼をこなしている。──きっとそれ自体が、俺は腹立たしいのだろうな。

 彼女には、兎にも角にも周囲の注目を集めるだけの鋭い眩さが備わっている。決闘者として、……それに、女性として。
 ──そもそも、俺とてと言う決闘者に目を奪われたのは、彼女が存在感のあるひとだったからだというのに、自分のことを棚に上げていると言うのだから、特別な椅子への執着と言うものは厄介だ。

 ──俺がと初めて話したのは、アカデミアの編入式の日だが、……実は俺が初めて彼女を見かけたのは、それよりも少し昔の話になる。
 ──当時、俺達は共に11歳、場所はジュニア選手権の決勝トーナメント会場だった。彼女を初めて見たのは、大会にて準決勝を制した俺が、隣のホールだったBブロックの試合を覗きに行った時のこと。
 はBブロックの準決勝進出選手で、……あのままいけば、恐らくは決勝で俺と当たっていたのだろう、と。……あの日の決勝戦を思い出す度に、惜しむような思いで俺は時折、その記憶を反芻している。
 準々決勝を軽く制したは、あの頃から、王者の風格と言うのだろうか、どうにも目を奪われてしまうような、圧倒的な空気を持つ決闘者だった。当時はまだ海馬さんから青眼を受け継ぐ以前だったようで、使っていたデッキは今とは違うものだったが、ドラゴン軍団を操るあの日の彼女の強い眼は、今のに重なる面影があると、俺はそう思う。

「──磯野!」

 準々決勝を制してから、笑顔でフィールドから降りてきたは、そのまま磯野さんの元へと駆け寄り、勝利の報告を伝えている様子だった。
 俺は側の最前列でその試合を観戦していたし、彼女の決闘にすっかり目を奪われてしまっていたから、決闘が終わってもなかなか彼女を見つめることをやめられずに、……盗み聞くつもりはなかったものの、その後の磯野さんととの会話も、幾らか聞こえてしまったのだ。

「……え……?」
「お嬢様、申し訳ありません……! 瀬人様のスケジュール管理が甘かった私の落ち度です! 現在、取引相手を放置することになってしまい……!」
「……父様と、モクバ兄様は?」
「瀬人様はI2社へ出向かれており、モクバ様も現在海外で……瀬人様の方で、すぐに向かうとは仰ってくださっているのですが……」
「……そっか。それなら私が、父様の代理として商談に出向いた方がいいのよね、磯野?」
「し、しかし……お嬢様は今日が最後のジュニア選手権です、優勝されれば、瀬人様もさぞお喜びに……!」
「でも、そのときは父様が商談相手に謝るのよね? 頭を下げるのよね?」
「……そうなってしまう、かもしれません……」
「磯野、私はね……父様が謝るところなんて絶対に見たくないわ。……行きましょう、磯野。あんなトロフィー、いつでも獲れるもの」
「っ、申し訳ありません……! お嬢様!」

 ──そうして、嵐のような慌ただしさで会場を立ち去ってしまった彼女は、きっと、──今日はもう、このフィールドには戻ってこないのだろう、ということは子供ながらにも、辛うじて理解できた。
 決闘を交わす機会にも恵まれなかった彼女が、一体、誰なのかは知らない。──お嬢様、と呼ばれていたから、恐らくは何処かの令嬢で、……どうやら父親の為に、試合を放棄して立ち去ってしまった、知らない少女。──戦う機会にこそ恵まれなかったものの、決闘者としての彼女の気迫は、幼いながらに本物だった。
 健気に笑って会場から走り去る間際にも、デッキホルダーをぎゅっ、と強く握りしめていた小さなあの手は一体、……本当はどれだけ、トロフィーを勝ち取ることを、望んでいたと言うのだろうか。
 たった一度の決闘を交わすことさえも敵わなかった、名前も知らない彼女。……只、あのときに、……いつかあの子と、決闘がしてみたい、と。俺は確か、妙に軽く感じるトロフィーを呆気なく受け取りながら、表彰台でそればかりを考えていたような気がする。


「──手札から、滅びの爆裂疾風弾発動! 相手フィールドのモンスターをすべて破壊する!」
「くっ……!」
「場の青眼二体と手札の青眼一体を対象に、融合発動! 青眼の究極竜、召喚! 究極竜でプレイヤーにダイレクトアタック!」
「まだだ! リバースカードオープン! 魔法の筒発動!」
「こちらもカウンタートラップ発動! 王者の看破! レベル7以上の通常モンスターがフィールドに居る場合のみ発動することが出来る! このカードの効果により、相手の魔法・トラップの発動を無効にする!」
「なにっ!?」
「究極竜、攻撃を続行しなさい! ──アルティメット・バースト!!」

 ──そうして、龍の瞳をしていた少女と俺が再び巡り合ったのは、アカデミアの編入試験のときのこと。
 ──数年前とは使用デッキも違ったし、外見も既に子供の頃とは違い、すらりとした背丈になっていた彼女に、はじめこそはその面影にも気付けなかったが。──決闘の最中で色を変えるあの目で、すぐに気が付いた。──ああ、あの時の少女にまた出会えたのか、と。
 新たなデッキ、それから、新たなパートナーである白き龍を従え、試験官の抵抗や反撃などは一切許さず、文字通りに圧殺してみせた彼女の決闘は、──はっきり言って、リスペクトの精神だとかいう甘っちょろいものを掲げていた当時の俺にとっては、到底理解の及ばない次元のもの、だったのだが。
 ……それでも、彼女の決闘を前に、俺はかつてないほどに高揚して仕方が無かったのだ。
 ──あんなにも強い決闘者が、これから、俺の同期になるかもしれないのか。今度は彼女と、飽きるほどに決闘を交わせるのかもしれないのか、と。
 そう思って必死で彼女を目で追っていると、決闘を終えた彼女が、何やらギャラリーの方を見上げて、──そうして、一瞬だけ彼女のその眼と視線がかち合ったような、気がしたのだ。此方を見つめて不敵に笑ったその表情に、……ぶわ、と俺の中の何かが込み上げてきて、……ああ、早く彼女と戦ってみたい、と。


「──ってさ、時々海馬さんの会社の手伝いしてるみたいだけど、アカデミアの授業だってあるのに、平気なの?」
「平気よ。実家にいた頃は、それなりにスパルタだったし……今の生活の方が、ゆっくりできて楽なくらいだもの」
「ええ〜? そうかなあ?」
「ええ、……決闘だって、大会に出たりする余裕があったのは11歳までだったし」
「うわ、……僕には絶対無理だなあ、そんなの……亮はどう思う?」
「……ああ、立派だと思うぞ」
「その反応、なんだかお父さんみたいだよ? 亮……」

 ──まあ、学園で再会したその後は、吹雪による無意識の助力もあって、とは友人関係、ライバル関係に落ち着き、……結果的に数年後の今、俺はの恋人と言う席に座っている。
 ──編入試験以前から、俺がを覚えていたことを、は恐らくだが、知らないはずだ。と言うよりも、俺が当時、同じ会場に居た記憶さえも、彼女には残っていないのだろう。
 親しくなってから聞いた様子では、決闘のために自由に出歩けたのも、11歳の頃、件の大会の少し後までの事だったらしい。事実、12歳まではジュニア選手権の出場資格がある筈なのに、翌年の同会場では、を見かけることは出来ないままだった。
 ──の叔父であり、彼女が兄のように慕うモクバさんは、どうやら10歳程度の頃には既に、海馬コーポレーションの副社長の席に座っていたという話なので、もどうやら、叔父に倣って我侭は言わない子供だった、というところなのだろうと、そう思う。
 ──吹雪と、あともう一人──一体、誰だったのだろうか──恐らくその二人には、この話をしたことがあったと思うのだが、感動的だの運命的だのと褒めちぎった吹雪に対して、もう一人からは、「絶対ににはその話を打ち明けるべきじゃない」と散々に念を押されてしまった。……確かあのときに“あいつ”は、「そんなに昔から見てたなんて知ったら、に引かれるかもしれないだろ」と妙に焦った様子でそう言って、……一体、誰だったのかも思い出せない相手の言葉が、何故か妙に引っかかった俺は、結局未だににはこの事実を伝えることが、出来ていない。
 ──まあ、彼女の知らない昔話など、別に話しておくような必要もないだろう、とも思うしな。
 当時、多忙を極めていたらしい彼女は、最後まで参加できなかった大会、当たりもしなかった参加者のことなど、やはり覚えてはいないことだろう。

 ──ともかく、彼女はそれだけ魅力に満ちていて、人を惹き付けるだけの魔力がある人物なのだということは理解している。
 ……それに、誰もが目を奪われるほどの決闘を、彼女は魅せるから。
 ──たとえ決闘に無関係のようなインタビュー記事だろうが、そこから興味を持って、の決闘を一度でも見てしまえば、……まあ、二度と彼女から興味を失くすということはないだろう、と。……そう思うからこそ、デュエルマガジンの特集に俺は腹を立てている。

「……要するに、いつもの嫉妬でしょ?」

 はっきりとした口調で、そう指摘されて思わず目が泳ぐ。──予想は付いていたが、やはり、お前も分かってるんじゃないか。……そんなところだろうという気は確かに、していたが。

「最近、更に酷くなったんじゃない? 亮のそれ……」
「仕方がないだろう? お前が俺を執着させるのが悪い」
「何よその責任転嫁!? ……まあ、言いたいことは分からないでもないし、悪い気はしないけれど……仕方ないじゃない? 仕事なんだから……」
「幾ら仕事とは言っても、物事には限度がだな……」
「……というか、そんなことよりもね」
「なんだ? これも大事な話だが」
「あのね、……私、鮫島校長に頼まれたのよ、亮の様子を見てきてほしい、って」

 ──しれっと。そう、真実を俺に告げてしまうのだから、本当に彼女は、嘘の吐けない人間なのだろうなと思う。
 ……憶測だがそれは、そっと俺の様子を覗きに行って、デッキを返すように諭してきてほしい……というような意味合いで、師範はにその役目を一任した、のではないのだろうかと、そう思うのだが。……それを、当の俺に言ってしまっては、まるで意味が無いだろうに。……まあ、俺に隠し事をすることを嫌がる辺りが彼女らしいと言えば、そうではあるのだが。

「……それで? 俺を諭すつもりか?」
「? なぜ?」
「いや……何故も何も、師範にからそう頼まれてきたんだろう?」
「まあ、それはそうなのだけれど……言われた通りにちゃんと様子は見に来たんだし? ……それでいいじゃない、別に諭す気なんてないわよ、私には」
「……だが、師範から聞いているんだろう? 俺がサイバー流の裏デッキを、道場から持ち出したことを」
「持ち出した? ……冗談、勝って奪い取った、でしょ? だったらいいじゃない。別に私と同じだわ、そんなの」

 ──同じ、というのは。まさか、が海馬さんから青眼の白龍のカードを受け継いだことを、言っているのだとしたら。……それは確実に、前提から何もかもが違うだろうと、そう思う。

「……実力を認められて譲渡されたのと、奪い取ったのとでは、まるで話が違うだろう」
「どうして?」
「それこそ、なんで同じだと思うんだ」
「だって、力で手に入れたなら全部一緒じゃない。裏デッキだって、正面から道場破りして、正々堂々の決闘を経て勝ち取ったんでしょ? ……ならそれは、亮のものなんじゃないの? 大体、あなたってサイバー流の正統後継者なんでしょ? 元から亮のデッキみたいなものじゃない」
「……時折お前は、とんでもない理屈を唱えるものだな……」
「あら、何かいけないの?」
「いけないだろう? ……それではまるで、師範の主張よりも俺の凶行を後押ししているようなものだが」
「あら、最初からそのつもりよ。大体、今日だって裏デッキがどんなデッキなのか気になるから来た、って方が大きいもの。……まあ、前にも言った通り、そのデッキに何かしらの代償が伴うなら少し考えて欲しいとは思うけれど……鮫島校長は、何か言ってた?」
「いや……特にそう言ったことは言われなかったな」
「そうなの? ならいいじゃない。良かったわね、欲しかったデッキが手に入って。──あ、そうそう。雪山から帰ってくるって聞いてたから、夕飯作ってあるわ。シチューにしたの、身体が温まるようにね。……精々、私に感謝しなさい?」
「……ああ、助かる。ありがとう、……」
「よろしい。……お風呂も用意してあるから、先に入ってきた方がいいかもね。……そのままだと、風邪引くわよ?」

 ──彼女は魂の色までもがすべて気高くて、こんなにも彼女の近くに居るというのに、俺はいつになっても彼女とは対極で。──それでも昔よりも、彼女と分かち合えるものが増えたから。
 ……あの頃のように、得体の知れない焦燥に苛まれることも減って、──だからこそ、些細な嫉妬で気が狂いそうになるのだろう。
 これは、俺が彼女の傍で本物の安寧を得はじめているからこそ、なのだろうか。……俺は恐らくだが、かつて高嶺の花だった彼女に対して、高望みを始めている。
 ……だが、もしも、そうなのだとしても、こうしてが何事もなく出迎えてくれるのは俺だけで、俺が帰るのもの元だけで、──それを他の何者かに譲るつもりも叩き壊すつもりも、何処にもなくて、……最後に、彼女を手に入れるのは自分なのだと決めているのだ。……ならば、こんな嫉妬より優先すべきものは、……本当は。

「まあ……別にこんなことであなたを咎める気はないわよ、悪びれる必要もないんじゃない?」
「……そういうものか、お前にとっては」
「ええ。……亮は相変わらず、根っこはそのままみたいだし……まあ、何か私の知らない思惑もあるのかもしれないけれど」
「……ああ」
「……力で示す敬意も、私はあると思うし」
「……そう、かもな」
「ちゃんと決闘に勝って、無事に帰ってくるなら、……私は、亮が何処で何をしてたって構わないわよ」

 ──ああ、……目眩が、しそうだ。


「──そもそも、リーグの形態が変よ。妙な仕事持ちかけてくるのって、大体リーグ関係者じゃない?」
「……確かに、そうかもしれんな……」
「エドも、前に似たようなことを愚痴っていたし……」
「……エドが?」
「ええ。自分はコメディアンじゃないって、よく愚痴ってるわよ、あの子」
「……知らんうちに、随分と親しくなったものだな?」
「誰かさんが私を放っておいてくれたお陰でね? まあ、若い世代と女性決闘者には、余計そういう役回りを求めようとしてくるのかもね」
「……ためにもならん下積み、というところか」
「そうそう、……だから、さっさとその役回りを終えて上に行きたいの、私は」
「海馬さんのためにか? ……ふ、お前らしいな」
「あら、亮だって私が強い方が嬉しいでしょ? ……二人のためによ?」
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