088

「──ジェネックス……?」

 ──その一連の騒動は、鮫島校長から私宛に送られてきた一通の招待状から始まった。
 ──ジェネックス、というロゴが刻印されたメダルが一枚同封されていた、同名のデュエル大会への招待状には、アカデミア島内にて執り行われるその大会に、学園外からも経歴を問わずに優れた決闘者を招待することになった、と言う大会の趣旨が記されていた。
 ──そして、その参加者として、学園の卒業生であり現役プロ決闘者の私を招待したい、というのが校長の意向らしい。──そう言えば、先日にリーグでの試合後、控室にて所属選手から大会の噂を少し聞いた覚えがする。

「……アカデミアで大会、ねぇ……」

 ──まあ、正直なところ、大会自体には興味があるし、間違いなく、この大会には亮も招かれていることだろう。それだけでも、私にはこの大会を戦う意味があるし、アカデミアが会場ともなれば、吹雪や準、明日香に翔くん、それに十代とも決闘する機会があるかもしれないのだ。
 ──学園を離れた今となってはもう、気軽に決闘には誘えなくなってしまった、彼らとの決闘のチャンスを逃す理由など何処にも在りはしない。……けれども、その大会開催は魅力的であると同時に、幾つかの懸念が生まれてしまうところでもある。

 何故ならば、──プロリーグでの試合は原則的に、全世界にライブ配信されているからだ。
つまり、リーグでの私の活躍を今でもアカデミアの彼らは知ってくれているだろうし、……それは、亮の現状とて彼らは知っている、ということでもある。
 ──彼らは今の亮を、どう、思っているのだろうか。……特に、吹雪や翔くんは、今の亮を見て、何を感じているのだろう。
 吹雪からは、亮の様子を案じているかのような連絡を何度か貰っていたのに、私が勝手に亮の意向を代弁するのもどうなのだろうかと思ったからこそ、彼からの追及を曖昧に避けてしまっていたから、……きっと、余計な心配をさせてしまっているんじゃないかと思う。
 直接に彼と対話を重ねている私とは違い、離島で過ごす彼らが亮に疑惑や懸念を抱いていたとしても、それは何らおかしいことではない。──彼らと比べて私は、海馬瀬人の娘で、あの家の方針によって育てられた人間だ。
 ……恐らく、決闘者としての価値観はきっと、吹雪や翔くんたちからは幾らか剥離していることだろう。事実、亮とさえその価値観は長い間噛み合うことがなかったのだ。
 それがつい最近噛み合うようになったからこそ、私にとっては亮の変化は驚きであると同時に、確かに喜ばしいものだった。間違いなく、スランプから這い上がってきたのは彼のガッツあってのものだし、私は清濁を併せて飲み込んだ今の亮を肯定したいと思っている。
 ──けれど、彼らにとっては、一体どうなのだろうか。
 鮫島校長から、亮への説得を頼まれていた件もある。私はその依頼を独断で蹴ってしまったけれど、きっと、私以上に皆は、亮の心配をしているのだと思うし、……確実に、亮を見る目は変わってしまったのだろう。
 ──そして、鮫島校長の意向を汲まなかった以上は、私がこの件について彼らから責められても、何らおかしくはないということでもあるし、……まあ、順当に考えたのなら、恋人でライバルである私が亮を引き留めるべきだと、……それは、普通なら、そう、思うわよね……。

「うーん……なんだか、面倒なことになりそうよね……ねえ、カイバーマンはどう思う?」
「フン、……例えそうだとしても、主よ、貴様が気に病むことではなかろう」
「あら、気に病んでなんかいないわよ。……でも、あまり色々と責められるのは腹が立つじゃない? ……私のことも、亮のこともね」
「ならば、大会には参加しないと?」
「……まあ、実際、逃げるという選択肢もないけれどね」
「そうだろう? 主よ、貴様の思うがままに己のロードを進めばいい、俺の知る主ならば懸念など振り払い、常に次の戦いに喰らい付いて進化を続けることだろう。……俺も主も、どうあれ、それだけのことだ」

 カイバーマンの言葉には、いつも妙な説得力がある。私の傍で誰よりも長い間、片時も離れずに私を見つめて支えてきてくれたのは、他でもないカイバーマンだから、きっと彼には、私が欲する言葉が何時だって分かっているのだろう。
 そうして、その言葉に安心感を与えられた私は、鮫島校長へと一通のメールを送った。──ジェネックスへの参加を承諾する旨と、……それから。

「──、久し振りだね! 元気にしてたかい?」
「吹雪! もしかして、出迎えにきてくれたの?」
「当然だろう? きみは僕の大切な親友なんだからね!」

 ──やがて、ジェネックス開幕から数日が過ぎた頃、本土のプロリーグで組まれていた試合スケジュールを片付けて、少し遅れてアカデミアへと出向いた私を、吹雪がヘリポートで出迎えてくれた。
 先日にも吹雪は私の試合を見に来てくれたものの、あの時には結局、話をするような余裕も無かったから、余計に吹雪に会えたのが嬉しくて堪らない私は、上空から見つけた懐かしいその姿に、ぱあっと頬が緩むのを自分でも感じて、ヘリから降りてすぐに、吹雪の胸へと飛び込む。
 ──感動の再会、とばかりに、ぎゅうっと私を抱きしめて、背中をぽんぽんと叩いてから体を離した吹雪は、相変わらずにこにこと人懐っこく笑いながら、私を気遣ってくれた。
 ──長旅お疲れさま、疲れていないかい? まずはテラスで休憩する? それとも、静かな場所の方がきみは好きかな? ──と。
 ……吹雪のその姿は、私がまだ彼の隣で学生をしていた頃と何ら変わらなくて、……どうしようもなく、彼の瞳に安心した。……決闘者として変化しながらも、私の側に居続けてくれていることが嬉しい、と言うのは、亮に対して感じていることだが、……こうして変わらずに親友として受け止めてくれるのが嬉しい、と私が感じるのは吹雪だけだし、彼もまた、私の特別なのだ。
 ……尤も、私が吹雪を受け止めようと待ちわびていた期間の方が、かつては長かったわけだけれど。

「そうね、そうしようかしら……でも! 私、吹雪と決闘するの楽しみにしてたの! せっかくの大会なんだしまずは決闘しましょ! 手加減はしないわよ!」
「全く、相変わらずだなあは……うーん、困ったなあ、……ははは、ごめんね、最初の相手に指名してもらえて光栄だし、是非とも受けて立ちたいところなんだけど……実は僕、もうジェネックス敗退しちゃってるんだよね……」
「……は? なにそれ……何かの冗談……?」

 ぐい、と吹雪の手を引いて、早速決闘フィールドへと向かおうとした私を制するように、困った顔をしながら吹雪が放った言葉が、……一瞬、私には理解できなかった。
 ──敗退した? ……あの吹雪が? ……だって、吹雪が強いことは、私が一番よく知っているし、吹雪ならジェネックスでも順当に勝ち抜いて行っているのだろうと思っていた、……それなのに?
 ──まあ、確かに吹雪はこういう性格だから、好戦的な姿勢で勝ち進んでいるとまでは思わなかったけど、──それでも、まさか既に負けているだなんて、まるで考えてもみなかったのだ。

「……実は、亮と決闘したんだ」
「ああ……そう、だったの……」

 ──そう、静かに零した吹雪の横顔は、酷く寂しそうだった。……吹雪と亮とで繰り広げたという決闘を、今回私は見ていないけれど、勝っても負けても、吹雪が亮との決闘を、……まるで楽しくなかったとでも言うかのような、悲しげな顔をして語るのを見るは、私も初めてのことで。
 ……ふたりの間に何があったのか、私には分からない。……けれど恐らくは、凡そ私の想像している通りだろうと思う。──吹雪は、亮の変化を、望まない一人、だった、と。……これは恐らく、そういう話なのだ。

「……はさ、亮と今も仲良くやれているのかい?」
「……仲が良いかどうかは知らないけれど、特に変わらないわよ。というより、むしろ、以前よりも……」
「……以前よりも? 今の亮と……?」
「……いえ、別になんでもないわ。……とにかく、今も頻繁に会ってるし、決闘もしてる。亮の家にも、よくお邪魔しているし……」
「……そっかそっか! それなら良かった! ……そうか、きみが今も亮の側にいてくれているなら、僕もだいぶ安心できる……」

 ──悲しそうで、けれど、それでいて心底ホッとしたような顔をしている吹雪が、……一体、その内心ではどんな想いをしているのかなんて、私には察することができない。だって私は、今の亮を肯定してしまっている側の人間だから。
 ──けれど、人一番優しくて仲間思いの吹雪だからこそ、……きっと、今の亮の冷淡な振る舞いは、彼の心に深く刺さったのだろう、と言うことは、……流石に私にも、察しが付いた。

「──最初はさあ、亮がおかしくなっちゃったのかと思って、止めようとしたんだよね、僕……」
「……でも、そうではなかったでしょ?」
「うん。……馬鹿正直で真っ直ぐなところは、ほんといつになっても変わらないなあ、亮は……流石にあのイメチェンぶりには驚いたけどね?」
「まあ……確かにあれはね、私も最初に見たときは何事かと思ったわ。……まあ、地下で用意された衣裳をそのまま着ているだけみたいだから、そういうところも相変わらずなのよ? あれでも」
「はは、そうなんだ? ……まったく、亮は、変わらないなあ……」

 ──亮はきっと、友としての吹雪に対して、最高の決闘で立ちはだかったというそれだけなのだ。
 ……ただし、敗者である吹雪に対しては、冷酷に振る舞った、と。
 憂い顔を浮かべる吹雪の様子から察するに、きっとそういうことなのだろう、と思う。それが、吹雪の口から語られない限りは、私から追及するつもりはないし、二人の間に誤解が生まれなかったというのなら、……今はきっと、それでいいのだろう。
 ──もちろん、私個人としては、このジェネックスの期間中、また学生時代のように、三人で行動できたらいいのになあ、……なんて、多少は期待したりもしていたけれど、……どうやらこの分では、それが現実になることもなさそうだ。
 とはいえ、何もこれが三人で過ごす最後の機会でもあるまいし、──それならば、今するべきは、やっぱり単純なことなのだろう。

「──ところで、吹雪! そんなことより、私と決闘よ!」
「え? い、いや……僕はもう、メダルは持っていないんだよ? 他の選手を探した方が……」
「別にそんなの関係ないわよ。私はこの島に決闘をしに来たの、参加者としか戦えないなんてルールはないはずよ」
「……全く、変わらないなあ、きみも」
「? 何よ、吹雪?」
「……いや、なんでもないさ! それじゃあ、決闘しようか、!」

 ──決闘をすれば、相手の心が見える。……それは即ち、相手の全てを知るなんて都合のいい話ではないけれど、二人が当然のように戦ったのと同じように、……私だって吹雪と離れて過ごしていた期間の分だけ、彼と語らいたいことならいくらでもある。……今の吹雪について、知りたいことがたくさんあるの。だったら、やっぱりこれが一番手っ取り早いに決まってるじゃない。

「「──決闘!!」」



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