090

「──、俺と決闘だ。……まさか、お前に限って俺から逃げも隠れもしないだろう?」
「……当然でしょ? 受けて立つわ、……亮、私と決闘よ」

 ──今はまだ少し話がしていたいから、……なんて言った舌の根も乾かぬうちにこれなのだから、私達にとって決闘こそが最大の語りの場であることだけは、この先もずっと変わらないのだろうと、そう思う。


「──レッド寮って、なかなか快適なのね」
「……さん、それまさか本気で言ってるんスか……?」
「ええ、大真面目よ? 雰囲気があって素敵じゃない、学び舎の宿舎って感じで賑やかで楽しそうだし、トメさんの朝食も美味しいわ」
「あら! ありがとね、ちゃん!」
「……なんていうか、やっぱり似た者同士なのかも知れないっスね……」
「なにが?」
「お兄さんとさんが、っス」
「……そうかしら?」
「おっ、さんもレッド寮気に入ってくれたのかー! 嬉しいぜ!」
「ええ。十代たちの部屋は二段ベッドなんでしょ? 私、二段ベッドって使ったことないのよね……後で見に行ってもいい?」
「おう! いいぜー! でさ、その後みんなで決闘やろうぜ決闘!」
「もー! アニキってば、さんは大会に参加しに来てるんスよ? 遊びじゃないんだから……」
「だからこそ決闘! だろ?」

 ──アカデミアに降り立ってから、既に二日が過ぎて。レッド寮の賑やかな朝食に同席させて貰っていた、今朝のこと。
 ──携帯端末へと、亮からの着信が入っていた。
 翔くんを不安にはさせたくなかったし、その場では、誰からの連絡かは言わなかったけれど、着信があったからと十代たちに少しだけ席を外す旨を伝えてから、私は寮の外に出ると、端末のボタンを押して通話に出る。

「……俺だが、今少し会えないか」
「何かあったの?」
「何かあった、と言うよりは……お前に話がある」
「話? それなら別に電話でも……」
「……何か、がなければお前は俺と会わないのか?」

 電話越しに聞こえる、むっ、とした声色の普段よりも幾らか不機嫌なトーンに思わず笑ってしまう。
 ──きっと、電話越しに亮にも私の背後で繰り広げられる喧騒は聞こえていたのだろう。
 十代たちは良くても俺は駄目なのか、とでも言いたげなその言葉に思わず気を良くした私は、そのまま少しだけ亮をからかってやりたいような気もしたけれど、……まあ、今は私に会いたいと言っているこの男の相手が最優先だ。

「まさか。私がそんなこと言うと思う? それで? どこに行けばいい?」
「そうだな、……では、灯台で会おう」

 ──そうして訪れた、私達にとって懐かしのこの場所で、開口一番に、──亮から突き付けられた言葉は、「俺と決闘だ」という簡素なひとことだった。
 ──決闘の、申し込み。……思わず一瞬、呆気に取られてしまったけれど。……その言葉にだけは、私は決して背を向けるわけにはいかない。
 私達はいつだって背中合わせの、隣同士だったけれど、決闘を交わすその瞬間だけは、何時だって真っ向から対峙してきたのだ。……決闘でお互いを叩き潰す、只その為だけに。
 私も亮も、もうこの学園の制服は着ていないし、こいつに限っては何だかいつの間にか顔付きまで変わってしまったし。──だと言うのに、今この場所で、こうして再び、在学中に何度もこの灯台の下で聞いたその台詞を突きつけられるのは、──何処か、奇妙な感覚だった。けれど、不思議なのだ。
 誰からのその言葉よりも、亮の手で叩きつけられるその挑戦が、私にとっては心地が良くて、どうしようもなく心が騒ぐ。決闘を始める前からこんなにも血が滾る感覚を覚えてしまうのは、流石に少し気が早すぎるけれど、それでも私は、どうしても口角が上がるのを抑えきれなかったのだ。

「……いいの? まだジェネックスだって序盤だし……お楽しみは最後に取っておく、っていうのも手よ?」
「何を言う、お前もそんなつもりはないのだろう? ……そうも好戦的な顔で笑っておいて、受けないとは言わせんぞ」
「ま、それもそうね。……だけど卒業生として、プロとして、大会を盛り上げる役目っていうのも、まあ、一応私たちにはあるんじゃない?」
「まさか。……そんなものはどうでもいい。俺はお前と戦う為にこの大会に出場した。……、お前と公式戦で、戦う為にな」
「あら? ……プロ入り後にも公式戦で一度、カイザー亮とは戦った気がするのだけど?」
「……意地の悪い。お前とて、分かっているのだろう?」

 そうだ、亮の言いたいことは私もちゃんと分かっている。──プロ入り後にたった一度だけ、リーグで組まれた私と亮の公式戦、……あれは、タイミングが悪かった。
 スランプの真っ只中に居た亮との試合──私の完勝で終わったあの試合を、私は、亮との決闘としてカウントしたくない。
 ──だからこそ、今の、亮と。……私の喉元を食い破らんばかりにぎらついた眼をした、この男と。公式戦で戦う日を、私はずっと待っていたのだ。……大観衆の前で、愛しいこの男と真っ向から全力でライフを奪い合って、……私が彼を叩き潰す瞬間を、私だって心待ちにしていた。

「……いいわ、あなたのリベンジ、受けてあげる。今度こそはあなたの本気、見せてよね?」
「……全く、相変わらず減らない口だな、。その軽口、後悔させてやろう」
「あ、そうだ。本気でやるなら勿論、私にもあれ、使わせてくれるわよね?」
「あれ、とは?」
「地下デュエルの時の、あの装置よ」
「何を言っている、駄目に決まっているだろう」
「……なんでよ……?」
「あれはお前には使わせない。……それに、あんなものに頼らずとも、お前との決闘、血が滾らない筈がないだろう」
「……まぁ、亮がそこまで言うのなら……で、場所は?」
「明日、また同じ時間に、この灯台で会おう」
「良いわよ。勿論、メダルは全賭けよね?」
「当然だ。……お前と戦えるならば、あんなものは不要だからな、幾らでも賭けてやろう」
「そうね、私もよ。……それじゃ明日、またこの場所で」
「ああ。……お前が来るまで待っているぞ、

 その返答を聞いて、私はカードを引くための片手を亮に差し出す。──そうして、黙って握られたその手で一度だけ握手を交わすと、私は亮に背中を向けて歩き出した。
 ──後はもう、明日、この時間に。ふたりの戦いの火蓋が切って落とされるまで、私たちには無駄なことを語り合う必要なんて一切ない。……決闘さえ始まれば、今この瞬間に考えていることなど言葉にせずとも、互いにその全てが分かる、……言葉よりも雄弁に、決闘は互いのすべてを伝えるのだ。

 ──亮と灯台で別れた私は、その足で真っ直ぐにレッド寮へと引き返し、準の部屋に戻ると黙々とデッキの調整を始めた。
 トランクに詰め込んできた手持ちのカードを広げて、デッキと照らし合わせながら、考え得る限りのあの手この手を試してみる。
 あいつとの決闘には、常に最善手なんてものはなかった。何があっても、何をされても、何をしてやっても、其処から必ず攻撃に、反撃に、迎撃に備えられるだけの一手を、最強のカードを、私の持ちうる全てを有るだけ詰め込んで挑むという、亮との決闘はいつもそうだった。
 亮が後攻を得意とする決闘者なら、私は速攻展開で畳み掛ける、先攻を得意とする決闘者。
 ──だからこそ、その戦術と同じように、必ず私があいつの一歩先を行く、その一手先を読み切ってみせる。……あいつにだけは、何があっても負けたくない。私は、必ず勝つのだ。──勝って勝って、勝ち続けてみせる。……明日の決闘も、勝つのは私だ。

「──主よ、精が出るな」
「当然でしょ? ……勝つわよ、カイバーマン。明日の決闘、私達の全てをぶつけて、全力で勝ちに行くわ」
「無論だ。……貴様のその信頼に応えてみせよう、我が主よ」

 レッド寮の数部屋分の壁を抜いて改築したのだという、準の部屋が広くて助かった。完全なるプライベートが確立されたその空間ならば、十代をはじめとした理解者揃いのレッド寮ということもあるし、なんの気兼ねもなくデュエルモンスターズの精霊を呼び出すこともできるからだ。
 そうして、カイバーマンや乙女を呼び出して明日の決闘に向けた作戦会議を重ねていれば、デッキ調整が終わる頃にはとっくに夜になっていた。……いつの間にか、こんな時間になっていたのか、と。──とっぷりと暗くなった外の様子を確認するべく、慌てて窓から外を覗いたのは、──果たして、運が良かったのか、悪かったのか。

「……明日香……?」

 ──一体、いつから其処に立っていたのだろう。
 レッド寮から見て少し離れた場所に佇む彼女は、……不思議と、私の方を見ている気がして、彼女と目が合った気がして、……そうだ、吹雪から明日香の変貌ぶりについて聞かされていたのだと思い出して、私は弾かれるように立ち上がると、準の部屋を飛び出した。

「──カイバーマン! 行くわよ!」

 ──咄嗟に、その背を追ってひとりで走り出してしまったのが、いけなかったのだ。
 きっと私はもっと落ち着いて、吹雪や十代を呼びに行ってから、皆で明日香を追いかけるべきだった。

「──明日香! 待って!」

 ──誘いこまれるように駆けて迷い込んだ、薄暗い夜の森。私を先導するように走っていた明日香は、ぴたり、と突然に私の声に立ち止まって、振り返る。
 ──そうして、私へと向けられたその目を見て、……私は思わず、ぞっとしてしまった。

「……あす、か……?」
「……ねえ、さん。光の結社に、私といっしょに来てくれるわよね?」

 ──有無を言わさぬ淡々としたその口調、冷え切った微笑みは、──私の大好きな、明日香のそれではなかった。……私は彼女のことが本当に大切で、妹のように思っていて、……そんな、強くも優しかったかつての彼女と目の前の明日香は、余りにも掛け離れていたのだ。

「どう、しちゃったの、明日香……? 吹雪も私も心配してたのよ、一度、私とレッド寮に行きましょ? 十代達も、きっとあなたの力に……」
「……どうして、あなたのようなひとが、あんな人達と、まだ一緒に居るの?」
「……明日香……?」
さん、あなたは破滅の光に選ばれた人なんだから……あんな人達と一緒に居てはいけないのよ。私と一緒に行きましょう、あなたに相応しい場所に、私が案内するわ」
「明日香、さっきから何を言ってるの? 落ち着いて、冷静に話をしましょう?」
「……ねえ、さん。今の私、どうかしら? 少しはあなたに近付けた? ……私ね、ずっとあなたに憧れていたのよ」

 ──貴女みたいな、強くて冷たい決闘者に。
 ふっ、と私に向かって微笑むその笑みが、……恐ろしい、とそう思ってしまった瞬間から、脳内ではけたたましくサイレンが鳴り響いている。
 ──あれは、駄目だ。今の明日香に、迂闊に近付いてはいけない、踏み込んではいけない、関わってはいけない。……けれど、彼女はこう言っている。「私に近付けたか」と。……ああ、そうだ。まるで、あの笑みは、……かつての、私の。

「行きましょう、さん。其処であなたは、孤高の天才に戻るのよ」

 ──昔、私は。今の明日香のような笑い方しかできない決闘者だったような、気がする。

 ──デュエルアカデミアへと編入するまでは、私は海馬家という閉ざされた世界の中で生きてきた。
 外とは隔絶された、それでいて、他の何処よりも開かれた世界。私が生きていたのは、大人達の思惑が入り混じる社会と言う場所だった。
 私にとって、海馬瀬人という人物は神様みたいな存在で、──鋭いあの瞳に、私はどうしたって憧れて、……私個人の目標などからは目を逸らしてでも、只々、私を拾ってくれたあの人の役に立ちたいだけの頃が、私には、確かにあったのだ。
 父様に褒められたいから、決闘をして、勝利を収める。褒められたいから、会社の仕事だってこなして、大人たちの世界で平然と振舞う。父様が褒めてくれるなら、それだけで良かった。……あのひとの存在だけが私の全てだった頃、──私は、確かに。

「……ねえ、さん」

 ──海馬瀬人以外の何もかもに対して、あんな風に、冷ややかな眼差ししか向けられない子供だったのだ。
 ゴミを見るような目というそれは比喩でも何でもなくて、私にとって確かに、海馬瀬人以外の全ては、かつて塵芥に等しいものだったのだ。……そう、確かに、そうだった。父が生きるすべてだった頃の、私は。……決闘の楽しさを知る前の、吹雪や明日香に、──それに、亮に出会う前の私は、確かに、今の彼女のような目をしていた。

「……何を言っているのよ、明日香……貴女はあんなものに憧れてたっていうの? 違う、でしょう……そうじゃないでしょ……?」
「……さん?」
「──違うわよ! 私を慕ってくれた天上院明日香は、私の笑顔が好きだ、って言ってくれたの! 笑って決闘して、そして華やかに勝つ姿が好きだって、……あなたが私に言ったんじゃない! 明日香!」

 ──そうだ、そう言って照れたように笑っていた明日香が、決闘者として私を目標にしてくれていたことは、私もよく知っていた。
 学園の女王として祭り上げられていた、レジーナ──私の後継者には、いつか自分がなるのだと、確かに明日香は私に言ったのだ。
 だからこそ、私を慕ってくれるあなたの前では、格好良い先輩で姉貴分で、最強の決闘者で居たかったからこそ。私はどんなときでも諦めずに、不敵に笑ってフィールドに立ち続けたというのに。
 ……そうだ、私が目指したものは、私が成りたかった、彼女の憧れは、……断じて、心の無い冷徹な決闘者なんかじゃない。

「──明日香、決闘よ! 私があなたの心を取り戻してみせる! 何度だって、私が助けてあげる! 私の大切な天上院明日香の笑顔を、返してもらうわよ! 明日香!」
「……そう、仕方ないわ。でもね、丁度さんにも、私の新デッキを見てもらいたかったところなの。……決闘しましょう、さん」

 ──にい、と勝ち誇った笑みを深める明日香を強く睨みつけて、──私は、デッキをセットしたデュエルディスクを構える。

「──貴女への憧れで手に入れたこの力、是非味わって頂戴、さん」

「「──決闘!!」」
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