096

「……既にジェネックスから敗退したお前が、何の用だ? 吹雪」
「聞くまでも無いだろう? ……のことだ」

 ──その日も、光の結社の連中がを連れていないかと先回りを試みたものの、結局は空振りに終わった。
 目に付いた適当な誰かをデュエルで打ち負かし、「を俺の前に連れて来い」と命じることも考えはしたが、末端の構成員を倒したところで、海老で鯛を釣るような成果は見込めないことだろう。……俺のライバルは、そうも安い人間じゃないからな。
 故に仕方がなく、今日はこれ以上張り込んでも収穫を得られないと判断した俺は、灯台へと引き上げてを待つことにしたのだが、──何を思ったか、其処に吹雪が姿を見せたのだった。
 俺との間に一人分ほどのスペースを隔てて、その場に座り込んだ吹雪は、……まあ、十中八九、翔と同じようなことを問いただしに来たのだろうと、そう思う。

「……悪いが、を助けに行きたいのならば、一人で行くがいい。俺は協力するつもりはない」
「……良いのか? 僕に助け出されたら、も君には愛想が尽きて、僕を好きになるかもしれないぞ」
「まさか。……有り得ないな、が俺以外に靡くとは到底思えない」
「……それが分かっていて、助けに行かないのか?」
「ああ」
「そうか……はあ、なんだかいつの間にか、僕の入る余地もなくなってしまったようだね、君たちには……」
「……否定はしないが、に同じことを言えば、あいつは怒るだろうな」
「はは、……違いないな」

 まさか吹雪とて、俺とくだらない思い出話をするために、此処までやってきたわけではないのだろう。
 ──が光の結社の手に堕ちた責任の一端は、明日香にあると聞いている。──だからこそ吹雪は、恐らく、妹の為にもを敵の魔の手から奪還しようと考えており、……もしかすれば、自分と同じ考えでいるかもしれないとそう期待した上で、俺の元を訪れたのだ。
 ……先日に、あのようなことがあったにも拘らず、俺に同盟関係を求めてこようとは、……全く、この男も何処までもお人好しなことだ。

「……亮、君は先日のデュエルで、ダークネスから僕を救ってくれただろう」
「……何の話だ?」
「とぼけなくとも、聞こえていたよ。君が闇の中に居るものと思い込み、同じ場所に行こうとしてダークネスの闇に囚われたあのとき……君は、ダークネスを僕から引き剥がしてくれた。闇の中でも君の声が聞こえたからこそ……僕は、また戻ってこられたんだ」
「……そうか」
「亮、……君はきっと、本質は何ひとつ変わっていないんだろうな。……だが、だからこそ理解できない。……のこと、心配しているんだろう?」
「……そんなもの、するに決まっているだろう」
「それでも、助けに行く気はないのか? ……見たんだよ、君がホワイト寮の近くで、張り込んでいるのを……」
「…………」
「だからこそ、二人で彼女を助けに行こうと提案しに来たんだ。……翔くんは、亮がのことまで顧みないほどに変わってしまったと、そう言っていたけれど……僕には到底、そうは思えない。……君ってば、クールな振りしてへの執着は昔から相当だったからな」
「当然だろう。……俺は、の隣を譲る気はない」
「……はあ、其処は素直に認める癖に……まるで堂々巡りだな。……本当に意固地な奴だね、君は……」

 そう言って落胆したような素振りで、吹雪は溜息を吐いて項垂れながらも足を延ばし、その場への本格的な座り込みを始めるものの、──きっと、これ以上の説得は無駄だということくらい、吹雪にも理解は出来ているのだろう。
 ……この男は曲がりなりにも、数年の間、一番近くで俺とのことを見てきて、……そして何よりも、俺がにどんな目を向けてきたのかを誰よりも知っているのは、間違いなく吹雪なのだ。
 あまり表情に出ない俺が、それでも、吹雪にあっさりと看破されてしまったその熱情が、勝利以外の何もかもを放り投げたと言うその程度の豹変で消えてなくなるほどに、生易しい感情などではないことを、吹雪は重々承知している。
 ならばこそ、──よくよく考えてもみれば、俺がを助けに行かない理由とて理解出来そうなものだが、……真っ当な感性をしているこいつには、言葉で説明しなくてはすべては伝わらないのかもしれない。
 ……まあ、俺には何も、吹雪に一から十まで説明してやろうと言う気も無い。……どうせ吹雪は、皆まで言わずとも九程度まではそのうち勝手に理解すると言うことも、俺は経験則で知っているからな。

「……修学旅行のときにさ、プロリーグでの亮の試合をスタジアムで見たよ。もちろん、の試合もね」
「そうか」
「君はともかくの方は、プロとして元気にやっているみたいで安心したよ。……亮との関係も、上手く行っていると彼女は言っていたし」
「……がお前に、そんなことを?」
「ああ。はきっと、彼女の口から君の事情を勝手に話すのは避けたかったんだろう。それ以上は、詳しく話してもらえなかったけれど……なんだか、以前よりも上手く行っている風なことを言っていたから、正直なところ面食らっていたんだ」
「それは、今でもか?」
「いや……亮と決闘をして、の話を聞いて、こうして亮の真意も多少は知れたから……まあ、納得はできたかな」
「……それは良かったな」
「亮……僕にとってはやっぱり、今の君は豹変したように見える。だが、は……きっと、品行方正だった亮の化けの皮が剥がれたと思っているんじゃないのかな。彼女にとって君は、ずっと今のような人間だった。少なくとも、その資質を秘めていることには気付いていたか、期待していたのか……だからこそ今の君にも、平気で近寄っていけるんだろう。……全く、大事にしなよ? あんなにいい子、きっと君には二度と現れないぞ」
「分かっている、俺とて手放すつもりはないからな」
「……それでもやっぱり、助けには行かないんだな?」
「ああ。……は、俺が手を出さずとも自力で帰ってくる。斎王だの光の結社だの訳の分からん連中がに敵うとは、到底思えんからな」
「……君にそう言われると、そんな気がしてくるから不思議だよね、全く……」
「当然だろう。……他の誰よりも俺が一番、を分かっているからな」

 そんな気がしてくるとそうは言いながらも、静かにその場から立ち上がる吹雪は、──結局、例え一人でもを救出する方向で動くつもりなのだろう。
 ……この男は、昔からそういう奴だった。こうしてが光の結社に囚われた今も、先日に俺と相対した際にも、明日香がタイタンと闇のデュエルを行った時にも、──それから、それよりもずっと以前にもやはり吹雪は、友を助けるべく手を伸ばしていたような、気がする。
 吹雪がを助けに行きたいと言うのならば、好きにすればいい。俺は吹雪の話には乗らないが、吹雪の考えを否定する理由もまた、俺には無いのだ。
 ──俺と吹雪は友人だが、長らく互いの考えを尊重した付き合いを続けてきて、──俺にとってその関係は、今でも別段変わった訳ではない。
 今は只、俺と吹雪の考えと行き先が重ならないと言うそれだけで、──友人だからこそ、無理に同じ道を選ぶ必要は何処にもないと言う、……俺にとってこれは、たったそれだけの単純な話だった。
 
「──よし! それなら競争しよう、亮!」
「……競争?」
「僕がを助け出すのが先か、君が先か……いや、この場合、亮の勝利条件は、どうなるんだ?」
「俺がと決闘をするのが先ならば、俺の勝ちで良いんじゃないか」
「それなら、君の勝利条件はそれで……が自力で敵を倒して戻ってきたら、の勝ちということにしよう!」
「……ならば俺は、を倒してその勝利を奪い取るとしよう」
「はは、それはどうかな? ……じゃあ、僕は行くよ」
「ああ」
を助けたら、もっと君を大切にしてくれる男に乗り換えろって、絶対、彼女にそう言ってやるからな!」
「勝手にしろ。……はもう、俺でしか満足できん」
「……本当に、揶揄い甲斐が無くなったなあ、亮……」

 俺に向かって言いたいことを言って、それから、聞きたかったことを聞き出して、──そうして、吹雪は満足げに灯台を後にしていった。
 その後、吹雪が本当に光の結社の総本山へと向かったのかどうかは、俺には知る由も無かったが、それもどうだって良いことだ。何も吹雪とて、並大抵のデュエリストではないし、……もしも吹雪諸共に敵の手に落ちたとしても、そのときには、が全て打倒して吹雪を連れ帰ることだろうからな。


「──ただいま、戻ったよ」
「兄さん! こんなときに一人で、一体何処に行っていたの?」
「ちょっと、灯台にね……」
「灯台って……まさか、亮のところに?」
「え!? 吹雪さん、お兄さんに会ってきたんスか!?」
「ああ……翔くん、あまり心配しなくとも、亮とは大丈夫かもしれないぞ」
「何を暢気なことを言ってるんスか!? もう……!」
「兄さん……根拠も無しに無責任なことを言わないで頂戴、私たちは……」
「分かっているとも。……でも、僕だからこそ汲んでやれる事情も、彼らにはあるということさ」


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