098

 ──以前にとの会話の流れで、“子供の相手に手慣れているのは、下に弟か妹がいるからか”という旨を彼女に問われた際、思わずカッとなって刺々しい物言いで返した僕に対して、平然と「私と同じね」と伝えてきた彼女のことを、──僕は何故だか、当然のように海馬瀬人の実子なのだとばかり思っていたらしい。
 は海馬瀬人の養子なのだと、……そんなこと、少し考えれば年齢差から簡単に分かることで、事実として彼女も養子であることを隠しているわけでもなさそうだったのに。
 ──きっと、僕はそれまで、……は無条件で恵まれている幸せな人間なのだと、……そんな風に思って居たのだろう。
 かつて、高潔だったカイザー亮をヘルカイザーへと貶めた一因である僕のことを、あんなにも簡単に受け入れてしまえるのは、……きっとが能天気で幸福な人間だからなのだと、……そう思っている限りは、自分のしていることを卑下せずに済んだから。

「──海馬瀬人とは血縁関係がないと君は言っていたが、……その、実の両親は?」
「……実はね、よく覚えてないの」
「覚えていない……?」
「子供の頃……暮らしていた家が火事になって、私だけが生き残ったらしい、とは孤児院に居た頃に聞いたわ。でも、私は何も覚えていなくて……幼かったし、ショックで記憶を無かったことにしてしまったのかもね」
「……その、不躾な質問だった。すまない……」
「良いのよ、気にしないで頂戴」

 ──それは、孤児院のスポンサーになりたいと言うの相談に乗る為、後日再び彼女と顔を合わせて、先日の紅茶専門店へと足を向けた日のこと。
 斎王も誘ってみたけれど、彼は都合が悪いと言うから、その日はと僕の二人でということになり、仕事の合間に落ち合ってから彼女の計画を具体的に詰めて、──理解の早い彼女のお陰で、幸いにも話はすぐに纏まったため、前回に同席した際と同じように僕と彼女はそのまま軽い雑談になり、──ふと、彼女が孤児院に居た理由を僕は追及してしまった。
 何もそれは、決して意地の悪い考えで深追いしたわけではなかったが、……一体、彼女はどんな縁で海馬瀬人と出会ったのだろうかと、ふと気になってしまったのだ。
 孤児院に居た、と言うからには親戚などでもないのだろうとは思ったが、──が言うには海馬瀬人も元々はが育った孤児院の出身で、海馬瀬人自身が孤児院のスポンサーであったらしい。
 ──なるほど、育ての親を見習って、自分も同じように孤児を支援したいと言う気持ちが、恐らく彼女にはあるのだろうと、……それを聞いたことで、僕も腑には落ちた。
 
 ……しかし、早くに親を亡くしたと言っても、施設に入れるのではなく彼女を引き取ってくれる親戚は居なかったのだろうかと、不思議に思って、僕は何の気なしにその疑問を口に出してしまった。
 ──その考えこそが、父の友人という身近な存在を後見人に持ったが故の恵まれた考え、僕の傲慢なのだと気付かずに、──僕はの古傷を、無遠慮に暴き立ててしまったのだ。
 僕の失言に対して、は特に顔色を変えず事も無さげに、彼女が知る限りの事実を答えると、謝らなくて良いと僕にそう言ってくれたけれど、……そうは言っても、幾ら僕とて今の言葉が不躾であったことは分かっていたし、──の方は遺恨などを引きずらずに僕へとフラットに接してくれていると言うのに、……流石に今のは、無いだろう。
 
「……僕の父は、I2社のカードデザイナーだったんだ」
「……それ、私が聞いてもいいの?」
「ああ、失言の詫びと思って聞いてくれ。後見人のDD……彼は父の友人で、身寄りのない僕の身元引受人になってくれた。だから僕には、今は彼だけなんだ」
「……そう、お父さんのこと、尊敬しているのね」
「……ああ、父は今でも、僕の誇りで……」
「そうじゃなくて、世界チャンプの方よ」
「……父親? DDが? 僕の?」
「そうでしょう? 強い父の背を見て育つとその姿に憧れるの、私もよく分かるわ。……エドが若くしてプロデュエリストまで上り詰めたのは、きっと世界チャンプの影響でしょう?」
「……違う、僕はそんな風に、君みたいに綺麗な理由で力を求めた訳じゃない……」
「……エド?」
「……でも、ほんの幾らかは……君の言う通りだと良いな、……そうだな、確かに僕はDDの背を見て育ったから……いつか、プロとして彼に挑戦したいと思った」
「……ええ」
「彼のように強くて、悪を裁く力を持ったヒーローに……僕は憧れたのかもしれない」

 彼女の事情に土足で踏み入ってしまったからには、──僕とて自分の実情を幾らかは明かしておくのが筋と言うものだろうとそう思い、僕は自分の身の上についてを少しだけに打ち明けた。
 僕は確かにDDのことを尊敬していたけれど、実際に彼の手で育てられた訳ではない。暮らしだって別々で、DDは僕がプロとしてやっていけるだけの地盤を整えてはくれたものの、それからすぐに僕は彼の元から独り立ちしてしまったし、何もずっと彼の近くで生活しているわけじゃなかった。
 そんな相手を家族と呼んでいいものか僕には分からなかったから、DDのことを父さんと呼んだことは一度もなかったし、……だからこそ、にそう言われたときには、妙にくすぐったくて仕方が無かったな。
 ……なんというか、の言葉には妙な説得力がある。彼女が肯定してくれるのなら、僕もそう思っても良いのかもしれないと、……僕とDDは、十分に家族や親子と呼べる間柄なのかもしれないと、……彼だって僕と同じように、僕のことを大切に想ってくれているのかもしれないと、……僕の抱えたこの気持ちをからまっすぐに肯定されると、不思議とそんな風に思えてしまったのだ。
 
 
「──なあ、エド。お前、親父さんの件でさんに相談したのか?」
「は? 何故、彼女に相談する必要が……」
「絶対に話してみた方がいいと思うぜ? さん、後輩の世話焼くの好きなんだよ! スッゲー優しいんだ!」
「僕はの後輩ではないだろう? 在学時期も被らないし……」
「そうか? さんはそんなの気にしないだろ、それに、海馬コーポレーションにも協力してもらえるかもしれないじゃんか」
「それは確かに魅力的だが……しかし……」
「なんだよ〜歯切れ悪いな?」
「……僕は彼女にとって恋人の仇だぞ、お前達のようには行かない」
「そうかあ? さん、そんなの気にしてないと思うけどなあ」
「……まさか」
「まあ、ともかく一回聞いてみろよな!」
「……まあ、機会があればな……」
 
 ──そう言えば、僕が父の仇を追っていると知った十代は、以前にそんなことを言っていた。
 正直なところ僕も心の何処かでは、彼女に僕の味方になってほしい気持ちが幾らかあったけれど、──結局、そんな機会は訪れなかったな。
 確かにの性格を考えれば、僕がもっと込み入った事情を打ち明けて彼女に相談していれば、僕の力になってくれたのかもしれない。──だが、身の上が近しいからこそ、彼女に事実を打ち明けるのは憚られてしまった。
 馬鹿げているだろうか、──宿敵を追い求める本当の僕を、勝利を追い求める純粋な彼女が知ったなら、……そのときには今度こそ、彼女は僕と目を合わせて話してはくれなくなるんじゃないかと、そう思っただなんて。
 自分はこれほどまでに父の仇を憎み復讐を誓っている癖に、──僕など敵討ちの相手である筈の彼女に対して、僕が友情を感じている、なんて。
 ……全く、本当に馬鹿みたいだな。
 
 が海馬瀬人を慕う気持ちは、確かにきっと、僕がDDを慕う気持ちに似ていた。
 だが──僕とDDは、彼女たちとは違った。──僕達は、家族じゃなかった。
 あれほど信じてきたDDは、──父を殺した、僕の追い求める復讐相手だった、だなんて。
 ……やっぱり、とてもじゃないけれど、彼女には言えないな。

 ──究極のDのカード、D-HERO Bloo-D──父さんが僕に残してくれた、D-HERO ダークエンジェルの力で、Bloo-Dを操るDDを打ち破り、僕は決闘に勝利したが、──直後、僕とDDが戦っていた彼の船は、Bloo-Dに宿っていた破滅の光の残滓の最後の悪あがきにより炎に飲まれて、僕は駆け付けたデュエルアカデミアのヘリによってその場から救出されたが──ヘリから海上を見下ろすと、DDが乗っている船は僕の目の前で爆発し、海の藻屑となっていったのだった。

「……さようなら、DD……」

 ──彼は、今まで一体どんな気持ちで僕の傍に居たのだろう。
 十年間もの間、僕は破滅の光に憑り付かれた彼のことを、──親代わりなのだと、本気で信じていた。
 父さんの敵を討てば、復讐さえ果たすことが叶ったなら、──きっと、晴れやかな気分に包まれるのだと。この行き場のない怒りと衝動は収まるのだと、そう思っていたけれど、──なかなかどうして、そう簡単には行かないものだな。
 
 Bloo-Dに宿り、DDを操っていたのは破滅の光だが、既にそれは抜け殻に過ぎなかったようで──本物は今、斎王に憑り付いて居るのだと、父さんはそう言っていた。
 斎王琢磨──僕のたった一人の親友、僕にとって、誰よりも大切な相手。
 父さんを失った僕がDDと出会った頃には、彼は既に破滅の光に支配されていたらしかったから、残念ながらDDとの十年間は全て偽りに過ぎない。
 ──しかし、斎王はそうじゃない。彼は確かに、僕にとって本物の親友で、失意に沈む僕へと傘を差してくれたあの日の彼の真心は本物で、──そんな彼は今きっと、破滅の光によって苦しめられている。だからこそ彼は、僕が斎王の運命を変えることを望んでいたのだ。
 それに、──今、斎王の元には彼女が、──が居る。
 ……きっとこれは、決して偶然などではないのだろう。──以前に斎王がへと接触を図ってきたあのときに、恐らく既に斎王は破滅の光に憑り付かれていて、──何かしらの理由があって、斎王はを選んだ上で彼女に接触してきたのだ。
 ……何しろ斎王は、光の結社の“神子”という特別な役割を彼女に与えているくらいだからな。
 
 ……全く、どうしてだかは知らないが、……破滅の光とやらは、僕の大切な相手ばかりを付け狙ってくるらしい。
 そんなものを、この僕が許すはずがないだろう。……だったら、今はDDのことを嘆いている場合じゃないだろう。父さんは僕の背を押してくれた、Bloo-Dを倒して、斎王の元へ行けと。そうだ、──破滅の光を打ち破り、僕がと斎王を助け出す。
 父さんはきっと、──恐怖により悪を征するD-HEROのカードを、その為にこそ作った筈だ。
 破滅の光から友と世界を護る為に、──僕は、どれだけこの手を汚そうとも、僕の信じたダークヒーローを全うする。


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