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 ──学園のヘリで船上からデュエルアカデミアへと戻ると、間近に見えてきたホワイト寮の塔の窓の向こうに斎王の姿が見えて、──僕は思わずヘリから身を乗り出して飛び出すと、体を丸めてそのままの勢いで窓を破り、強引に光の結社の本拠地へと突入し、斎王の私室の中で彼の姿を探して回る。
 見れば部屋の奥からは地下に向かって階段が伸びており、其処を下っていくとその先には広々とした空間──光の聖堂が広がっていた。

「──! 無事か!?」
 
 そして、その場所には、巨大な女神の銅像が飾られていて──像の前には、硝子で誂えられた透明な玉座が鎮座しており、──其処に座らされて、静かに祈りを捧げているの姿を僕は見つけて、──咄嗟に彼女に向かって駆け寄ろうとするものの、それを阻むように、僕の目の前には斎王が立ちはだかるのだった。

「──フフ、ハッハッハッハッハッハ……」
「斎王……! 何が可笑しい! 今すぐを解放しろ! 斎王!」
「いや失礼した、エド。……しかし、それは無理な相談だな……ようこそ、光の結社専用デュエルリングへ」
「斎王……君に聞きたいことがある! Bloo-D、父さんが作った究極のD-HEROカード……このカードに見覚えがないか!?」
「……フ」
「このカードに宿っていたという、破滅の光! DDの邪悪な心は、その力により更に引き出され、父さんを殺すに至った! その破滅の光が、今君の身に取り付いたと聞いた! ──斎王! それは本当なのか!? 答えてくれ、斎王!」
「──そうだ! それが私の運命だからな」
「……どういうことなんだ、斎王……!」
「すべての始まりは……光! 破滅の光は、宇宙自身から生まれた。そして……君の父さんの悲劇が起こった。その後、君を通して占い師である私の元に、DDがやってきた。君の父さんから奪ったBloo-Dの破滅の力の影響が自身をも滅ぼしかねないと恐れ、カードの力を見てくれと。──そのとき、私の運命は決した! 破滅の光がこの私の身体に入り込んだのだ!」

 斎王は仰々しい口調で、──まるで人が変わったかのように、高らかに叫ぶ。
 いや、……事実、彼は既に僕の知る斎王琢磨ではないのかもしれない。破滅の光が彼の身体に入り込み、斎王を豹変させた──だからこそ彼は光の結社を立ち上げて、をその手中に収めたのだろうからな。

「光は私に告げた、不完全な世界を作り変えるのだと! そうだ、この世界では突出した能力が人々の理解を越えたとき、理不尽に襲い、嫌い、迫害する。幼き頃の私や美寿知が受けた、数々の恥辱! 屈辱! それらは、バランスの欠いた世界がもたらしたもの! ……我らが神子もそうだ、海馬もその特異性ゆえに、迫害を受けてきた人間なのだ!」
「……何だと? が……?」
「あの女は精霊に選ばれ、光に導かれた決闘者。……その異能ゆえに神子は迫害を受けてきたのだ。……尤も、本人はその事実も殆ど忘れているようだがな。……しかし、あの女ならば破滅の光の素晴らしさも誰より実感できることだろう。だからこそ、神子もまた私同様に光の波動によって選ばれた……」
「……待て、それは、まさか、彼女から家族を奪ったのも……」

 ──まさかとは、思うが。彼女は本当に僕と同じで、……僕と同様に、破滅の光によって家族を奪われたのか?
 幼い日の記憶、本当の家族の元に居た頃の日々を、──は何ひとつとして覚えていないのだと、そう語っていた。生家は火事で焼けたということしか知らないとは言っていたから、物心も付かない頃の彼女は、恐らくは自己防衛のために苦しい記憶を手放してしまったのだろう。
 ……つまり、自ら手放すことを願うほど凄惨な事件がきっと彼女にも降り注いだはずで、──しかし、それはまさか、……破滅の光の元へとを導くために、故意で仕組まれた事件だったのか?
 ──それは、僕や父と同じように。
 ……彼女もまた、運命の掌で弄ばれたが故の、惨劇だったと?
 
「……なるほど、そんな世界ならゼロへと戻した方が良い。完全なる統一された世界が約束されているのなら!」
「……斎王……!」
「次なる世界へ! ──そのための破滅! その引き金を私が引くのだよ! ……素晴らしいことじゃないか。……そして彼女は、新世界へと君臨する女帝となるのだ……」

 ……斎王は、どうか、している。……世界を作り変える? まるで、それこそが正義で彼には大儀があるかのように斎王は語っているが、──要するにそれは、今の世界を壊すという意味だろう。──この宇宙に住まう全ての生命を、消し去るということなんだろう?
 僕の友人、斎王は──決して、そんなにも残酷な選択が出来るような人間じゃないし、──ましてや、そんなことをして手に入れた理想の上に、他人を、──を、強引に座らせるような奴じゃない。
 ……何の罪も縁も無い相手を、そう簡単に人身御供に出来てしまえる程に、斎王は、君は、……冷酷な人間なんかじゃない筈だろう?
 
「──馬鹿な! 君は恐れていたんじゃないのか!? 君の未来に待つ破滅の運命を! だからこそ君は、運命を変える存在として僕を選んだ! そうだろう!?」
「遊城十代もな!」
「……っ」
「はっ、君が私に何をしてくれた? 私の運命の何が変わった!?」
「っ、僕は……」
「所詮人は、大いなる運命の前には、塵にも等しい! 運命を変える等とは、烏滸がましいのだよ!」
「……確かに僕は、どうやって君の願いに応えてあげればいいのか、分からなかった。……それが、今となっては悔しい。──教えてくれ、斎王! 僕に何が出来る!? 何をしてあげればよかったんだ!? ……ぐ、う、……斎王……っ」

 ──分からない。斎王の考えていることが、僕にはまるで分からないよ、斎王。……これまでも、それに、今だって、……僕は君の為にしてやれることが、するべきこととはなんなのかが、全然分からなかった。
 ──だって、君に待ち構えていた運命がこんなにも恐ろしいものだったということさえも、僕は知らなかったのだから。
 彼が自分の運命に苦しんでいることならば、僕だって知っていた。だからこそ、僕に彼の運命を変えて欲しいとそう言って、斎王は僕を彼の運命の担い手として選んだのだと、それは分かっていた。
 ……だけど、斎王の言う通りに僕は、彼の望みをどうやって叶えればいいのか分からなかった。只でさえ僕はプロとしての仕事や父さんの仇の捜索で手一杯だったから、斎王の力になるどころか、占い師の仕事の傍らで彼に僕のマネージャー役を依頼し、僕の手伝いをして貰っていたくらいだ。
 ……それならば、やっぱり僕は、斎王にとっては、期待外れだったのかもしれない。
 だからこそ、僕だけではなく十代にさえも運命を託し、──更には、最後にはこうして、運命を変えることを諦めて、……を生贄に選んだと、君はそう言うのか?

「──返して欲しい、君に預けた鍵を」
「え……?」
「その鍵を返してくれ」
「鍵……?」
「さあ。……渡すんだ、エド」
「──エド! その鍵を渡すんじゃない! こいつは、宇宙から地球をぶっ壊そうっていう、レーザー衛星ソーラを動かす鍵だ!」
「……レーザー衛星……!?」
「この鍵を斎王に渡したら、みんな死んじまうんだよ!」

 一体僕は、斎王に何をしてあげればいい? ──僕は、君の為に何が出来る?
 斎王が僕に返すことを促している鍵とは、──以前に彼から渡された、まるで見覚えのないこの銀色の鍵のことだ。
 一体、これは何を開けるための鍵なのだろうかと長らく疑問だったが、──こんな使い道の分からない鍵でも、斎王が欲していると言うのなら彼に手渡すべきなのかと、──そう思って僕が手に握った鍵を見つめていると、──その瞬間、バトルフィールドへと駆け込んできた十代が、僕に向かって大声で叫んだ。
 ──待て、十代は、今何と言った……?
 ……まさか、そんな。……この鍵が、レーザー衛星を起動するための鍵だと……?

「──エド! 絶対にその鍵を渡すな!」
「エド! 私に鍵を渡すのだ! ──エド! ……私の為に、鍵を渡すのだ」
「……私の為に? 私って誰のことだ!」
「……エド……何を言っている?」
「お前は斎王じゃない! 本物の斎王は何処に居る!?」
「……っく、ッヒッヒヒヒヒハハハハァ! ……さあ? 今まで仲良くやってきたのだがねえ? さて、何処に行ったのやら? ッフフフフフ……」

 ──冗談じゃない、十代の言うことが本当だとしたら、世界を作り変えると言う言葉はハッタリでも比喩でも何でもなく、──レーザー衛星の鍵を手に入れることで、斎王は本当に、──この宇宙を破壊して、作り替えるつもりだ。
 ……本気だ、斎王は。あの目は、あの言葉は、決して嘘など吐いていない。……彼は、破滅の体現者として、文字通りに世界を白く染め上げるつもりなのだ。
 ──だけど、もしも、そうなのだとしたら。
 やっぱり、……お前は、斎王じゃない。
 斎王は、僕の知っている斎王琢磨は、──例えどんなに他者から傷つけられたとしても、生きていることが苦しくて堪らなかったとしても、……それでも、自分が助かるためにすべてを犠牲にしてしまえるような奴じゃない。もしも斎王がそんな男だったなら、僕に運命を変えることを託したりしていない、──どうか助けてくれと、あんなにも悲痛な声で涙を零して、僕に縋ったりしていない。
 あいつは、──一体、誰だ。
 斎王の顔で、斎王の身体で、破滅を謳い、光に溺れるあの男は、──一体、誰だ?
 ──斎王は、──僕の友は、今何処に居る?
 
「お前は一体何者だ!?」
「ッヒャハハハハ! ……破滅の光。その意志とでも呼んでくれたまえ! フッフッフッフ……エド、君がどう足掻こうと、結局は決まっているのだよ、運命は!」
「違う! まだ決してなどいない! 鍵は僕の手の中にある! まだ運命は変えられる!」
「馬鹿な! どうやって?」
「──決闘で! 僕は、この鍵を賭ける!」

 破滅の光──世界を滅びに導くその存在が一体何者なのか、……正直なところ、僕はその全貌を理解したわけじゃないのだろう。
 ──だが、それでも。僕の信じるD-HEROというカードは、ヒーローの名を冠している。
 ──そうだ、例え正統派ではないダークヒーロー系だとしても、──僕は、邪悪と対峙することを自分に誓った人間なのだ。
 斎王、──君は、僕のことを斎王にとってのヒーローだと、そう信じてくれていたのだろうか? 僕は君の期待には応えられなかったのかもしれない、君の苦しみの深さを、己の憎しみの強さで見落としてしまったのかもしれない。
 ──だけど、それでも。……僕は、君と約束した。あの日、君が僕へと傘を差してくれたように、──どんな雷雨でも、嵐の中でも、僕がずっと君に傘を差してあげると、二人で運命を打ち壊して、晴天の明日を手に入れようと、……そう、僕は君と約束したんだ。
 ──だから、僕が斎王の破滅の運命を変えてみせる。僕がこの決闘に勝てば必ず、運命は狂う。──運命の亀裂から、僕は斎王を救い出し、のことも連れ戻してみせる。
 ──、君を、……決して、新世界の女神などにはさせないとも。

「「──決闘!」」


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