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 閉ざされた意識の中で視界はすべて白に塗り潰され、それでも、脳内にはひとつの声が響いている。
 ──斎王の手に堕ちてしばらく、当初はその意識のすべて手放していた私だったものの、私に語り掛け続けてくれた“誰か”の呼びかけによって、ようやくその意識を薄っすらとでも取り戻しつつあった。
 自由に動かない四肢は相変わらずに投げ出されているものの、どうにか必死で聴覚にすべての神経を集中させると、──やがて、“誰か”の声は頭上より降り注いでいることに気付き、私は必死に言葉を拾おうと天を仰ぐのだった。

「──どうか、祈ってください。光の神子、そなたなら……巫女の私には不可能であることも叶えてくださるはず……」

 ──“誰か”が呼ぶ“光の神子”とは、一体誰のことかと考えて、私に向かって語り掛けている以上は、私以外の誰でもないのだろうと、すぐさま冷静にそう思う。
 しかし、私が意識を手放す前に、……神の子、光の巫女と私を呼んでいたのは、確か斎王だったはずだが、……どうにも、鈴の鳴るようなこの声は、斎王とは別人のようだった。
 そうして、天より降り注ぐ、漠然と要領の得ない言葉を受けながらも、何時しか力の入らない全身でも何故だか両手だけが動くようになってきて、されど、私の意志とは関係なく、気付けば両手は固く祈りの形に結ばれている。
 ──私は、神などを決して信じてはいない。私が信じているのは自分自身とデッキ、そして家族や友人たちのことだけで、──そうも信心深さなどとはかけ離れた私がこのような祈りなどを捧げたところで、何か意味があるとは到底思えなかったけれど、……それでも、或いは現実世界で意識を手放しているのであろう私も、今頃こうして、必死に祈っているのだろうか。

「──らしくも、ないわね……」

 唇をゆっくりと動かすことさえも、今の私には辛く重たくて堪らなかったけれど、私がしっかりとそのように発声した瞬間、──私の目の前には、いつの間にか一人の少女が立っていたのだった。
 真っ白な空間にて静かに佇む、巫女服に身を包んだ艶やかで黒い髪の少女は、……なぜか、何処かで見たような気がして、……確かに、誰かの面影が、あって……。

「……斎王?」
「……初めまして、海馬さま。私は斎王琢磨の妹──斎王美寿知と申します」
「……どういう、こと……? 私は確か、斎王に捕まって……」
「兄はそなたを捕らえ、強い暗示を掛けた上でその手中に収めました。そなたは今デュエルアカデミアのブルー寮……いえ、ホワイト寮に幽閉されています」
「だったら、此処は……?」
「そなたの精神は今、斎王の洗脳により肉体から切り離されているのです。そして私もまた……現在、精神──魂をデジタル化し、レーザー衛星“ソーラ”へと潜めています。……故に、私にはそなたへの干渉が叶ったのです、さま」

 目の前の少女──美寿知、と名乗った彼女の言っていることは、正直まるで理解できないけれど、精霊と繋がっている私は既に、理屈では証明できない超常現象の存在を知っている。
 ──そして、現在の自身がデッキの精霊たちと切り離されていることにも、私は気付いていた。
 私の魂を守護する彼らが傍にいない限りは、確かに今の私は、目の前の彼女に精神的な干渉を許したとしても無理はないのだろうと、そう思う。──どうやら彼女は、見たところ、人智を超越した存在のようだから。

「美寿知……と言ったかしら。私に何の用? あなたを助けて欲しいと言うのなら、今は無理よ。私もこの様だもの。それに、レーザー衛星って……」
「いいえ、そなたにしかお願いできないことがあるのです。──我が兄が、オージーン王子からレーザー衛星“ソーラ”の鍵を手に入れたこと、御存じありませんね?」
「……え?」
「そなたが兄に囚われた後のことです。兄は、──いえ、兄に憑りついた邪悪なる破滅の光は、レーザー衛星“ソーラ”をもって世界を滅びに導こうとしている……そなたに、私と共に兄を止めて、兄を助けて欲しいのです、さま。──そなたこそが、破滅の光の担い手たる資格を持つ決闘者だから」

 ──今度こそ、本当に何を言われているのか、分からなかった。
 ──破滅の光の、担い手? 一体それは、どういうこと? ……いえ、それよりも、レーザー衛星“ソーラ”が斎王の手中にある、ですって? ──それは、それって、まさか、……つまりは。

「……つまり、私は今この瞬間にも、斎王の傍で、世界を滅ぼす計画に加担している、ということなのね……?」
「……無論、さまのご意志では無いはずです。しかし……そなたには、恐怖により悪を征する、破滅の光の使い手としての才がある。正しき闇の力の担い手として、ネオ・スペーシアンが遊城十代を選んだように、そなたは破滅の光の担い手として選ばれてしまった……」
「……その、破滅の光って、一体……」
「この星に古くから宿る邪悪な光の意志であり、世界を破滅に導く存在です。破滅の光は現在、兄を依代にしていますが……兄が不要になった際には、恐らく……」
「……私が、次の依代になる、ということ?」
「……私はそのように、考えています。レーザー衛星“ソーラ”ですべてを焼き払った後に、破滅の光が君臨する世界の王の器として、そなたは選ばれたのだと……」
「……そう。そのために、特等席で順番待ちをさせていると、そういう訳ね……?」
「ええ……ですが、そなたには光を破る可能性がある」
「現に今、破滅の光とやらに囚われているって言うのに?」
「それは、そなたと精霊の繋がりを強引に断たれているからです。本来のそなたであれば……光の龍を持つそなたであれば、或いは……破滅の光を従えることも、可能かもしれません」
「破滅の光を、従える……?」

 ──美寿知は語る、“破滅の光”なる何者かの存在を。

 数億年前の遥か昔、宇宙の彼方で発生したホワイトホールは光の波動を生んだ。
 その光の波動はやがて“破滅の光”となって地球に降り注いだのだ。
 それは、この宇宙を古くから蝕む邪悪なる意志の集合体であり、人類を、星を危険に晒す存在なのだと。破滅の光は肉体を持たないからこそ、あらゆる歴史の転換点に現れては依代を選び、選ばれた者たちは皆一様に邪悪の権化、独裁者として歴史上に君臨し、世界の滅びを導いてきたのだと。
 ──そして、十年前。またしても地球に降り注いだ光の波動は究極のD──エドの父親が最後に作ったカードへと宿った。
 そして、破滅の光はエドが天涯孤独となる事件を引き起こしたが──その後、光の波動はカードから離れて、現在は斎王に破滅の光が宿っており、──私は、次の器の候補者なのだと、彼女はそう言ったのだ。
 世界を滅ぼした後に、破滅の光が君臨する為の器として、私は選ばれた。
 だからこそ、斎王──破滅の光にとって私の肉体には本来の魂が入っている必要がなく、私の精神は肉体から切り離されてしまった。
 ──けれど、私には斎王とは違い、破滅の光に対抗して退ける可能性がまだ眠っていると、だからこそ私の魂を美寿知が肉体に戻すと、目を覚ました私には斎王を助けるために破滅の光と戦って欲しいのだと、──美寿知は、続けてそのように語る。
 ──それはつまり、私を依代に選ぶであろう破滅の光を逆手に取り、私がそのまま飲み込み従える反撃に転じることさえも、私には可能である筈だと、──私の手にはその為の逆転の切り札が握られている筈だと、美寿知はそう言うのだ。
 宇宙の彼方に存在する破滅の光を元から断つことは、現状では難しい。──しかし、私の心の部屋を奴にとっての牢獄として開き、その場所に捕らえることが出来たのなら、──少なくとも、現在、地球上に現れている破滅の光を無力化することが叶う、と。
 ……美寿知の話を聞いただけでは、私には到底、そのようなことが可能だとは思えない。……しかし、ネオ・スペーシアンが正しき闇の使者として十代を選んだと言うならば、……精霊と力を合わせることで、人智を超えた力を手中にすることも可能だと言うのならば、……ヒーローの彼に成し遂げられたことを、ダークヒーローの私にも成せるはずだと、……理論上は、そうなるのだろうか。

「……正直、分からない、けれど……でも」
「……ええ」
「まあ、確かに……私の信じる光の力が、その破滅の光とやらに劣っているとは……全く思わないわね」

 私は、私の光──父・海馬瀬人に託された青眼の白龍というカードの力を、何よりも信じている。
 この星導によって私は此処まで導かれて駆け抜けてきたと言うのに、“破滅の光”などという得体の知れない存在のせいで、闇こそが正義で在り光は邪悪であるだなんて、……そんな風に言われるのは、正直に言えば面白くはないわね。
 それに、私は個人的に、吹雪を操っていた闇の力──ダークネスへの恨みもあるし、闇ばかりがすべて正しいと言われるのは、まるで腑に落ちない。
 そして、それが気に入らないのならば、闇に正邪があるように、光とてそうなのだと、──私にそれを示せと、目の前の少女は言うのだ。

「……あなたの言いたいことは分かったわ、私のするべきことも分かった。……可能かどうかは、やってみるまでは分からないけれどね」
さまはただ、光を信じて打ち払ってください、それで、きっと……」
「……分かった。斎王が解放された瞬間がチャンス、そうよね?」
「ええ……其処までの道筋を、彼らに繋いでもらう必要はあります。そして、残念ながらもうひとつ、兄には思惑があるようです」
「……思惑?」
「ええ……そなたは、光を担う調停者。そなたの祈りを持って、兄は、恐ろしい力を作り出そうとしている……」
「恐ろしい、力……」
「23番目のアルカナフォース……その力を、そなたの祈りを持って顕現させるために……私が消えた後に、あなたを光の結社の巫としたのです」

 ──それって、つまり、私は。斎王の手に落ちてからずっと、破滅の光に向かって、天秤の担い手たる化身を顕現させるべく祈っていたのだと、……そういう、こと?
 ──待って、それなら、美寿知が私に祈れと言ったのは、すべて逆効果だったのでは、ないの?

「……待って、それじゃあ、美寿知……あなたが、私に祈れと言ったのは……」
「……残念ながら、既に手遅れのようです。23番目のアルカナはじきに降臨する……ですが、そなたの持つ光の力で祈り続ければ、綻びも生じるでしょう……ですから、さま……」
「……美寿知? 待って、何処に行くの?」
「──どうか、御武運を。──そなたの信じる光で、調停の光をどうか、打ち破ってください」
「──美寿知!」


「──もう手遅れだ、美寿知ィ! 運命の怒りは調停を極めた、愚かな虫けらと化け物に鉄槌を下すため、此処に降臨する! この三本の柱が生贄となり、23番目の究極のアルカナ! アルカナフォースEX−THE LIGHTRULERが召喚される!!」

「運命にひれ伏せ! 泣いて許しを請うがいい!」
「──エド!」

 ──そうして、現実世界でようやく意識を取り戻した私が見たものは、──私の祈りが創造したアルカナフォースEX−THE LIGHTRULERを握る斎王がエドを打ち倒すその瞬間、──そして、真っ白に崩れ落ちるエド、嘲る斎王、悲痛な叫びをあげる十代という、……自分が取り返しの付かない事態に加担してしまったという、その事実が為した地獄絵図そのものだった。 inserted by FC2 system


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