103

 後に海馬となるその少女とオレが初めて出会ったのは、何も孤児院で彼女を見つけたそのとき──などではない。
 それよりも更に以前、──オレは、アテムが生きていた古代エジプト、オカルト極まりないその再現空間──あの場所で、確かに一度、“に似た少女”に会ったのだ。

 三千年前の古代エジプト王朝、其処で“に似た少女”は神官セトの娘として生きていた。
 後にファラオとなった神官セトと“”に血縁関係があったのかは不明だが、“”はセトが唯一愛した女の忘れ形見として王宮で皇女としての庇護を受け、──そしてセトは、愚かにも皇女の命をも取り零したのだった。
 クーデターの類、だった。
 ──少なくとも、歴史にはそのように残っている。
 だが、事実はそうではない。皇女は、──破滅の光に追い詰められて、王宮のため、父のためにと自ら死を選んだのだ。
 
 次代のファラオとまで目されていた皇女は、平民にも分け隔てなく接する、優れた人格者だった。
 故にこそ彼女を取り巻く環境は一筋縄ではなく、──あるときに、王宮に仕えていた皇女の臣下が、皇女を慕う心の隙を突かれて破滅の光に“魅入られた”。
 その臣下とて、何も皇女を殺したかったわけではないのだろう。
 皇女を慕ったがゆえに、心の弱さに付け入られ、破滅の光の意志に支配されただけなのだろう。
 それでも、──たったひとり、その臣下が破滅の光に魅入られたことで、皇女は死ぬこととなった。
 皇女が足しげく通い詰めていた小さな村に臣下が火を放ち、皇女はその者に天誅を下さんとし、燃え盛る火の手の中で、正体を現した破滅の光と皇女は決闘を行った。そうして、王宮に火の粉が降り注がぬようにと孤立無援で奮闘した結果、──皇女はそのまま、還らぬ人となったのだった。

 神官セトが、その真相に気付いていたのかは分からない。
 だが、オレはアテムの残したオカルト現象の謎を紐解くうちにやがて、破滅の光というものの存在を知ったのだった。
 かつて我が社が企画した“子供の自由な発想でカードデザインを行う”という企画に応募してきた遊城十代は、後に正しき闇の力の導き手になる。
 ──それ自体は、当時には知りようもなかったことだが、更に時が過ぎた未来にてその事実を知ったそのときにオレは思ったのだろう。──ああ、にオレの魂を託したのは、正しい選択だったのだと。

 青眼の白龍──オレの魂のカードを、幾ら愛しい娘とは言えども、に渡すという選択にはオレとて葛藤があった。何しろ青眼は、俺のすべてと言っても過言ではない程の存在だったのだ。──その因縁が、何処から来たものであるのかなどは、オレには関係のないことである。
 だが、──我が社の研究の髄で導き出したオレの推測が正しければ、──今生でもいつかは、破滅の光と対峙することとなるだろう。
 何も神官セトがオレ自身であるなどと思っているわけではなかったが、それでも、──あの皇女ととは、確かに同じ目をしていたのだ。
 だからこそオレは、孤児院でお前を見つけた際に、我が目を疑った。オレの思い過ごしでなければ、……この子供には遠くない将来、試練が降り注ぐということに気付いたからだ。
 ──皇女に降り注いだ災厄が、いつか、お前にも降り掛かると言うのならば。
 オレは、お前に破滅を打ち破るほどの眩さを、すべてを破壊する光の力を、授けてやれねばならん。
 ──それがオレの思う、お前の父としての責務であった。セトにも剛三郎にも成せなかった、正しい父親の姿だった。
 故にオレは、青眼をお前に託したのだ。
 オレを決闘で打ち倒すことを継承の条件としたのは、力なきものを見す見す死地へと行かせはせんと決めていたからだ。曲がりなりにもオレを越えられぬようであれば、そもそもお前をデュエルアカデミアに入学させる気さえもオレにはなかった。
 ──最後にはが決闘の道を望んだとて、そのロードはお前にとって確かに厳しい選択となることを、オレは最初から知っていたからな。

 オレの想像が正しければ、破滅の光とやらは、その時代ごとに依代となる人間を求めて、人に変わって世界に天誅を下さんと、まるで神の真似事でもしているらしかった。
 であれば、あれほどに輝かしい光の資質を持つ皇女を殺して取り逃してしまったことを、──連中は、三千年の時が経とうが今でも悔いていることだろう。今度こそは、という器を手に入れようと試みることだろう。
 ──よ、お前はその試練を乗り越えねばならん。
 すべての道をその手で切り拓かんとお前がそう言うのならば、──好敵手にとって最強の決闘者であらんと願うならば、お前には、正しき闇だの破滅の光だのと言ったまやかしの前などで膝を付くことは断じて許されない。
 ──お前がその手で、その剣で、その龍で、──我が手で光を掴み取るのだ、よ。お前は破滅の光と戦って、その力を我が物にしなくてはならないが、──お前ならば、きっとやれるだろう。
 例え二度、破滅に魅入られようとも、──何しろ今生、お前の隣には、青眼と共に正義を謳う男がいるのだ、問題はあるまい。


 ──レーザー衛星ソーラは破壊され、エドの意志を託された十代の奮闘によって破滅の光は破られて、斎王の身体にも彼自身の魂が取り戻された。
 そうして、斎王の身体から離れた破滅の光の意志は、──美寿知の言葉通りに、最後の力を振り絞り、私へと向いたのだった。

「──このまま、終わらせてなるものか! その器を、貰うぞ! 神子!」

 なるほど、たかが残滓でも、生身の人間に襲い掛かる程度の余力は残っていたらしい。──破滅の光の意志は、破壊の衝動は何者にもあると、それは万人が持ち合わせる蛮勇であると、決闘の最中にそう語っていた。
 目の前に立ちはだかる敵を力で捻じ伏せて破壊することへの快感は、人間の根源的な衝動だ。故にそれは、十代の中にもある。そして、──私の中のそれを、破滅の光の意志は何よりも純粋な渇望であると、そのように考えたのだろう。
 その衝動が私の中に渦巻いているというその事実自体は、──まあ、今更に否定するつもりもない。
 
 私は、決闘が好きだ。けれど私は十代のように、勝っても負けても決闘は楽しいだなんて言えないし、彼のようには笑えない。
 私は、決闘するからには勝負に勝ちたい。如何なる場合でも、相手が誰であろうと、私は常に目の前の決闘に勝利するために戦っていて、──言うなれば私は、勝つことが楽しいからこそ、決闘という行為が好きなのだろう。
 その志が自分に元々備わっていたものなのか、父・海馬瀬人に教えを受けたが故のものなのかは分からないけれど、それでも、私はこの志だけは誰に理解されずとも断じて曲げるつもりは無かったし、──だからこそ、あの日、地下街のうらぶれたホテルの一室で、亮が私の考えに共感し、賛同してくれたことが、私はあんなにも嬉しかったのだ。
 私は亮のことが好き。亮は私にとって最高のライバルで親友で恋人で、──きっと、あいつほどに私の気持ちが分かる相手も、隣にいるだけで楽しい相手も、他には居ないことだろうし、二度とこれほど得難い誰かに出会えはしないのだろう。
 私の人生には、亮が必要だ。だから、そんな相手からの理解さえも得られたこの星導だけは、──破滅の光などに魅入られようとも、私は絶対に手放さないと、固く心に決めている。
 私の本質は、きっと破壊者なのだろう。破滅の光の意志の依代として、これほどの好条件は無いような人間なのだろう。
 だが、──破滅の光が語るような、人の営みという文様を破壊しようなどという思想を、私は断じて持ち合わせてはいない。
 即ち私が求めているのは単純な破壊ではなく、純粋な勝利だ。不完全な宇宙を破滅させ、更地となったその世界を光で満たし、完全なる宇宙を新たに創造しようなどという奴らの思想に私は賛同できないし、──その使者に選ばれたとて、そんなものは辞退させてもらう。──そんな世界に、私は価値など感じない。私もあいつも、正統派なヒーローやヒロインには絶対になれないしそんな素質も無いけれど、──それでも、私たちは決闘者だった。この手に握る一枚のカードを生み出したこの世界を、得難く思う人間のひとりだった。

「──! 大アルカナの女帝よ! その身体、我らが貰い受ける!」
さん!」
 
 光の結社による洗脳から意識を取り戻した後、只でさえ力の入らない身体では、剣山くんに助け出されたエドの隣で彼を庇うことくらいしかままならなかったものだから、──そんな状態では当然のように、破滅の光の意志が放った真っ白な残光は、抵抗の余地もなく私の身を包み込んだ。
 ──そうして、その光の中で、私はこの世の破滅のすべてを見たのだった。
 すべてが終わった世界に取り残されている、自分を見た。その世界には、十代が居なくて、エドが居なくて、翔くんも剣山くんも準も、明日香も、吹雪も、──亮も、誰も居なくて。砂上の楼閣、その玉座にたったひとり、──破滅の光の使者となった私が、君臨しているのだった。
 ──私はかつて、学園で付けられたレジーナという称号を、卒業後に自ら進んで名乗ろうと思わなかった。
 それは、私がその肩書をあまり好きではなかったのは、──こんなにちっぽけな井の中で、他人の戯れだけで付けられた称号などに、自惚れてしまいたくはなかったからだ。
 ──だから、もちろん私は、──破滅の光に与えられる女帝の席などにも、全くもって興味はない。私にとって悲願である頂点に君臨したとて、傀儡のままでは、──対の玉座にあいつが居ないのなら、其処には何の価値もないだろうに。

「貴様の身体を使い、今一度、我は十代を……!」
「あのねえ……一度、十代に負けておいて、何を偉そうに言っているのよ?」
「何ィ……!?」
「生憎だけど……私は敗者に興味は無いの! とっとと消え失せなさい、残留思念!」

 どうにかして鬱陶しいこの光を振り払おうと咄嗟に腕を伸ばした私の手には、──気付けばいつの間にか、一枚のカードが握られていた。──これは、あなたの導きなのだろうか。それとも、……それは、我が父の導き、だったのかもしれない。
 そのカードを手に握っていると気付いた瞬間に、私の中に渦巻いていた不安や焦燥などはすべて彼方へと吹き飛んで、──そうして、見間違えるはずもないそのカードをデュエルディスクに叩きつけ、私は高らかに叫んだのだ。

「──青眼の白龍! すべて薙ぎ払いなさい! 滅びの爆裂疾風弾!」

 弱り切った光は、神々しい輝きを放つ光弾の前にはまるで無力だったようで、──光と光がぶつかり合う衝撃が生んだ白亜の洪水が晴れた後に、宇宙空間から元のホワイト寮──否、ブルー寮の広間へと戻ったときには既に、私の体の中で、破滅の光の残滓は、抵抗の力を失っていた。
 ──あの力は、決して消えたわけではないのだろう。破滅の光は何度でも姿を変えてこの宇宙に現れるとそう言っていたから、完全に消すことはきっと難しくて、──破滅の光から宇宙を守るためのその役目は、これから先の十代に託されたようだ。
 十代の戦いは、きっと、これからも続く。
 ──であれば、破滅の光に魅入られた私の戦いも、まだ終わらないのかもしれないと、──そっと胸の奥に残った白を撫で下ろしながら、それでも、十代の両肩に伸し掛かる重圧を少なからず知っていたからこそ、──後輩たちにこれ以上は心配を掛けまいと、平然を装って私は笑うのだった。

さん! 大丈夫かよ!?」
、私はきみに酷い仕打ちを……」
「平気よ、十代。……斎王も気にしないで、十代にやられて、奴ももう虫の息だったみたい、助かったわ」
「全く、あっけらかんと……まあ、きみらしいと言えばきみらしいな、……」
「──ダメっスよ、さん!」
「翔くん……?」
さんはずっと光の結社に捕まってたんだ! やっと解放されたばっかりなのに、あんなこと……! 早く保険室に行かないと! 鮎川先生に診てもらうっスよ!」
「翔くん? でも、私は別に……」
「絶対嘘だ! ほらさん、早く……さん!? ──さん!!」

 十代とエドを安心させてあげなければ。それに、斎王もまた破滅の光に魅入られていただけだったのだから、彼とて被害者なのだし、斎王の罪悪感を早急に取り除いてあげないといけない。何しろ私は、彼らの先輩なのだし、──と、そう取り繕って笑った私の手を、──ぐい、と翔くんに引かれて、思わず私は動揺した。
 ──翔くん、きっと私のことが苦手なのだろうに、そんな彼が血相を変えて私の手を掴み「保険室に行こう」と唱えるほどに、……もしや今の私は、自分で思うよりも遥かに、“まるで大丈夫そうには見えない”のだろうか、と。
 そんな風に思いながらも翔くんの必死な声を聞き、焦った表情を浮かべる彼を見つめていたら、──ぐらり、と頭が揺れるような心地がして。──気付けば私はそのまま、その場に崩れ落ちてしまったようで、翔くんの声も次第に遠くなっていく。

「──さん!?」

 ──ああ、さすがに。……無理が、あったのかも。さっきのあれはきっと、破滅の光を打ち払ったわけじゃなくて、──私は恐らくあの光を、この身に、この魂に宿して、飲み込んだのだと、これは、そう言うことなのだろう。
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