104

 世界に破滅をもたらすほどの光、その残滓で在れどもそれらを受け入れた上で、奴を御して私が優位に立つなどということは、きっと、正気の沙汰ではない筈で、──ぶつり、とそのまま意識が途切れた後に、私が次に目を覚ますと、デュエルアカデミアの保健室で、私は白いベッドの上に寝かされていたのだった。

「──さん! やっと起きてくれた!」
「……翔くん……? 私は……」
「アニキが破滅の光を倒したのは覚えてるっスか? あの後、さんは破滅の光の意志に襲われて、青眼の攻撃でそれも吹き飛ばしたんだけど……」
「ああ……あの後、意識を失っていたのね……?」
「そうっスよ! 海馬コーポレーションのヘリが美寿知さんを連れてきて、それでそのまま、海馬コーポレーションの人たちがさんを保健室に運んだんっス! ……あの、大丈夫? さん……鮎川先生は、身体に異常はないって、言ってたけど……」
「平気よ。ちょっと疲れていたのかもね、ずっと、あんなところに閉じ込められていた訳だし……」
「…………」
「翔くん?」
「……お兄さん、さんのことを助けに来なかった、っスね……」

 私の寝台の横に椅子を置いて、私が目覚めるまでの間ずっと付き添ってくれていたらしい翔くんは、私が目を開けたことでホッと胸をなでおろすものの、私に状況を説明した後に、──ぽつり、と。落胆と困惑とが入り混じった表情で、そう漏らすのだった。
 翔くんは語る、──私が光の結社に囚われてから、既に日数が経過しており、島内でも私が光の結社に身を置いているという噂はすでに周知の事実になっていたと。
 ──その間にも、ジェネックスの会場で亮の姿はたびたび目撃されており、──つまり、その気さえあれば、亮は光の結社に乗り込むことだって可能だったはずで、──亮の実力ならば、単独でも私を奪還出来たかもしれないと、彼はそのように兄の背中を模範として信じているから、──信じたいからこそ、翔くんには恐らく今の亮が「窮地の恋人を見捨てた男」として映っており、その事実に困惑しているし、受け入れられずにいるのだろう。

さんが光の結社に捕まったの、学園中で大騒ぎされてたから、お兄さんだって知ってるはずだよ。ジェネックスに出場してたんだから……なのに、お兄さんは、さんを助けようとしなかったんだ……」
「翔くん……それは、」
「ボクには分からないよ……さんは前に、カミューラからお兄さんを助けてくれたっスよね。それって、お兄さんのことが好きだからっスよね……?」
「…………」
「……だったら、なんでお兄さんは、そうしなかったんだろう……お兄さん、さんのことも顧みないほど、変わっちゃったのかな……」
「……翔くん、それは違うわ」
「違うって、何がっスか……?」
「確かに、私はカミューラから亮を助けたし……吹雪の行方だって、亮と明日香と三人で探していたけれど、それはね、もう本人の力では状況を打破できないところまで行ってしまっていたから。もしも、どうしようもなくなったときには、今だって亮は私や吹雪を助けようとすると思うわよ、もちろん、翔くんのこともね」

 確かに事実として、亮は私を助けには来なかったし、もしも十代たちが駆け付けていなければ、私が自ら創造したTHE LIGHTRULERと戦い、斎王と宇宙の命運を賭けて戦うことになっていたかもしれないし、──そもそも私は、無事では済まなかったのかもしれなくて、勝敗などは関係なく、破滅の光の依代へと仕立て上げられていたのかもしれない。
 けれど、──例えそうだとしても私は、亮に助けて欲しかったなんてことは思っていなくて、……寧ろ、亮が私の元に来なかったのは、“約束”があったからだと、そう知っていたから、……翔くんのように、どうして助けてくれなかったのか、と不安に思う気持ちは無かったし、裏切られただなんて風にも当然ながら思ってはいないのだった。
 
「……でも、お兄さんはボクや吹雪さんをジェネックスで足蹴にしたんだ、リスペクトの欠片も無い決闘で……」
「それは、吹雪も翔くんも、きっと決闘者として自力でその試練を乗り越えられる筈だと亮が期待していたから、信頼していたから、本気で挑んできただけなんじゃない? 最初から期待してなかったなら、そもそも決闘を受けないと思うわ」
「じゃあ……さんのことは? さんは、光の結社に捕まっていたのに……」
「それも、私が自力で戻ってくると信じていたからじゃない? ……こんなこと、翔くんに話したら、怒らせるかもしれない、軽蔑されてしまうかもしれないけれど……」
「軽蔑、なんて……」
「私ね、亮がプロリーグの表舞台から姿を消していたとき、……あいつのこと、探しに行かなかったの」
「それは……どうして?」
「亮なら、自力で戻ってくると信じていたからよ。私が手を貸すよりも、あなたのライバルは今もプロリーグで戦っているんだって、それを見せつけてやるべきだとそう思ったの、何としてでも此処に戻ってきたいと、自分の意志でそう思って欲しい、って……」
「……じゃあ、今のお兄さんも、同じことを考えて……?」
「私はそうだと思うわ。……翔くんが不安に思うほど、亮は変わってない。あいつ、本当に馬鹿みたいにまっすぐで、真面目な奴だから……私にされて嬉しかったことを、同じように返しているだけじゃないかしら。それって、昔と全然変わってないでしょ? 実直で、負けず嫌いで……亮のそういうところが、私は好きなの。……それは、翔くんだってそうでしょ?」

 私の問いかけに対して、翔くんは一瞬悩むようなそぶりを見せたものの、……それでも、うっすらと涙を浮かべながら、彼は私の言葉に頷き、そっと制服の袖で目元を拭う。
 ──丸藤亮と言う男は、元からそういう奴だった。
 別に亮は何も、常に正しい行動が出来る模範的で正しい人間という訳ではなくて、只、強いからと言うだけの理由で皆の先頭に立つことが多かっただけで、その上、真面目で頑固な性格をしているから、自分に対しても責務を科してしまいがちだと言う、……あいつって、本当にそれだけなのに何かと誤解ばかりされている、難儀な男だったのだ、それはもう、ずっと以前から。
 亮は今でも、何だかんだと根が優等生のままだから、目の前で誰かが窮地に陥っていて、その相手を助けるべきだとそう判断したのなら、文句を言いながらでもそのように行動するだろう。
 だから、──私を助けに来ないのは、その必要がないからという、それだけの話でしかなかった。
 私が亮をこうして変わらずに信じているのと同じように、亮は私を信じている。私ならば、どんな窮地に立たされても、地下に転げ落ちたあの日の亮と同じように、自力で這い上がって戻ってくると、──約束通りにあの灯台の元で待っていれば、必ず私は現れる、と。
 私は決して亮との約束を破ったりはしない奴だからと、……きっと亮は、そんな風に私のことを信じてくれているという、これは、それだけの話なのだろう。──だからこそ私は、その信頼に応えなければならない。
 
「……うん。ボクは、そんなお兄さんだからこそ、ずっとお兄さんのことをリスペクトしてるんだ……」
「だったら大丈夫よ。……でも、そうね、翔くんに心配させるのは私の望むところでもないし……亮に会ったら、どんな様子だったか後で報告するわ。私が亮に愛想を尽かされていないか、心配してくれてるんでしょ? ……ふふ、私、亮のことがよほど大切なように見えるものね?」
「そ、そういうわけじゃないっスけど! ……でも、今のお兄さんのことは、ボクも心配だから……せめて、さんにはお兄さんの傍に居てあげて欲しいんだ……ボクがお兄さんに何をしてあげられるのかは、まだ答えが見つかっていないから……」
「分かったわ。……そのときは、明日香か準……それか、エドにでも、言伝を頼むわね」
「あ、それなら、ボクの連絡先をさんに教えておくよ」
「えっ……」
「え?」
「……あの、いいの? 私に連絡先、知られてしまっても……」
「な、なんかダメっスか? ……あ! も、もしかして、プロ決闘者だから、連絡先は気軽に教えられないとか!?」
「そうじゃないわ、でも……嫌じゃないの? その……翔くんは私のこと、あまり得意じゃないでしょう……?」
「……へ?」

 ──それは、在学中からずっと感じていたことで、私の気質というか性格というか、……ともかく、その立ち振る舞いのすべてが、きっと翔くんにとってはあまり得意な部類ではないのだろうなと、そう思う。
 ──そして、それらがきっと、カミューラとの決闘にて、明確な苦手意識に昇華されていたことにも、私はちゃんと気付いていた。
 現在、亮と翔くんの関係性はきっと、幼少期のそれとはだいぶかけ離れてしまっていて、昨年、同じくデュエルアカデミアに在学していた一年間で、そのしこりも大分解消されていたというのに、──亮がダークヒーローに転向してからと言うもの、翔くんは亮の真意をどうやら誤解して、以前にも増してふたりが上手く行っていないらしいということも、彼らから語られずとも察せていた。
 そんな風に、翔くんにとって理解しがたい存在になりつつある兄の傍に在学中から現在まで寄り添っている私もまた、やはり翔くんの中では亮と同様に、理解しがたい相手なのだろうと、そう思う。
 ……私個人としては、亮からずっと話を聞いていた翔くんという決闘者を応援したい、背中を押したいと言う気持ちがあったし、彼が葛藤を乗り越えてパワー・ボンドのカードを使えるようになったときには、自分のことみたいに嬉しかった。
 それに私は元々、デュエルアカデミアに集う気骨のある後輩たちのことが大好きだから、彼とてもちろん例外ではなく、寧ろ私にとって翔くんは“特別に可愛い後輩”の部類で、──けれど、翔くんにとって私が“苦手な相手”である以上は、……必要以上に彼との距離を詰めすぎないようにしよう、不安がらせないようにしようと、……そんな風に、ずっとずっと考えていたからこそ、……連絡先の交換を申し出てきた翔くんに対して、私は些か動揺しているのだった。

「言われてみれば……前はちょっと、苦手だったかも……」
「……翔くん、私がその……亮と交際しているから、気に掛けてくれているのも気を遣ってしまうのも分かるわ、でも、私は……」
「……うん、前までは苦手だったっスね、さんって、いつも堂々として自信に満ちてて……そういうところがお兄さんと似てるから、ちょっと怖くて……」
「……そう、なのね」
「……でも、今は、自分がしんどくても、アニキたちを心配させまいと元気そうに振る舞ってる姿とか……光の結社に捕まってるのとか、そういうのも見たし……前ほどは、怖くないっスよ」
「い、以前は怖かったのね……やっぱり……」
「ちょっとだけっスよ? ……でも、ボクがそう思ってたのも、さんは気付いてたんスよね……だから、さんはボクに、いつも気を使ってくれてて……きっとそれって、ボクがお兄さんの弟だから、ってだけじゃないんだよね?」
「……ええ、もちろん。翔くんは、私にとって大切な後輩だもの」
「……そっか。……じゃあやっぱり、さんが良ければ、これ、ボクの連絡先だから……」
「……言っておくけど、亮が望まない限り私は、あいつの現状や事情を翔くんにリークすることはないわよ?」
「分かってるっス。お兄さんもきっとそうするだろうし……さんがそうするのも、分かってる。それに、ボクはさんのそういうところをリスペクトしてます」
「……ありがとう。……じゃあ、私はそろそろ行くわ。また連絡するわね、翔くん」
「え。……ちょ、ちょっと待って、さん! 何処に行くつもりっスか!? まだ意識が戻ったばっかりなのに……!」
「……あいつと約束してるの、これ以上待たせられないわ」
「……あいつ、って……もしかして……」
「ええ。……きっと律儀に、忠犬みたいに私が来るのを待っているはずだから……ごめんね、もう行かなきゃ」
 
 翔くんの連絡先が書かれたメモを受け取って、寝台から起き上がりデッキケースとデュエルディスクを手に、保健室を後にしようとする私を、翔くんは慌てた様子で止めようと試みて、──けれど、私の真意を察したのか、彼はぐっと押し黙って「……気を付けてね、さん」と困った風に笑い、見送ってくれた。
 ──さて、約束の日からは何日も経ってしまったどころか、既にジェネックスは閉会式も終わり、……聞いた話ではどうやら、亮は優勝者ではないらしく、ともすれば、きっと途中で大会から降りたんじゃないかと思うけれど……果たして、あいつはまだ、約束の場所に居るのだろうか。
 ……常識的に考えれば、そんなことはありえない、もう帰ったに決まっているだろうと、そう思う。
 普通なら、決闘の約束に一時間も遅刻した時点で怒っているだろうし、二時間も遅刻されればその場を後にするだろうし、──既に大会が終わったのならば、亮だってもう本土に帰っていると考えるのが妥当で、……きっと、こうして必死で走って“約束の場所”に向かうよりも先に亮に連絡して、謝罪するなり現状の報告をするなりが、懸命な判断なのだろうと、そう思う。
 既に夜も遅く帰りの便だって終わっているし、既にこの島に“居る筈もない”人間に会いに行こうなどと、──どう考えたって、無理で無謀に決まっているのだ。
 それでも、──私には信頼という確信があったから、一度レッド寮に戻って服を着替えようだとか、皆に無事を報告しようだとか、まだきっと我が社の人間が島内に居る筈だからヘリを出して本土に戻ろうだとか、そんなことを考える余裕もなく、光の結社に居た間、勝手に着せられていた走りづらいドレスの裾を引っ張り上げて適当に破ると裾を横に結び付け、どうにか歩幅を確保してから再び走って、走って、走って──、夜の海へと規則正しくやわらかな光を映し出すあの懐かしい灯台のふもとに向かって、息が切れるのも構わずに暗い夜道をただ走り続けて、──そうして私は、約束の場所で、あなたを見つけたのだ。

「──亮!」
「……遅かったな、。全く、待ちくたびれたぞ……」

 振り返った宿敵は、ことも無さげにそう言って、されど、喜ばしげに目を細めながらデュエルディスクを構える。
 白いドレスを引きずって息を切らした此方の様子などお構いなしとでも言いたげな、横柄なその振る舞いに、それでこそ私のライバルだと私はどうしようもなく充足を覚えて、──ああ、やっぱり思った通りだと、そう感じられたのだ。──私はあなたを、あなたは私を、この宇宙の誰よりも強く、信じているのだと。

「──行くぞ! !」
「望むところよ! 亮!」
「「──決闘!!」」

 そうして、やがて夜が明けるまで、──散々なまでに待ちわびた分だけ私たちは、すべてを叩き付けて戦い続けるのだ。
 この決闘には栄光や名誉、ジェネックス優勝者の称号だとか、そんなものはなにひとつ賭けられていなかったけれど、……闇夜のふたりきりでの戦いこそが、──今の私には、何よりも心地好い。


「──イメージチェンジという奴か?」
「は? 何の話……?」
「そのドレスだ」
「冗談でしょ? 私の趣味じゃないわよ、こんな動き辛いの……」
「そうか? に似合っていると思うが」
「……何? 亮って、こういうのが趣味なわけ?」
「いや? ……だが、その白いドレスに俺が泥を付けると思うと、なかなかにそそられるだろう?」
「……ほんっとうに悪趣味ね! ……まあ、私は嫌いじゃないわ、あなたのそういうところも、ね」 inserted by FC2 system


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